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第447号 1995(H7).02発行

PDF版はこちら 第447号 1995(H7).02発行

 

 

LPSを用いた育苗箱全量基肥施肥技術

山形県農業試験場
化学部長 上野 正夫

1.はじめに

 今から7,8年前と思うが,シグモイドの肥効を示すLPコートS100号(以下LPSと略す。)を初めて知った。その時“これだ”と直感した。その当時,緩効性肥料が脚光を浴びており,作物の生長に合わせて緩やかに溶出する被覆肥料が登場し,それを用いて数多くの実用化技術が普及した。

 確かに,作物の生育期間を通して徐々に溶出する被覆肥料は今でも大いに注目に値するが,施肥後ある一定期間,溶出を極力抑え,その後溶出し始めるLPSの出現は,頭をカナヅチでガツーンと叩かれたような強烈な印象を受けた。それまで,肥料はすぐ水に溶けるのが当り前の時代に,溶けない肥料,正に,逆転の発想を感じた。それ以来,LPSとは長いつき合いが続いた。

 これまで,著者らは水稲の施肥技術に関する研究を行ってきた。その場合,土壌の持つ窒素肥沃度を知ることから始めるが,水田土壌の多くは,水稲生育中後期に発現する土壌窒素が少ない,いわゆる地力の低い土壌が一般的である。

 そのため,従来から,有機物施用による土づくりや,きめ細かな追肥技術を駆使してきた。LPSはこうした役割を担う能力を十分持ち合わせていると考える。つまり,地力の低い土壌を地力の高い土壌に変身させることが出来るかもしれないと意を強くした。

 ここでは,こうした優れた機能を持つLPSの用途拡大として,育苗箱内に本田で必要とする肥料を施用し,移植するだけですむ育苗箱全量基肥施肥技術について紹介する。また,今後の施肥技術の方向についても触れてみたい。

2.育苗箱全量基肥施肥法とは

 これまで,育苗の施肥は,基肥として箱当り窒素,燐酸,加里をそれぞれ2g程度,追肥として窒素を1g(場合によっては2回)施用することが一般的であった。成分として箱当り2gということは,床土(床土と覆土を含む)を4kgと仮定して計算すれば,10a(10cm深で100,000kgの土量)当り50kgの成分量に相当する。これはかなりの量である。

 これを速効性肥料で施用するわけで,常に濃度障害に気を使うことは当然で,育苗の失敗は取り返しのつかないものであり,許されるものではなく,慎重に慎重を期して苗作りを行ってきた。

 今回紹介する育苗箱全量基肥施肥法は,育苗箱内に,育苗時の基肥と追肥はもちろん,本田での肥料も全て育苗箱に入れておいて育苗し,それを移植する方式である。

 具体的には,育苗時に,箱当りN成分で1g(従来の速効性肥料でスターターの役割)+LPSをN成分で300g(LPSのN成分は40%のため現物量で750g)を加えることにより,育苗時の追肥が省略でき,N濃度の高い,しかもLPSを根が包み込んだ状態で健苗が得られる。

 また,移植することによりLPSが6月中旬頃から溶出し始め,施肥効率も極めて高いことから,本田の施肥も省略できる施肥技術である。この方式で10a当り箱数を23箱使用すれば,本田には10a当りN成分で6.9kgのLPSが入る計算になる。

3.シグモイドの肥効を示すLPSでなければ育苗箱全量基肥施肥技術は成立しない

 LPSを箱当りN成分で300g,現物で750g入る様子を示したのが図1である。そして,肥料と床土を混合し播種前の状態を示したのが図2である。

 このように,従来では考えられなかった量の肥料が施用される本施肥技術では,まず育苗期間にLPSが徐々にでも一定量以上が溶出すれば完全にアウトである。LPSは理論的には,施用後約30日は溶出が極小で,その後70日間で溶出することになっている。この施用後30日の溶出を完全にコントロール出来て初めて本技術が成立するものであり生命線でもある。LPSに対する品質管理の重要性が求められる由縁である。

 ただし,その期間全く溶出しないような品質管理を求めているわけではない。そこには,ある許容範囲があって当然である。それはほぼ2~3%程度以内の溶出量と考えられる。この溶出量のおかげで育苗中の追肥省略と高N濃度の苗が得られる点も理解すべきである。

 なお,育苗時の条件(特に温度条件)は様々であるが,通常の出芽温度(無加温や32℃で2日間程度の出芽)やその後のハウス等での育苗管理でLPSの溶出量が大きく変動することはなかった。また,秋田農試の金田らは,ハウス内でさらにビニール被覆を行い,過酷な条件で育苗試験を行った中でも育苗に問題が生じなかった。LPSでなければこの技術が成り立たない証である。

 また,本施肥技術では供試品種による施肥量の加減や育苗プラントを利用することが普及条件と考える。プラントを改良するには,3kg程度の床土が入った育苗箱に散水され,播種し,その後覆土する工程の前に肥料ホッパーを一つ設置することで,品種毎に施肥量の調整も可能になると考える。

 金田らは,床土・種籾・LPS・覆土を層状にすることにより,より一層根がLPSを包み込み,マット形成も問題ないことを実証している。図3には,本施肥技術で育苗した移植直前の苗を示した。根がLPSを包みこんでいる状態を示しており,健苗が育っている。

 なお,若干余談になるが,育苗箱にLPSを床土代わりにつめ,それに播種し,覆土だけ土を用いて育苗した。結果は,水分不足のため出芽・苗立ちが不揃いになったものの,肥料による濃度障害は認められなかった。したがって,箱に施用できるLPSの限界は,出芽のための水分保水力に規制されることになり,現物量で1,000g以内と考えられる。したがって,本田に持ち込まれる施肥量を考慮すると,LPSのN成分は現在の40%程度が適当で,少なくとも30%以上のN成分は必要と考えられる。

4.LPSを用いた育苗箱全量基肥施肥技術の実証試験

①育苗箱全量基肥施肥技術で580kgは穫れる

 表1に山形農試の成績を示した。育苗時に,箱当りN成分で1g(速効性肥料)+300g(シグモイド100日タイプの被覆尿素:LPS)という箱施肥のみで,550~580kg/10aの玄米収量が得られる。この場合,10a当りの苗箱数は23箱前後で,肥料は窒素だけである。水田の多くはこのように窒素肥料だけでもある程度の収量は確保できるものである。

 また,慣行栽培と箱施肥で栽培した場合の稲体窒素吸収量,および重窒素LPSを用い,LPS由来の窒素吸収経過を示したのが図4である。

 この結果,箱施肥区は慣行区に比較して,明らかに6月中は劣るものの,7月に入ると葉色が濃くなり,慣行区並に回復し,成熟期の窒素吸収量は両区とも殆ど同じであった。なお,LPSの利用率は,6月中旬以降高くなり,最終的には72%であった。一方,秋田農試の金田らも79.3%の利用率を得ており,溶出量に対する利用率は90%以上で,これらは驚異的な数値である。

②全層施肥と育苗箱全量施肥技術を組合せると600kg以上は穫れる

 LPSを用いた箱施肥のみでは,どうしても従来の慣行栽培(全層施肥+追肥体系)に比較して,初期生育がやや劣る傾向がある。これはLPSの肥効特性から当然と考えられる。したがって,慣行並に初期生育を確保したい場合は,表2に示したように,N成分で2kg/10aの全層施肥を組み合わせる方法がある。この場合は,同時に燐酸と加里も考慮するようにする。(例として,窒素成分が低く,燐酸,加里成分の高い大豆化成40kg/10aを用いた)

 この結果,玄米収量は10a当り613kgで慣行栽培以上の収量が得られ,土壌条件によっては十分多収技術になることも考えられる。

 以上,①②と2つの事柄を紹介したが,要は,自分の経営の中で採算性を考慮し,導入技術を選択すべきと考える。

5.今後の施肥技術の方向

 一部で化学肥料に対する誤った考えをよく耳にすることがある。化学肥料は,植物養分そのものである。化学肥料が問題になるとすれば,土壌の持つ環境容量の限界を越えて施用された場合(当然他の肥料成分を含む資材も含めて考える),農業系外に流亡することによる二次的な問題である。

 したがって,作物による施肥効率を高めることが重要であり,そのための施肥技術が求められている。このことについては,東北大学の庄子らは接触施肥法(CO-Situs Application)を提唱した。そこでは,種子と肥料,根と肥料が近接して施用できる施肥法であり,肥効調節型肥料の存在を強調している。この接触施肥法こそ,今後の施肥技術の主流になるのではないだろうか。

 育苗箱全量基肥施肥技術は正に接触施肥法の最たるものであり,他に山形農試では,ネギの機械移植同時施肥による施肥法や,麦・大豆の2作物1回施肥法等を普及に移している。

 こうした技術がさらに発展すれば,当然,将来の直播栽培での施肥播種同時作業や,野菜・花き等育苗時の施肥技術に波及することは明らかである。従来の速効性の化成肥料では,この接触施肥技術は濃度障害の問題があり成立しない。肥効調節型肥料,とりわけ,シグモイドの肥効を示すLPSがそのカギをにぎっているものと考える。

6.おわりに

 今後の農業の発展方向は,現代農業(化学的集約農業)の欠陥を是正し,生物・生態学的視点を重視した生態系調和型農業を目指すべきと考えて間違いない。農業は生態系の秩序を守るかけがいのない産業であることは誰もが認めるところであるが,一方で,これまでのように,有限な石油エネルギーや鉱物資源をやみくもに使う時代ではない。

 したがって,今後,ますます環境保全型農業を目指すことになるだろう。環境保全型農業とは,「適切な農業生産活動を通じて国土・環境保全に資するという観点から,農業の有する物質循環機能などを生かし,生産性の向上を図りつつ環境への負荷の軽減に配慮した持続的な農業」と定義されている。

 そのため,今後とも,従来の農業技術を正当に評価しつつ,技術や資材の開発,試験研究の成果を生かし,生産性の低下を招かないで,農業技術体系をより環境保全的なものにシフトさせていくことが重要である。

 こうした意味で,肥効調節型肥料による効率的施肥技術体系の確立が一層急務と考えている。

 

 

環境問題と肥料

財団法人 日本肥糧検定協会
専務理事 藤沼 善亮

1.「地球の限界」が近づいている

 1995年を迎え20世紀も残り少なくなった。20世紀は,目覚ましい技術革新と人口爆発の世紀だったといえる。科学・技術の進歩は,不可能と考えられていたことを次々と可能にし,新しい産業を興し経済を発展させて,人間の生活を豊かにしてくれた。

 20世紀後半の人口増加はすさまじいものだった。20世紀のはじめ16億人だった世界の人口は,それからの100年で4倍に増え,20世紀の終りには62億人を超えると予測されている。

 環境問題が国際的な政治の場で論議されるようになったのは,ここ数年のことである。世界を支配した冷戦構造が崩れたあと,軍事的な安全保障に代わって,地球環境が世界の安全保障問題として表面に現われてきたといえる。環境の悪化は第二次世界大戦後の1950年頃から速度が早まる。戦後の復興が軌道にのり,世界の人口が増えはじめた時期である。人口の増加と経済成長は,大量の資源を消費し,大量の廃棄物を排出した。

 そして,地球の限界が見え始めている。例えば1984年,それまでふえ続けていた世界の1人当たり穀物生産量が減少に転じた。人口増加を上回るペースでふえてきた食料生産にも,限界がきたようだ。オゾン層の破壊や気温の上昇など,永い間安定していた地球の姿が人間によって大きく変えられつつあるが,その行き着く先はだれにも分からない。地球の歴史上はじめての実験が行なわれている。

 環境の悪化は,人間活動の結果である。環境への影響の度合いは,次のように表現することができる。

 環境への影響=人口×豊かさ×技術

 ここで「豊かさ」は1人当たりの消費量,「技術」は物を生産する際の効率,と考えればよい。人口が増えるほど,その人達の消費量が増えるほど環境への負荷が大きくなり,消費する物の生産効率が悪くて資源の無駄が多ければ,それだけ環境は汚染される。

 同じ人口規模でも,豊かな先進国は消費の量と質とが違うから,途上国より環境汚染の程度ははるかに大きい。生産において無駄の少ない効率的な技術を使えば,それだけ環境への影響を少なくすることができる。

 ゴミ処理など身近な地域環境問題から,酸性雨など数か国にまたがる問題,さらにオゾン層破壊や温暖化のような地球規模の問題まで,環境問題は多様である。因果関係が明らかでないものもあり,対策が難しい問題も多い。どの問題が最も早く人類の生存を脅かすことになるのか分からないが,このまま環境の悪化が進めば,近い将来人類は不幸な結末を迎えることになりかねない。

 環境破壊の速さは,すでに地球の復元力の限界を超えてしまった,と考えている研究者もいる。破壊を回避するために人類に残されている時間は多くはない。

2.脅かされる農業の基盤

 人類は地球の表面,平均20cmの厚さの土壌の上で,20kmの厚さの大気圏に支えられて生活しているが,この土壌と大気が最近少しおかしくなってきた。地球環境の悪化である。

 世界の耕地面積は,20世紀の初めまで人口の増加とほぼ同じペースで拡大してきた。しかし,最近では耕地の増加はわずかで,1980年から1990年の間の増加は2%にすぎず,多くの国で減少が続いている。

 人口の増加と経済の成長は,農地の住宅,道路,工場などへの転用を促し,一方,既存の農地では適切でない使い方のために,土壌浸食や生産力の低下がおこっている。食糧生産の飛躍的増加を支えてきた潅漑耕地では,浸水や塩類集積が広がり,乾燥地域の農地の砂漠化も進んでいる。

 新規の耕地開発も既存耕地の消失で帳消しになってしまう。耕地に転換できる土地の残りは少ないし,耕地開発のコストは大きい。今後20年間に1人当たりの耕地面積は21%も減少するとの予測もある。今後は単位面積あたりの収穫量を増やして,増大する食糧の需要に応えていくしかない。牧草地と放牧地は過放牧で生産力低下が進み,漁獲量も1989年の1億トンをピークに低下しはじめた。

 地球の温暖化,オゾン層の破壊による有害紫外線の増加,酸性雨による森林の被害や土壌の酸性化,砂漠の拡大,など地球規模での環境変化は,いろいろな形で農業生産に大きな影響をおよぼす。このような環境悪化の中で面積当たり生産量増大の期待に応えていくのは容易なことではない。過去半世紀のように,食糧生産を飛躍的に増加させうる農業技術が,今後も期待できるだろうか。

 昨年は高温少雨の異常な天候だった。日本各地で深刻な水不足を経験した。

 水は,海と大気と陸地との間を地球規模で循環する再生可能な資源であるが,地球上の降水量の分布は極めて不均一であり,雨水の利用率は低い。地球の温暖化によって大気の大きな循環が不安定になるといわれるから,世界中で雨の降り方はいま以上に不均一,不安定になるおそれがある。

 森林は木材資源を供給してくれる重要な基盤であるが,海とともに地球の「生命維持システム」のかなめであり,水資源の涵養を通じて農業にとっても大切な資源である。しかし,人口増加,酸性雨などで世界の森林面積は急速に減りつつある。熱帯林では,将来に多くの可能性を秘めた未知の生物種が森林とともに失われてゆく。

 世界の潅漑面積は全農地面積の16%を占めるに過ぎないが,世界の作物収穫量の3分の1以上を生産している。灌漑面積の増加は食糧供給の伸びを支えてきたが,1人当たりの潅漑面積は1978年を最高に減少している。水供給の制約が原因のひとつになっている。人口増加,経済発展に伴う水需要の増加と農業用水との競合が始まっており,新規ダムは建設コスト,環境コストの増加であまり期待できない。灌漑面積の伸びはさらに小さくなろう。水不足はすでに食糧供給や経済発展の制限要因になり始めている。

3.肥料がたどった道

 農業とは,土と作物とによる食糧生産のシステムであり,そこに原料として投入されるのが肥料である。このシステムの中で肥料の成分は食糧に変えられ,食糧は人や家畜に利用された後ふたたび肥料として土に還される。この循環が農業の基本だった。

 19世紀の後半から20世紀はじめにかけて化学肥料が開発され,有機物の循環だけでは不足する作物養分を,化学肥料で補うことが出来るようになった。これによって作物の収量はそれまでの限界を突破して増加した。初めは化学肥料は補助的な役割を果たしていたが,値段が安くなるにつれて次第に養分供給の中心になっていった。

 収量がふえ肥料の使用量が増すにつれて,肥料の生産効率は低下した。1950年から1985年までの35年間に世界の穀物生産量は2.7倍にふえたが,肥料の使用量は9倍以上もふえた。肥料の穀物生産効率は3分の1以下に下がったわけである。収量漸減の法則どおりの結果になったといえる。

 経済的に成り立つ限り農業への資材やエネルギーの投入量はふえ,効率の低下が続く。先進国の農業は,「地球の資源は無限であり,この浪費も環境には何の影響も与えない」との前提で合理化を進めてきたわけである。しかし,石油ショックと環境の悪化はこの前提が幻想に過ぎなかったことを教えてくれた。そして世界中で資源浪費型農業の見直しが始まった。持続可能な農業への方向転換である。

4.持続可能な農業と施肥

 環境に負担を与えずに必要な成分を施用し,農業を永続きするシステムに変えていくために,私達は何を考えればよいのだろうか。施肥が環境に影響を与えるとすれば次の3つである。

①農地から地下水や河川への窒素,りんの流入
②農地から発生する亜酸化窒素ガスの温室効果,オゾン層破壊
③農地への肥料の残存,集積による土壌の悪化

 これら環境への肥料成分の影響は,有機肥料でも化学肥料でも家畜糞尿堆肥でも同じである。例えば,肥料や有機物に含まれる窒素は,有機態でも無機態でも土壌中の微生物によって硝酸の形にまで分解され,作物に吸収されない部分は,いずれ環境に出ていく。

 環境への影響を小さくするためには,必要以上の肥料成分を施用しないこと,作物による成分の吸収効率を高めること,に尽きる。そのためには次のことを考えれば良いであろう。

1)土づくりで地力を高め養水分保持力を高める
2)土壌診断にもとづく適切な施肥
3)溶出を調節できる肥料などゆっくり効く肥料の活用
4)作物の吸収特性をよく知り,最も適当な施肥法を選んで効率をあげる
5)輪作により土壌中の肥料成分を有効に作物に吸収させる
6)無作付け耕地からの窒素の溶出を減らす

 これらを組合せ,総合的な対策をとれば,環境への影響を少なくすることができる。また肥料だけでなく堆肥など有機資材も含め,1作だけでなく2~3年単位で,肥料成分の収支バランスを考える必要があろう。

5.ゆっくり効く肥料の活用

 環境にやさしいとして,ゆっくり効く肥料が注目されている。肥料がゆっくり有効化すれば,土壌中の成分濃度が急に高くなることはなく,根が傷むことはない。少しずつ供給されるから肥料成分の作物への吸収効率は高くなって溶脱などの損失は少なくなる。ゆっくり効くことが利用効率を高め,環境への肥料成分の移動を減らす,と評価されているわけである。

 しかし,ゆっくり有効化することが,そのまま環境にやさしくなるわけではない。速効性の肥料が環境汚染に直結するわけではないのと同様である。環境と肥料との関わりは,肥料の特性とともに,その使い方の問題でもある。

 ゆっくり効く肥料はその特性から環境に与える負担を少なくできる使いやすい肥料であり,環境に配慮した施肥法のための有力な肥料といえる。

 緩効性窒素肥料の元祖は有機肥料であるが,化学肥料としては,CDUなど水に溶けにくい化合物を利用した化学的緩効肥料,ロング,LPに代表される物理的に溶出を制御した被覆肥料があり,土壌中での窒素の硝酸態への変化を抑える硝酸化成抑制剤入り肥料などを加えることができよう。これらの肥料を用いて,窒素成分の効率の向上,溶脱,流亡の抑制,亜酸化窒素の発生の軽減,などを実現した試験例は数多く発表されている。

 成分の溶出パターンを調節できる高機能の肥料の開発や改良は今後も続くが,この機能を活かした使用法の開発も進めねばならない。

6.21世紀に向って

 まもなくやってくる21世紀は「農業の時代」になるであろう。日本は農業の必要性について国民の合意が得られていない数少ない国のひとつだが,やがてわが国でも,社会・経済の枠組みの中に農業が適切な位置を与えられる時代が来る,人々の心が農業に向く時代がくる,と私は考えている。その理由をいくつか挙げてみる。

 まず人口の増加による食糧需要の増加がある。世界の人口はいま1年に9,000万人ずつふえている。増加率が少し下がったとしても,しばらくの間,地球の人口は毎年1億人近くふえつづける。開発途上国の経済成長は穀物の需要を人口の割合以上に増加させる。

 世界の耕地面積は今後ふえる見込みはなく,面積当たりの穀物収量を画期的にふやす農業技術が開発される可能性は低い。世界の貿易量は次第に減っていくであろう。たとえ経済力があったとしても,わが国だけ世界から食糧を買い漁ることはできなくなる。わが国にも食糧自給への努力が強く求められることになろう。

 次に地球環境の悪化がある。たとえば,地球の温暖化は気候を不安定なものにすると予測されている。農業用の水の制約も大きくなるから,北米,豪州などからの穀物の今のような輸出がいつまで続くか疑問である。

 さらに,「環境」とならんで「資源」の制約が社会を変えて行くに違いない。地球の資源は有限であり,豊かな国の人たちが現在のような過剰な消費を続けていけば,資源の枯渇と環境の悪化で地球は不幸な終局を迎えねばならない。それを避けるために,社会のシステムを循環型に変えていくしかない。きたるべき循環型の新しい社会では,有機物の循環を円滑に行なう場としても,農業はなくてはならない主役になるであろう。

 街にはモノがあふれでいるが,心の豊かさは失われてしまった。資源の少ないわが国での飽食や過剰な消費が,国の内外で環境破壊をおこしていることに気づいている人も多い。自分の手で土を耕し汗をながして植物を育てることに生きがいを見付けている人もいる。都会の人の農業への関心も少しづつ広がっている。ひとの心が農業に還る時代が近付いている。