§埼玉県における早植水稲・小麦後水稲の全量基肥法
埼玉県農業試験場 環境資源部
専門研究員 日高 伸
§水稲のナトリウム吸収から推定したカリウム施肥法
宮城県農業センター
土壌肥料部 公害科
科長 長谷川 栄一
埼玉県農業試験場 環境資源部
専門研究員 日高 伸
1995年11月から市場原理を導入した新たな米管理システムがスタートし,米作りも産地間競争の時代へと移行してきた。これからの水田農業は地域の特徴と需要の動向を的確にとらえて,いち早く新技術を導入した稲作りを展開するかにある。省力,低コストはわが国農業の古くて新しい技術目標であるが,生産性を高めつつ,時代に添った新たな技術開発には時間を要する。研究の先取りは多くの研究者が理解しているところではあるが,諸般の事情でそう簡単に成果が得られない。
今日,産学官の共同研究が重要視されている。それは内外の構造変動によって様々に変化するニーズと将来の予測をいち早く知り,社会の要求に即答できる実用化技術を準備しておくことに他ならない。
チッソ旭肥料によって開発されたポリオレフイン系樹脂を膜材とした被覆肥料1)はまさに時代の先駆け的な研究であり,革新的な成果である。そこで,その製品を利用し,現場に適用できる実用化技術の開発は県の農業試験場を主体とした機関が担う。
水稲に対する全量基肥法または基肥重点施肥は全国で多くの試験が行なわれ,すでに普及に移されている。普通化成肥料の施用法は全国一律に適用されてきたが,被覆肥料は窒素溶出が温度条件に影響を受けやすい性質があり,また肥効は資材によって異なるために,栽培法,品種,作型など地域の条件に応じて,最適な資材を選択する必要がある。
埼玉県の水田土壌の80%は灰色低地土壌とグライ土壌が同程度の比率で分布し,北部の沖積地は乾田の条件を活かした米麦の二毛作地帯,利根川,中川沿いに分布する低地の水田は半湿田,湿田のー毛田である。立地条件に応じて早期栽培,早植栽培,普通栽培など多様な栽培型がみられ,栽培型に応じて,多くの品種が栽培されている。ここでは,良食味米として埼玉県内で広く栽培されているキヌヒカリの全量基肥法を紹介する。
ここで選定した肥料資材はコシヒカリを除く,その他の品種にも適用できる。
埼玉県は1994年に環境保全型農業技術指針を策定した。水稲については土壌窒素の発現に即した合理的施肥,栄養特性に合った緩効性肥料の導入等によって,慣行施用量(窒素)の2~3割削減を設定した。土壌窒素の発現量の緩効性肥料の窒素溶出を予測し,両者の窒素供給パターンが水稲の時期別窒素吸収量に適合する資材を選択し施肥量を決める合理的施肥技術の開発である。
そこで,まず,全量基肥技術の開発にあたって,研究の基本的な考え方を整理すると次の通りである。
(1)被覆肥料の窒素利用率,施肥効率を明らかにする。
(2)全量基肥では生育途中の窒素の過不足を補正できない。あらかじめ,肥料の溶出特性,土壌の窒素無機化量を明らかにする。
(3)地力窒素供給量と肥料の窒素溶出量が,水稲の時期別窒素吸収量の推移にできるだけ近い肥料を選択し,配合割合,基肥量を決定する。
(4)肥料の溶出量,土壌の窒素無機化量を現場で判断できる簡易な診断手法の開発が望まれる。現場での診断によって生育途中の追肥,水管理等の技術的対応が可能になる。
ここでは,(1)の被覆肥料の窒素利用率と施肥効率,(3)の実用化技術について,概要を紹介する。
著者は施肥窒素の動態解明に重窒素を使用している2)。その中から,普通化成肥料(8-8-8)を用いた慣行施肥体系における施肥窒素の利用率と被覆肥料(LPコート)を用いた全量基肥窒素の利用率を表-1に示す。

早植水稲7品種の窒素利用率は,基肥N:21.3~32.3%,中間肥N(移植後45日):26.1~33.7%,穂肥N:35.8~52.8%である。小麦後水稲(以下:普通水稲)のコシヒカリは基肥Nの利用率が19.0%,中間肥N:17.3%,穂肥N:27.2%に低下した。湛水土壌中直播栽培(品種:むさしこがね)の基肥N利用率は29.3%,同時期の移植水稲の33.4%よりも劣ったが,中間肥N:45.5%(移植水稲:38.4%),穂肥N:64.8%(移植水稲:56.7%)は移植水稲を上回った。
以上の普通化成肥料の窒素利用率に対して,LP-N全量基肥法の窒素利用率は早植水稲のLP100-N:50.1~66.2%,LPS100-N:80%,LP50-N:72%,湛直栽培のLP100-N:59.5%であり,普通水稲でもLP50-Nの利用率は80.4%と高い。このように被夜肥料の窒素利用率は化成肥料を大きく上回った(表-2)。

施肥窒素の利用率に対して,水稲の生産性から施肥効果を評価する施肥効率,生産能率が知られている。前者は圃場に施用した肥料成分(ここではN,記号;F)の作物に対する寄与を考える場合の指標となるのが施肥効率(Y/F)である。後者の生産能率(Y/N)は養分吸収(N)の作物の生産に対する能率を示す。
施肥窒素の効率は表-1,表-3に示すように品種,地域の条件によって大きく異なり,また土壌条件,品種を同一(キヌヒカリ)にした場合には栽培法,施肥法によって異なる(表-4) 。


施肥法の開発は施肥効率を高めることを目標にしているように,二段施肥,側条施肥では慣行施肥(全層施肥)に比べると施肥効率,生産能率,窒素利用率が高い。湛直栽培では分施体系の慣行施肥に代わって,適正な被覆尿素を基肥に施用することによって,施肥効率が高まる。特に,被覆肥料の全量基肥法ではいずれの栽培法でも飛躍的に施肥効率,窒素利用率が高まる。今後,省力栽培法として有望な乾田直播栽培や不耕起栽培などの新栽培法に対しても,高い施肥効率をもつ被覆肥料の適正な施用法の開発が望まれる。
本県の水田土壌を代表するグライ土壌,灰色低地土壌の移植~成熟期までの土壌窒素無機化量はグライ土壌が9.7kg/10a,灰色低地土壌が7.8kg/10aである。土壌窒素の無機化量は7月中旬の幼穂形成期前まではグライ土壌で高く推移し,両者の差は7月上~中旬以降に拡大する傾向がみられる。従って,埼玉県では土壌の種類によって,二つの被覆肥料を選定した。
グライ土壌は地力窒素を補完する資材として,移植時期と水稲の生育,養分吸収,収量性から判断してLP100を選定した。一方,灰色低地土嬢では土壌窒素の発現量から判断すると,肥料に依存した施肥体系(基肥+追肥)が必要である。特に,初期生育と有効茎歩合の確保をねらいとして,また穂肥の代替として,リニアタイプ(LP50)+シグモイドタイプ(LPS100)の配合肥料を選定した。図-1に時期別推定窒素溶出量を示す。

次に,基肥量はまず慣行施肥体系で実施した過去数年間の時期別窒素吸収量から判断した。資材からの窒素溶出量と土壌窒素無機化量の合計が水稲の時期別窒素吸収量にほぼ一致することが望ましい。さらに,施肥窒素の利用率を勘案して施用量が決定される。
ここでは重窒素で得られた平年の窒素利用を参考にして,LP50-Nの利用率を72%,LPS100-Nを80%,LP100-Nを66%とした。土壌窒素の発現,被覆窒素の溶出率,水稲の窒素吸収,施肥窒素の利用率から施用量を算出する。これに基づき,圃場試験を行い生育・収量,収量構成要素等から減肥程度を考慮した全量基肥の施用量を決定した。
さらに,目標収量に対する水稲の窒素吸収量の年次変動幅を考慮して,グライ土壌では全Nに対してLP100-Nを80%含む配合被覆肥料を7.2kgN/10a(LP100-N:5.8kg,速効性N:1.4kg)を施用する。灰色低地土壌ではLP50(基肥)とLPS100(穂肥)を配合した被覆肥料(LP-N/T-N:80%)を7.5kgN/10a(LP50-N:3.6kg,LPS100-N:3.0kg,速効性N:0.8kg)を施用する。この施用量は早植水稲のキヌヒカリに適用できる。
灰色低地土壌の全量基肥法を圃場に適用した結果,穂数,1穂もみ数,登熟歩合が高まり,安定した収量と品質が得られた(表-5)。

全量基肥技術は増収技術,品質向上技術をねらいとした施肥法ではなく,あくまでも施肥省力の技術である。しかし,全量基肥では安定して高い収量が得られ,また玄米窒素濃度から判断した品質および出荷等級も安定して高い評価が得られている。さらに,施肥窒素の利用率が高まることから,慣行施肥量の1~2割程度を減肥しても,高位に安定した収量が得られる。従って,省力・高位安定・環境保全型施肥技術として高く評価できる。
二毛作地帯の水稲は麦跡移植のため,栄養生長期間が短く,葉数,分げつ,頴花数を確保しにくい。また成熟期間が短かく,登熟が不十分になりやすいなど,生育量の不足により,作柄の低下を招きやすい。
すなわち,初期生育量の不足,有効茎の確保・成熟日数の確保等の不足が作柄不安定の主な要因である。従って,生育不安定を克服するための個別技術が求められ,これまで,品種(晩植適応性品種),施肥技術(側条施肥),診断技術(栄養診断に基づく適期・適量追肥),防除技術(発生予察に基づく効率的防除),地力維持(耕深,土壌改良資材・有機質資材の適正施用)等について検討がなされ,現状の体系化技術が確立している。
小麦後水稲は,初期生育を確保することが栽培のポイントである。そこで,全量基肥では初期生育の確保と作柄の安定化を図ることをねらいとした。供試した資材はLP50,LP70,LP100の各配合被覆肥料,移植期は6月22~27日(中苗)である。その結果,被履肥料の全量基肥では草丈の伸長,茎数の増加がみられ,初期生育を確保しやすく,穂数,登熟歩合が高まり,増収効果の高い資材としてLP50配合被覆肥料(LP50-N:80%配合,15-13-15)を選定した。
同資材の全量基肥では茎数の増加,草丈の伸長など初期生育を確保しやすく(図-2),さらに穂数,登熟歩合が高まる(表-6)。


また,LP50の窒素溶出線は年次の差が少なく各年とも,ほぼ同様な溶出パターンを示し,分げつ期~出穂期の基肥窒素吸収量と窒素溶出量はほぼ一致した(図-3)。施肥窒素の利用率(差し引き法)は慣行区(普通化成肥料:基肥一穂肥体系)の33%に対して,全量基肥では53%に高まった。4ヶ年の平均収量指数も109(98~123%)と安定して高い収量が得られた。

埼玉県の二毛作地帯はそのほとんどが灰色低地土壌である。二毛作水田の灰色低地土壌は土壌窒素の無機化量が少なく,初期生育を確保するには肥料に依存した施肥体系が必要であるが,LP50-Nは利用率が高く,標準施肥(基肥+穂肥)と同量を全量施用した場合には有効茎歩合・千粒重・玄米品質が低下しやすい。従って,小麦後水稲の窒素施用量は標準施肥量の2~3割を減肥する。減肥区の収量指数は102~110%,窒素利用率は57~59%(差し引き法)に高まり,玄米品質も向上する(表-6)。
本施肥法は基肥時期の作業競合の面から,二毛作水田への普及が期待されている。2)に記した麦後水稲の課題に即して,シグモイドタイプの本技術への適用を検討した。幾つかの溶出タイプで栽培試験を行いLPSB(25℃土壌中で溶出抑制期間約30日,主溶出期間約30日で合計溶出日数が約60日のLP)を選定した。LPSBは窒素溶出の推移と本田の生育相が比較的よく一致し,初期から中期の生育が良好となり,穂数の確保に有効であった。
市販の粒状培土2,200gとLPSBの単体を677g(施肥量の換算:10aに30箱の苗を使用する,慣行施肥量の基肥5kg,追肥3kgの全量をLP60-Nで施用する)を均一に混合したものを苗箱に充填する。タチガレン液を表面散水した後,催芽もみ120gを播種5月31日)し,粒状培土1,000gで覆土する。苗箱は30℃の催芽機に積み上げて48時間放置する。緑化した乳苗は苗箱を寒冷紗で覆って,22日間本田の苗代で育苗する(育苗期間の地温は18.3~25.3℃,平均地温22.4℃)。この間の水管理は慣行でよい。
育苗期間に濃度障害等による発芽・生育阻害は認められない。移植時の苗は慣行の苗に比べると窒素含有率がわずかに優るが,葉令,草丈,葉色,マット強度等に遜色は認められず,むしろ,根の発育が旺盛となり,根の張りが強い苗質が得られる(写真-1)。1995年の精玄米収量は慣行区523kg,育苗箱全量基肥区611kg,出荷時の検査等級はいずれも1等であった。


水稲の全量基肥に関する試験は1979年から全国の農業試験場を中心に試験が行われてきた。関東では1981年の関東専技会で取り上げられ,翌年から施肥試験が実施された。埼玉県は1982年に土壌肥料専技(北原氏)の指導のもとで加須普及センターが行なっている。
当時は銘柄も少なく,基礎的な知見も十分でなかったことから,コシヒカリでは倒状を助長させる結果になった。その後,数年を経て,幾つかの銘柄が開発され,各地で品種への適用と適正な施用量の検討が行われ,被覆肥料を用いた省力施肥法が確立されてきた。全量基肥法は水稲の新たな施肥法としての立場を築きつつある。
著者は1986年に水稲の全量基肥試験に着手し,本文の栽培型以外にも湛水直播,乾田直播への適用を検討し実用化技術が得られつつある。栽培法や品種,地域の条件に最適な被覆肥料の選定にあたっては,全量基肥法の基本的な考え方で示した(2)の被覆窒素の溶出特性,土壌窒素無機化特性,(4)の肥料の溶出量,土壌の窒素無機化量を現場で判断できる簡易な診断手法の開発等の全量基肥法を補完する技術が必要である。これらについてもほぼ成果が得られており3),その紹介は別な機会に譲る。
埼玉県における全量基肥法はまだ途についたばかりであるが,普及現場では肥料コストの低減を期待する声が高い。本県では被覆肥料,全量施肥技術は今日の環境保全型農業の高まりの中ではじめて認識された感がある。被覆肥料の全量基肥法は省力,低コスト化を追求した本来の農業技術であり,生産性の高い稲作技術として早急に定着することを期待したい。
(1)藤田利雄・前田正太郎・柴田勝・高橋知綱:-21世紀を目指す肥料に関するシンポジューム-,被覆肥料に関する開発,肥料の現状と将来,110-126,日本土壌肥料学会,1989
(2)日高伸:重窒素の植物・水研究への利用,重窒素圃場利用研究会,10,2-11,1994
(3)日高伸・高橋武子:積算地温による被覆窒素溶出量,土壌窒素無機化量,水稲生育時期の予測,土肥誌関東支部大会講演要旨集,P30,1995
宮城県農業センター
土壌肥料部 公害科
科長 長谷川 栄一
施肥の合理化は古くて新しい課題である。現在直面する施肥の課題としては,環境汚染,肥料資源の有限性,肥培管理の変化に対応した施肥法の改善等が挙げられよう。ここでは施肥のなかで,水稲のカリウム施肥をとりあげその改善について検討した。
カリウムは溶脱があっても,窒素・燐とは異なり富栄養化などの水質環境汚染に及ぼす影響は小さいと考えられる。また,日本のカリ肥料はその大部分を国外の限りある鉱石資源に依存しているが,カリウムは燐とは異なり,水稲に贅沢吸収され土壌からの溶脱もあるので燐のような土壌中への備蓄は考えにくい。そのため,カリウムについてはより一層の有効利用が求められることになる。
また,肥培管理の変化については,生藁鍬込みが現在ほぼ一般化してきていることが挙げられよう。水稲のカリウムについては窒素・燐とは異なり藁にその多くが配分されるため,生藁鍬込みの場合にはカリウムの大部分がリサイクルされ,水田土壌に還元される。しかも,水稲藁中のカリウム成分は水溶性の割合が高く,比較的速効的なカリ肥料としての役割が期待される。
しかし,カリウム施肥については従来通り基肥重点で従来通りの量が施用されているのが現状である。生藁鍬込みが一般化してきた現在,カリウム施肥法の見直しの時期にきていると考える。
カリウムは水稲の稈を強くし,登熟も良くすると言われている。しかし,カリウムはまた贅沢吸収され無駄に吸収される養分でもあるので,水稲のカリウム含有率については倒伏性や収量性の関連性から適正値が示されてきた。しかし,収量や倒伏性は稲の養分だけでなく,気象や土壌条件等にも影響される。そのため,これらの適正値は例えば出穂期茎葉中のカリウム濃度は1.2~2.4%などと比較的大きい幅をもって推定されてきた。
ここでは収量・登熟歩合等との関連からではなく,水稲体内の他の成分(ナトリウム)濃度に注目して最適カリウム濃度を狭い幅で推定し,カリ施肥法について考察した。
水稲を水耕栽培した場合,水耕液のカリウム濃度を低くすると水稲のカリウム濃度が低下し,ナトリウム濃度が顕著に高まることはよく知られている。しかし,どの程度カリウムが不足すれば水稲のナトリウム濃度が高まるのかについての検討や,さらに,ナトリウム吸収をカリウムの栄養診断に応用することはこれまで試みられてはいなかった。
そこで,カリウムが不足しやすい泥炭地水田圃場で,水稲のカリウムとナトリウム吸収の関係を検討した。試料は泥炭試験地の肥料三要素試験を含め窒素容量試験,窒素追肥試験等の全試験区から1981年に採取した。品種はササニシキである。
水稲のカリウム,ナトリウム濃度の表示については乾物当りのK2O,Na2O%で表示してある。
図1には成熟期茎葉中のカリウムとナトリウム濃度の関係を示した。図には小さなバラツキはあるものの,カリウム濃度が2.0%以上あればナトリウムは0.1%程度の低い一定濃度にとどまり,2.0%より低下するとカリウム濃度の低下に応じてナトリウム濃度は直線的に高まった。この図でナトリウム濃度が低い一定値にとどまる領域がカリウムの贅沢吸収状態,ナトリウム濃度が高まる領域がカリウム不足状態と推測され,この変換点2.0%が成熟期茎葉の最適カリウム濃度と推定される。

図1に現われた比較的小さなバラツキの原因については,生育途中のカリウム供給の違いなどの要因が考えられる。そこでカリウムとナトリウム濃度との定量的な関係について検討するため,隣接して設置され,基肥を除けば共通の肥培管理がなされている肥料三要素試験区のみを抜きだしたのが図2である。

茎葉中のカリウムとナトリウムの関係に高い直線的相関が認められ,回帰式の傾きは0.69であり,カリウムとナトリウムの原子量比0.66に極めて近い値となった。また,乾物重の少ない無窒素区もこの直線上にあり,乾物の違いの影響は小さかった。
これらのことから,水稲は乾物重とは無関係にカリウムが十分であればナトリウム吸収を抑制し,カリウムが不足すれば不足した分を化学当量的に,言葉を代えれば,カリウム原子が1個不足すればナトリウム原子を1個を積極的に代替え吸収すると考えられた。
次に生育時期別に茎葉中カリウムとナトリウム濃度の関係を検討し,成熟期と同様にその変換点をその時期の最適カリウム濃度と推定した。結果は図3に示した。水稲茎葉中の最適カリウム濃度は,最高分げつ期3.0%,幼穂形成期3.0%,減数分裂期2.5%,出穂期2.0%,成熟期2.0%と推定され,比較的変動の小さい推移となった。

生育時期別に水稲茎葉中のカリウム濃度を検討したものとしては,農林41号を用いた例がある。それによると,分げつ期のカリウム濃度が1.8%では分げつが緩慢になり,幼穂形成期では2.4%以上あれば1穂籾数への影響は小さく,出穂期では1.0~2.0%であれば登熟は高いと報告されている。今回ナトリウム吸収から推定した最適カリウム濃度はこれらの値の範囲内にある。
また一般に玄米100kgを生産するために水稲はカリウムを2.8kg吸収し,この値は収量の高低によらずほぼ一定であるとされている。このことから600kg/10aの収量の場合は16.8kg/10aのカリウムを水稲は吸収することになる。一方,宮城県では目標収量600kg/10aを得るための時期別乾物重の期待値を示しているが,この乾物重期待値と今回推定した最適カリウム濃度から水稲のカリウム吸収量を求めると成熟期には16.7kg/10aとなる。これら2つのカリウム吸収量はきわめてよく一致している。
これらのことから,今回水稲のナトリウム吸収から推定した茎葉中の最適カリウム濃度は品種によらずほぼ妥当なものと考えられる。
宮城県の時期別目標乾物重と,推定した最適カリウム濃度から最適カリウム吸収量が計算できる。目標収量600kg/10aの場合の最適カリウム吸収量は,移植期から最高分げつ期までの間に7kg/10a,最高分げつ期から出穂期までの間に約10kg/10aで全吸収量は約17kg/10aに達するが,出穂期から成熟期の間の吸収はほとんど認められない。
1日当たりのカリウム吸収速度でみると,移植期から徐々に増加し,最高分げつ期にやや停滞するものの,その後再び急激に増加し幼穂形成期に最大値をとり,その後急速に低下し出穂期以降はほぼ零となっている。宮城県の期待窒素吸収量から計算した1日当たりの窒素吸収速度が,6月中旬に大きなピークと出穂期ころのなだらかなピークをもつことと比較すれば,カリウム吸収速度は幼穂形成期の大きなピークと出穂後の吸収がないことが特徴としてあげられる(図4)。

宮城県では全県下74箇所に生育調査圃を設置し,そのうち代表地点16ケ所について時期別に養分吸収量の調査を継続している。ここではカリウム濃度と吸収量について,これまでに示した最適値と昭和61年の生育調査圃の平均値を比較した。生育調査圃の基肥カリウム施用量は平均で7.0kg/10a,収量は平均で550kg/10aであり期待生育の600kg/10aに達してはいない。
茎葉中のカリウム濃度については,生育調査圃平均は最高分げつ期4.3%,幼穂形成期3.8%,減数分裂期3.0%,出穂期3.0%,成熟期2.7%程度であった。最適カリウム濃度に比較すると全生育期間を通じて生育調査圃平均の方が高くなっている。特に最高分げつ期までと出穂期以降が高く,濃度からみればこれらの時期の贅沢吸収の程度が大きいと考えられる(図5)。

カリウム吸収量をみると,生育調査圃平均では移植から最高分げつ期までの間に10kg/10a,最高分げつ期から出穂期までの間に約11kg/10a吸収し,合計吸収量は約21kg/10aに達するが,出穂期から成熟期の間の吸収はほとんど認められない。収量550kg/10aであれば最適カリウム吸収量は最高分げつ期で6.4kg/10a,出穂期で15.5kg/10a程度と考えられるので,最高分げつ期で3.6kg,出穂期で5.5kg/10a程度過剰に吸収していると推測される。
一日当たりのカリウム吸収速度をみると,調査圃平均は最高分げつ期前までは最適吸収速度を大幅に上回るが,その後幼穂形成期には最適吸収速度の1/3ほどまで低下する。その後再び増加し,減数分裂期に追肥によるとみられる鋭いピークがあるがすぐ低下し,出穂以後は最適吸収と同様吸収は認められない(図6)。

以上のことから生育調査圃の水稲のカリウム吸収については,最高分げつ期までと減数分裂期で最適吸収量を大幅に上まわるが,最適吸収が最大となる幼穂形成期の吸収が著しく低くなっていると言える。
このような現地圃場の水稲のカリウム吸収の改善方向としては,まず基肥施用量の減肥が必要と考えられる。基肥カリウムの利用率は,本県の肥料三要素試験から差引法により計算すると,最高分げつ期で60%前後,出穂期で80%前後となる。生育調査圃の平均基肥施用量は7kg/10aであるので,基肥カリウム吸収量は最高分げつ期で4.2kg/10a程度と推定される。この値は上記最高分げつ期の過剰吸収量3.6kg/10aにほぼ等しい。
以上のことから現在のカリウムの基肥については大幅な減肥が可能と考えられる。また減数分裂期については生育調査圃では吸収が多いが,最適吸収からすれば減数分裂期の吸収を減らし幼穂形成期の吸収を増やす必要があると考えられる。カリウムの基肥量及び追肥時期の見直しについては,今後の実証が必要である。
水稲のナトリウム吸収を指標として,水稲の茎葉中最適カリウム濃度・最適吸収量を時期別に推定した。その結果,水稲は幼穂形成期に最も多くカリウムを要求すると考えられた。この最適カリウム吸収量から考えて,県内の水稲のカリウム施肥については基肥の大幅な減肥と,現在減数分裂期に偏っている追肥時期を見直すことが必要と考えられた。
現在水稲以外の作物の最適カリウム濃度についても,同様の手法で検討を始めている。