§大転換期の到来
チッソ旭肥料株式会社
代表取締役社長 荒木 郁夫
§被覆尿素を用いた水稲育苗箱全量施肥技術
-環境保全型施肥技術の新展開-
秋田県農業試験場大潟農場
(農水省土壌肥料指定試験地)
金田 吉弘
チッソ旭肥料株式会社
代表取締役社長 荒木 郁夫

新しい年,平成7年(1995年)を迎えました。年頭にあたり,読者のみなさまのご多幸とご繁栄をご祈念申しあげます。
本年は,わが国の敗戦で第二次大戦が終結した昭和20年(1945年)から,丁度50年が経過した節目の年であります。この一年間,戦後50年の回顧や分析・評価などが色々な分野で行われることでありましょう。それは,近づいてきた21世紀への展望と模索でもあります。折しも時代の大転換期です。これを誤りなく乗り切るため,各方面で突っ込んだ議論や考察がなされることは大変結構なことであります。
さて,農業を取り巻く環境も,まさに大転換期にさしかかっています。一昨年の冷夏による水稲の未曽有の不作,ウルグアイ・ラウンドの決着によるミニマム・アクセスの受入れ,昨年は一転して酷暑となり大豊作,そして「農業対策大綱」が示されました。そして,本年は戦後半世紀続いた食糧管理法に代わって,新食糧法が施行されます。内外価格差,規制緩和,環境保全についての社会的関心の高まりもあります。昨今,わが国の製造業は,極端な円高から「産業の空洞化」が危惧されていますが,農業の空洞化は国土の荒廃をもたらし,単に一産業の空洞化では済まされない問題であります。
このような厳しい環境下,新たな農業政策が打ち出されてきておりますが,国の根幹にかかわる農業の将来を見据えて,引き続き長期的視点に立った農業政策の立案実施が強く求められるところであります。
ご承知のように弊社は,長年の開発努力をふまえ,時代を先取りした機能商品を販売しております。肥料成分の溶出がコントロールされ,“環境にやさしい肥料”として各方面から評価を受けておりますコーティング肥料「ロング®」,「LPコート®」をはじめとして, 緩効性窒素肥料「CDU®」,泡状化成肥料「あさひポーラス®」,打ち込み肥料「グリーンパイル®」,育苗床土資材「与作®」等々であります。
弊社は今後とも,変革期にある農業に求められる技術改革の方向を見定めて,商品の改良や新商品の開発に取り組み,わが国農業の発展に貢献していきたいものと心から念願しております。
本誌「農業と科学」は,昭和44年発刊で既に四半世紀を迎えておりますが,引き続き内容の充実化を図り,新しい農業技術や栽培事例の紹介を行い,皆様方にいささかなりともお役にたてればと考えております。
本年も,本誌をご愛読いただきますようお願い申しあげまして,新年のご挨拶とさせていただきます。
秋田県農業試験場大潟農場
(農水省土壌肥料指定試験地)
金田 吉弘
近年,わが国では担い手の高齢化,後継者不足が顕著となり,平成4年に公表された新政策(「新しい食料・農業・農村政策の方向」)では,規模拡大による効率的・安定的な農業経営体や農業者の育成を目標としている。また,地球規模の環境問題をふまえて,肥料や資材の投入を抑えた環境にやさしい農業に対する要望が年々高まってい
る。したがって,水田農業ではこれまでにも増して肥料や資材の利用効率を高めて,環境に負荷を与えず大幅な省力・低コスト化をめざす低投入型水稲栽培技術の確立が求められている。
肥料についてみると,新たに開発された被覆尿素などの肥効調節型肥料は,①窒素成分の溶出が地温に比例して緩やかに持続すること,②濃度障害が出にくいので多量施肥ができることなどの特徴を持ち,水稲による利用率は従来の速効性肥料に比べて大幅に向上することが認められている。この肥効調節型肥料により,追肥作業を省略した全量基肥施肥技術が全国で実用化されている。
しかし,基肥はトラクターに肥料散布機を取り付けて施肥する場合が多く,踏圧によって土壌の物理性が悪化することや,側条施肥では施肥機を搭載した移植機が必要になり,肥料の補給作業などに労力を要することなど圃場の大規模化に伴う問題点も多い。育苗箱全量施肥は,ある一定期間窒素の溶出が極端に小さいタイプの被覆尿素を用いて,本田の施肥窒素分を予め育苗箱内に混和施肥しておき,苗と共に本田に持ち込む接触施肥法である。
育苗箱全量施肥では,育苗期間(中苗では約35日間)の窒素の溶出が極少であり,本田に移植してから生育後期まで,水稲の生育パターンに沿って溶出が持続する被覆尿素を用いる。ここで用いた被覆尿素(SタイプのLPコート:LPS100)の窒素含有率は40%であり,施肥後地温25℃で約30日間の溶出は極小で,その後約70日間で80%が溶出する特性を持つ。
これまでSタイプのLPコートは土壌窒素の発現が初期に多く生育が過繁茂になりやすい暖地水田の基肥として利用されていた。初期生育の確保が重要な東北地方の寒冷地では,育苗箱に予め施肥しておき苗と共に本田に持ち込む方法により,本田の早い時期から肥効が期待できる。試験の結果では,育苗箱に多量に施肥しても(写真1),苗の濃度障害や徒長はなく,追肥を省略しても良好な苗質となり,本田での施肥作業も省略できることが明らかになっている。

第1図には,育苗期から本田での深さ5cmにおける肥料窒素の累積溶出率を示した。無加温育苗34日間における育苗箱内の積算地温は615℃であり,被覆尿素の累積溶出率は2.8%であった。本田持ち込み後の溶出は,育苗期を加えた積算地温で1000℃に当たる分げつ期から減数分裂期までの期間に多く,それ以降の溶出は緩やかであった。

また,溶出は2500℃(25℃変換日数100日)で約80%であり予測値とよく一致していた。さらに,育苗期から成熟期までの積算地温は3500℃であり,累積溶出率は92%であった。本田に持ち込まれた被覆尿素からの溶出は,気象条件が異なる場合でも水稲の生育ステージに良く適合しており,年次間差は少なかった。
箱当たりの施肥窒素量は,苗と共に本田に持ち込む窒素量と使用する箱数により決まる。筆者が試験を行っている八郎潟干拓地の場合には,10a当たりの本田への持ち込み窒素の適量は,5~6kgであった。この量は,化成肥料区における基肥と追肥の合計窒素量の60%に相当する。化成肥料区に比べて少ないのは,後述するように苗と共に持ち込まれる被覆尿素由来窒素の利用率が極めて高いためである。
通常,使用する箱数は10a当たり26~27箱であることから,箱当たりの施肥窒素量は200~240g(LPS100現物量で500~600g)が基i惇になる。これは,比較的窒素肥沃度が高い水田の場合であるが,施肥量はその地域の土壌窒素供給量に応じて加減する必要がある。さらに,実際場面では,気象変動にも対応できるように追肥で調整できる部分を残す程度に減じた量とするのが良い。
育苗箱への施肥にあたっては,次の点に留意する必要がある(第2図)。

①被覆尿素の混和時期:通常,肥料を混和した後の育苗土は,比較的冷温な作業舎などに保管されるため,被覆尿素からの溶出はほとんどないと考えられるが,安全を見越して混和作業は播種前2週間以内に行うのが良い。
②被覆尿素と速効性肥料の組み合わせ:被覆尿素に加えて従来の育苗用化成肥料を用いて,箱当たり窒素1g,リン酸1.6g,カリ1g程度の速効性成分を施肥する。速効性戎分は苗の養分濃度を良好に保つために必要である。また,育苗用ロングの併用も苗質の向上や本田での初期生育促進に効果が高い。
③育苗土の量:育苗土は被覆尿素の量に応じて減らす。なお,育苗土の量は,育苗箱の形状により異なるので,予め重量を計るのが良い。
④混和後の保管:被覆尿素を混和した後は,長期間高温になる場所に置かない,などである。
播種後の灌水や温度管理などは慣行と同様であるが,育苗期間の追肥は原則として不要である。リン酸,カリは,天然供給が少ない土壌では,本田で慣行量を施肥する。
ここでは,八郎潟干拓地(秋田県農業試験場大潟農場)内の強粘質の細粒強グライ土水田における育苗箱全量施肥による不耕起栽培の例を紹介する。水稲品種は「あきたこまち」を用いた。
水稲の不耕起移植栽培は,従来移植前に行っていた耕起・代かき作業を省略する技術であり,近年,効率的な不耕起移植機が開発され,大規模な圃場でも実施されている。
基肥を作土と混和しない不耕起栽培では,表面施肥された速効性窒素の大部分は,硝酸化成作用により硝酸態となり,系外に流亡しやすいため慣行栽培の全層施肥に比べて水稲による利用率は著しく低下する。
これまでの不耕起栽培では,初期生育を確保するために基肥を増量したり,多数回の追肥で対応していた。特に,東北地方の寒冷地においては,目標の籾数を得るための初期生育確保は重要であり,これらの問題を解決し,不耕起栽培における効率的な施肥技術を確立することが重要な課題となった。
不耕起栽培において,基肥窒素の形態と施肥位置の違いが水稲の利用率に及ぼす影響を検討したのが第3図である。肥料は,15N硫安と15N被覆尿素(LP100:施用後地温25℃約100日間で80%が溶出)を用いた。

硫安由来窒素の利用率は,表面施肥で9%,側条施肥で33%であるのに対して被覆尿素由来窒素の利用率は表面施肥で61%,側条施肥した場合で78%と高かった。さらに,苗に直接接触させて施肥した場合には,硫安では濃度障害が生じたのに対して被覆尿素では障害はなく,利用率は83%と著しく高かった。
このように,不耕起移植栽培において表面施肥した速効性の基肥窒素の利用率は著しく低かったが,被覆尿素の場合には,苗に直接接触させて施肥しても,濃度障害を起こさずに,むしろ水稲の利用率は著しく向上した。
育苗箱全量施肥の特徴は,肥料を苗と直接接触させて本田に施肥することにより,水稲による施肥窒素の利用率が著しく向上することであり,不耕起栽培での適応性が高い施肥法である。また,施肥窒素利用率の向上は系外への肥料成分の流亡を抑えることになり環境保全型施肥技術として極めて有効である。
箱当たりの被覆尿素400g区,同600g区および化成肥料区における茎数の推移を検討した。10a当たりの使用箱数は26箱であるため,本田への持ち込み窒素量は第1表のようになる。第4図に示すように,被覆尿素400g区および被覆尿素600g区の茎数は,化成肥料区より多く推移した。その結果,成熟期における化成肥料区の穂数は341本/㎡であったのに対して,被覆尿素400g区では376本/㎡,同600g区では466本/㎡であり,それぞれ10%,37%増加した。


15Nを含むシグモイドタイプの被覆尿素(LPS100)を予め育苗箱内に施肥し,苗及び本田水稲による由来別室素吸収量を測定したのが第5図である。育苗35日後の苗による施肥窒素の利用率は0.5%であった。本田移植後における施肥窒素利用率は,6月上旬では1.4%,6月下旬では9%とやや低いもののそれ以降急増し,穂揃期では67%であった。その後は緩やかに増加し,成熟期では79%であった。また,7月以降の溶出窒素の利用率は,ほぼ一定となり,平均83%であった。

これまで,速効性窒素肥料を用いた場合の施肥量や施肥位置は,水稲根の伸長に大きな影響を及ぼすことが知られている。すなわち,
①施肥量が多い場合の水稲根の分布範囲は,施肥量が少ない条件に比べて狭いこと,
②追肥回数を多くした場合の根張りは土壌表層で多くなること,
③肥料が根と接触すると濃度障害が生じたり,根の近傍にある場合でも高濃度になるとその伸長は不良になること
が報告されている。
写真2で示したように,被覆尿素の場合には根圏における窒素濃度の上昇が少なく,水稲根に接触させて施肥しても根の伸長には影響を及ぼさないことが明らかになった。

育苗箱全量施肥区と化成肥料区における収量と収量構成要素を第2表に示した。10a当たりの玄米収量は化成肥料区576kgに対して,被覆尿素400g区で604kg,同600g区で654kgであり,それぞれ5%,13%増収した。

次に,育苗箱全量施肥区と化成肥料区における肥料費を比較したのが第3表である。育苗箱全量施肥区での肥料費は化成肥料区に比べて約40%減少しており,肥料費の大幅な節減によるコスト低減効果が高い合理的な施肥法であるといえる。

これまで述べたように,育苗箱全量施肥は不耕起移植栽培での適応効果が高く,第6図に示すように,耕起・代かき作業の省略に加えて,育苗期間および本田期間の施肥が省略できることから,慣行栽培に比べて省力的で低コストな栽培が可能になることが明らかである。また,施肥窒素の利用率が極めて高いために,系外への肥料窒素の流亡が少なく水質などの環境保全の視点からも極めて有効な施肥法であるといえる。

その他,本施肥法には,①大区画圃場における施肥作業の省力化,②規模拡大に伴う分散圃場における施肥作業の省力化,③現行の移植機械でも対応できるため,不耕起移植栽培の他一般の慣行栽培にも適用できることなどの利点がある。これまでのところ,育苗箱全量施肥に対応する肥料は窒素に限られるが,今後は,リン酸,カリ,ケイ酸などについても接触施肥が可能な肥料の開発が進めば,革新的な環境保全型施肥技術の新展開が大いに期待できよう。