§水稲に対する肥効調節型肥料の施用効果
九州農業試験場
総合研究第1チーム長
脇本 賢三
§浸透性水田における窒素の動態について
-環境負荷低減を目指して-
富山県農業技術センター
農業試験場 土壌肥料課
統括研究員 田村 有希博
九州農業試験場
総合研究第1チーム長
脇本 賢三
水稲の施肥に関してはこれまで多くの試験例があり,養分の中でも水稲の生育及び収量を最も左右する窒素の施肥法については,速効性窒素肥料を供試したきめ細かい施肥技術(分施法)が確立されている。
近年,労働力の減少や低コスト化のための規模拡大に対応するために施肥労力の省力化が強く求められており,その有力な方法の一つとして肥効調節型肥料を用いた省力施肥法の研究が盛んに行われている。本肥料の利点を挙げると,水稲の生育,養分吸収に合わせた肥効発現が得られるため,肥効率の向上が図られ,効率的施肥が可能である。その上,速効性窒素肥料と違い施用後窒素が流亡等により損失することが少ないことから,環境への養分負荷の影響が小さい。
このように,施肥効率向上による施肥量の節減とそれに伴う環境への養分負荷低減技術の開発は,環境問題への関心が高まる中で極めて重要な課題となっている。
しかし,本肥料は窒素溶出が地温に依存しているため,選択を誤ったり,気象条件が大きく変動するような場合には,水稲の生育や養分吸収が合わず,かえって収量・品質の低下を招いたり,また環境への養分負荷が増大したりする危険性も含んでいる。肥効特性を良く理解した上で本肥料を活用すれば,従来の速効性窒素肥料では実現できなかった画期的な施肥技術の開発も可能となる。
ここでは,まず移植栽培における本肥料の施用事例,次いで,近年省力栽培技術として再浮上してきた直播栽培における施用例を紹介し,これらの事例の中から本肥料の利用法と今後の課題について述べてみたい。
表1は移植水稲に対し従来の速効性窒素肥料の分施法に比べ被覆尿素の全量基肥施肥法が収量及び収量構成要素等に与える影響を調べた結果である。ここでは被覆肥料の特性を最も効果的に活用する方法として全量基肥施肥法を取り上げた。

試験は被覆尿素(シグモイド型100日夕イプ)と硫安の混合割合を変えて行ったものである。気象条件が年度により大きく異なり,収量の年次変動も大きかったが,ここでは便宜的に3年平均でみた場合の混合肥料の効果を解析することにする。
玄米重は速効性窒素分施区に比べ被覆尿素複合(緩効度30%)区では同等,緩効度50%と70%ではいずれも約105%となり,緩効度が大きい方が増収となった。収量構成要素の中で穂数は被覆尿素複合の緩効度で大きな違いはなかったが,被覆尿素複合区は速効性窒素分施区より10~15%増加した。穂数の増加は総籾数の増加につながり,その結果増収となった。
本試験では被覆尿素区の窒素施用量を硫安分施と同量の9kg/10aに設定した。被覆尿素施用の場合は窒素の吸収率が速効性窒素肥料施用より高いため,減肥してもほぼ同等の収量が得られるが,ここではあえて硫安分施と同等施用とし,収量性を比較した。その結果被覆尿素の増収効果が判然と見られたものと考えられる。
参考のため本試験で行った施肥窒素の溶出イメージを図1に示した。シグモイド型被覆尿素の窒素溶出は施用後約45日頃までは溶出が抑制され,最高分けつ期頃から溶出が始まり,その後急激に溶出率が高まる。この時期はちょうど硫安分施区の場合の穂肥施用時期に当たっている。

以上のように,被覆尿素を供試すれば一般に有効茎歩合が高まり,穂数が確保しやすい。従って,倒伏しにくい品種では被覆尿素の供試で収量向上が期待できる。有機物を圃場に還元して地力増強を図ることが少なくなった現在,地力窒素と類似の窒素供給パターンで窒素を供与できる緩効性窒素肥料の施用意義は大きいものと思われる。
しかし,一方において,近年,消費者の好みが良食味米指向となっており,収量向上より良食味米生産への要求が高まっている。飯米の食味は米の窒素含有率(たん白質含有率)に左右される部分が大きく,窒素含有率の低い米を生産するために,従来の施肥法の見直しが現場では行われ始めている。
被覆尿素の窒素肥効は緩効的であり,しかも種々の溶出型のものを作出できるため,その特性を最大限に利用して,全量基肥施肥という超省力施肥法が確立されている。しかし,緩効性窒素肥料は,窒素肥効が持続的であることから,生育後期にまで窒素が吸収されやすく,そのため玄米窒素含有率が高まりやすい。食味を向上させる上では,この窒素の持続性が米の食味低下要因にもなる。
表1の結果は被覆尿素の混合割合が収量及び玄米窒素含有率に及ぼす影響を示しており,生産者の目的に応じて被覆尿素の緩効度の選択が必要と思われる。すなわち,良食味米生産を指向すれば緩効度が30%程度のものがよく,増収を期待する場合は50~70%に設定するとよい。
表2は有機物連用条件下における被覆尿素の施用例である。本圃場は稲麦作付け体系で管理した有機物長期連用水田であり,平成8年度で稲わら堆肥(以下堆肥と略す)を約30年連用したことになる。無窒素の収量レベルをみてもわかるように,地力の高い土壌条件である。被覆尿素複合(窒素溶出がシグモイド型,緩効度50%)施用が減量に及ぼす影響をみると,有機物無施用条件では硫安分施区に比べ被覆尿素複合区が増収となり,増収割合は窒素施用量が少ない場合及び低収年の場合で高い傾向がみられた。

一方,堆肥連用条件では硫安分施区に比べ被覆尿素複合区の増収効果はほとんど認められなかった。従って,地の高い土壌条件で被覆尿素を施用する意義は主として施肥量や施肥回数の節減に限定され,収量増はあまり期待できないものと思われる。
これまで述べてきた試験では,被覆肥料の施用方法を全面全層施用法とした。しかし,より効率的な窒素施用方式としては局所施用が考えられる。側条施肥はその一例である。水稲の初期生育確保や水質汚染防止に効果を発揮した。また,寒地で注目されているシグモイド型被覆尿素を用いた育苗箱全量施肥法(育苗及び本田で必要な窒素総量をすべて育苗箱に施用し,移植作業と同時に肥料を本田に持ち込む方式)は施肥の省力化,窒素吸収効率の向上,初期生育促進などの点からみて寒地に見合った効果の高い技術と考えられる。
この育苗箱全量施肥法の参考事例として,筆者が暖地の普通期水稲(中苗移植)に対して行った試験結果(データ省略)を紹介する。
中苗育苗の場合は比較的地温が高い時期であり,また育苗日数(約35日)が長いため,被覆尿素からわずかに溶出する窒素が苗に吸収され,移植時期には窒素含有率の高い,草丈の大きい苗となった。このような苗は通常の苗に比べ軟弱で,気象変動の影響を受けやすい等,生産が不安定となりやすい。暖地に本技術を定着させるためには,コーティング肥料からの初期の窒素溶出をできるだけ抑制できる被覆技術の開発等,安定育苗のための技術開発が必要である。
しかし,ここでは試験的にこのような苗を移植した場合の生育に与える影響をみると,代かき及び無代かきのいずれ土壌条件でも初期から生育が旺盛で,被覆尿素を本圃に全面全層施用したものと比べ収量性にはほとんど違いがなかった。特に不耕起移植栽培においては,減水深が大きく,硫安等速効性窒素肥料の表面施用では窒素の肥効が上がり難いため,施肥苗移植の効果は大きい。
以上のように,移植水稲に対して肥効調節型肥料を活用すれば,気象条件にあまり左右されず一般に穂数の確保が容易であり,その結果安定栽培ができる。また窒素吸収効率が高いため施肥量を節減することができる。窒素の緩効的溶出を利用して根の近くに施用しても濃度障害を受け難くいため,側条あるいは直下施用が可能であり,窒素の吸収効率が高まる。また環境への窒素の流亡や損失が少なく,環境保全の面でも望ましい管理ができること等,利用価値の高い肥料である。
稲作経営の担い手が高齢化するとともに,後継者不足を生じており,またウルグアイラウンド農業合意を受けた国際化対応として一層の低コス卜化が要請されている状況下で,我が国の稲作を推進させるためには,省力技術による大規模経営を指向せざるをえなくなっている。
現在我が国の水稲栽培技術の中では移植方式が主流であり,省力栽培が可能な直播技術の利用は,これまで一部の農家あるいは一部の地域に限られていた。このことは,移植方式が安定生産に最も適した技術であることを物語るものである。
しかし,大規模経営を行うためには移植方式には限界があり,十分な対応を仕切れないとの判断から大幅な省力化が可能な直播技術が再び注目を集め,本技術を積極的に普及させる機運が高まっているのが現状である。直播の中でも湛水直播は,移植栽培の行えるところであれば技術導入できることから適用範囲が広く,本方式の栽培技術が積極的に検討されているところである。ここでは,湛水直播の中でも耐倒伏性の大きい湛水土中直播に対する被覆尿素の施用事例を紹介する。
表3は良食味品種「ヒノヒカリ」を供試した結果である。肥料は窒素溶出がシグモイド型・100日夕イプの被覆尿素窒素を50%及び70%含有(残りは速効性窒素)した複合肥料を供試した。肥料は代かき時に全量を全面全層施用した。

試験実施年は好天に恵まれ,速効性窒素分施区の収量が約700kg/10a と極めて収量レベルの高い年であった。玄米重は速効性窒素分施区と被覆尿素複合区がほぼ同等であった。収量構成要素をみると,移植は被覆尿素複合区が速効性窒素分施区より多く,これまで述べてきた移植及び乾田直播の場合と同様の傾向であった。また,窒素吸収量は緩効度70%の被覆尿素複合区が最も多く,施肥窒素の吸収効率は70%と最も高かった。
湛水土中直播で供試した被覆尿素複合は移植栽培で用いたものと同じタイプであり,栽培様式の違う直播にもほぼそのまま適用できそうなことが窺われる。本試験は播種後の水管理を湛水としたため,基肥に施用した被覆尿素複合中の速効性窒素が流亡等により損失することはほとんどないと思われる。
しかし,最近,湛水土中直播では播種後の落水が出芽率向上に有効なことがわかり,そのため播種後約1週間くらい落水管理とする。落水で土壌にかなりの亀裂が生じ,入水後は透水性が大きく,このような条件では代かき時に施用した速効性窒素は流亡等による損失の恐れも出てくる。このような場合は,全量基肥方式として施用する肥料は,混合する速効性窒素の割合を少なくし,一部をリニア型の被覆尿素で置き換える等,栽培条件に対応した肥料形態の工夫が必要になるものと思われる。
肥効調節型肥料は従来の速効性肥料と違い肥効発現型を自在に選択できること,また緩効的な肥効発現であることを利用して,施肥労力の省力化,肥料成分の効率的吸収,濃度障害の軽減等の面の他に,環境への養分負荷量が少ないことから,環境保全的施肥技術を確立する上で有力な手段となる。
水稲栽培においては,移植,直播をとわず,基肥重点あるいは全量基肥施肥法により大幅な省力化が可能となり,また施肥量の節減や収量向上も達成しやすい。
しかし,窒素の肥効が生育後期まで継続する場合が多いため,成熟期の玄米窒素含有率が高まり,食味低下の起こることが懸念される。食味を高く維持する手段として,①窒素溶出が比較的早いタイプの肥料を供試する,②緩効性窒素の混合割合を下げる,③窒素施用量は吸収効率を考えて減肥する等が考えられる。水稲の窒素要求及び収量・品質を考慮した各種タイプのブレンド方式が今後さらに検討される必要がある。
肥効調節型肥料の今後の課題としては,肥料価格の引き下げ,温度依存性(温度変化に伴う成分溶出の影響度)の低下,被覆資材の土壌中での可分解性,農薬入り肥料等の開発が挙げられる。これらの中にはすでに研究がかなり進んでいるものもある。今後はさらに高機能性を有する肥料の開発が望まれる。
富山県農業技術センター
農業試験場 土壌肥料課
統括研究員 田村 有希博
近年,世界的に環境問題がクローズアップされており,農業分野でも例外ではない。特に欧米では,畑地や草地での硝酸態窒素による地下水汚染が問題になっており,その対策として施肥量を減らした生産技術,すなわち,低投入型生産技術の確立が求められている。このような動きに日本が傍観者となることは許されない。
ご存じの通り,日本での肥料消費量は世界的に見ても多く,これが海外からの批判の対象となっている。耕地面積が狭い日本で食料を確保するためには,多くの資材と労力を投入して多くの収穫物を得る集約的農業を実施せざるを得ないと自己弁護したとしても,外国から見れば,コストの高い農業は止めて安い外国産の食料を輸入すれば良いではないかとの議論になり,日本を特別扱いしてくれそうもない。逆に,日本の特殊事情のために,肥料の投入量は多くても環境への負荷は少ないことを証明して反論する必要がある。
日本の特殊事情とは,日本農業が水田作中心であるということである。畑地や草地等の酸化的な耕地環境では,施肥窒素は硝酸態窒素となり土壌中に存在する。土壌中の粘土鉱物や腐植の表面はマイナスに帯電しているから,アニオンである硝酸態窒素は土壌粒子表面に吸着されることなく土壌溶液中を拡散や水移動に伴って移動する。従って,降雨時に発生する重力水の降下に伴って土壌中の硝酸態窒素は下層に移行して地下水を汚染する可能性がある。逆に湛水状態である水田では土壌環境が還元的であるため,施肥窒素は土壌中でカチオンであるアンモニア態窒素として存在する。
よって,マイナスに帯電している土壌粒子表面に吸着されて土壌中での移動は少ないものと考えられる。従って,水田では施肥窒素による地下水への負荷は考え難く,むしろ,潅漑水中に合まれる無機態窒素を吸着し濾し取るため,水田には浄化機能があるとの考え方が一般的である。しかし,対外的にこれを説明するためには具体的なデータが必要である。
そこで,粘土含量や腐植含有量が少なくて保肥力が弱い上,透水性が大きいため,施用した窒素が流亡し易くて施肥効率が悪く,地下水を汚染する恐れがある中粗粒質灰色低地土水田においても水田の浄化機能が発揮されるかどうかを確認すると共に,このような土壌条件での環境負荷低減技術の開発を目的とする課題を平成5年から指定試験事業のなかで取り組んできた。
上記研究目的を達成するための基礎資料として,保肥力が弱く透水性の大きい水田土壌中で,実際に施肥窒素がどのような挙動を示すのかを把握する必要がある。そこで,環境負荷の軽減と施肥窒素の利用率向上を図るため,施用した窒素の動きを重窒素で標識した肥料を用いて検討した。
本報告で扱われる施肥窒素の形態は,主にアンモニア態窒素である。最近では,被覆尿素等緩効性肥料を用いた基肥一回施肥法が普及されつつあり,速効性肥料を用いた分施型の栽培方式に取って代わりつつあるが,基肥一回施肥法であっても初期生育を確保するための速効性肥料の使用は避けられない。また,速効性肥料は,施肥方法の違いにより施肥効率や流亡量が大きく変わると考えられる。そこで,施用された速効性の窒素の土壌中での挙動を中心に述べる。
近年,消費動向の変化に伴い,米の食味が生産性より重要視されるようになってきており,生産現場では米のタンパク含量を下げる目的から窒素の施肥量を減らす傾向にある。私が着任した平成5年から比べても,米のタンパク含量を上げる恐れのある実肥を施用しない等の普及サイドの指導もあって,窒素の総施用量が2~3割減っている。この動向は,環境負荷低減を視野に入れたものとは言えないが,環境負荷軽減を目的に日々研究に勤しんでいる我々にとっては喜ばしいことである。結果的に施肥量は削減されているものの,環境負荷低減の観点から考えれば,施用した窒素がどこに配分されたかを追跡することが重要である。
そこで,重窒素で標識した硫安を用い,基肥,早期追肥,穂肥及び実肥として施用した窒素の動態を検討した。窒素施用量はそれぞれ,4,2,2×2回及び2kg/10aである。ちなみに,富山県では現在,米のタンパク含量を上げる恐れのある実肥は施用されていない。また早期追肥とは,活着を促進して茎数を確保する目的で,移植後1週間目位に施用する追肥である。
基肥,早期追肥,穂肥及び実肥として施用された窒素のうち,水稲に吸収された量を部位別及び時期別に調査した結果を図1に示した。

まず,基肥窒素の行方を追ってみる。施用した基肥窒素の27%強が穂肥前(出穂18日前頃)までに水稲に吸収され,その65%以上が葉身に蓄えられた。その後,穂肥直前までに葉身に蓄えられた窒素は実肥(穂揃期)ごろには葉鞘と籾に移行し始め,収穫期には吸収された基肥窒素の51%が玄米に転流し,葉鞘に22%,葉身に21%,籾殻に3%及び根に4%が残留して最終的な利用率は28%となった。
早期追肥窒素の利用率は4.8%と低かった。また,吸収された窒素の稲体中での動きは,基肥と同様の傾向を示したが,玄米に66%が転流して基肥よりも玄米への転流率は高かった。しかし,早期追肥の利用率は極端に低く,その効果は疑問である。
2回施用した穂肥窒素は,実肥前までに44%が水稲により吸収され,葉鞘に39%,葉身に52%が蓄えられた。それが収穫期には玄米に62%が転流して穂肥窒素の利用率は47%であった。
また,実肥窒素の収穫期での利用率は53%で,玄米への転流率は74%と高く,実肥が玄米窒素濃度を高める恐れの大きいことを示した。
全体の傾向として,施用時期が遅いほど葉身及び根に残存する割合が低くなり,玄米へ転流する割合が増加することが認められた。
なお,解析に用いたデータは低温年であった平成5年度の結果である。その他の年次の結果を表に示したが,高温年であった平成6年の基肥,早期追肥,1回目穂肥,2回目穂肥及び実肥の利用率は,それぞれ22%,11%,59%,63%及び75%である等,年次によって変動した。このことは,廣川ら(1991)によって報告されているとおり,水稲による吸収期間中の天候により施肥窒素の利用率が変動することを示している。

施肥窒素の水稲による吸収について述べたが,ここでは施肥窒素の土壌中での挙動について明らかにする。まず,基肥として全層施用した窒素の動きについて検討した。
窒素として4kg/10a相当量の重窒素で標識した硫安を圃場の無窒素区に設置した30×30cmの金枠内に全層施用し,施肥の翌日に水稲(コシヒカリ)稚苗2株を移植した。移植後経時的に土壌をブロック状に採取して測定したアンモニア態窒素の分布を図2に深さと稲株中心からの距離とともに示した。

移植後30日目で稲株中心~5cm,深さ3~7cmの位置の窒素濃度の減少が認められるとともに,表層の窒素濃度の顕著な低下が認められた。41日目以降,主に深さ1~9cmの層の窒素濃度が水平に減少しており,この位置の窒素が主に水稲により吸収されていることが示された。そして,62日目には下層の一部を除いてほぼ無機態窒素は消失した。
このことから,
①全層に施用した窒素は深さ1~9cmの層が先に吸収される,
②表層の窒素は水稲に吸収される前に減少する,
③無機態窒素は徐々に下層に移行する
ことが明らかとなった。
逆に言えば,3~7cmのところに層状に施肥すれば,利用率が向上すると考えられる。表に示すとおり,中層施肥では,全層施肥だけでなく側条施肥に比べても利用率が向上した。施肥技術的には難しい面があるが,検討に値すると考えられる。
富山県では,稲ワラの全量鋤込みを指導している。特に県内に広く分布する有機物含量の低い中粗粒質灰色低地土水田では,有機物源としての稲ワラの水田への還元は重要である。稲ワラを水田に鋤込む場合は,異常還元や窒素飢餓の発生が懸念されるため,秋鋤込みが望ましい。稲ワラを鋤込むと,有機態炭素をエネルギー源とした微生物による施肥窒素の有機化が起こる。
一方,栽培期間中に起こる土壌中有機態窒素の無機化は作物の生育に重要であり,水稲が吸収する窒素の60%程度を占めている。土壌中に有機態炭素が存在する場合,この土壌窒素の無機化と平行して無機態窒素の有機化が進行している。このことから,施肥窒素の動態を把握するためには,この有機化の実態を知ることが重要である。
図2に示したとおり,表層に存在する無機態窒素は水稲による吸収とは無関係に減少する。その行方については,下層への移行,脱窒及び有機化が考えられる。
図3は,基肥,早期追肥,穂肥及び実肥由来の有機態窒素量を示したものである。表層施用した追肥はともかく,全層施用した基肥窒素も表層に高濃度で集積していた。基肥窒素の表層への集積量は,施肥直後に表層に存在した量に匹敵しており,施用窒素の大部分が有機化されたとも考えられるが,後述するとおり,拡散等により下層から表層への窒素の移動も認められるため,表層に施用した窒素の大部分が有機化されたとは断定できない。

一般に表層においては,アンモニア態窒素が硝化作用を受けて硝酸態窒素となって脱窒すると言われている。表層に存在するアンモニア態窒素が脱窒するか有機化するかについては厳密に検討したわけではないが,差し引き法で検討した結果,ある程度の脱窒が起こっていると推定されたが,有機化量に比べて少なかった。
表層に施肥窒素が有機化されて残存する理由としては,
①代掻き後比重の軽い作物残渣等の無機態窒素の有機化に必要なエネルギー源としての有機態炭素が多く集積する,
②代掻き後粒子の細かい粘土粒子が多く集積して微生物密度が高まる,
③表層は比較的酸化的で地温も高いので微生物が活動が盛んである。
等が考えられる。
この表層での特異的に多い施肥窒素の有機化による窒素の残存のため,翌年の耕起前の土壌表面の地力は特異的に高くなっているものと考えられる。そこで,地力の指標として用いられる乾土効果を比べると,表層土壌が中層土壌の2倍ほど高く,施肥窒素の有機化が圃場の地力維持に貢献していると考えられる。
なお,基肥,早期追肥,穂肥及び実肥窒素の作土全体での有機化率は,それぞれ32%,13%,18%,13%であった。
水稲による利用率と土壌への残存率を合計すると基肥は60%,早期追肥は18%,穂肥は65%及び実肥は66%となり,脱窒や流亡により失われた窒素量は,それぞれ40%,82%,35%,34%であった。すなわち,早期追肥以外は60%以上が利用されるか利用され得る形で残存した。しかし,早期追肥窒素の80%以上は失われ,環境負荷が大きい施肥法であると言える。
我々が研究対象としている土壌のCECは,6~8meq/100g乾土程度と非常に低く保肥力が弱いため,これまで述べてきたように土壌中でアンモニア態窒素が移動し,水稲による吸収や流亡に影響すると考えられる。そこで,土壌中での窒素の動きと水稲による窒素の吸収をシミュレーションすることを試みた。
作土深が17cm,減水深が2cm/日程度の圃場の無窒素区に30×30cmの金枠を設置し,2株分の窒素量(360mg)を株間中央5cm深に重窒素で標識した硫安で局所施用した。施用後2週間目の土壌中での分布を図4に示した。トレーサー窒素の分布をみると,下方への移動のみならず,上方や水平方向への移動が認められた。すなわち,水田土壌中でも水の移動や濃度勾配に伴う拡散によって,アンモニア態窒素も移動することが認められる。

中粗粒質灰色低地土水田における窒素の吸着,拡散,溶脱,土壌窒素の無機化,無機態窒素の有機化,脱窒並びに水稲による吸収を表すシミュレーションモデルを北海道農試の伊藤氏が作成した。本モデルを改良して3次元空間での窒素動態を検討したところ,局所施用したアンモニア態窒素の3次元分布を得ることができた(図5)。

また,他の条件を同じにして減水深だけを変えてシミュレーションした結果を図6に示したが,CECが小さく,減水深が大きい場合は,作土下への流亡が大きくなる可能性が示された。そこで,土壌を土壌厚11cmとなるように箱形カラムに詰め,減水深を3cm/日に調節し,360mgのトレーサー窒素を硫安で局所施用した結果,3日目に多量の施肥由来のアンモニア態窒素が流出し,4日目までの溶出量は,施肥窒素の40%に及び,さらにその後も徐々に流出が続き,1カ月後には施肥窒素の55%が流出する結果となった(図7)。


このとき,土壌中には,35%程度が無機態窒素として残存し,2%程度の窒素が有機態として残存した。差し引き8%程度が行方不明となり,脱窒したものと考えられる。同じ量の窒素を全層に施用した場合,作土深11cmで考えると,施肥窒素の分布範囲は30×30×11cm=9,900cm3である。
局所施用した場合を考えてみると,仮に,拡散および水の移動に伴う窒素の移動によって,底辺の半径が4cmで高さが11cmの円錐状に均一に分散したとすると,4×4×3.14×11/3=184cm3であり,分布範囲は全層施肥の2%弱である。すなわち,窒素の存在量が均一に拡散したとしても50倍の濃度となる。吸着能が有限である土壌中に高濃度のイオンが存在する場合,液層に留まるアンモニア態窒素の割合は増加し,液層に存在するイオンは水の移動と拡散により容易に流亡する結果となる。
また,有機化によって土壌中に固定される窒素量は全層施肥の場合,約30%である。有機化量は,無機態窒素濃度と有機化に必要な有機態炭素量に依存するから,無機態窒素濃度が50倍であっても,有機化量はそれほど増加せず,局所施用した窒素の有機化量は施肥置の2%程度であった。そのため,カラム実験において,土壌中に吸着されて無機態窒素として35%,有機化されて2%が残存した。残り63%は流亡あるいは脱窒して失われたものと考えられる。カラム実験の場合,流出量が施肥量の55%と特定できるから,脱窒量は100-(35+2+55)=8%と推定された。
このカラム実験の結果を基に圃場での局所施肥の窒素収支を推定すると,水稲による施肥窒素の利用率は55%,土壌中に有機化して残存した量が3%であった。損失置は,100-(55+3)=42%となる。カラム実験から局所施用の場合,脱窒量は少なく,10%以下と仮定すると,流亡した量は施肥量の32%以上であると推定された。全層施用の場合,条件によって異なるが,流亡率は1~7%程度であった。従って,吸着範囲の狭い局所施肥の場合は全層施肥に比べ,流亡による施肥窒素の損失が多くなる恐れがある。すなわち,条件によっては,施肥窒素の利用率向上が必ずしも環境負荷低減につながるとは言えない。
ちなみに,減水深が2cm/日とすると,10×100×0.02=20t/10a/日の水が地下に移行するから,施肥量(4kg/10a)の30%が一日で流亡すると仮定したとき,作土下に流出する降下浸透水中のアンモニア態窒素濃度が1日の平均で60ppmに達する恐れがある。実際にカラム実験では,ピーク時の濃度が500ppmに達した。
これを,全層施肥で仮に施肥量の5%が流亡すると仮定した場合,局所施肥と異なり土壌中での窒素の移動速度は小さいから,10日間程度の期間に徐々に流出すると考えると,降下浸透水中のアンモニア態窒素濃度は,1ppm程度となる。実際に施肥後の作土下の土壌溶液中のアンモニア態窒素濃度は低く,水田においては,保肥力が小さい土壌であっても,局所施肥のようなーケ所に高濃度の施肥をした場合を除けば,地下水への施肥の影響は少ないと考えられる。
有機化されて土壌中に残存する窒素はいわゆる地力窒素となり,再無機化されるので無駄にはならないが,見かけの施用窒素利用率は低下する。また,全層施用した窒素の内,作土の下部に存在する窒素はなかなか水稲に吸収されず,その間徐々に作土層より流亡してしまい利用されない。よって,深さ1~9cmの層に存在する窒素が最も水稲に吸収され易いと考えられる。このことから,側条施肥はこの位置に施肥されるので理にかなっていると言える。しかし,局所施肥のように,極端に集中施肥した場合,保肥力が小さく減水深が大きい圃場では,施肥効率の向上は期待できるものの,地下水への負荷が増大する懸念もある。
産業としての農業が環境を汚染しているのではないかとの危惧から,低投入型生産技術の確立が求められている。しかし,現状では環境を意識した農業が営まれているとは言い難い。現在,農業分野でも地下水の硝酸態窒素濃度の規制が検討されている。既に規制されている工場排水等では,排水口で採取された排水での濃度規制ができる。しかし,農業分野では,規制すべき地下水の調査地点の議論がなされている段階であると聞いている。
今後,規制値がどの程度になるかを含めて気になるところであるが,このような規制が実施された場合,施肥量を作物側からではなく,環境負荷量を考慮して決定しなくてはならない時代がやがてやって来ると考えられる。本研究でも示されたように,水田では,地下水への施肥窒素の影響は少ないようである。逆に,集約的畑作等で汚染された地下水を水田に導入して浄化する研究も推進されている。いずれにしても,肥料会社には申し訳ないが,施肥量を減らす方向は今後とも揺るがないであろう。
現在,減肥の対象は主に窒素成分であるが,リン酸やカリの減肥の検討も始まっている。今後,肥料の消費量がますます減少すると考えられ,環境負荷低減を考慮した付加価値の高い肥料の創出が求められる。最近では,緩効性肥料の全量苗箱施肥等の技術により施用窒素利用率が80%を達成している事例も報告されている。しかし,せっかく施用窒素利用効率の高い新しい技術を導入しても,施肥量を減らしていない事例が見受けられる。無駄な資材を環境にバラ撒かないと同時に,タンパク質含量の低い品質の良い米作りのためにも節肥に努めたいものである。