福島大学農学群食農学類
深 山 陽 子
トマト水疱症は,葉こぶ症とも呼ばれている生理障害である。葉の裏面にこぶが現れ(図1ab) ,症状がひどいものは葉が変形(図1c)・褐変し,さらには落葉(図1d)してしまう。水疱症は葉の表層が変化することでこのような症状になるといわれており(Suzuki et al., 2020) ,近年,特に苗生産現場で問題になっている(浄閑,2015, 三須ら, 2018) 。
水疱症の発生原因は明確にはなっていない。紫外線強度が低いときや高湿度が継続するときに発生するという報告(Lang, S. P., Tibbitts, T. W. 1983,Eguchi et al., 2016など)がある。しかし,生産現場では,紫外線強度が高く,高湿度が長時間継続しない条件でも発生が認められている。例えば,かん水不足等により乾燥条件が続いた後,急激に湿潤条件に変化したときに多発した事例がある。このことから,水疱症の発生には,植物体の吸水量と蒸散量の変動が関与していると考えられる。また,トマトの品種により水疱症の発生程度が異なることが明らかになっている(円谷ら, 2017, 小澤ら,2018) 。以上のことから,植物体の吸水を行う根と蒸散を行う地上部の割合が発生程度の品種間差に影響していると考えられる。
ここでは,著者が行ったトマトの水疱症に関する研究の一部を紹介したい。
供試品種として,神奈川県の主要品種である‘ハウス桃太郎’,‘CFハウス桃太郎’,
‘CF桃太郎はるか’,‘桃太郎ピース’,‘桃太郎ホープ’,‘サンロード’,‘麗容’,‘麗夏’,‘麗旬’,‘TYみそら86’,‘湘南ポモロン・レッド’,‘湘南ポモロン・ゴールド’の12品種を用いた。これらの品種を市販培土を充填した128穴セルトレイに播種して育成した苗を試験に供試した。
水疱症発生の品種間差は,閉鎖型苗生産システム「苗テラス」において,14日間生育した苗を気温30℃相対湿度90%に設定した人工気象器内に入れ,連続底面給液を行なうことで調べた。なお,処理開始前の苗には水疱症の発生は認められなかった。
その結果,処理3日目では‘ハウス桃太郎’,‘桃太郎ホープ’,‘サンロード’,‘麗容’,‘湘南ポモロン・レッド’,‘湘南ポモロン・ゴールド’で水疱症の発生は認められなかったが,‘桃太郎ピース’では水疱症発生株率は100%となった。処理6日目では,‘サンロード’,‘麗容’,‘湘南ポモロン・ゴールド’で発生は認められなかった。一方,‘CF桃太郎はるか’,‘麗夏’,‘麗旬’,‘TYみそら86’では100%に達した。処理9日目では,‘麗容’以外は100%の発生となった(表1,図2) 。
地上部乾物重/地下部乾物重は,前述と同様に「苗テラス」において16日間生育した苗を地上部と地下部それぞれを60℃で乾燥させた後,重量を測定して算出した。
その結果,地上部乾物重/地下部乾物重は,‘麗容’で最も小さく,次いで‘湘南ポモロン・レッド’,‘TYみそら86’の順で小さい値を示した。一方,‘桃太郎ピース’で最も大きく,次いで‘麗旬’,‘ハウス桃太郎’の順で大きいという結果になった(図3) 。
つまり,地上部に対して根の割合が小さい品種ほど水疱症は発生しやすいことが明らかになった。
水ポテンシャル測定には,「苗テラス」内で128穴セルトレイを用いて栽培された購入苗(ベルグアース(株))を用いた。水ポテンシャルの測定品種は,前述の実験で水疱症の発生程度が多かった‘桃太郎ピース’,中程度であった‘CFハウス桃太郎’,少なかった‘麗容’の3品種を用いた。気温30℃相対湿度50%,
給液をしない乾燥した条件に設定した人工気象器内に入れ,24時間経過後に相対湿度90%,連続底面給液を行なう湿潤条件に変更し,トマト苗の水ポテンシャルの値の変化を調べた。
その結果,土壌水分率は処理開始時に78〜79%,24時間後に37〜44%,連続底面給液を開始してから2時間後(処理開始から26時間後)に79〜80%となった。水ポテンシャルは,‘桃太郎ピース’,‘CFハウス桃太郎’,‘麗容’の順に乾燥条件時に低下した。そして,乾燥条件から湿潤条件に変更したときに水ポテンシャルは急激に上昇し,26時間後には3品種の値に有意差がなくなった(図4) 。つまり,地上部重/地下部重が大きい品種ほど乾燥時に水ポテンシャルが下がりやすく,湿潤時に急激に上昇する幅が大きいことが明らかになった。
このことから,水疱症の発生過程は,根からの吸水速度と葉からの蒸散速度のバランスがくずれ,膨圧による葉の表層の損壊が生じたと推察された。
セルトレイでの育苗時は底面給液を実施することが多い。底面給液では土壌水分率はかん水時に急上昇する。さらに閉鎖型苗生産施設ではかん水時に相対湿度も急上昇する。このことから,地上部重に対して地下部重の小さい品種では水疱症の発生リスクが大きいのではないかと考えられる。
今回は,水疱症の発生原因について閉鎖型苗生産システムで生育した苗を用いた実験から水環
境の急激な変化が水疱症発生の一因と考察した。しかしながら,水疱症は定植後でも発生する(図
5) 。このときはセルトレイでの育苗時のように底面給液ではないため,水環境変化は他の要因で
起こっていると考えられる。また,定植後の地上部重/地下部重の割合と水疱症発生程度の関係に
ついては調べられていない。今後はこれらについても明らかにしていく予定である。
実験用苗を提供していただいたベルグアース株式会社および菊地弘幸氏に感謝申し上げます。本研究はJSPS科研費JP19K06013の助成を受けたものです。
ジェイカムアグリ株式会社 北海道支店
技 術 顧 問 松 中 照 夫
よい土であるための4条件で,土の物理的性質にかかわる2番目の条件は「適度に水分を保持し,なおかつ適度に排水もよいこと」であった。前回は土の断面から,土の排水の良否を判断する方法を述べた。今回は土が水を保持するしくみと,土の中にある水には作物が利用できる水と利用できない水があること,そして,適度に水を保持し,排水もよいとはどんな土なのかを考えてみる。
図1を見てほしい。太さのちがう2種類のガラス管を青インクで染めた水(以下,インクと略)に立ててある。どちらのガラス管でも,水面が少し上がっている。これを毛細管現象といい,水を引き上げる力が毛細管張力である。細いガラス管のほうがインクを高く引き上げているのは,太いガラス管より毛細管張力が強いからである。
このガラス管をインクの表面より上に持ち上げると,細いガラス管のインクは管に残り,太いガラス管のインクは床に落ちてしまった(図2) 。細いガラス管の毛細管張力は重力より強く,そのため水はガラス管に保持されて(保水)いる。しかし,太いガラス管の毛細管張力は重力が下方に引っ張る力より弱く,その結果,インクがガラス管から脱落(排水)したのだ。
このことを,土の中のすき間に置き換えて考えてみよう。土の中の粒子と粒子の間は,小さく細いすき間や大きく太いすき間などで構成されている。土の粒が粗い砂質の土(粗粒質の土)は,細いすき間が少なく太いすき間が多くなるので,すき間の毛細管張力が弱く水が排水されやすい。このため保水性が劣り,作物に干ばつ害が発生しやすい。逆に,土の粒が細かく粘質な土(細粒質の土)は,細いすき間が多く太いすき間が少なくなるのですき間の毛細管張力が強い。そのため,細いすき間に水が保持されて排水が悪くなる。
かなりの大雨が降り,土の中のすき間のすべてが水で埋め尽くされた状態の土を想像してほしい。土には空気のはいるすき間がまったくなく,土の粒と水だけになっている。この時の土の水分量を「最大容水量」という。しかし,雨がやんで24時間くらいすると,太いすき間にあって重力よりも弱い力で保持されていた水は,重力に引っ張られて下方へ排水される。排水によって水がなくなったすき間には空気がはいり込む。この時の土の水分量を「圃場容水量」という。排水された水は,もちろん作物が吸収利用できない。
この状態からしばらく雨がないと,土は乾燥していく。乾燥が進むと,土に水がまったくなくなったわけではないのに作物はしおれていく。この時,水を与えてやるとしおれが回復することはよく経験する。しかし,水が与えられることなく乾燥がさらに続くと,作物はしおれて枯死してしまう。ただし,そんな時でも土の中の水が完全に消えてなくなったわけではない。この時の土の水分量を「永久萎凋(いちょう)点」という(萎凋とはしおれるという意味) 。この時の土の水は非常に細かいすき間や粘土(粒径が0.002 mmより細かい土の粒子)などに,作物の根の吸水力以上の力で保持されている。そのため,土から水が完全になくなっていないのに,作物は水を吸収できずしおれて枯れてしまう。
結局,排水が完了した後の状態である圃場容水量の水分量から永久萎凋点の水分量を差し引いた水分量が,土の中で作物に利用可能な水分量である。この作物に利用可能な水分を有効水分という。永久萎凋点の時に土に残っている水は,作物に利用できない水なので無効水分という。
土の粒の大きさと有効水分量の多少は,非常に密接な関係にある(図3) 。粒の粗い(粗粒質)土は,太い大きなすき間が多く排水が良好なため,圃場容水量の時の水分量そのものが少ない(図3) 。土の粒が細かくなるにつれて,細いすき間が増えていくので土に保持される水分量が増え,圃場容水量の水分量も増加する。しかし,土の粒がある程度まで細かくなると,排水に関係する太いすき間に変化がなくなるので,土の粒がそれ以上細かくなっても圃場容水量は大きく変化せず頭打ちになる(図3) 。
一方,作物がしおれて枯れるほどになった時の土の水分量,すなわち永久萎凋点の水分量は,土の粒が細かくなればなるほど直線的に増えていく(図3) 。これは,土の粒が細かくなるほど粘土分や非常に細かいすき間が多くなって,そこに強力に保持される水分量が多くなるためである。したがって,圃場容水量と永久萎凋点の差である有効水分量は,中粒質くらいの土で最大になる(図3)。
良い土である4つの条件の一つ,「適度に排水がよく,なおかつ適度に水分を保つ」という矛盾する条件をうまく満たす土というのは,極端な粗粒でも細粒でもない中粒質の土である。中粒質の土は排水用の大きなすき間と,保水用の小さいが細かすぎないすき間の両方をうまく持っている。このほどよいすき間の構成割合が排水を良好にし,有効水分量も多く保持する土をつくりだす。
土が中粒質かどうかを判断するのは,水分がある状態の土を親指と人差し指でこねて糸状に伸ばしてみるとわかる。その糸状の土がマッチ棒くらいの太さと長さまで伸びるが,それ以上は伸びないというのが中粒質の土とみなせる。マッチ棒どころか,そもそも糸状になりにくいという土は粗粒質,マッチ棒以上になってもどんどん細く伸びていくという土は細粒質の土と判断する。
中粒質の土が適度に排水と保水によい土であることはわかった。しかし,土の粒子の大きさは土の原料となる岩石の風化程度によって決まることであり,地質年代を語るほどの時間を必要とする。粗粒質や細粒質の土を中粒質にするのは一朝一夕にできることではない。土の中に保水や排水のためのすき間をつくるには,堆肥などの有機物を施与し続ける世代を超えた努力を必要とする。