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第546号 2003(H15).10発行

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中山間地域の水稲点播直播における
緩効性肥料の窒素溶出と施肥法

大分県営農指導課
農業専門技術員 佐藤 吉昭
(前 大分県農業技術センター 水田利用部久住試験地 研究員)

はじめに

 水稲直播栽培は,育苗作業が不要であるため省力化,軽労化が可能である。また,移植栽培との組み合わせにより規模拡大にも有効で,今後拡大が期待される栽培方法である。

 農林水産省九州農業試験場(現 独立行政法人九州沖縄農業研究センター)で開発された打ち込み式代かき同時土中点播直播(以下,点播直播と記す)は,カルパーコーティングされた種子を数粒単位で株状に打ち込む新しい栽培法5)で,代かきと播種が同時に出来るという省力化に加え,耐倒伏性に優れ6),収量性も慣行の稚苗移植に近いことから,今後普及が期待されている。

 そこで,点播直播のさらなる省力化を目指し,シグモイド型被覆肥料を用いた全量基肥施肥,いわゆる一発施肥ついて,中山間地域での窒素溶出と施肥法について技術開発したので紹介する。

1 シグモイド型被覆肥料の窒素溶出

1)窒素溶出の年次変動

 シグモイド型被覆肥料(以下,緩効性肥料と記す)の圃場内での実際の窒素溶出について,大分県農業技術センター水田利用部久住試験地(標高544m)内の水田で,1997年から2001年の5か年間調査した。

 供試肥料として窒素溶出期間80日タイプ,同100日タイプ,同120日タイプの緩効性肥料(以下それぞれS80,S100,S120と記す)を用いた。試験は点播直播を行っている水田での埋め込み試験とし,S80は1999~2001年,S100は1997~2001年,S120は1998年および1999年に供試した。埋め込み試料として,肥料2.5gをネットで包んだものを各肥料14個づつ用意し,試験圃場の2か所に7個づつ,土中8~10cm の深さに埋め込んだ。埋め込みは播種後3日以内に行い,その後20~25日おきに,各埋め込み場所から1試料づつ,計7回堀り出した。堀り出した試料は,付着した泥を水道水で洗い流した後,1~2日風乾して凍結保存した。全試料を堀り出した後,チッソ旭肥料(株)において窒素残量を分析した。

 分析の結果,いずれの肥料も埋め込み後累積窒素溶出率が80%に達する日数(以下,溶出日数と記す)が年次によって異なった。S80の窒素溶出は,埋め込み後60日頃から本格化し,溶出日数は100~120 程度を要した(第1図)。S100の窒素溶出は,埋め込み後60日頃から本格化し,溶出日数は110~150日程度を要した(第2図)。S120の窒素溶出は埋め込み後80日頃から本格化し,溶出日数は180日程度を要した(第3図)。

 以上のように,いずれの肥料も溶出日数は設定された日数より長い期間を要した。これは,緩効性肥料の窒素溶出が地温25℃条件下で設定されているため,本試験圃場の地温が25℃より低かったことにより窒素溶出が遅れたと考えられる。設定された溶出日数と実際の溶出日数との差は,S80で最大20日程度,S100は50日程度,S120は60日程度と設定日数が長いものほど大きい傾向にあった。肥料により供試年数や年次が異なるため,単純に比較はできないが,設定日数の長い肥料ほど溶出が遅れやすいと考えられるが,この要因については明らかでない。

2)出穂期からみた緩効性肥料の適合性

 緩効性肥料では,穂肥施用時期にあたる出穂前20日頃に窒素溶出のピークがくるのが望ましいと考えられる。点播直播で栽培した’ひとめぼれ’,’こいごころ’について,窒素溶出の経過から,両品種に適する緩効性肥料を検討した。なお,大分県においては’ひとめぼれ’は極早生種,’こいごころ’は早生種である。また,両品種の出穂期を第1~3図中に矢印で示した。

 まず’ひとめぼれ’では,出穂期前20日頃はS80では窒素溶出のピークに当たり(第1図),S100では窒素溶出のピークより前にあった(第2図)。一方’こいごころ’では,出穂期前20日頃はS80では窒素溶出のピークを過ぎており(第1図),S100ではほぼ窒素溶出のピークにあった(第2図)。S120は明らかに窒素溶出が遅く,’こいごころ’には適さないと考えられた(第3図)。

 以上の結果から,極早生の’ひとめぼれ’にはS80,早生の’こいごころ’にはS100が適すると考えられた。

3)地温に由来する窒素溶出モデルと実際の窒素溶出の差異

 一般に,緩効性肥料の窒素溶出は主に地温によって左右され,地温25℃条件下での溶出日数が設定されている。しかし実際の地温は一定でなく,地温が25℃より高いと窒素溶出が早く,低いと逆に遅くなると考えられる。そこで,埋め込み場所の地中8~10cmの水田地温を測定し,地温から計算した窒素溶出モデル(以下,理論値と記す)を作成し,埋め込み試験から得られた窒素溶出(以下,測定値と記す)とを比較した。なお,この地温由来の窒素溶出モデルはチッソ旭肥料(株)に作成いただいたものである。

 1998年は,窒素溶出のピークがS100では実測値が理論値より早かったが,S120では実測値のほうが明らかに遅かった(第4図)。2000年はS80では実測値が理論値より早かったのに対し,S100では理論値が若干早いものの実測値とほぼ一致した(第5図)。2001年はS80,S100とも実測値と理論値が一致した(第6図)。

image

 以上のように,実測値と理論値の関係は肥料の種類,年次で異なり,年次によっては合致しない場合があった。これは,水田土壌中の環境が温度だけでなく水分条件などによって微妙に異なることが影響したものと考えられた。したがって,実際の使用にあたっては肥料ごとに設定された溶出日数と実際の窒素溶出にはずれが生じ,また地温に由来する溶出日数とも年次,肥料によってはずれが生ずることを考慮する必要があると考えられる。

 具体的には,中山間地域での直播栽培で緩効性肥料を選定する場合には,地温が低いことを考慮し,表示された窒素溶出日数に30日程度を加えることで概ね対応できると考えられる。

2 中山間地域における全量基肥施肥法

 緩効性肥料を用いた全量基肥施肥法について,1998年および1999年に同じく久住試験地内の水田で行った。供試品種は’こいごころ’を用いた。

 供試肥料として溶出期間100日タイプ肥料を用いた。試験区は第1表に示すとおりで,①緩効率70%区,②緩効率50%区,③化成分施区,④稚苗化成区とした。

 種子は,鳩胸状に催芽した籾を乾籾重の2倍量の酸素供給剤(商品名:カルパー粉粒剤16)でコーティングし,半日程度陰干ししたものを播種した。播種量は乾籾重で2.4~2.7kg/10aで,6条タイプの点播直播機を用いて4月5半旬に播種した。

 比較の稚苗移植は点播直播と同時期に播種して得た葉齢2.3~2.7Lの稚苗を,5月3半旬に機械移植した。

 点播直播の緩効70%区,緩効50%区,化成分施区を比較すると,出穂期および成熟期は各区とも同程度で,緩効70%区は他の2区より穂数が多く,玄米千粒重はやや軽いものの最も多収であった。緩効70%区は稚苗移植に比べてもやや多収であった。検査等級および玄米蛋白質含有率は3区とも同程度で,稚苗移植と同程度かやや優った(第2表)。

 以上のことから,早生品種’こいごころ’において,緩効性肥料を用いた全量基肥栽培で稚苗移植並の収量,品質,食味を得るには,速効性窒素を30%,窒素溶出期間100日タイプの緩効性肥料を70%とするのがよいと考えられた。

3 まとめ

 点播直播は,新たな直播栽培法として普及が期待される技術である。

 点播直播については,数多くの研究が行われ,適正な苗立数8),出芽苗立ちの安定化技術1,7),施肥法3),生育特性2,4,9)などが明らかにされている。本試験においては,緩効性肥料の中山間地域での窒素溶出特性,品種別適合肥料,全量基肥施肥法が明らかになった。

 緩効性肥料を用いたいわゆる一発施肥は,省力的な施肥技術として移植栽培ではすでに各地で取り組まれている。今後直播栽培においても緩効性肥料を活用した施肥技術が導入され,直播栽培,とりわけ点播直播が広く普及することを期待したい。

謝辞:本試験実施にあたり,チッソ旭肥料株式会社には埋め込み試料の調製,肥料の提供および窒素分析に多大なご協力をいただいた。ここに謝意を表する。

引用文献

1)後藤貴洋ら(2003)水稲の代かき同時点播直播の安定栽培技術,九農研66,1

2)三原実ら(1999)各種湛水直播法による水稲の分げつ体系とその有効茎歩合について,日作九支報65,16~18

3)佐藤吉昭ら(2003)中山間地域における水稲点播直播の生育特性と安定栽培技術,大分農技セ研報33,1~15

4)佐藤吉昭ら(2002)中山間地域における水稲点播直播の生育特性,日作九支報68,1~5

5)下坪訓次ら(1996)水稲の代かき同時土中直播栽培に関する研究 1.点播直播について(予報),日作紀65(別1),12~13

6)下坪訓次ら(1996)水稲の代かき同時土中直播栽培に関する研究 2.点播水稲と条播水稲の押倒し抵抗の比較,日作紀65(別1),14~15

7)吉永悟志ら(1998)水稲の代かき同時土中点播直播栽培における播種後の水管理が生育・収量に及ぼす影響,日作九支報64,27~30

8)吉永悟志ら(2001)打ち込み式代かき同時土中点播栽培における湛水直播水稲の耐倒伏性向上 -播種様式および苗立ち密度が耐倒伏性に及ぼす影響-,日作紀70(2),186~193

9)吉永悟志ら(2001)暖地の湛水直播栽培における土中点播水稲の生育特性 -散播水稲との生育の差異-,日作紀70(4),541~547

 

 

オーストラリア・タスマニア州における夏イチゴの生産

(株)ニューアグリネットワーク
筑紫野研究所長 伏原 肇

1 当社が事業を始めた経緯

 イチゴは日本人の最も好む果実のひとつであり,洋菓子業界においては,イチゴを使った商品の割合は全商品の30%~50%に及んでいる。「ケーキにイチゴが付いているか,付いていなかでお客様の反応は全く違う。イチゴが商品選択の基礎となっている。」と断言する大手の洋菓子販売屈も存在するように,イチゴは年間を通して洋菓子業界の企業経営に重大な影響を及ぼすほどの重要な地位を占めている。

 国内で生産されるイチゴの主な収穫時期は11月上旬から翌年の5月までで,それ以外のいわゆる国内産イチゴの端境期においては,アメリカ産を中心に毎年5,000トン程度が輸入されており,国内産の供給量はその一割にも満たないのが現状である。

 しかしながら,夏季から秋季にかけて輸入されているアメリカ産を中心とする現在の外国産生鮮イチゴは,生食としての食味より輸送性を重視した硬くて酸っぱい品種がほとんどで,国内産イチゴのような多汁質の品種とは食感,食味の点で大きく異なっており,業務用と言っても通常これらの果実を食している日本の消費者の要望を到底満足させるものではない。

 このような問題を抱える外国産イチゴに代わって日本国内の「夏どりイチゴ」の栽培についての可能性を検討した。その結果,現状では冬から春に収穫される「とよのか」のようないわゆる一季成り品種に比べると食味や生産量の安定性にまだ大きな問題を残していると考えられた。

 そこで国内夏イチゴの問題や現在の外国産イチゴの問題点を解決する手段の一つとして,日本と反対の気候をもつ場所で生食に適した日本型の品種を栽培することについて検討した結果,イチゴ生鮮果実の輸入が解禁されているオーストラリア・タスマニア州でのイチゴ生産事業を展開することとし,2000年度から本格的な栽培に着手した。

 また当社の販売戦略として,顧客に対して通年供給を前提として6月~11月までの夏イチゴそして12月~5月は国内産イチゴを供給することを基本的な概念としている。

2 タスマニア州の気象条件

 オーストラリア本島の南東端のメルボルンから海を隔てた南方に位置するタスマニア州は,緯度は北半球でいえば北海道に相当し,広さは68,000㎢で北海道の8割の大きさである。また全面積の40%が国立公園という自然保護区が占めている。平均気温が真夏でも25℃を超えず,真冬でも8℃という温帯性気候である。北海道と同じ位置で,夏は北海道より涼しく,冬は福岡より暖かく,月平均の降水量も40mm程度で月による大きな相違がない。また強風はそれなりに吹くものの猛烈な風雨を伴う台風やサイクロンの発生がないことから,イチゴの生育及び栽培環境としては極めて適していると考えられた。その他輸送性の利便性等から判断して,栽培地として州都のホバート付近で空港に近い場所を選定した。

3 イチゴ栽培システムと施設の概要

(1)栽培システム

 現地の気象条件から判断して,日本の夏に相当する冬季に生産するためには簡易な施設が不可欠であると判断した。また,現地における収穫栽培の作業性等から判断して,高設栽培を導入することとした。

 高設栽培の方式は,福岡県方式の高設栽培システムの当社バージョンを採用している。このシステムは1m当たり30リットルという限られた培養土を有効に活用でき,培養土の加温については地温の均ーさとイチゴの生理に適合した管理ができる間接暖房方式とした。

 栽培槽支持架台は設置時の工事費を大幅に削減するためと限られた資材で十分な架台強度を保つために溶接架台を利用している。

 栽培槽は通気性や透水性それに透根性に優れた不織布製シートを用いている。このシート方式を採用することにより,栽培槽の運搬費用が大幅に削減できるとともに,2条植の条間部分のシートを持ち上げた形状として,培養士の容積に対する栽培槽の表面積を大きくしているために,培養土の温度制御が容易になる。さらに通気性を大幅に向上させた結果,栽培槽外から培養土への酸素の速やかな供給とともに有機質が分解することに伴って発生する,根部生育に悪影響を及ぼす培養土中の二酸化炭素を速やかに栽培槽外部ヘ排出することが極めて容易にできる。

 培養士は現地調達のパインバークを主体とした素材で,pHは予め6.0~6.5に調整済みである。

 かん水チューブは均ーさを重視して点滴式の軟質チューブ,栽培余剰水については,直射光線の集熱を兼ねた黒色のシートを用いて1カ所に集水している。

 培養液の給液システムは,大幅な生産コストの低減を図るために,日本製の数分の1と極めて低コストな韓国製の完全自動化システム(pH調製,EC調整2原液タンク方式)を導入した。

 培養土の加温のために,韓国製のオンドル方式を利用した温湯暖房システムを導入した。この方式は,栽培シート中央部を支えるパイプ内に温湯パイプを通してそれに温湯を流す事により間接的に培養土を加温する。また,その放熱により架台全体を暖め低温時の果実着色促進を図るものである。

 架台全体を透明フィルムで覆うことによって,効率的な冬季の培養土の温度確保を図っている。

(2)栽培ハウス

 高軒高の鋸型屋根を有する間口7.2m,奥行き100m,軒高4.7mの連棟ハウスで栽培している。フィルムは0.2mmのPOフィルムで,展張期間は数年間を予定している。

4 イチゴ栽培の概要

(1)品種

 栽培を開始した当初はタスマニア州内のナーセリーで以前から増殖されていた「久能早生」,「アイベリー」そして「宝交早生」の購入苗を使って栽培を始めた。その後品種は「とよのか」に切り替えた。

(2)子苗の増殖

 ナーセリーに委託し,高設採苗システムを利用して子苗の増殖を行っている。培養土は地元で低コストで調達できるパインバークを主体としたものを使用し,予め親株を冷蔵した苗を親株として9月下旬に定植する。

(3)育苗

 ランナーから切り離した子苗は,1週間程度ミスト室で発根を促した後,73穴のセルトレイを利用した育苗を行っている。苗の養成期間は45日程度である。

(4)定植時期

 培土充填後,充分にかん水を行ない予め黒色マルチフィルムを被覆しておく。

 定植後の活着や生育をスムーズに促すために,定植前3日間は液肥を十分施用しておく。「とよのか」の花芽分化時期は3月初旬~3月10日前後あり,検鏡によって花芽分化を確認した後,マルチフィルムに穴を開けて定植する。

(5)定植直後の管理

 定植直後は培養土とセル根鉢の馴染みを良くするために株元に十分かん水する。その後1週間程度の間,頭上散水を1日2回以上行う。

①養液管理

 ECによる管理を行い,定植直後は0.5~0.6,その後低温期には0.8~1.0程度に上げ,その後再び0.6程度に下げた管理を行う。

②地温管理

 地温は,10℃~13℃を維持し,草勢が落ちる時期には高めの温度管理を行う。

5 収穫,調整

 収穫は緩衝資材を敷いた一段詰めの箱に収穫し,調整室に搬入する前にブロワーで果実に付着した花びら等を除去する。

 パッキングルームは常時10℃程度を維持し,ヘヤーキャップ,手袋を常時着用して,一個一個の果実に対して個別包装を行っている。

6 出荷

 日本輸出用の果実は,検疫を受けた後空港に持ち込み,メルボルン経由で日本ヘ空輸する。適時温度計を装着して,輸送中の温度や湿度をチェックしている。日本の空港に到着した果実は,再び空港で検疫を受けた後顧客ヘ個別配送を行っている。ホバート空港から顧客までの所要時間は24~36時間程度である。

 

 

水生作物(1)
ジザニア研究会とワイルドライス

ジザニア・水生植物研究会
会長 三枝 正彦

1)はじめに

 水生作物として最も栽培面積が多く,重要な作物はもちろんイネである。イネはコムギ,トウモロコシと共に,世界三大穀物の1つであり,その1999年の収穫面積は1.55億ヘクタール,生産量は5.96億トンで,トウモロコシの6億トンに次ぐ世界第2位の生産量である(FAO:2000)。これを国別に見ると中国が2億トンと約1/3を占め,次いでインド,インドネシア,ベトナム,バングラディシュ,タイ,ミャンマー,ブラジル,フィリピン,日本の順でアジアの高い人口密度を支えている。我が国の生産量は第10位の1,228万トンであるが,単位面積あたりの生産量は籾収量で約6トン/ヘクタールと極めて高い水準にある。

 しかしながら我が国では1967年から米が生産過剰となり,1969年から生産調整が行われている。この間,1993年には記録的な冷害に見舞われ,一時的に主食である米の生産確保の動きもあったが,その後の豊作と飽食による米の消費量の低減で再び日常茶飯事のような生産調整が行われ,休耕田と転作田は現在3割余にも及んでいる。また,2000年からは米の自由化が行なわれ,瑞穂の国の美田はパッチワークのような虫食い状態である。とりわけ労働生産性が低く,高齢化,婦女子化が進む中山間地の水田の荒廃状況は日を覆いたくなるものがある。

 一方,世界人口は1998年に60億人に達し,現在では約64億人と言われる。そして依然として0.8億人づつ増加しており,2050年には100億人に達するとも推定されている。これに対して世界の耕地面積の年間増加率は1950年頃より減少し始め,1995年にはついにマイナスに転じたと言われる。一方,残された可耕地は開発に多大な費用を必要とするポドソルや泥炭土のような酸性土壌が大半を占めている。これに加えて,地球環境の悪化に伴う肥料や農薬の使用量の低減,地球温暖化に伴う異常気象に起因する水不足や低温あるいは高温障害での穀物生産量の低下,途上国の食習慣の欧米化による一人当たり穀物必要量の増加を考慮すると,近い将来極めて深刻な地球規模での食糧不足が到来することが予想される。このような状態になると,現在穀物自給率が28%と著しく低い我が国は致命的な打撃を受けることは免れない。

 水稲は穀物の中で最も安定した収量が得られ,かつ美味しく,栄養価に富むこと,また酸性に強く,気候に対する適応性が大きいことから21世紀の食糧生産に最も大きな貢献をする穀物である。現在米の生産過剰とはいえ,先人が長い期間を費やし,多大な労力と経費をかけて造り上げてきた美田が本来の目的以外に向けられ,荒廃しているのは痛恨の極みである。

 早稲田大学大塚教授の言葉によれば我が国の宝物は「田からの物」すなわち”お米”である。お米は我が国の主食であると共に文化そのものである。近未来に予測される食糧危機に備え,水田機能を維持しながら,かつ持続的な農家経営を可能にすることが重要である。そのためには稲作を必要とするまでイネに代わる付加価値の高い水生作物を栽培することが最も理想的である。

2)水生作物(植物)の種類と特徴

 現在水生作物(植物)として多少なりとも経済的価値が認められる主なものを表1に示した。これらの中にはコナギやヨシのように極めて野草(雑草)に近いものから,ワサビやマコモ(筍),セリのように付加価値の高いものまで含まれるが,栽培環境の遠いから便宜的に3つのグループに分けることにする。

①水辺(湿地):ミズ,ヤナギタデ,ユリワサビ,ヨシ
②水田(湛水):イネ,ヒエ,マコモ(筍),ワイルドライス,セリ,クレソン,サトイモ,クログアイ,イグサ,クワイ,ワサビ,エンサイ,ハス(レンコン),コナギ
③溜め池:ジュンサイ,ヒシ,ハス(ハナバス)

 これらの中でイネに代わり水田機能を維持するには主としてワサビを除く②のグループの植物が適している。

3)ジザニア研究会と水生作物(植物)

 ジザニア研究会は水稲の生産調整に伴う休耕田の荒廃を苦慮し,水田機能の維持と農家経営の安定化を目指して,イネに代わる作物としてマコモ属(Zizania)の作物(ワイルドライスとマコモタケ)の研究のために1984年に発足した。その後,平成12年には対象植物を広げ,ジザニア・水生植物研究会とし,研究会とマコモサミットを交互に開催している。本年度は長野県豊野町で10月16,17日にマコモサミットを予定している。

 我が国ではマコモは神事に使われ「聖なる植物として」保存利用されてきたが,マコモはイネと近縁の植物である。植物分類上はイネ科(Gramineae),イネ亜科(Oryzoideae),イネ族(Oryzeae),マコモ亜族(Zizaninae),マコモ属(Zizania)に属する植物の総称で,これまでに表2に示されるように東アジアに1種,北アメリカに3種見いだされている。

 アジアに分布するマコモ(Z. latifolia Turcz.)は多年生で古くから神事に使われているが,黒穂病菌が寄生して茎が肥大し,筍(マコモタケ)を産するものがある(次回詳述予定)。

 北アメリカには多年生のテキサスマコモ(Z. texana A. S. Hitche)と1年生のいわゆるワイルドライスとして種子を食用とするものがある(Z. aquaticaとZ. palustris)。今回はイネに最も近いといわれ,種子を食用とするワイルドライスについて紹介する。

4)ワイルドライス

 ワイノレドライスには,インディアンライス,カナディアンライス,ウォーターオート,マノシンなど様々な呼び方があり,ヨーロッパから白人が北米大陸に移住する以前から原住民のアメリカインディアンの主食として利用されてきた。彼らは湖沼に自生するワイルドライスをカヌーの中に棹でたたき落として収穫してきた。自然のワイルドライスは脱粒性が高く収穫時期の判定が難しい反面,湖底に落ちた種子が自生するので播種することなく毎年収穫することが可能である。

 私がこのワイルドライスと初めて出会ったのは1990年米国ウエストバージニア州の第2回低pH領域における植物と土壌の相互作用に関する国際会議の帰途,カリフォルニア大学デービス校にダールグレン博士を訪ね,サクラメント周辺の農業を視察していた時である。私の眼についたのは「ワイルドライス」の調整工場の巨大な看板でした。予備知識が無かった私は「カリフォルニア州では米が生産過剰なのにどうして野生稲まで利用するのか」と全く無知な質問をしました。博士はミネソタ州出身で幼時からワイルドライスに親しんできたこと,イネとは異なり風味に優れ,高価であること(当時は1袋4.5 ドル/ポンド),耐冷性に優れ,近年は栽培されていることなどを道路脇のフルーツショップで販売していたワイルドライスの子実を示しながら懇切丁寧に説明してくれた。この時,このワイルドライスこそ寒冷な東北地域の休耕田の付加価値作物になるのではないかと大きな興奮と期待を寄せたことを今更のように思い出します。

 一般に,ワイルドライスというと私のように野生稲を想像するかと思われますが,ワイルドライスにはいわゆるイネ属植物の野生稲と北アメリカに分布する1年生のマコモ属植物とその子実を総称する場合の2通りがある。中村(2000)は後者をワイルドライス,イネ属の野生種をザ・ワイルド・ライスと区別している。もちろん本文ではイネに代わる水生作物であるので北アメリカ原産の1年生マコモをワイルドライスとして述べることにする。

 ワイルドライスには表2に示すように2種4変種があり,中村(2000)はZ. aquatica var. aquatica L. をアメリカマコモ,Z. aquatica var brevis Fassett,をブレビスマコモ,Z. palustris var. palustris L. をパルストリスマコモ,Z. palustris var interior(Fassett)Doreをインテリアマコモと呼んでいる。これらの中で食用とされるのはZ. palustrisで,アメリカ,カナダ南部に自生し,濃黒色,長粒子で高品質とされているのがパルストリスマコモ:レイク(湖沼)ライスである。また近年,ミネソタ州やカリフォルニア州で改良され栽培化が進められている難脱粒性の品種は相対的に短粒子であり,インテリアマコモ:リバー(河川)ライスから選抜されている。(写真1)。

5)ワイルドライスの特徴と栽培上の問題点

 ワイルドライスは極めてイネと近縁である。これまで多年生のマコモのイモチ病はイネに感染しないことが知られていた。しかし,東北大学附属農場に発生したワイルドライスのイモチ病はマコモのイモチ病菌より細長く,生育速度やコロニーの色も異なり,種々の接種試験の結果,イネのイモチ菌レース003あり,周囲のササニシキから感染した事が明らかとなった(生井ら,1996)(写真2,3参照)。

 したがって,イネより生育の早いワイルドライスはイネイモチ病の発生予察に応用できる可能性と管理によってはイネへの感染源となりうることが指摘されている。また,重川,三枝(1994)はイネ科植物のキラル(Chiral)認識の多様性を検討し,ワイルドライスはヒエやムギ類と異なりイネと同様な反応を示す事を明らかにした。イネとの近縁性はサザンハイブリダイゼーションで検討したDNAの相向性からも示唆されている。

 ワイルドライスが耐冷性に優れていることは,その地理的分布(カナダや米国ミネソタ州に自生)からも明らかである。また1993年は我が国稲作史上,記録的冷害であり,北海道十勝地域のイネの作況指数は2と最悪であったが,ワイルドライスはほぼ平年並みの100kg/10aであった(中村,2000)。先述したようにワイルドライスはイネに極めて近縁であるので,将来ワイルドライスの耐冷性遺伝子をイネに導入できる事が期待される。

 一方,ワイルドライスの易脱粒性は自然下種更新を可能にするが,収穫ロスにつながり栽培上の最大の問題点であった。近年難脱粒性品種が開発され,反収が30~40%向上し,ミネソタ州(Oelke,1998,Oelke et al,1982)やカリフォルニア州(Hill et al,1989)では栽培面積も増加した結果,収穫量はこの20年で5~10倍も増加した。一方,収穫量の増加と共に,価格が下落し,1996年には1.5ドル/ポンドと20年前の1/3程度となっている。

 栽培上のもう1つの問題は乾燥種子の休眠性であり,アブシジンが深く関与している。乾燥種子の休眠性を打破するには1~3℃の土中や水中に3~5ヶ月置いておく必要がある。

 米国におけるワイルドライスの食品としての価値は高く,風味や栄養にも優れていることもあって,販売価格は依然としてイネの4~5倍も高い。ワイルドライスのタンパク質は113%前後で米よりも著しく高い。またリジン,メチオニン,スレオニンが多く,リボフラビン,リノール酸,リノレイン酸が高く,栄養的に極めて優れた食品であることが知られている。したがって,香りが高いこともあって,クリスマスの七面鳥やカモ料理の詰め物にされるのを始め,スープやサラダ,ピラフや各種肉料理などに使われる他に,半加工品,冷凍加工品,健康食品などにも拡大している(太田・杉本,1990)。

 ワイルドライスの生理生態学的興味は風媒性と雌・雄花の位置関係と生育状態を反映した両者の量的関係である。マコモ属は風媒花であるにもかかわらず,図1に見られるようにマコモもワイルドライスも雌花が雄花より上部に着生し,雌花は雄花より数日早く開花する。また多年性のマコモでは雌花割合と梓長の関係が不明確であるが,ワイルドライスでは桿長が短くなる(生育量が小さい)と雄花が減って雌花の割合が多くなる(三枝ら,1993)。これらのことは自家受精を防ぎながら,生育環境が悪い場合は雌花割合を増やし,相対的に多くの種子を生産すると解釈され,理にかなっているように思われる。

6)ワイルドライスの栽培法

 ワイルドライスの栽培化において最も大きな問題であった易脱粒性が改善され,ミネソタ州やカリフォルニア州では水田栽培が成功し,近年急激に生産量が増加している。我が国では,冷涼な北海道(Genma,1993)から温暖な愛知(和田,2002)までの栽培例がある。乾燥種子の休眠性が強いので冬期間1~3℃の水中に数ヶ月間,浸積したのち発芽育苗を行う。栽植密度,施肥もほぼイネに準ずるが,イネより冷涼で水温が低く,深水にすることが奨められている。深水はヒエの抑制にもつながり効果的である。収量は窒素施用量にレスポンスするが過剰施肥は倒伏を引き起こすので,数回に分けて各成分を5~7kg/10a程度行う。

 またイネと同様に肥効調節型肥料を用いれば全量基肥栽培が可能であるが,一般に栽培期間がイネより1ヶ月程度短い。前述の如くイネに極めて近縁であるので病虫害,とくにイモチ病の発生に注意をする。脱粒性の低い品種が望ましいがパテントがあり,米国からの新品種の入手は困難といわれる。一方,同一水田で栽培を継続するなら自然下種があり,冬期の湛水を続けるだけで翌年の播種は必要としない。収量は脱粒性とも関係するが100~200kg/10a程度である。

 米国では健康食品として販売され年々生産と消費がのび,スーパーマーケットや産地では道路脇のフルーツ直売庖で販売されている。またファミリーレストランでもサラダや肉料理に広く使われている。美食を自他共に認める日本人は,その風
味を知ったらブレークするだろうか?今年度も,イネが冷害の様相を呈している東北・北海道ではワイルドライスがイネに代わる救荒作物となるであろうか?寒冷地の”町興し作物”としての栽培が期待される。

引用文献

1)J. E. Hill:Wild Rice in California,A gronomy Progress Report,Univ. California Davis. 1-57,(1989)

2)T. Gemma,H. Miura,and K. Hayashi,Effects of Water Depth and Temperature on the Seedling Growth of Wild Rice:Jpn. J. Crop Sci. 62,414-418,(1993)

3)中村重正:菌食の民俗誌-マコモと黒穂菌の利用,八坂書房,1-205,(2000)

4)生井恒雄・貫名学・三枝正彦・富樫二郎:ワイルドライスに発生したいもち病,日本病理学会報,62,247-253,(1996)

5)太田初子・杉本栄子:ワイルドライスの性状とピラフへの応用,大阪信愛女短大紀要,24,65-78,(1990)

6)E. A. Oelke:North American Wild Rice,Dep. Agron Plant Gene. Univ. Minnesota,1-32,ジザニア研究会(1998)

7)E. A. Oelke,J. Grava,D. Noetzel,D. Barron,J. Percich,C. Scheritz,J. Strait,and R. Stucker:Wild Rice Production in Minesota,Univ. Minesota,1- 40,(1982)

8)三枝正彦・渋谷暁一・星川清親・源馬琢磨:ワイルドライスの桿長と雄花・雌花の割合:日作東北支部報,36,13-14,(1993)

9)和田富吉:ワイルドライスの暖地水田栽培とその資源維持,ジザニアぶみ,20,6-7,(2002)