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第473号 1997(H9).05発行

PDF版はこちら 第473号 1997(H9).05発行

 

 

環境保全型農業の推進方向

鹿児島県農業試験場大隅支場
土壌改良研究室
室長 上村 幸廣

1.はじめに

 輸入自由化,外食産業の発展,付加価値農産物の販売等,農業を取り巻く情勢は変わりつつあり,生産者サイドは厳しい状況下に置かれている。

 現在,消費者が農産物に対して最も関心があるのは,化学肥料,農薬,除草剤等を極力使わない有機主体の農産物生産で,化学合成物質利用への不信感は強い。

 安全で健康な食品を求める消費者ニーズに応えるためには,健全な土づくり,安全な病害虫防除,安全な雑草防除技術が不可欠である。

 過去,経済合理性を過度に追求した結果,農業生産場面でも種々の環境問題が発生した。

 地球にやさしい,自然にやさしい農業を求める声を聞いて久しいが,農業,農村を取り巻く情勢の変化,農業も環境との関わりにおいては加害者であるという観点に立って,農業試験場では,消費者の安全・健康志向等,多様なニーズに応えるために農薬や化学肥料を極力抑え,生態系の働きを最大限に活用した農業育成に取り組んでいる。

 しかし,生態系活用型農業推進の上で,土づくり,病害虫,雑草の防除等,未解決の分野も多々ある。

2.環境保全型農業の考え方と推進方向

 近年,公害問題に端を発した消費者の化学合成物質に対する不信感は農作物に使われる化学肥料,農薬,除草剤等へと発展していった。

 このことは,産業の活発化に伴って,食料も潤沢になり,飽食の時代を迎え,一般消費者の目が健康食品あるいは良品質の農産物へ向いたことと無関係ではない。

 現在の消費者は健康食品,安全食品,良品質の農産物生産に着眼して,化学肥料依存型農業を否定しているのが実状である。

 化学肥料依存型の農業を否定する理由のひとつに土壌が不健全になったことが挙げられる。化学肥料は作物の養分的な面には大いに寄与するが,土壌の健全化に際しては,有機物に劣る。もちろん,化学肥料であっても,土壌に養分供給がされるため,微生物類が増加し,その結果,菌糸等が増えて土壌物理性の改善に役立つ。しかし,有機物に比べるとその効果は劣る。

 農薬,除草剤も作物生産に大きく寄与したことは周知の事実であるが,土壌の微生物相の不健全化を促したことも明らかである。

 日本の近代化農業の発展に伴って,家畜排泄物,産業廃棄物が増大したことと,消費者の志向が有機物で生産された農作物へと移っていったのはほとんど時期を同じにする。

 しかし,一方では,化学肥料,有機物の多投によって土壌が飽和状態になり,現在逆の意味で不健全になっているところもある。その結果,地下水,河川水まで汚染しつつある。

 今,何故有機物栽培の農作物が消費者から受けいれられるのか? この問いは難しいが,化学合成物質の不信感から,天然由来の自然物(家畜排泄物等)のもので栽培した作物を食べたい欲望に起因すると考えられる。

 家畜排泄物が完全な自然物かというと若干疑問は残る。それは,飼料のほとんどを外国産に頼っていることと,日本は多頭肥育のため,家畜用の医薬品を多量に投与しないと採算がとれないという事実である。

 作物養分としての有機物は通常の化学肥料より遅効性である。また,化学肥料がほぼ純粋物質であるため,目的とする養分しか含まれていないのに対して,家畜排泄物は完全肥料に近い。一方,化学肥料も最近では,種々のタイプの肥効調節型肥料が開発され,作物の種類,時期的に種々の組み合わせが可能で,ほぼワンショット施肥で栽培可能になってきている。

 土壌の面から考えてみると,まず,土壌に養分が富化されると微生物が繁殖する。この効果は化学肥料と有機物では異なる。有機物のなかには微生物の体内成分のほとんどが備わっているのに対して,化学肥料はすべてを具備していない。一方,微生物の増殖に大きくかかわる炭素率については,化学肥料が無機態窒素を多く含有するのに対して,有機物中の無機態窒素は少ない。

 したがって,微生物の活性,増殖が旺盛であればあるほど,土壌中の無機態窒素をより多く取り込まなければならない。これが窒素飢餓の原因となるもので,このような観点に立てば,有機物の利用法は化学肥料に比べ難しいが,これらの現象を軽減するために堆肥化を行って,少くとも有機物だけの窒素飢餓は避けることは可能である。

 土壌に有機物を投与すると種々の養分が富化される。そのなかで,最も重要なものが炭素と窒素である。土壌中の炭素が増加すると,腐植が増えることになり,交換容量が増加する。土壌の交換容量は客土か有機物の補給でしか変えられないため,腐植が増加することは土壌にとって意義のあることである。交換容量が増加すると養分の保持力が増加する。

 このことは,作物の側からは重要で,一度に多量の養分が施用されても,作物への障害が軽減されたり,養分の供給が長続きする等,作物にとって良い場面が多い。また,腐植が増加することで,有用微生物が増え,微生物の種類も増加することになる。微生物が増加すると,菌糸類,分泌物が増えて,土壌の団粒化に役立つ。このことが,エロージョンの防止にも効果がある。また,地温の保温効果等,化学肥料にはないメリットが多い。

 もうひとつの有機物の効果は土壌物理性の変化である。果たして,土壌の物理性が植物の生育にどれほど寄与しているかについては意見がまちまちであるが,有機物投与によって,土壌が膨軟になることは事実である。確かに,土壌は植物の支持体でしかないという考え方もあるが,重粘土壌等においての有機物施用はかなりの効果を発揮する。

 以上のように,有機物の効果は化学肥料にない面が多く,その効果は直接目に見えない物から見える物まで大きい。現在,有機物だけで栽培するような極端な有機栽培法も流行している。この場合,作物が化学肥料並の生育をするためには,多量の有機物を施用しなければならない。もちろん,1作ですべて吸収されるような施用量ではない。したがって収穫後にも養分の無機化が引き続き行われ,土壌に蓄積されることになる。

 この無機化養分の長期発現が有機物施用の最大のネックで,多量養分吸収型の作物を栽培した後等は特に問題になる。しかし,有機物の分解は緩慢である上に,有機物施用によって交換容量が増加したり,一旦微生物に取り込まれる等,化学肥料の多量投与とはかなり異なると考えられる。

 これらのことを総合的に考えると,有機物はなるべく温度が高く,有機物の肥効率が高い春夏作に施用し,その残効と化学肥料を組み合わせた秋冬作栽培が環境にやさしく,有機物の物質循環を考慮した環境保全型施肥法と考えられる。当然,これらの栽培形態がとれないことがある。この場合,秋冬作にはなるべく多量の有機物を施用しないように努めないと次作の春夏作で過剰な窒素が無機化し,春夏作の生育コントロールが難しくなるばかりでなく,吸収されない窒素等が梅雨も重なって下層土へ溶脱することになる。

 これらのこと等から,担い手の高齢化,ウルグアイ・ラウンド農業合意,新食料法の施行等,勘案したなかで,有機物を最大限に生かし,しかも土壌環境,水系,大気等への汚染を最小限に抑える環境保全型農業を展開しなければならない。また,現在は消費者主導型で進んでいるが,生産者主導型の環境保全型農業も今後推進する必要がある。

 今後推進すべき環境保全型農業の展開方向

①安全・健康食材としての農産物生産
②良質有機物の確保(堆肥センターの確保と家畜ふん尿,作物残さ,食品残さ,稲わら,でん粉粕,焼酎廃液等の良質堆肥化)
③有機物,深耕等による土づくり(有機物,深耕,基盤整備,排水対策等)
④有機質肥料を主体とし環境保全を考慮した施肥(土壌診断に基づく施肥等)
⑤環境にやさしい病害虫,雑草防除(低毒性農薬,天敵微生物,フェロモン,拮抗微生物,拮抗植物,太陽熱利用等)
⑥病害虫発生予察情報による適正防除(発生予察情報の活用等)
⑦地域に合った合理的な作付体系(適地・適作,輪作,クリーニングクロップ等)
⑧農業用資材の廃棄物の適正処理の推進(ビニール,ポリエチレン,農薬空き缶等)

3.農業環境の実態

 日本は天然資源に乏しく,輸入国である。したがって,家畜の餌の原料も大部分は輸入に頼っているため,そのふん尿,産業廃棄物も新たに日本の耕地に富化され,当然輸出国の土壌は痩せていく。

 過去,我が国は過度の集約農業によって生産力をあげてきた。しかし,ここにきて生産力の限界が生じ,しかも輸入農産物が増えたために国民全体が飽食状態にある。一方,集約農業を捨てて,化学合成物質に依存しない農業形態が,産直を中心に広がりつつある。このようなことから,集約農業から環境保全型農業へのシフトが叫ばれている。しかし,低コスト,省力化の点では,環境保全型農業達成のための技術開発は未だ遅れているのが実状である。

 ここ数年,全国的な動向として,有機栽培農産物が脚光を浴びている。有機栽培農産物を作るには,有機物を投与しなければならない。確かに,ほとんどの作物は有機物だけの施用で,化学肥料栽培と同等の収量が得られる。しかし,有機物は肥効が緩慢なため,夏作でも化学肥料窒素の2~3倍量施用しなければ,慣行並の生育をしない。これが冬作になると,より多くの有機物投与が必要になってくる。

 このようなことから,作物に吸収されない養分は土壌中に残存する。これが,徐々に下層土へ溶脱したり,大気中にガスとなって飛散する。下層土へ流出した養分はいずれ地下水を汚染し,我々が飲む飲料水にも悪影響を及ぼす。

 消費者は単に農産物にしか目がいかないが,過剰の有機物投与は結果的には消費者に返ってくる。したがって,土壌の健全化を図りつつ,環境への負荷を最小限にとどめた環境保全型農業を達成するためには,多くの場面で肥効率の高い化学肥料を併用しなければならない。

 また,有機栽培下では,良質の堆きゅう肥を施用しなければならない。通常,家畜排泄物等を堆肥化する際,悪臭公害が問題になる。臭気の問題は畜産を振興する以上,避けて通れない課題である。

 素堀り処理,堆肥センターの処理能力不足等,抱える問題は多く,農耕地施用による負荷を含めて,環境問題を複雑にしている。

 近年,微生物資材の台頭が著しい。微生物資材は種類が多く,有効な利用技術が開発されていないのが現状であるが,今後その機作,効果確認がなされれば,種々の分野で利用されると考えられる。また,ポリエチレン,ビニール類の農業用廃材の処理も今後大きな問題となってくると考えられる。

4.大気汚染の実態

 大気汚染と農業との関係は,近年まで論議されたことはなかった。しかし,土壌消毒剤で良く使われていた臭化メチルがオゾン層を破壊することが問題となった。

 地球の大気圏はオゾン層で覆われ,人体に有害な紫外線をある程度カットしている。したがって,オゾン層の破壊は人類にとって大きな問題となる。また,臭化メチルに限らず,揮発性の高いフレオンガス等も使用禁止の動きがある。

 これらの動きと並行して,地球温暖化現象が問題視され,その要因にメタン,二酸化炭素,亜酸化窒素が取り上げられている。このなかで,メタンと亜酸化窒素は自然環境や人為的な過程で生成されるため,大気中での濃度変化については一致した見解は得られていない。しかし,メタンと亜酸化窒素の様々の発生源のなかでも,農耕地からの発生量が犬きく増加していると考えられている。すなわち,メタンは水田,亜酸化窒素については畑の窒素施肥の増加である。

 家畜,農業の集約化,食生活の欧米化に伴い,家畜の飼養頭羽数の増大,単位面積当たりの養分施肥が増加した。したがって,家畜ふん尿からのメタン,亜酸化窒素あるいは土壌からのそれらの発生が増加してきている。また,牛は反芻動物で,そのげっぷ由来のメタン発生も相当量に達すると言われている。

 家畜排泄物,化学肥料が土壌に施用された場合,両者ともにこれらの現象は起こる。しかし,長期的にみると家畜排泄物のほうがその量は多いと考えられる。このことは肥効率の関係から有機物はどうしても化学肥料に比べ,多量施用されるからである。

 したがって,人類が生活を営む以上,これらの地球温暖化ガスの発生はある程度やむを得ないが,現在の環境保全型農業を推進する際の有機物投与もこれらの観点に立って,不必要な施用は避けなければならない。

表1家畜ふん堆肥の成分

5.有機主体で栽培された農産物

 農産物はその栽培形態によって,化学肥料主体で栽培された物,有機主体で栽培された物,土壌を全く使わない水耕等で栽培された物の大きく3種類に分かれる。

 水耕栽培の場合,農産物製造工場の域まで達するような無菌状態での栽培,コンピュータでの水耕液状態の管理等,植物の必須栄養素以外は養液の中に混入しにくい条件下にある。しかも,不必要な養分が少ないため,有害な物質も作物体内に含有されにくい。

 有機主体の栽培は主に家畜排泄物堆肥を養分供給源として使う。家畜排泄物堆肥,植物残さ堆肥は完全肥料とよく言われる。これらの堆肥を施用すると,通常の作物栽培では,微量要素等も欠乏することはあまりない。一方,家畜も生きていくために,都合の悪い物質は体内から排泄する。この排泄物を農業で利用することから,当然農作物にも有害な物質が含まれる可能性がある。近年,飼料の大部分を輸入に頼っていること,高密度飼養のための家畜用医薬品の投与等から,家畜排泄物の成分にも変化が起こっている。

 化学肥料主体の栽培の場合,必要以外の元素は散布しない。このようなことから,必須要素以外の農作物への混入は考えにくい。

 有機物を施用すると,土壌の物理性,化学性に変化が起こり,農作物へもこれらの変化が現れると考えられる。土壌物理性の変化はその他の水分条件等へ影響を及ぼすため,農作物の硬さ,比重等へ影響すると考えられる。土壌化学性の変化は農作物への成分に変化をもたらし,糖度,味等へ影響すると推察される。しかし,食味は色,外観,硬さ,甘さ,調理法等,総合的な観点で判断されるため,有機主体で栽培された物が必ずしも消費者から良い評価を受けているとは限らない。

 一方,有機農産物を食べて,様々な病気が治癒したという例を良く耳にするが,現在までのところその根拠に乏しい。しかし,有機農産物特有の何らかの物質によって,本来人間が持っている自然治癒力が増加することは推察できる。

6.特殊な栽培形態による高付加価値農産物生産

 一部の農家で行われている有機農法は化学肥料,農薬を最小限に留めるものから,全く使用しないものまで様々である。農林水産省が平成4年に通達した「有機農産物に係わる青果物等特別表示ガイドライン」によると,有機農産物,転換期間中有機農産物,無農薬栽培農産物,無化学肥料栽培農産物,減農薬栽培農産物,減化学肥料栽培農産物に分類・定義されている。また,米等,特別栽培米として別取り引きされる事例もある。

 最近,このような栽培農家が増え,特別なコーナーを設けて販売しているところや産直で消費者の食卓にあがるものまである。また,外食産業等との契約栽培を行い,有機農産物しか使わない企業もある。

 しかし,一般に有機農産物生産では,コストがかかり,しかも減収する。このギャップをどうするかが今後の課題であるが,通常の農産物より高価格で取り引きされれば,農家負担は少なくなる。一方,今後必ず到来すると予想される食糧不足の問題等,総合的に考慮すると,一部の消費者を満足させる現在の有機農法から,有機物を最大限使い,最小限の病害虫,雑草防除を行う農業形態に移行すると考えられる。

7.環境保全型農業の成立条件

 環境保全型農業を達成するためには,種々の条件が必要である。まず,家畜排泄物を主とする有機物確保の問題である。家畜排泄物が多量に産出するところでは,環境保全型農業を達成するための有機物確保は可能である。あとは,堆肥センターの処理能力問題であるが,家畜排泄物量の大部分は処理できないのが現状である。したがって,新たな堆肥センターの設置が急務となっている。しかし,豚飼育の畜舎の形状等からくる豚ぷん尿等,抱える問題は大きい。

 農家サイドでの環境保全型農業は達成されても,流通,販売の問題が残る。現在,産直,外食産業の食材としての有機農産物への転換等,全国規模の動きはみられるが,今後,新たな流通形態の整備が不可欠である。有機農産物を安定的に供給するためには,生産団地形成が重要である。この有機農産物生産団地においては,省力・低コストを図ることは当然であるが,有機物施用に伴う過剰養分収奪のためのクリーニングクロップ,効率の良い輪作体系の確立,農薬使用頻度の低い,効率の良い一斉防除技術等が重要である。

 したがって,このような新たな団地育成には既存の農耕地を集約・再編成して,従来の農業イメージではない企業的な農産物生産体系の確立が重要である。

8.有機物の利用技術

 化学肥料偏重の時代には“堆肥無用論”の考え方が主流の時代があった。堆肥を農耕地に還元しなくとも,化学肥料で十分作物は収量をあげられるという考え方である。しかし,この考え方で農業を行った結果は土壌が健全な機能を失ったことである。有機物の考え方が有機物の化学性だけに着目し,他の効能を見失ったからで,化学肥料だけで有機物の特性を十分賄えると思ったからである。

 植物を栽培する時には,植物体のほうだけに目が向きがちである。特に,農作物は長くても6か月程度で栽培が終わるものが多い。したがって,総合的に長い目でみることができず,目的の生産物だけに着目し,その他の食べない作物部位にはなかなか目がいかず,見逃してしまうことが多い。土壌が健全な機能を失って,作物体内の機能はガタガタになっても,最終的にどうにもならないところまで我慢し,ある程度の収量をあげる。しかし,そのことに気づかないでいると,ついに作物が健全な生育ができないような土壌になる。どうしようもなくなったところで,初めて気づくのである。

 有機物には植物にとって重要な化学物質の他に微生物のエサになる物質が多く含まれている。また,このことが有機物を施用した時に,土壌中の微生物フローラを攪乱し,植物にとって有害になることもある。土壌病原菌も,その数が少ない時は普通の微生物ですむが,特定の微生物だけが異常に増えた時に問題が生じる。

 作物を連作した場合,根圏の微生物相は単純化する。このことが作物にとって土壌病原菌の被害が現れなくても,根の発達,活力を低下させる。植物は根から多量の分泌物を出すので,連作すると同じ分泌物が増えて,その分泌物を好む微生物だけが多くなる。このようなことから,初作畑のほうが連作畑より微生物がバラエティーに富むことになる。

 したがって,単純に考えると,連作は土壌,作物にとって良くないことになる。これを回避するために有機物を施用すると,とりあえず非根圏の微生物相が多様化し,そのことが結果的には根圏の微生物相まで多様化させる。ここにも有機物施用の利点がある。

 今まで述べたことを植物の根のほうから考えると,植物の根張りをよくすると根圏の範囲が増加し,根圏微生物が豊富になる。したがって,根張りが悪くなるような条件下では根圏微生物相も貧弱になる。これらのことも化学肥料だけに頼った栽培下では耕うんに頼って根の張りを良くするしか方法がない。しかし,耕うんによって,根の張りをよくしたところで,微生物のエサがなければなんにもならないことになる。

 単純に有機物を施用すると土壌がどうなるかと言うと,まず植物に必要な肥料成分が増える。このことは具体的には,有機物には速効性の成分と遅効性の成分が含まれているので,速効性の成分が少ない有機物は後効きし,逆の場合は作物の初期生育が旺盛になる。しかし,有機物は程度の差はあっても,その肥効は緩慢で,1作でその効果がなくなるということはまずあり得ない。難しく言うと難分解性の有機物が徐々に分解し,有機物施用後の一作はもちろんのこと,次作以降にこの分解物が作物に利用される。

 二番目の有機物施用の効果は土壌に腐植が蓄積するということである。この土壌に腐植物質がたまるということは作物にとって非常に重要なことで,土壌養分の養分保持力を増加させたり,地温を上昇させ,保温力を増す等の効果の他,微生物の「すみか」としての働きもある。

 土壌の養分保持力の目安として陽イオン交換容量がよく使われ,指標として用いられている。陽イオン交換容量は土壌の粘土,腐植含量に左右されるが,土壌の粘土含量はその耕地によって決まっているので,人為的に変えることは客土以外にはできない。この陽イオン交換容量を私たちが変えられるのは有機物施用によって腐植物質を蓄積させることである。もちろん陽イオンを吸着する力は粘土によるものと腐植によるものとは異なり,一般的には粘土による吸着力のほうがかなり強い傾向がある。

 いずれにしても,陽イオン交換容量を増加させるということは作物の生育上,大きな問題になる。たとえば,陽イオン交換容量の極端に低い土壌に肥料を多く施用すると,土壌がその養分を保持する力が弱いために遊離のイオンが多くなり,作物の根に障害を与えるばかりか,降雨等によってすみやかに溶脱する。一方,陽イオン交換容量の高い土壌に施肥した場合,少々多めにやっても養分保持力が強いために,作物の根を傷めることも少なくなり,また,養分の溶脱量も少なくなると言える。

 三番目の有機物施用効果は土壌が膨軟になって,物理性が良くなることである。このことは作物にとって最低限必要なことで,土壌が硬くなると作物の根張りが悪くなる。耕うんによっても土壌は軟くはなるが長続きしない。前述したが,有機物を施用すると種々の微生物が豊富になり,その菌糸あるいは土壌昆虫類,ミミズ等が増えることによっても土壌はますます柔らかくなる。また,微生物の食物連鎖の関係もあるが,微生物が死滅して腐敗した成分を作物が吸収することも有機物施用の大きなメリットである。

 以上述べたように植物,土壌からみた有機物の持つ特性,メリットは目に見えるものから,見えないものまで非常に大きいものがある。これら有機物の持つ良い点を考慮にいれ,植物にとってストレスの少ない施用を心がけるべきで,このことが長期的にみれば,環境汚染の問題も軽減できるはずである。

9.微生物資材の利用

 近年,微生物資材の台頭が著しい。微生物資材は種類,効能等,様々で,その効果確認,再現が未だ完全になされていないのが実状である。

 現在,販売されている微生物資材はその効能によって,①有機物の分解,②病害虫防除,③土壌環境の改善,④養分供給の促進,⑤悪臭分解,浄化能力等に大きく分かれる。

 微生物が農業生産に果たす役割は見逃しがちであるが,そのほとんどの部分に関与していると言っても過言ではない。たとえば,有機物を施用した場合,微生物の働きで有機成分が無機化されて,作物に吸収される。また,根粒菌等の窒素固定菌,最近ではVA菌根菌等が農業利用されつつあるが,これらの微生物は潤沢な養分条件下では,増収に無理があるが,養分が脊薄な状態では増収の可能性がある。また,植物体内である種の有機成分の合成能力が低い場合,それを補完する生理活性物質の補給によって増収することも考えられる。

 一般に微生物は生活条件が整わないと増殖できず,その目的とする効果を発揮できない。しかも,家畜排泄物の堆肥化等の場合,もともと多種の微生物を含有するため,なかなか目的とする微生物資材の効果が発揮できないのが現状である。一方有機物の分解,堆肥化促進等は単一の微生物ではできず,複数の微生物が食物連鎖様の関連で有機物を分解する。したがって,この種の微生物資材には,複数の微生物が混入しないと目的を発揮できないことは容易に想像がつく。

 生態系活用型農業を展開するためには,今後微生物資材に期待されるウェイトは高く,病原菌に対する拮抗菌等,有用微生物の検索,有用菌への変換等,その機作解明も含めて発展すると考えられる。

10.肥効調節型肥料の利用

 最近,肥効調節型肥料の開発が著しく進歩した。種々の作物あるいはその栽培形態に合わせて,肥効を自由にコントロールできるため,基肥だけの施肥で栽培が可能である。しかも,作物が必要とする時期に養分を発現させられるため,一般に肥効率が高いことが特徴である。この肥効率が高いことで,地下水への養分溶脱も軽減されると考えられる。

 現在流通している肥効調節型肥料の大部分は温度依存型のため,冬場の肥効調節が若干難しいが,夏作であれば自由自在にコントロールできる。このように養分面からみた肥効調節型肥料は作物,環境場面で良いものが多いが,家畜排泄物等と根本的に異なるのは,土壌への有機物補給が全くないことである。したがって,低コスト・省力化には大いに貢献するが,有機物と併用しなければ,今後の総合的な見地に立った環境保全型農業の推進達成には無理がある。

 今後の課題として,有機物と肥効調節型肥料を混合した新しい形態の肥料開発が考えられるが,水分が多いと肥効発現コントロールが難しい。また,最近流行のセル育苗の培土に育苗期間中の肥効調節型肥料の施用はもちろん,本ぼまでの肥料を施用する技術開発も試験場で実施しつつある。

 肥効調節型肥料を施用しての栽培例は種々あり,水稲をはじめ,すでに農家向けの肥料を開発し販売されている。この種の肥料は農業機械と効率よく結びつけると,かなりの省力化につながる。特に,栽培期間の長い作物,追肥回数が多い作物への利用は当然であるが,土壌中での養分状態がほぼ一定でないと品質が悪くなる作物には,良好な肥料で,あらゆる作物に応用可能であると考えられる。

 肥効調節型肥料は肥効率が高いため,速効性の化学肥料より減肥栽培するのが一般的である。したがって,不必要な養分蓄積が少なく土壌への環境負荷は少ない。このように短期間でみた肥効調節型肥料のメリットは高いが,長期にわたった場合,土壌有機物の減少につながり,色々な面で都合の悪いことが生じる。

 

 

生命にとって塩とは何か
-生物と塩との関係史-5

京都大学名誉教授
近畿大学農学部教授
高橋 英一

5 植物にとって塩とは

海藻にとっての塩

 海水は約3パーセントの食塩を含んでおり,海藻はこの中で生育している。それを反映して海藻のナトリウム,塩素濃度は一般の陸上植物にくらべてかなり高い。表6に一例を示したが,コンブのナトリウム,塩素濃度は牧草の十倍以上になっている。またカリウムに対するナトリウムの割合も,牧草が15分の1であるのに対して,コンブでは3分の1と相対的にナトリウム濃度が高く,海水の影響が認められる。しかし海水のナトリウム濃度がカリウムの27倍もあることからすると,コンブも積極的にカリウムを取り込んでいることが分かる。

 コンブの生育にナトリウムと塩素がどのような役割をもっているのかは,塩化ナトリウムを含まない培地で育ててみないと分からないが,そのような研究はない。しかしおそらくカリウム塩だけではうまく育たないのではなかろうか。

 海藻はわが国では古くから「藻塩」として利用されていた。これに対してヨーロッパでは古くから家畜の飼料として利用されてきた。ギリシャでは紀元前1世紀ごろ海藻を牛に食べさせていた記録があるという。スコットランドでは褐藻のことを「仔牛の草」,ノルウェーでは「豚の草」と呼び,アイヌワカメを「雌牛の草」と呼ぶ。またフランスでは紅藻のダルスのことを「雌牛の草」,ノルウェーでは「馬の草」と呼んでいるという(西澤一俊著 海藻学入門 講談社学術文庫による)。これは家畜が海藻をよく食べたことを示している。

 海藻は牧草にくらべてミネラル含有量が高く,とくに牧草からは十分に得られないナトリウムやヨードが高濃度含まれているので,家畜の補助飼料としてはすぐれている。日本人はヨーロッパにくらべ海藻をよく食べる国民であるが,畜産国でないため飼料としての海藻の利用はあまりなかった。

陸上植物にとっての塩

 海の中から陸に上がった植物は,地上部からたえず水分が失われる宿命を負うようになった。そのため陸上植物は葉の表面をロウ質のクチクラ層でおおったり,細かい毛を密生させたりして,体内から水分が失われるのを防いでいる。しかしこれでは大気中から炭酸ガスをとりこむことができない。この矛盾を解決する手段として登場したのが気孔である。

 気孔は植物の主食である炭酸ガスを食べるための口である。口は必要なときだけ開く。気孔は普通明所で開き,暗所で閉じ,光があたり炭酸ガスを同化するエネルギーが供給されるときだけ開いて炭酸ガスをとり込んでいる。気孔を開けば炭酸ガスと入れ替わりに体内の水分が水蒸気となって大気中へ失われるが,光があたれば熱も受けるので,蒸散は葉温の過度の上昇を防ぐのに役立つ。しかし葉面からの蒸散量が根の吸水量を上回るときは,葉内水分が減少して水ストレスが生じる。すると光があたっていても気孔は閉じる。気孔にはこのようなしくみがあり(水ストレスを感じて気孔を閉じさせるアブシジン酸というホルモンが体内にできることが知られている),これによって葉身が脱水枯死するのを防いでいる。

 気孔の分化が,まわりに水のない大気中で光合成(炭酸ガスのとりこみ)を行わねばならなくなった葉の発明であることは,水生植物の葉をみるとよく分かる。水生植物には体全体が水の中に浸かっている沈水生のもの(クロモ,エビモ,シャジグモなど:これらはモという名がついているが,根茎葉をそなえた維管束植物で藻類ではない)や体の一部が水面上にでている抽水性のもの(コウホネ,オモダカ,ハスなど)があるが,これらの植物の水中葉や浮葉の裏面(水に接した部分)には気孔がない。気孔は葉の表皮細胞の一部が分化してできるが,この分化は水の存在によって妨げられる。

陸上植物には何故塩害が起こるのか

 陸上植物には脱水枯死を防ぐしくみが一応そなわっているものの,日照りが続くと植物はしおれ,しまいには枯れてしまう。また何らかの原因で塩水をかぶったり,地下水に溶けていた塩分が地表に集積した場合も,植物はしおれたり枯れたりする。前者は干害,後者は塩害といわれるが,両者に共通しているのは,植物が必要なだけの水分を吸収できないことである。

 土の中にはさまざまな大きさの孔隙があり,大きな孔隙には空気が,小さい孔隙には水が存在している。小さい孔隙は連なって毛細管を形成し,その中の水は毛管水と呼ばれるが,これには水の表面張力に起因する毛管力が働いており,下層へ流れ去らないように保持されている。土が乾いてくると水は次第に毛細管の奥に後退し,毛管水の曲率rは小さくなる。毛管力は2T/r(Tは表面張力の常数)で表わされ,rが小さくなるほど毛管水に働く力は強くなり,根は水を吸収しにくくなる。そしてその力が根の吸水力と等しくなると,その水はもはや植物によって利用できず,地上部はしおれはじめる。

 一方,土の孔隙が水で飽和されているときは毛管力は働かないが,土壌水に溶けている溶質が浸透圧をつくりだすため,溶質濃度が高い場合は水があっても吸収できなくなる。そして植物はしおれる。この点,干害と塩害とは共通しているが,塩害ではこれに塩類の生理作用による害が加わる場合がある。その程度は塩類の種類によって異なり,たとえばナトリウム塩の場合はかなり高くても害は少ないが,ホウ酸塩の害作用は大きい。

 陸上植物は多量の水を土壌から吸い上げている。それがどれくらいかを知る目安に要水量がある。これは乾物1グラムを生産するのに要する水分量のことで,生長している植物の吸水量を測定して,それを生長量(乾物重)で割ったものである。要水量は植物の光合成のタイプと関係があるが,多くの作物では400~800である。

 いま海水の30分の1,約0.1パーセントの塩分を含んだ土壌水を,ストローでジュースを吸うように,植物がそのまま吸収したとすると,要水量を600として計算した場合,濃縮率は600倍で塩分濃度は乾物当たり60パーセントになる。これは新鮮重当たりでは,含水率80パーセントとして15パ一セントの塩分濃度に相当する。もちろんこれでは植物は生きていけないので,塩分を取り込まない努力をする必要がある。

 このように陸上植物は海藻にくらべて非常にきびしい状況下におかれている。海水につかっている海藻は,このような蒸散による体内への大量の水の流入がない。これに対して陸上では土壌水の塩類濃度が海水に比べてずっと低くても,蒸散による一種の濃縮がおこるため,実効濃度は海水に比べてはるかに高くなる。

 陸上植物は根のまわりのナトリウム濃度がある程度高くても,吸収を抑えたり体内に入ったナトリウムを排出する能力をある程度もっているが,ナトリウムの流入圧(土壌溶液中のナトリウム濃度と蒸散量との積)がこの能力を越えると,体内のナトリウム濃度は上昇し,ついにはその植物の耐性を越え塩害をもたらすようになる。植物の耐塩性にはナトリウムの吸収制御と排出能の他に,組織細胞内でのナトリウムのコンパートメンテイション(区分け)が関係しているが,つぎに述べるように,これらの能力は植物の種類によって非常に異なっている。