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第542号 2003(H15).06発行

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歴史の中の肥料
カリ鉱石物語2

京都大学名誉教授
高橋 英一

カリ鉱床の成因

 ところで何故シュタッスフルトの岩塩層にカリ塩の集積がみられるのだろうか。海水中にカリウムはナトリウムの約30分の1含まれている(表2)。

 したがって海水はカリウムの給源になりうるが,それを取り出すことは技術的,経済的に難しい。しかしもし海水中の塩類が,蒸発濃縮によって沈殿する際に,カリウム塩とナトリウム塩の分離が起こるならば,カリウム塩の集積層を採取すればよい。

 1849年にユジリオという人が,海水が自然に蒸発する間にどのような順序で塩が沈積するかを調べたが,その結果は次のようであった1)

 全塩濃度3.5パーセントの海水を自然蒸発させると,全塩濃度が2倍の7パーセントに上昇したとき炭酸カルシウムと少量の酸化鉄が沈殿し始める。更に全塩濃度が約17パーセントになると炭酸マグネシウムと硫酸カルシウムが現れ始める。

 全塩濃度21パーセントでは硫酸カルシウムが主な沈積物であるが,25パーセントになると塩化ナトリウムの沈殿が始まる。しかしこの沈殿は,硫酸カルシウムとマグネシウムの硫酸塩と塩化物が多少混じった「不純な塩」である。

 それらの不純物は,溶液の体積がもとの100分の1近くに減少する時点まで塩化ナトリウムとともに沈殿し続けるが,硫酸マグネシウムの割合が高くなる。

 このときの残存母液は,非常にねばねばしていて温度を高くしても殆ど蒸発せず,冷えると塩の混合物の塊が生じた。

 その組成は温度や湿度によって変動するが,共通して大量に含まれているのは硫酸マグネシウム(キーゼライト)と複塩の硫酸マグネシウム・カリウム(ラングバナイト)であった。

 このユジリオの研究結果をもとに,1888年オクセニウスという人が,水平な砂州によって湾が部分的に外海から遮断されていて,蒸発による湾内の海面低下に伴って海水が進入する場合について,岩塩が形成されてゆく過程を推測した。その大要は図1のようである2)

(1)海水が砂州を越えてたえず湾内に流れ込み,蒸発して塩分が濃くなる。水中の生物はすべて追い出されるか死んでしまう(堆積塩類中に生物の化石が見つからない理由)。

(2)海水は引き続き流れ込み,蒸発によってますます濃くなると,炭酸カルシウムと酸化鉄を沈積させる。塩分の濃さが溶液比重1.129の段階に達すると,石膏(CaSO42H2SO4) が沈殿を始める。

(3)さらに海水が流れ込み,ますます濃くなって,比重1.218あたりになると岩塩(石膏を含んだ塩化ナトリウム)が沈殿を始める。

(4)海水の流入が続く一方母液の一部が流出するようになり,岩塩の上に無水石膏が沈積する。

(5)砂州は閉じ,母液(マグネシウム塩とカリウム塩を含む「苦い湖」)からカリ塩が沈積し始める。母液からの沈積層はキーゼライト層(硫酸マグネシウム),カーナライト層(塩化マグネシウムと塩化カリウム)から成る。

 ただ多くの塩の堆積層にはこの(5)の過程に相当する沈積層は見られない。これについて彼は,内陸の隆起か何らかの地質学的攪乱が起こって「苦い湖」を流し去ってしまったと説明した。シュタッスフルトのカリ層は,その「苦い湖」の一部が窪地におしとどめられた場合を表している。

 1907年に新しい雑誌「カリ」が創刊されたが,その第1号にはオクセニウスの理論に基づいて,シュタッスフルトのカリ鉱床の生成が,次のように説明されている3)

 古生代の末,ドイツ全体は沙漠気候のもとで海面下にあり,その海は現在のスイスのバーゼルからウィーンまで延びる砂州によって南の大洋から隔てられていた。

 この海が干上がって行くにつれて塩類が,石膏,岩塩,ポリ塩化物の順に沈積した。そして母液がまだ残っている間に砂州が閉じ,太陽熱がねなねばした液の温度を上げてゆくにつれてキーゼライト,カーナライト,カイナイト,塩性粘土などが次々に沈積した。やがて大きな沈降が起こって海洋の水が再び入り,もう一つの上部に位置する岩塩層を生み出した。そのあと今度は隆起が起こり,新しい母液を外洋に押し出した。

 この隆起は数千メートルの高さに達するまで続き,その間に塩の沈積層は水平なままではいられなくなり,逆転したりした。その後洪積,沖積の堆積物に埋められて図2のような鉱脈を生ずる。

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カリ鉱床発見の影響

 19世紀のはじめ,ヨーロッパにおけるポタッシ需要の増大は,化学者達をカリウム源の探求に駆り立てた。彼らはカリウムが多くの岩石の構成分になっているというクラプロートの発見(1797)に刺激されて,岩石からカリウムを取り出す試みを繰り返した。またスコットランドではケルプから,ドイツでは甜菜の残りかすから,フランスでは海水からカリウムの抽出が行われた。一方新大陸アメリカの森林は,ヨーロッパへのポタッシの大きな供給源になっていた*

 このような中,19世紀の半ば過ぎにシュタッスフルトでカリ鉱床が発見されたことは大きな福音であった。それはカリ不足からの解放を約束するとともに,森林消滅の危機を救うものでもあった。

 カリ鉱山はシュタッスフルト地方のほかにも,ハノーヴァー,ハレ,南ハルツ地方などで次々に開かれていったが,フランス国境に近いアルサスを除きすべてドイツ中央部に集中していた(図3参照)。そしてドイツは第一次世界大戦の結果アルサス地方を失うまで,唯一のカリ生産国の地位を保っていた。

 ドイツのカリ鉱山から産出されるカリ塩は,表3に見られるように1861年以降加速度的に増加したが,その6割以上が輸出された。また生産されたカリの中,肥料として施用された割合は1880年42.5%,1890年58.4%,1900年76.7%,1910年88.3%,1920年94.3%と,20世紀になってからは殆どが農業用になった4)

 これは硝石を原料とする黒色火薬の時代が去ったことと,窒素,リンにカリウムが加わった肥料三要素の時代が到来したことを反映している。また1884年にはカリシンジケートが組織され,以後これがカリ塩の世界貿易を独占することになった。

 世界の集約的な施肥農業にカリ肥料が次第に不可欠なものになり,その給源をドイツに依存するという構造は,第一次世界大戦中の連合国をカリ不足に悩ますことになった。

 アメリカは大戦中カリフオルニアのサールズ塩湖をポタッシ保留地に指定した*。そしてそれを契機に各国でカリ塩の探査が始まり,その結果ドイツによるカリの独占はなくなった。

 現在世界のカリの推定埋蔵量は表4に示すように,約525億トンで,ドイツは第3位になっているが,上位3国のロシア,カナダ,ドイツが全体の97パーセントを占めるという寡占構造は変わりない。

 世界におけるカリ肥料の生産と消費は増加の一途をたどり,現在年間3000万トン近い値になっている(表5)。もしこれを木材を焼いた灰から生産するならば,年間150億トンの木材を灰にすることになり,それは50万平方キロメートル(日本の国土の約1.3倍)の面積の森林が年々なくなる計算になる*。                                                                                                                                                                                                          

 現在世界人口は60億を越えたが,地下から採取されるカリ塩が肥料として施用される以前の19世紀半ばの世界人口は約11億であったから,150年間に5倍以上の増加をみたわけである。それは耕地を介して5倍以上の食糧の供給,それを生産するためのカリの供給があったことになる。しかしこれだけのカリの供給を有機物のみに求めることは不可能であろう*。ここに鉱物資源を利用する端緒をひらいた,シュタッスフルトにおけるカリ鉱床発見の歴史的意義が見出されるのである。

*1 アメリカにおける木材の灰からのポタッシ生産は,1608年にジェームスタウンで始まった。当時大英帝国が,新大陸の大西洋沿岸部に植民地を拓いた動機の一つは,増大するポタッシの需要に対処するため,その原料となる木材を確保するためであったといわれる。
 アメリカ独立戦争(1775~1783)の一時期,マサチューセッツは植民地で生産されるポタッシ1トンにたいして100ポンドの奨励金を出すと広告した。またこの時期ポタッシは税金の代わりに受納された。
 1789年8月から1790年10月までの14ヶ月の間に,アメリカからヨーロッパに7050トン,価格にして66万ドルのポタッシと,1548トン,18万ドルのパールアッシ(ポタッシの半精製品)が輸出された。
 1825年にはそれらの輸出総額は200万トンに達し,これをピークにして以後急速に低下していったが,それは大西洋沿岸諸州の森林資源の枯渇とドイツのカリ鉱石供給によるヨーロッパ市場の需要の変化が原因であった。
 木材の灰からのポタッシの生産は,農業の観点からするとアメリカの歴史における最大の経済的犯罪(the geatest economicrime)の一つに数えられるという指摘がある。
 アメリカからヨーロッパへの2世紀にわたる木灰の輸出は,木灰以外のカリ資源が知られていなかったヨーロッパの産業の発達を大いに助けた一方で,アメリカ東部諸州の農業を著しく遅らせた5)

*2 アメリカ合衆国で最初にカリの商業的生産が行われたのは1915年,カリフオルニアのモハーヴェ砂漠にあるサールス(Searles)塩湖においてである。ここの鹹水から硼砂をとる際の副産物としてカリが生産された。鹹水にカリは,塩化カリにして平均4.7パーセント含まれている。

*3 木材1トンから,灰化抽出されるカリを2キログラム,1ヘクタールの森林の木材存在量を300トンとして計算。

*4 無機化学肥料が普及する以前,わが国ではカリは主に自給肥料の堆厩肥と草木灰から供給されていた。カリ塩の消費が途絶えた昭和20年の堆厩肥の生産量は過去最高の6000万トンに上ったが,これから供給されるカリの量は約30万トンで,これは昭和29/30年度のカリ塩消費量に匹敵する値である。またわが国の農家の間では,「灰がなければ麦播くな」とか「灰をやらずに豆播くな」などといわれ,灰を肥料として施すことは古くから行われてきたが,昔は農家では樹の枝,薪,落ち葉,藁等を燃料にしていたので,農家一戸当たりの草木灰の生産量は年間80~50貫位になった6)。これは草木灰のカリ含量を平均5パーセントとすると,15~28キログラムに相当する。その他に水田では,灌漑水から10アール当たり1~6キログラムのカリが供給される。欧米と異なり労働集約的な園地農業が営まれてきたわが国では,効率のよい有機物利用が行われてきたといえよう。

参考文献

1)R. P. マルソープ著,市場泰男訳:塩の世界史 240頁,平凡社(1989)

2)文献1の244-248頁

3)文献1の304-305頁

4)川島禄郎著:肥料学 625頁,西ヶ原刊行会(1929)

5)G. H. Collings:Commercial Fertilizers-Their Sources and Use p226・227,The Blakiston Company(Philadelphia)(1949)

6)安川泰三編:加里肥料 理論と実際61,62頁,高陽書院(1955)

 

 

肥料と切手よもやま話(9)

越野 正義

土壌診断に基づく施肥

 養分が集積した土壌に施肥をするときには,これまでの標準施肥量の考えは通用しない。土壌の養分水準が低ければ作物の吸収量を基にして施肥設計をすればよく,この地域にはこの施用量でよいという標準施肥量でよかった。しかし長年の営農活動の差により農家ごと,圃場ごとに土壌の養分レベルが違ってくると,それを考慮に入れずに施肥処方箋を正しく書くことはできない。土壌養分の違いは土壌診断で知るしかない。農水省では環境保全型農業において土壌診断に基づく施肥を大きな柱としている。

 この中国の切手は,土壌診断を進めようというキャンペーンのために発行された。「大塞に学べ」と紅衛兵が活躍していたころのものである。試験管の中の液は赤色を呈しており,ナフチルアミン-スルファニル酸による硝酸のテストであろうか(ナフチルアミンは発ガン性があるため入手できなくなったので,最近はナフチルエチレンジアミンなどを使う)。

 土壌診断に基づく施肥設計が普及すると肥料の銘柄の考え方も変わらざるを得ない。診断値が違えば成分比が違い,施肥量も違ってくる。土壌診断と結びつけて肥料の選択を容易にするのがバルクブレンド(BB)であった。しかし日本ではBBすら登録,あるいは届け出が必要なため銘柄に柔軟性がない。アメリカの肥料小売店では1%刻みでどのような成分比でも受注できる。配合時にフィラーが自由に使えるから,どのような成分比でも簡単に作れる。

 環境保全型農業において土壌診断結果を活用するためには,肥料銘柄,流通のあり方も一度検討する必要はないだろうかと考えている。

 (財 日本肥糧検定協会 参与)

 

 

キャベツのセル内基肥による生育の斉一化技術

北海道立北見農業試験場
作物研究部 畑作園芸科
研究職員 小谷野 茂和

Ⅰ はじめに

 キャベツは栽培管理が比較的単純で,また,圃場での生育期間が短く,作期設定の幅が広い野菜である。このため,北海道東部や北部の畑作地帯においては,重要な輪作作物のひとつとなっている。十勝管内鹿追町などの大産地では,2~3haの大規模栽培も一般的である。しかし,近年キャベツは,国内消費量の減少や中国等からの輸入増加により価格が低迷しており,その生産・流通の一層の低コスト化が求められている。

 現在,北海道におけるキャベツの定植作業は,セル成型育苗と自動移植機の利用による機械化体系が普及している。しかし,収穫作業はその大部分を人手に頼っており,一般的な出荷体系では,収穫・調製・箱詰めまでを圃場で行う。その際,規格歩留りをあげるため,2~4回の選択収穫が行われることが多い。10aあたり40人・時程度を要するこの作業は,キャベツ栽培における労働時間の約90%を占め,また,重労働でもあるため,大幅な省力・軽労化が求められている。

 このような状況のなか,生物系特定産業技術研究推進機構が主体となり,1994年に自走式キャベツ収穫機が開発され,2001年には新型機も登場した。その収穫精度は高く,切断ミス等による損傷も少ないため,先進的な産地では,近い将来の導入が検討されている。また,2001年には(独)農業技術研究機構北海道農業研究センターにより,収穫機と伴走トレーラを組み合わせた効率的な収穫システム1)が開発され,その普及が期待されている(写真1)。

 しかし,現状では,道内での収穫機の普及は進まず,ごく少数の生産者が加工向け栽培で利用しているにとどまっている。この主な原因は,キャベツの生育にばらつきがあるため,機械化一斉収穫では,規格歩留りが,現行の多回選択収穫に比べ,大幅に低くなることにあると考えられる。

 「セル内基肥」とは,育苗培土にシグモイド溶出型の被覆肥料を混和し,圃場での施肥を減量する栽培法(図1)で水稲では同様な方法がすでに「育苗箱施肥」として実用化されている。キャベツのセル内基肥も,千葉県や愛知県などでは,1995年前後から研究が進み成果を上げつつある2),3),4)

 セル内基肥の最大の特徴は,作条施肥の「線」に対し,「点」と表現される施肥の局所性2)にある。このため,キャベツ1株当たりに与える窒素の量を均一にすることにより,生育の揃いを高める効果が期待される。しかし,府県では,この技術について,主に施肥作業の省力化や窒素利用率の向上という目的で研究開発が進められてきたため,生育の揃いについては,これまでほとんど報告されてこなかった。

 北海道立北見農業試験場では,1997年から地域基幹研究「野菜の省力機械化技術を基幹とした大規模畑輪作技術」に参画してきた。その中で,1999年から中央農業試験場と共同で,セル内基肥を利用したキャベツ栽培の試験を行い,生育の揃いおよび機械収穫への適応性を検討した。その成果は実用的な技術5)として,2002年に北海道指導参考事項に認定された。

Ⅱ 試験方法

 場内試験は,北見農業試験場圃場(訓子府町)で行い,2001年には,美幌町の農家圃場で現地実証試験を行った。土壌はともに黒色火山性土である。

 品種は,サワー型の道内主要品種である「藍春ゴールド」を用いた。栽植密度は,畦幅60cm,株間35cm(4,760株/10a)を基本とし,高畦栽培とした。

 作期は,秋まき小麦の前作を想定した9月どり(5月下旬播種,6月下旬定植)と秋まき小麦の後作を想定した10月どり(7月上旬播種,7月下旬定植)の2作期を設定した。2001年の現地実証試験は,9月どりである。

 施肥法および施肥量は表1のとおりである。セル成型育苗培土は,アロフェン質黒ボク土を主体とした「プラグエース」を用いた。セル内基肥区では,シグモイド溶出型被覆尿素肥料「LPコートS」100日タイプ(以下LPS100)を株あたり窒素1.5g(128穴セルトレイ1枚あたり現物施肥量480g)となるように混合した。この濃度で肥料を混合した場合,育苗中の窒素溶出により地上部の徒長が問題となったが,子葉展開期に生育調節剤「スミセブンP」(一般名:ウニコナゾールP)液剤500倍液を60ml/トレイで散布することにより,徒長を防止し,機械定植が可能な苗を得ることができた(写真2)。

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 慣行区の施肥は全量基肥とし,全面全層施用した。セル内基肥区では,窒素の不足分とリン酸,カリを全面全層で施用したほか,結球期約1週間前に畦青だに追肥し,中耕を行った。なお,セル内基肥区の窒素量合計は,慣行区の約3分の2であった。

 収穫方法は,手取り一斉収穫を基本としたが,現地実証試験では,収穫機HC-1(ヤンマー農機(株)製)による一斉収穫と,現地の収穫体系に合わせた手取り選択収穫(4回)の検討を併せて行った。

 本試験の実施にあたっては,チッソ旭肥料(株)に供試肥料の提供および助言をいただいた。また,現地実証試験では,美幌町農業協同組合および美幌地区農業改良普及センターに協力をいただいた。

Ⅲ 試験結果と考察

1.収量および生育の揃い

 セル内基肥区の初期生育は,慣行区よりもやや速く,揃いも優った(データ略)。

 一球重は,2000年9月どりではセル内の施肥量が他作期よりも少なかった(N:1.0g/株)ため,慣行区を下回ったものの,その他の試験例では,慣行区と同等であった(図2)。一球重のばらつきの程度を表す変動係数は,全作期で慣行区を下回り,ほぼ15%以下に抑えることができた(図2)。

 現地実証試験(一斉収穫)における一球重の分布を図3に示したが,セル内基肥区では1,300~1,400gの階級に集中した分布となった。その結果,現地の青果用出荷規格である8玉規格(10kgの箱に8球が隙間なく入る規格;一球重1,100~1,700g)で比較すると,セル内基肥で一斉収穫した区では,慣行施肥で4回選択収穫した区の約8割を確保することができた(図4)。

2.機械収穫適性

 現地実証試験での機械収穫の結果,セル内基肥区では茎部切断ミスによる損傷球の発生はみられなかった。また,付着外葉数が2~4枚で再調製の必要がない「適切り」球の割合が最も高かった(図5)。これは,収穫前の外葉数のばらつきが少なかったこと,また,株の傾きが小さく,機械による抜き上げ,ベルト搬送時に株の姿勢が安定していたことが要因であると考えられた。

3.窒素利用率

 キャベツ栽培では,普通畑作物に比べ窒素施肥量が多く,窒素利用率も低いため,未利用窒素による後作物への影響や硝酸態窒素による地下水の汚染が懸念される。

 セル内基肥区では,窒素施肥量が少なく,窒素利用率も高いため,作物に利用されない窒素量を慣行区の6割以下に抑えることができた(図6)。

4.球の内部成分

 野菜に含まれる硝酸は,がんや糖尿病の原因となることが危惧されており,その低減が求めらている。定植後約60日で収穫した2001年現地実証試験では,慣行区の硝酸含量は10~25mg/100g程度となり,WHOによる体重60kgの人の1日許容摂取量220mgを考慮すると,無視できない量であった。これに対し,セル内基肥区では,硝酸含量を5mg/100g程度まで低減することができた(図7)。

 同試験でのセル内基肥区のビタミンC含量は,慣行区より有意に高く,夏どりキャベツの指標値(1999年北海道指導参考)である35mg/100g6)の2割増であった(図7)。

Ⅳ おわりに

 2001年からは,被覆燐硝安肥料「ロング2401-70M」(以下L2401)の実用性を検討している。

 セル内基肥にLPS100などの被覆尿素肥料を用いた場合,アンモニア蓄積による生育障害を生じることがあることは,福地4)も報告している。当場の試験でも,ピートモス主体の市販軽量培土を用いた場合,同様の障害が発生したが,L2401を用いた場合,そのような障害が発生しにくいことが確認され,育苗培土の種類にかかわらず,安定したセル内基肥育苗が可能となった。

 また,L2401は70日溶出タイプのため,2002年のような夏季低温年において,LPS100では窒素溶出が鈍るような条件でも,窒素を有効に利用することができ,収量,窒素利用率とも高かった。

 その他,セル内基肥の実用性を高めるための各種条件検討を行っている。

 今後は,大規模育苗施設等に対応するため,肥料と培土を効率よく混合し,セルトレイに均一に充填する技術の開発も必要である。

引用文献

1)八谷満ら(2002)大区画圃場に向けたキャベツの新機械収穫体系の構築と評価,農機北支部報42,19-24

2)小出哲哉,伊藤武志(1998)キャベツにおけるセル培養土内基肥施用法の確立,愛知農総試研報30,145-152

3)福地信彦ら(2000)育苗培養士への被覆肥料の混合がキャベツセル成型苗の生育に及ぼす影響,園学雑69別2,405

4)福地信彦(2001)被覆肥料を育苗培養土に混合したセル成型苗利用によるキャベツ栽培(後編),農業と科学518,1-4

5)北海道立北見農業試験場他(2002)キャベツのセル内基肥による生育の斉一化技術,平成13年度研究成果情報(北海道農業),104-105

6)小宮山誠一ら(1999)夏どりキャベツのビタミンC含有率の実態と変動要因,北海道立農試集報77,65-68

 

 

クワイの肥効調節型肥料を用いた全量基肥施肥

大阪府立食とみどりの総合技術センター
みどり環境部 都市緑化グループ
主任研究員 内山 知ニ

1.はじめに

 関西で正月の縁起物として珍重されるクワイに関する栄養生理特性や肥培管理に関する知見が少ない。主要な肥料成分である窒素についても施肥法が確立していない。大阪府におけるクワイの主産地である門真市においても,地区や農家によって様々な施肥慣行が採られている。すなわち,少量の追肥をこまめに行う農家や,全生育期間にわたって十分な施肥をする農家,施肥量を少なくして密植する農家などである。

 このように多様な施肥法が採られている原因は,クワイの生育相において,いつまでが塊茎肥大につながる地上部の充実する時期か,いつからが収穫の対象となる塊茎の肥大する時期になるのか,といった点が外観上不明確なためと考えられる。また,追肥量が多くなりがちなのは,多量の窒素追肥によって地上部が巨大化するため,塊茎肥大を連想することや,「葉欠き」や「根回し」のように特殊な生育制御技術を伴うことがあり1),葉欠き後の生育回復を意図した追肥が行われるためではないかと考えられる。

 そこで,養分要求特性を明らかにする試験を行った結果,窒素栄養については,施肥量よりも施肥時期が重要であった2)。さらに,窒素30kg/10aの施肥水準で目標秀品収量1,500kg/10aが得られることと,追肥の適期が8月上中旬の高温期にあることが明らかになった3)。しかし,クワイ栽培において,追肥作業は収穫作業とともに重労働となっている。

 その理由としては,クワイの強靭な葉柄が水平方向に伸長していること,クワイが足場の悪い湿田で栽培されること,腰をかがめて田面に肥料を散布しないと肥焼けのおそれがあることが挙げられる。このため,たとえ適期に何度も追肥をすることが有効であることが分かっても,農業者の高齢化等,作業労力の点で実行は困難になっており,追肥作業を減らす,ないしは無くすような施肥法の開発が望まれる。

 そこで,クワイの肥培管理において,さらに省力・多収を図るため肥効調節型肥料を用いた全量基肥施用による栽培技術を検討し,追肥を行う慣行栽培と同等の収量が得られる省力施肥法を検討した。

2.試験方法

 大阪府門真市の水田において,施肥窒素の全量を30kg/10aとして,2回追肥する慣行施肥の中では省力的な施肥法(慣行施肥法)と肥効調節型肥料を基肥施用時に全量与える施肥法(全量基肥施用法)について比較検討した。試験ほ場の土壌理化学性を表1に示す。

 供試品種は埼玉県産の青クワイ(Sagittaria trifolia var. edulis(Sieb.)Ohwi)を使用し,栽植密度は当地では比較的密植である27×54cm植えとした。定植は6月8日,収穫は12月4日であった。また,葉欠き,根回しといった生育制御作業は,労力面で現地でもあまり行われていないことと,今後の省力化を考慮して行わなかった。

 慣行施肥区は,基肥として燐硝安加里化成を窒素成分で20kg/10a,追肥は,8月1日と20日に,NK化成でそれぞれ6kg/10aを施用した。また,全量基肥施用区は,肥効調節型肥料(商品名:ロング100日タイプ)を定植前に窒素成分で30kg/10aを作土全層に混和した。

 生育調査は,7月10日から約20日間隔で,草丈と生葉数を5回測定した。収量調査は,各区2ヵ所,1ヵ所あたり1㎡について全部を掘取った後,現地の出荷慣行に準じ,重量選別機を使って,2S級から2L級の5段階に選別し,等級別の塊茎数と塊茎重を測定した。

3.結果

 草丈は,慣行施肥区の方が,8月1日の調査で5.2cm,8月20日の調査で3.9cm長かった(図1)。しかし,生葉数については,全量基肥施用区が葉数増加期から茎葉黄変期まで常に多く,特に塊茎が肥大する8月下旬以降は,常に2~3.6枚多く推移した(図2)。調査期間中,生葉数の差が最も大きかったのは9月4日で,全量基肥施用区では慣行施肥区よりも生葉数が36%多かった。

 塊茎収量は,慣行施肥区では1,800kg/10a,全量基肥施用区では2,395kg/10aで33%増となった(表2)。内訳を見ると,全量基肥施用区においては2L級とL級の割合が重量比で81.4%であったのに対して,慣行施肥区では78.3%であった。特に,商品価値の高い2L級は,慣行施肥区の1.46倍であった。

 塊茎数の等級別内訳は,両区ともほぼ同じような傾向であったが,慣行施肥区において商品価値の低い2S級の数が29.2%多かった(表3)。

4.考察

 肥効調節型肥料(Controlled Availability Fertilizer)は,微生物分解等を利用した緩効性肥料よりも肥効が長期間安定しているために,環境保全的な側面と追肥労力を削減する側面から注目されている。

 特に,施肥に関する研究の進んでいる水稲では,省力的な施肥法として,肥効調節型肥料による全量基肥施用法が提案されている4,5)。しかし,水稲においては,品種や土壌条件によって肥培管理が変わるため,数種の肥効調節型肥料を組み合わせて様々な施肥体系を組む必要があり,普及にあたっては多種の体系を提示する必要がある。

 これに対して,クワイの場合,栽培品種が少なく,栽培されるほ場は透水性の悪い粘質の湿田であることが多いため,ひとつのパターンを確立することで適応範囲の広い施肥法を作ることができる。本試験において,クワイの施肥法としては,窒素成分30kg/10aを含む,熱可塑性樹脂(ポリオレフィン系樹脂)で被覆した肥効調節型肥料を施用することによって,追肥を全く行うことなく,慣行施肥法に勝る高品質・高収量が得られることが明らかとなった。また,栽培管理に関しても,水稲が中干しをはじめとする様々な水管理によって,栽培中に土壌の水分条件や温度条件を変えるのに対して,クワイは常時湛水で栽培管理されている。これが,クワイに対する肥効調節型肥料の効果を安定的なものにしている最大の要因と考えられる。

 熱可塑性樹脂によって被覆された肥効調節型肥料は,地温の影響を強く受ける6)ため,冷夏の年には地温が上昇せず,肥料成分の溶出が遅れたり,減少したりして収量に悪影響を及ぼす恐れがある。この点については,8月に低温の続いた1993年7)と高温の続いた1994年8)を含む5年間の継続試験によって,肥効調節型肥料の全量基肥施用が従来の追肥重点の施肥法よりも省力的で且つ高収量となることを明らかにしている9)。これらの結果から,肥効調節型肥料の全量基肥施用法は,現場レベルでも実用的な技術であるといえる。

 今後は,クワイの吸収養分の多くが塊茎よりも地上部の生育に直接的に反映していることから,さらに高収量・高品質を目指すためには,これまでほとんど検討されていない品種の改良10)や,塊茎への分配を増やす栽培管理についても検討する必要があると考えられる。

5.引用文献

1)栗島光男(1979)クワイ.農文協

2)内山知二,北牧篤志,日野和裕,清水武(1987)クワイ栽培ほ場における養分収支.大阪農技セ研報.26:7-10

3)内山知二,高浦裕司,上田知弘,日野和裕,清水武(1994)クワイに対する窒素施肥時期及び施用量と塊茎収量.大阪農技セ研報.30:7-11

4)北村秀教,今井克彦(1995)水稲の全量基肥施肥技術.日土肥誌.66(1):71-79

5)上野秀人(1995)被覆尿素施用水田における土壌中の窒素動態と吸収.農業技術.50(7):304-307

6)藤田利夫(1989)被覆肥料に関する開発.肥料の現状と将来.講演要旨:111-126

7)北村修(1994)1993年の日本の天候の特徴.農業気象.50(1):33-41

8)北村修(1995)1994年の日本の天候の特徴.農業気象.51(2):159-165

9)内山知二(1995)肥効調節型肥料を用いたクワイの全量基肥施用法.大阪農技セ研報.32:9-12

10)谷本忠芳,内山知二(1993)品種内および品種間交雑によって得られたクワイ系統の生産性.農業および園芸.68(7):817-820