§変化の中で,更なる発展を
チッソ旭肥料株式会社
常務取締役 治田 哲男
§コシヒカリに対するワンショッ卜施肥法について
福井県農業試験場土壌環境課
研究員 伊森 博志
§八郎潟干拓地における水稲不耕起移植栽培
秋田県農業試験場
農林水産省土壌肥料指定試験地
専門研究員 金田 吉弘
チッソ旭肥料株式会社
常務取締役 治田 哲男

明けましておめでとうございます。年頭にあたり,読者の皆様方にとり,本年が実り多い年でありますよう,心よりお祈り申し上げます。
昨年は,政治面では特に「変革」が強調された年で,米国大統領選挙の争点,マーストリヒト条約(欧州連合条約)の批准問題,第二次宮沢内閣の方針等にも明確に現れています。経済面では,長年続いた好況がバブルと消えて,一大不況に陥り,本年も景気は低迷するものと予測されています。更に,自由貿易体制維持のためのウルグアイ・ラウンドでは米国とECの妥協があり,好むと好まざるを問わず我国の立場の困難性が,クローズ・アップされて来つつあります。
農業を取り巻く環境も例外でなく,水田の減反緩和措置による明るい面もあるものの,中長期的には農業資材,農産物の国際化が要請されて来るものと思われます。このような厳しさを十分に踏まえ,農政も「変革」を核として,農業者の幸せにつながる長期的な農業政策を立案すべき時ではなかろうかと考えます。
私共はこの厳しい現実を直視し,難局を乗り切るため,チャレンジャー精神をもって肥料生産技術の合理化や新製品の開発に,更に創意工夫を凝らすことが肝要と痛感しております。
御存知のように,弊社は長年の開発努力をふまえ,時代を先取りした機能性商品―コーティング肥料―「LPコート®」,「ロング®」を上市して参りましたが,両肥料共“環境にやさしい肥料”として,漸く多くの皆様に注目を集められる商品に成長して来たものと自負しております。又,その他緩効性チッソ肥料「CDU®」,硝酸系化成肥料「燐硝安加里®」,泡状化成肥料「あさひポーラス®」,打込み肥料「グリーンパイル®」,バーミキュライト床土用資材「与作®」等々特色ある商品を販売して参りました。
私共は,変革期にある農業に求められる技術の進むべき方向を見極めつつ,夫々の肥料,資材の特長を活かし,又改良もして,我国農業の発展に貢献していきたいものと心から念願しております。
発刊以来,皆様方に親しまれて参りました「農業と科学」も,更に一層創意工夫をこらし,新しい農業技術や栽培事例等の紹介を行い,農業の発展に少しでも,寄与していきたいものと考えております。本年も,変わらず本誌をご愛読いただきますと共に,ご執筆等を通じ積極的なご意見,ご批判を賜りますようお願い申し上げます。
皆様のご多幸とご繁栄を心からお祈り申し上げ,新春のご挨拶とさせていただきます。
福井県農業試験場土壌環境課
研究員 伊森 博志
“味のよい米”に対する消費者ニーズを反映して,コシヒカリの作付面積が全国的に増加している。福井県においても作付面積の6割以上がコシヒカリで占められている。コシヒカリは品質が優れている反面,稈長が長いため倒伏しやすく,農家にとっては非常に栽培しにくい品種でもある。このため,特に施肥に関しては細心の注意が払われてきた。
一方,肥効の長続きする各種の緩効性肥料が開発され,これらの肥料を組み合せて施肥の省力化が図られてきた。その結果,今日では基肥+穂肥の2ショット施肥が普及技術として既に定着している。しかし,1回の施肥で完結しうるワンショット施肥法(全量基肥法)は,西南暖地では,コシヒカリの場合,倒伏や生育後半の栄養不良がネックとなって実用化していなかった。
この施肥法を成功させるには,基肥時の肥効が下位節間伸長期にはある程度落ちていて,幼穂形成期頃に再び肥効が高室まるような,いわゆるV字型の肥料の効き方が求められる。しかし,通常の緩効性肥料によるワンショット施肥法ではこのような要件を満たすことができなかった。
このような2つのピークをもった肥効パターンを得るには,施肥後直ぐには溶けず,一定期間を経過した後溶出してくる肥料(ここでは遅効性肥料と呼ぶ)が不可欠である。このような遅効性肥料が近年ようやく開発され,ワンショット施肥法の研究が活発となって来た。福井県農試においても平成元年よりこの研究を手掛けてきて,現在実用技術としての目処が得られたので紹介する。
これまでに,遅効性肥料として尿素をポリオレフィン系樹脂で被覆したLPSとLPSSの2種類が開発されている。25℃の恒温条件で,LPSは30日,LPSSは45日経過後溶出量が増加してくる特性を有する。実際圃場で溶出試験を行った結果を図-1に示した。LPSはかなり早くに溶出を始めたが,LPSSはコシヒカリの幼穂形成期頃から溶出量が多くなっており,概ねコシヒカリの生育ステージに適合していると言える。

しかし,この肥料の溶出は温度依存性であるため,気象変動によって溶出開始時期が幼穂形成期からズレた時の生育不安定が懸念される。つまり,溶出開始時期が早まれば倒伏しやすくなり,一方,遅れれば収量低下や高蛋白によって食味が低下する恐れがある。
しかし,過去3か年の場内試験の結果では,幼穂形成期が7月8日,7日,15日となり,移植日からの積算日数は60,60,69日と変動したが,積算地温(深さ5cm)は1365,1359,1410℃・日と変動幅は小さく,溶出開始時期は各年次ともコシヒカリの幼穂形成期頃に相当した。葉色への反応は,各年次とも慣行施肥の穂肥第一回目(福井県の基準は出穂18日前)にあたる頃から肉眼でも明確に認められた(写真-1)。

以上のように,これまで3か年の結果では,幼穂形成期と遅効性肥料の溶出開始時期は同調して両者のズレは小さく,生育への悪影響はみられなかった。
しかし,溶出開始時期の変動幅とその許容範囲がどの程度であるかを見極めるには,さらにデータの積み上げが必要である。その手掛りを得るために,肥培管理をほぼ一定とした農業気象対象対策試験における過去10ヶ年の幼穂形成期までの積算地温(表-1)を溶出曲線上にプロットしてみた(図-2)。


その結果,各年次の幼穂形成期までの窒素溶出率は5~15%5の範囲にあり,穂肥分の窒素量を5kg/10aとすると,およそ0.5(0.25~0.75)kg /10a程度と少なかった。また,この時期の肥料の溶出は極めて緩やかであることから,この程度の変動幅ならば生育に及ぼす影響は小さいと判断される。
移植時期と溶出開始時期の関係では,移植時期の早晩で当然溶出開始時期は影響を受けると考えられる。しかしながら,通常の移植時期(ゴールデンウィーク頃)であれば地温が15℃前後と低く,肥料の溶け出る限界温度に近いことから影響は小さいと思われる。
昨年度全県的に行った溶出試験の結果も,各地域で移植時期が異なったにも拘らず,肥料の溶出開始時期は概ねその圃場の幼穂形成期頃であった。
福井県以外の地域でLPSSの溶出パターンとコシヒカリの生育ステージの適合性を知るには,基肥施用日から幼穂形成期までの積算地温を計算してみれば凡その予想がつく。しかし,積算地温以外に作型や地温較差など地域独持の状況も考慮に入れる必要があるため,前もって肥料の埋込み試験を行って実施に移すことが良いと考えられる。
施肥作業の省力化を図るため,施肥田植機を用いてワンショット施肥を行う場合,施肥位置をどこにおくのが良いかが問題となる。当初,深層追肥と同様の高い増収効果と田面水の水質汚濁防止効果をねらって,側条2段施肥田植機の深層部にLPSSを施用した。側条2段施肥田植機(6条植え)とは,従来の側条施肥に加え,隔条の深層部にも移植と同時に施肥することのできる機種である。
ところが,この方法ではLPSSは概ね適期に溶出している(図-3)にも拘らず,葉色への変化が極めて緩慢であることから,根からの養分吸収に問題があると考えられた。そこでLPSSの施肥位置の影響をみたところ,施肥位置による肥効の差が大きく認められた。

その要因として,水稲の根を時期別に見てみると,最高分げつ期頃には菜の基部から根が放射状に分布している(写真-2)が,幼穂形成期近くになると“うわ根”が非常に多くなってくる(写真-3)。


深さ別の根量調査でも同様の結果であった(図-4)。肥料分をどれだけ多く吸収できるかは,施肥位置における根の分布状況とそれぞれの根の活力に左右される。

そこで,幼穂形成期頃の水稲根の肥料吸収力を施肥位置別に比較したところ,側
条部や表層部で吸収力が強く,深くなるに従って弱くなった。また,最高分げつ期から幼穂形成期にかけて,活力の高い根の分布位置が下層から上層に移行する傾向が認められた(図-5)。

このような水稲根の部位別吸肥力の差を反映して,幼穂形成期頃の葉色の変化はLPSSの施肥位置が側条部≒表層部>深さ5cm>10cmの順に大きくなった。また,収量についても同傾向で,LPSSの側条施用あるいは表層で慣行施肥と同程度の収量が得られた(図-6)。

したがって,施肥田植機を用いる場合,LPSSは側条部あるいは表層に施用するのが適当と考えられる。側条部施用の場合には従来の側条施肥田植機が活用できるが,表層施用の場合にはオプションが必要で,既存の田植機に若干の改良が必要となる(写真-4)。

全層施用については,2か年の結果,概ね慣行施肥なみの収量が得られている(図-7)。

この場合,施肥は人力作業で行ったが,ワンショット施肥法では1回の施肥量が多くなるので,手撤きでは労働負担が大きく,省力化とは言えない。省力化には背負式動力散布機の利用が考えられるが,動散の種類によっては飛散過程で肥料の被覆剤が破傷し,肥料の溶出パターンが変化することがある。現在では機械の改良が進み問題は軽減される傾向にはあるが,既存の動散の多くはこのような問題点を抱えているので,利用にあたっては留意する必要がある。
現在,LPSSに速効性肥料を約20%配合したD80と約40%配合したD60の2種類(いずれも3要素成分は14%)の肥料が市販されている。福井県では,10アール当りD60で60kgを基準量としている。窒素の施肥配分は基肥分が3.3kg,穂肥分で5.1kgとなり,慣行(基肥+穂肥3回)の施肥配分と同程度となる。
遅効性肥料は幼穂形成期以降の肥効に関与するため,幼穂形成期までの生育量確保がこの施肥法を成功させる前提条件である。幼穂形成期までの期間に有効茎を早期に確保し,ラグ期の肥効を維持しなければならない。基肥の速効性部分が切れた後の肥効は地力によって維持されるため,“土づくり”が大きな意義を持ってくる(図-8)。

特に,側条施肥の場合,肥切れがシャープに現われるので土づくりによる地力向上が非常に大切となる。稲わらの早期鋤き込み,ケイカルやようりん等土づくり肥料の施用,排水の促進,深耕,あるいは秋起こしの際の石灰窒素施用などの土づくりは, コシヒカリのワンショット施肥法を活かすためにも組み合わせてゆく必要がある。
遅効性肥料を用いたワンショット施肥法は,遅効性肥料がいずれの施肥位置でも慣行施肥に比べ玄米の窒素濃度が低く,食味指標値(Mg/K・N)が優る傾向がある。また,現地試験においても,ワンショット施肥法で食味計による評価や外観品質などが慣行施肥に比べ優れる傾向が認められた(表-2)。

ワンショット施肥法で品質が優れる原因は,遅効性肥料の緩やかに現われる肥効パターンにあると考えられるが,この点については,今後さらに詳細を明らかにしたい。
遅効性肥料を用いたワンショット施肥法は,従来の緩効性肥料を用いたワンショット施肥法の問題点であった倒伏や生育後半の栄養不良などがほぼ解消され,収量が慣行施肥と同程度に安定した。さらに品質や環境への影響などの点では,慣行施肥に比べ優るものであり,今後着実に普及することが見込まれる。また,兼業化や高齢・婦女子化に直面している今日の農業情勢からも,省力施肥であるワンショット施肥法は今後に期待される施肥法である。
しかし,ワンショット施肥法は稲の草姿をみながら施肥する慣行施肥(基肥+穂肥)の場合と異なり,生育途中で軌道修正が困難となるため,ある程度のリスクを伴う技術でもある。したがって,利用にあたっては遅効性肥料の特性を正しく理解して取り入れてゆくことが大切である。
秋田県農業試験場
農林水産省土壌肥料指定試験地
専門研究員 金田 吉弘
八郎潟干拓地は,かつては琵琶湖についで日本で第2の広さを有する湖であった。干拓地が誕生してから現在まで26年が経過している。八郎潟干拓地の農地は,大型機械が効率良く稼働できるように,1区画の面積は約1.25ヘクタール(150m×84m)と大区画である。農家は,一戸当り15haの農地(約1.25haの農地12区画)を所有している。
八郎潟干拓地は標高が海抜マイナス3mの低湿地であり,土壌は作土以下70cm以内に強い還元状態を示すグライ層を有し,透水性が極めて低い細粒強グライ土,いわゆる低湿重粘土が大部分を占める。そのため,大型機械による作物の安定生産を行うためには,土壌の透水性向上と乾燥促進が最優先の課題である。
ここで紹介する不耕起移植栽培は,以上のような土壌条件を考慮して新たに導入された技術である。
八郎潟干拓地では水田と畑を交互に繰り返す田畑輪換が行われている。八郎潟干拓地のような低湿重粘土においても,水田を畑に輪換した2~3年後から,畑作物の根の伸長に伴って土壌構造が発達して透水性が向上する。このため,畑作後の輪換1年目,2年目水田では水稲の根域が下層へも拡大し,養水分の吸収が旺盛となり無肥料か少ない施肥量でも収量レベルは高い。
しかし,この畑を水田に輪換した後3~4年以上,耕起・代かきによる慣行栽培を連続すると,透水性や地耐力が低下して連作水田の状態に近づく。そのため,稲ワラの分解にともなって,土壌が異常還元状態になり水稲に根腐れが発生する。
また,収穫時の圃場が軟弱になり,コンバインによる収穫作業で圃場の均平を悪化させるなど,スムーズな機械作業が困難になる。さらに,水稲後の畑では圃場表面の排水性が悪くなりムギに湿害が生ずる場合が多い。そのため,畑に輪換する前の水田では,圃場の乾燥を進める必要から早期に落水するケースが多い。
時には,フェーン現象による高温多照の条件でも灌水をひかえてしまうため,水稲の登熟に悪影響をもたらす場合もみられる。このような不安定性を克服するためには,水田期間においては適度な透水性を保ちながら,水田から畑に輪換した初年目から排水性が良好になるような土壌管理が必要になる。
さて,水稲栽培における耕起・代かき作業は土壌の団粒を破壊し,さらに分散した土壌粒子が亀裂をふさいでしまうために,粘土含量が多い八郎潟干拓地のような低湿重粘土では透水性低下の大きな原因となる。したがって,このような土壌では,むしろ,耕起・代かきするよりは,作物の根が形成する土壌構造をうまく活用した方が透水性と地耐力の向上には有効になる。
八郎潟干拓地における水稲不耕起移植栽培の最も大きなねらいがそこにある。これまでの水稲栽培における耕起・代かきの主な目的としては,①漏水防止,②作土中への基肥の混和,③雑草の防除,④田面の均平化,⑤移植精度の向上などがあげられている。
もともと透水性の低い低湿重粘土では不耕起で栽培しでも漏水の心配は少なく,②以降の問題も充分対策が講じられるので,不耕起移植栽培は水稲を連続して栽培しても,土壌構造を破壊せずに適度な透水性を保ち,水田の汎用性を高めるための土壌管理技術といえる。
図1に,作業方法を示した。不耕起移植は,駆動ディスクを取り付けた不耕起田植機で田面に溝を切りながら苗を移植する方法である。移植前の圃場管理では特に次の3点に留意する必要がある。

前年の秋から春にかけてスズメノテッポウなどの畑雑草の発生が多い場合は,移植精度が低下する。このため,灌水前に接触型の非選択性除草剤による除草を徹底する。
移植苗の欠株率は,田面が硬いと増加する。欠株は,浮苗によるものが多い。田面の硬さは,長靴が3cm程度沈む状態が最適であり,移植の10日前頃に灌水する。
田面での稲ワラの分布量が極端に多い場所では浮苗を生じたり,溝に稲ワラが押し込まれたりする場合が多い。溝に押し込まれた稲ワラは水稲の根に近いため,分解し始めると水稲の生育は一時的に抑制される。そのため,稲ワラはあらかじめできるだけ均一に散布する。
移植する株の位置は,田面の凹凸が少ない場合には,前年の切株と切株の条間の中央部分,凹凸が多い場合には切株の近傍が最適である。
表1に,不耕起移植での土壌や水稲生育の特徴を慣行と比較して示した。

不耕起土壌及び不耕起移植水稲には,次のような特徴がある。
①不耕起土壌は代かき土壌よりも酸化的に推移する,
②土壌窒素の発現量は代かきと土壌よりも少なく,水稲の初期生育が抑えられる,
③水稲根の活力は生育後半まで高く維持されて秋まさり的な生育となる。
これらのことは,不耕起栽培の場合,土壌が攪拌されないことや稲ワラが作土全体にすき込まれないことに原因する面が大きいと考えられる。したがって,不耕起栽培では,水稲の初期生育を良好にし,特徴である秋まさり的生育につなげることが施肥設計をたてる上での大切なポイントになる。
不耕起栽培においては,基肥は田面上に散布する表面施肥が主体になる。しかし,表面施肥した基肥窒素の利用率は著しく低いのが普通である。これは,表面に施用されたアンモニア態窒素が早いうちに硝酸態窒素に変わるために,脱窒量が慣行の全層施肥に比べて多くなるためと考えられる。
このため,不耕起栽培においては,適正な穂数を確保するための追肥が必要になり,通常よりもその回数が多くなる傾向にあった。そこで,最近,八郎潟干拓地では窒素の利用効率が高い肥効調節型肥料(被覆尿素)を利用している。基肥として,肥効調節型肥料を移植直後に表面施肥する方法であり,追肥が省略できる。この方法では次の利点が明らかになっている。
①被覆尿素は,LP100日タイプ(緩効性窒素割合70%)で,施肥量は慣行の施肥量(基肥+追肥の合計窒素量)の80%程度とする。
②被覆尿素区では追肥を省略しても葉色の低下が少なく,化成肥料区に比べて茎数は多く推移した(図2)。

③表面施肥した基肥窒素の利用率は,硫安の9%に対して,被覆尿素では61%と著しく高かった(表2)。

④被覆尿素区の窒素吸収量は,生育後半まで化成肥料区を上回った。
⑤被覆尿素区では化成肥料区に比べて,穂数が増加するため総籾数が多くなり,増収効果が高かった(表3)。

この技術の適用により,初期生育を確保しにくい不耕起栽培の欠点を補うことができるとともに,耕起・代かきの他に追肥も省略できることから,八郎潟干拓地のような大区画水田において大幅な省力・低コスト化が期待できる。また,代かき水の流出がないことに加えて,肥料効率が著しく高まることで,肥料窒素の水田系外への流亡が著しく抑えられることになり,環境保全効果も期待できる。
八郎潟干拓地における不耕起移植栽培の効果は,次のように考えられる。
表4に,移植までの主な本田作業に要するha当りの時間を示した。不耕起移植体系における作業時間は,慣行体系の63%に短縮された。圃場面積が大規模になるほど耕起・代かき作業は農家の負担を大きくし,各々の機械作業に要する燃料費も増加することから省力・低コストの効果は高い。

八郎潟干拓地では,トラクターやコンバインの足に泥が巻き付いて動けなくなることを「カメになる」という。土壌の乾燥が進んだ今日でも,水田歴の長い圃場では,秋に雨の多い年の収穫作業や翌春の作業でコンバインやトラクターを「カメ」にする場合がある。
これは,代かき水田では夏期の中干しを強めに行い,地耐力を回復させても,収穫時に雨が多いと土壌が再び膨潤して,特に深さ15cmまでの地耐力が低下するためである。一方,不耕起水田では中干しの効果が持続し,落水時期を早めることなく,コンバインの走行が容易な地耐力を保持して,適期の収穫作業が可能になる。
土壌構造をそのまま維持できる不耕起水田では,代かき水田に比べて秋収穫時の水はけは,明らかにまさる。そのため,秋に雨の多い年でも不耕起水田における水稲の収穫作業は代かき水田に比べて容易である。さらに,収穫後の土壌の乾燥も早く,砕土性もまさるために,水稲後のムギの播種を適期に支障なく行うことができる。
不耕起水田では田面が稲ワラで被覆されているためにヒエなど,移植後の水田雑草の発生は少ない。
その他,⑤中干しをしても田面に大きな干割れができないので水稲の根が切れないこと,⑥稲ワラの分解に伴う作土中での「ワキ」がないこと,⑦前年の切株がそのまま残るため,田植後の風による波立ちが少なく,幼苗が保護されることなどの利点がある。
さらに,不耕起水田では代かき水が流出しないので,肥料や粘土粒子の流亡が少なく,八郎潟干拓地のような閉鎖水系では水質などの環境保全効果が期待できる。
「機械化稲作体系」により,農家はかつての重労働から解放され,作業能率は飛躍的に向上した。しかし,近年は作業能率のみに重点を置いた大型機械の導入などにより根圏環境が悪化し,稲作の不安定化も指摘されている。そのため,今後は,これまでの全国一律的な機械作業体系を見直し,土地利用,土壌条件などを考慮しながら,根圏環境の良化に視点を置いた「農法」の確立が求められる。不耕起移植栽培もそのための一手段である。
かつて,不耕起移植栽培は,圃場が乾きにくく,耕起・代かき作業が大変な多雪地帯の山間部や他作物との労働力の競合があるため省力が必要な水稲・ムギ二毛作地帯などの限られた場所で,湛水状態の水田にそのまま移植する方法で小規模に行われていた。これまで述べてきたように,今日では効率的な機械が開発され,大規模な面積で不耕起移植栽培が可能になった。まだまだ,解明すべき点は多いものの,作物-土壌(肥料)-機械の連携をこれまで以上に密接にしながら,総合的な技術に仕上げていきたいと考えている。