株式会社ファーム・フロンティア 取締役会長
山形大学農学部 客員教授
藤 井 弘 志
現状の稲作の課題をまとめると図1のようになります。圃場間,圃場内の生育・収量のバラツキの拡大,収量・品質低下の要因として,①初期生育(スタートダッシュ)の抑制,②生育後期の凋落(持久力の低下)などがあげられます。スタートダッシュが抑制される要因として,苗質低下,栄養生長期間の短縮,還元の進行,施肥窒素量の減少などがあげられ,その結果として,茎数不足(低収) ,茎質低下(倒伏) ,根量不足(低収) ,節間長伸長(倒伏)が発生しています。
持久力低下の要因としては,気象要因(高温など) ,地力低下,窒素栄養低下,根量不足,ケイ酸不足,水管理などがあげられ,その結果として,後期凋落,生葉数減少(枯れあがり) ,登熟不良,収量・品質低下が起こっています。この課題を解決するには,初期生育を確保するためのスタートダッシュと生育後期の凋落を抑制する持久力の向上が必要となります。
葉身の窒素栄養からみた持久力のマイナス要因は次のように考えられます。下位葉の窒素濃度が低下(葉身の老化圧力の増加)すると,イネが窒素を必要とし,その場合は,下位葉から上位葉への転流が促進されます。下位葉の枯れあがりが窒素不足による上位葉への窒素転流に起因している場合は後期凋落になり,収量・品質低下が起こります。この傾向は,地力の低下している圃場,高温年で顕著に認められます。
一方,地力の高い水田では地力由来の窒素供給があり,下位葉の窒素濃度が減少する懸念は低い(老化圧力は低い)と考えられますが,近年の初期生育の不良な水稲では,根量の不足などにより穂揃期以降の下位葉の窒素濃度の低下が早期に発生していることが想定されます。
実現するための戦略は,図2に示すようにスタートダッシュへの対応として側条施肥(初期茎数の早期確保,稈質の良化,稈葉充実度の向上)と苗箱まかせによる「点滴効果(図3)」 ,持久力への対応として苗箱まかせ(葉身への持続的な窒素供給,登熟良化)と情報と連動した土づくり(ケイ酸質資材,稲わら腐熟)を併用することにより,圃場間,圃場内の生育・収量のバラツキを少なくし,省力・低コスト・多収を実現する技術を開発しました。
水稲の反応としては,側条施肥+苗箱まかせ(点滴効果)によるスタートダッシュで早期に必要とする茎数の確保(下位分げつ)がなされ,生育調節(深水,中干し)を十分に行うことが可能となりま(1茎乾物重の重い茎の確保) 。さらに,効率的な土づくり効果と苗箱まかせによる窒素供給による生育後期の持久力(後期凋落の抑制,窒素栄養の維持)を向上できる体制が確保されます。これらの技術開発によって,現状の稲作の反応である初期生育,根の伸長が不良で必要な茎数確保が遅れ,中干しなどの生育調節も適期対応が不十分になり,結果として根量が抑制され,生育後半の窒素供給不足も重なり,葉色低下や枯れあがりが発生し,気象災害(高温など)に脆弱な体制を変革することが可能となります。
現在の圃場間,圃場内の生育・収量のバラツキを少なくするシステムは,ドローンセンシングで撮影した生育データに基づき可変施肥(無人ヘリによる追肥,次年度のGPS搭載ブロードキャスターによる基肥)による対応が行われています(圃場間・圃場内のバラツキがあることを前提にした対応) 。しかし,この方式だと毎年,ドローンセンシングして可変施肥を行う必要があり,コストと時間がかかります。
そこで,次世代の圃場間,圃場内の生育・収量のバラツキを少なくするシステムとして,①マップ情報,センシングの画像情報などの連動による土づくり(ケイ酸質資材,稲わら腐熟) ,②マップ情報(地力,乾土効果)連動による施肥システムとのセットで「バラツキの少ない圃場づくり」を行います。
〇情報連動型土づくりの考え方
土壌分析・問診票等の情報(マップ情報)に基づき,圃場毎のケイ酸資材,稲わら腐熟体系の実践,センシングによる画像データ等からの圃場間および圃場内の土づくり実施場所の選択と集中,情報システムによるケイ酸資材および散布方法の選択の最適化を行い,圃場間および圃場内の地力のバラツキを少なくすること,還元の軽減を図り,初期生育の促進と後期凋落の抑制を図ります。
〇情報連動型施肥の考え方
水稲が吸収する地力窒素の変動要因である圃場の地力評価(地域変動)と乾土効果評価(年次変動)を加味して,圃場毎の施肥窒素量を可変することにより,圃場毎の地力のバラツキを少なくすることが可能となります。具体的には圃場の地力(地域変動)と乾土効果(年次変動)等の情報(マップ情報)に基づいた側条施肥(速効性N:基肥相当)の窒素量の最適化により圃場毎に可変施肥を実施すること,地力・品種・収量目標・気象条件に基づいた苗箱まかせ(緩効性N:追肥相当)の窒素量の最適化により窒素量・肥料タイプを圃場毎に決定します。
〇センシングによる「肥料切れ」評価,圃場間,圃場内の地力評価
ドローンセンシングによる画像診断,移植後の生育スピード,気象条件(気温,日照時間)等の情報に基づいた肥料切れ判定システムの構築による追加の窒素の最適化を図ること,圃場間および圃場内のバラツキ把握,還元の把握による土づくりの可変施肥対応を行い,圃場間,圃場内のバラツキの軽減を図ります。
表1には,情報連動施肥システムを利用した実際の情報処理を示しています。①1次情報から2次情報を作成,②1次情報(地力)・2次情報(乾土効果)から,側条施肥窒素量(基肥相当)を決定,③1次情報(品種,地力,気象,収量等)から,苗箱まかせ窒素量(追肥相当)を決定します。
地力高の水田を供試して,農家慣行の対照区と側条施肥+苗箱まかせの試験区を設置し,2020年と2021年に実証試験を実施しました。
①供試品種:「はえぬき」
②供試圃場:30a圃場(2筆)で対照区,試験区を設置。
〇試験区の構成
対照区(農家慣行)
A圃場(2020年,2021年):全量基肥⇒速効性
窒素(55%):緩効性窒素(45%)
B(2020年) ,C圃場(2020年,2021年):基肥窒素,追肥窒素⇒速効性窒素
A,C圃場(2021年):土づくり(ケイ酸質資材(製鋼スラグ系)60kg/10a施用)
試験区(側条施肥+苗箱まかせ)
A,B,C圃場:側条施肥⇒速効性窒素
A圃場:「苗箱まかせ」2020年⇒ LPs100 (100タイプ) ,2021年⇒LPs100s (80タイプ)
B圃場:「苗箱まかせ」2020年⇒ LPs100s
C圃場:「苗箱まかせ」2020年,2021年⇒LPs100s
A,B,C圃場:情報利用による土づくり(ケイ酸質資材(製鋼スラグ系)60kg/10a施用)
出穂期は,2020年が8月3〜4日,2021年が7月30〜31日でした。平均気温は,2020年が8月下旬から9月上旬に27℃の高温となり,2021年が7月下旬から8月上旬が27℃以上となり,特に8月上旬は29℃の異常高温で経過しました(図4) 。
一方,日照時間は,2020年が7月下旬から8月中旬は平年値よりも少なく,8月下旬から9月上旬は多照で経過しました。2021年が7月下旬から8月上旬は平年よりも多く,8月中旬から8月下旬は平年よりも少照で経過しました(図5) 。両年とも出穂後に高温で経過し,稲体の活力が消耗しやすい(夏負けしやすい)年次でした。
①初期生育の評価
移植後27〜29日における初期生育(m2茎数)および草丈×m2茎数×葉色(≒窒素吸収量)は,対照区(農家慣行)に比べて,2020年・2021年とも試験区で優る傾向でした。早期に茎数を確保することは,第3〜6節の一次分げつ(強勢茎)を確保することになります。第3〜6節の一次分げつは,それ以外の分げつに比べて分げつの発生頻度が安定し,穂への有効化率が高く1穂精玄米重が重いことが指摘されています。早期に分げつを確保できることにより,生育調節(深水,中干し)を確実に行うことができ,弱勢茎の発生を抑制し早期に確保した強勢茎を太くし稈質の強化を図ることにつながります。
近年は,初期生育が不良で生育調節(中干し)も遅れ,その結果,中干しが実施できないで根量が不足している事例が多くなっています。スタートダッシュのためには,側条施肥と苗箱まかせ(点滴効果)によって早期に強勢茎を確保しその後の生育調節を行う時間を確保することが重要な戦略となります。
②茎質の評価
対照区(農家慣行)に比べて側条+苗箱の試験区で,茎質(稈)の充実度(太さ)が高く,稈のバラツキが少ない傾向でした(表4) 。稈充実度が高いことが,多収や気象変動に強いイネの創出につながります。2020年の結果から,1茎重は土づくりを実施した試験区で,土づくりを実施しない試験区よりも優る傾向で,ケイ酸資材の施用効果が認められました。2021年は,対照区もケイ酸資材施用を実施しているので1茎重は2020年よりも向上する傾向でしたが,試験区は対照区よりも優る傾向で,両年とも茎質向上に「側条施肥+苗箱まかせ」が有用であることが示されました。
①登熟期における葉色の評価
2020年の8月22日(出穂後18日)における試験区の葉色は,対照区と同等でした。止葉と止ー1(次葉)の葉色の差が,対照区に比べて試験区で小さい傾向でした(表5) 。
2021年は,出穂後に平均気温が29℃以上の高温で経過したので,稲体の窒素栄養の凋落が懸念さ
れる年次でした。出穂期以降,約1週間ごとに上位から3枚の葉色の推移によれば(表6) ,対照区
では葉色の低下が大きいこと,特に上位から3枚目(下位葉)の葉色の低下,枯れあがりが発生し,後
期凋落的な生育パターンであり,下位葉の老化圧が高く,上位葉への窒素転流により稲体全体の窒素栄養は凋落的であると考えられます。一方,試験区の葉色の低下は少なく,下位葉(上位から3枚目)の葉色も確保されていて,下位葉の老化圧が少なく,稲体全体の窒素栄養は確保されていて,夏の高温条件に強い生産体制であると考えられます。
②登熟能の評価(図6)
m2籾数と精玄米粒数歩合の関係によれば,対照区に比べて試験区の方が,m2当たり籾数に対する精玄米粒数歩合が向上する傾向でした。さらに,試験区にケイ酸資材施用区(製鋼スラグ)の方が,m2
当たり籾数に対する精玄米粒数歩合が高い傾向でした。
収量構成要素からみると,m2当たり籾数は試験区>対照区で,ケイ酸資材施用によっても増加する傾向でした。登熟の指標である精玄米粒数歩合(1.9mm以上玄米数)が試験区(側条+苗箱まかせ)で対照区よりも優る傾向でした。ケイ酸資材(製鋼スラグ)を併用した区では,登熟性や収量性がさらに優る傾向でした。
収量性も試験区で対照区(農家慣行)よりも優る傾向でした。ケイ酸資材(製鋼スラグ)を併用した区では,登熟性や収量性がさらに優る傾向でした。
〇作業性の評価(10a当たり)
本田における施肥の回数は,対照区(農家慣行)では,A(全量基肥一発)で1回,B(基肥+追肥2回)で3回,C(基肥+追肥4回)で5回,平均3回でした。一方,試験区(側条施肥+苗箱まかせ)では各圃場とも1回で,対照区(農家慣行)よりも省力でした。
〇コストの評価
10a当たりの施肥および土づくりのコストは,対照区では,Aで4,766円,Bで5,305円,Cで4,751円,平均4,941円でした。一方,試験区では,Aで4,298 円,Bで4,055円,Cで4,208円,平均4,187円であり,対照区(農家慣行)よりも低コストでした。試験区で土づくりを併用した区では,各圃場とも3,600円の増加で,平均7,787円でした。
〇収量性(10a収量)の評価
10a当たりの収量は,対照区(農家慣行)では,A626kg,B677kg,C657kgで,平均653kgでした。一方,試験区では,A699kg,B679kg,C682kgで,平均687kgでした。試験区+ケイ酸資材区では,A723kg,B705kg,C697kgで平均708kgでした。対照区(農家慣行)に比較して,試験区では34kgの増収,さらに試験区にケイ酸資材を併用した区では55kgの増収でした。
〇品質・食味(玄米タンパク質含有率)の評価
品質(整粒歩合)および玄米タンパク質含有率は,対照区(農家慣行)と試験区,試験区+土づくり区とも,ほぼ同等でした。
〇利益性の評価
収量による収益から生産コスト(肥料費,ケイ酸資材)を差し引いた収益(10a)は対照区(農家慣行)ではAで120,432円,Bでは130,095円,Cで125,658円となり3圃場平均で125,726円,一方,試験区ではAで135,502円,Bで131,745円,Cで132,192円となり3圃場平均で133,146円,試験区+土づくり併用区ではAで136,702円,Bで133,345円,Cで131,592円となり3圃場平均で133,880円でした。対照区(農家慣行)に比較して,試験区では7,420円の増益,さらに試験区に土づくりを併用した区では8,154円の増益でした。
よって,「側条+苗箱まかせ」により利益は,10a当たり約8千円の増,1ヘクタールで約8万円の増,30haで約240万円の増,100ha(大規模法人)で約800万円の増,1000ha(地域)で約8,000万円の増となります。
マルチカメラ搭載のドローンセンシングによる面的なNDVIの推移によれば(表9) ,A,B,C圃場とも撮影した出穂前29日,出穂前17日および出穂期の各時期ともNDVIのバラツキは,試験区で対照区に比べて低い傾向であり,面的な生育のバラツキが少ないことが示されました。
・スマート農業連動型として,マップ情報(土壌,作業,気象)とセンシング情報の利用により,
圃場毎(圃場内の場所毎)の土づくり対応(ケイ酸資材,稲わら腐熟など)と圃場毎の地力・
乾土効果情報(マップ情報)から側条施肥窒素量を設定するシステムを構築しました。
・次世代型の施肥体系として,「側条施肥(基肥相当)+苗箱まかせ(追肥相当)」の組み合わせ
で,水稲作の課題であるスタートダッシュ部分は側条施肥+苗箱まかせ(点滴効果)で,持久
力部分は苗箱まかせで対応します。
・側条施肥により初期茎数の確保,早期に茎数の確保による1本当たりの乾物重の高い(太い)
茎(稈質の良化,稈葉充実度が高い) ,稈長のバラツキの少ないことが確認されました。
・持久力についても登熟期間中の葉色の維持,止葉と次葉の葉色の差が小さいこと,「苗箱まか
せ」から窒素が少しずつ供給され,イネが少しずつ吸収しているので老化圧力が低いことから
下位葉の枯れあがりが少なく,最終的な登熟の指標である精玄米粒数歩合(1.9mm以上玄米
数)が「側条+苗箱まかせ」区で対照区(農家慣行)よりも優る傾向でした。
・収量性も「側条+苗箱まかせ」区で対照区(農家慣行:基肥+追肥,基肥一発施肥)よりも優
る傾向でした。ケイ酸資材(製鋼スラグ)を併用した区では,登熟性や収量性がさらに優る傾
向でした。
・施肥回数の作業性,施肥代としてのコスト,収益性として収量(利益)の三点から評価すると,
「側条+苗箱まかせ」の施肥体系は対照区(農家慣行:基肥+追肥,基肥一発施肥)に比べて
省力・低コスト・多収の点で優ることが明らかになりました。
ジェイカムアグリ株式会社 北海道支店
技 術 顧 問 松 中 照 夫
昨年の5月号から連載を始めて1年が経過する。これまで9回にわたって,作物にとってよい土であるための4つの条件について述べてきた。その4つの条件と具体的な目標値は第1回で示した。第2回から第9回までは,それぞれの条件とその目標値について解説した。今回はその総まとめである。よい土という考え方と土づくりとの関係を見直してみたい。
農家の皆さんはもちろん,本誌読者のような農業関係者が作物の生産を語り合って土を話題にすると,必ず登場する言葉に「土づくり」がある。この時,最後は「土づくりとは堆肥などの有機物を施用すること」というようなことで落ち着く。どんな土でも,どんな作物栽培に対しても,「土づくり」として,まずは堆肥を施用することが重要であり,その「土づくり」をおこなえば,無条件で良い結果に導かれるという結論である。
このような「土づくり」に対する固定概念に対して,なんともいえない違和感がある。そんな単純な話であるならば,この世の中で作物生産の劣る土は,そのうちなくなってしまうと思うからだ。要するに堆肥を施用すればよくなるのだから。
私は,対象となる圃場の土を作物生産にとってよい土へ改良していく実践活動が「土つくり」であると考えている。そのためには,その圃場の土のどのような要因が,作物の生育をどのくらい阻害しているのかということを明確にしなければならない。つまりこの連載で述べた「よい土であるための4つの条件」のうち,どの条件が最大の生育阻害要因であるのかを明らかにする必要がある。そして,その生育阻害要因となった条件の改良対策を実施していくという手順が「土づくり」の実践であると思う。
しかし実際には,もっとやっかいなことがある。作物の生育や収量は,その農地の土が作物生産にとってよい土であるかどうかだけで決まらないからである。
今ここに,熱心な改良によって,「よい土であるための4条件」をすべて満足させた日本一の土のジャガイモ畑があったとする。しかし,その畑の土がどんなに優れていても,たとえば,夏に気温が上がらなければ,冷害になってジャガイモ畑という「農地の作物生産力(収量)」は激減する。たとえ天気がよくても,肥料の入れ方をまちがえたら,やっぱりジャガイモをうまく生産できない。熟練の農家のほうが,素人の私がつくるよりはるかに多収を実現するだろう。
「土の作物生産力」と「農地の作物生産力」はちがう次元にある。土が作物栽培にとっていかによくても,農地としての作物生産力には,土以外の要因,たとえば気象や地形,立地環境,施肥や栽培の技術,さらに栽培する作物の種類や同じ作物でも品種のちがいなど多くの要因が関与しているからである(図1) 。
土が高い作物生産力を持つためには,この連載で示した「よい土であるための4つの条件」のすべてを満たす必要がある。ところが,その4条件を満たした「よい土」の農地であれば生産する作物が常に多収になるとはいえない。「よい土」であるかどうかということは,図1で示したように数多い農地の作物生産力を決める要因の一つにすぎないからである。
土を大切に思えば思うほど,土が作物生産を常に決めているように感じる。その結果,「作物の生産力向上」には「土づくり」がなによりも大切であるという画一的な話にもなる。もちろん,そういう場合も多い。しかし,農地の作物生産を決める要因が土だけだと短絡しては,作物生産の本当の阻害要因を見失ってしまう。農地の作物生産力には,多くの要因が相互に関係しあっていることを忘れてはならない。
重要なことは,今,農地で栽培している作物の生育が思ったよりもよくないというとき,それがどのような要因でそうなったのか,それを広い視野で考えることができるかどうかである。栽培している作物にあらわれた生育不振など,いろいろな現象の原因を,すべて土のせいにしてしまうのは土がかわいそうだ。それはまさに土の過大評価である。土が原因であると決めつける前に,生育不振にかかわる要因をどこまで広げて考えられるか,そして的確に阻害要因を拾い集められるかどうか,それが作物をよく育てていくために大切なことだろう。
私は「どんな土でも必ずよくなる」と学生時代に恩師から教わった言葉が忘れられない。それは,その土の作物生育阻害要因が「よい土であるための4つの条件」のどれであるかを見つけ出し,その要因の改善に力をつくすことで,欠点の多い土も必ずよくなる日がくると思うからである。
とりわけ土の物理的性質にかかわる条件の本質的な改良は,「堆肥をやればよくなる」というよな一朝一夕でできるものではない。その改善対策を,親−子−孫と世代を超えて継続しなければ,おそらく実現できないだろう。問題は,それまで,あきらめることなく倦まずたゆまず,改善の努力を持続できるかどうかである。
ジャン・ジオノというフランスの文学者がいる。彼が生まれた南フランス・プロバンス地方の土は,表層土の厚みが薄く大理石(石灰岩)がすぐに見えるようなやせた土が多い(図2) 。しかし,彼は生涯生まれ故郷を離れることなく,その土地を愛し,その土地で文学作品を書いた。代表作がよくご存じの「木を植えた人」である。プロバンスのやせた土に木を植え続け,森や川を復活させ,人の心の潤いまで取りもどすために力をつくしたエルゼアール・ブフィエの物語である。
ブフィエは,ひたすら無私に,なんの見返りも求めず,くる日もくる日も,大理石まみれのやせた土に穴をあけ,そこにドングリを植え続けた。そしてその行為が,やせ地を人々にとって心身ともに健康な生活を送るのにふさわしい土地へと変えていった。ブフィエのような持続する無私の実践があれば,どのような過酷で劣悪な土であっても,作物のできる土,人々が心豊かに暮らせる土に変えることができると思う。
そのために必要なことは,その土のどんな要因をどのように改善するか,それを明確にした上で,その改善対策を継続することである。その要因を見つけるために「よい土であるための4条件」を活用していただければ嬉しい。作物にとって悪い土を,よい土に変えるということは,ブフィエのような仕事を必要としている。単に堆肥を施用するというだけでは,的外れになる可能性もある。