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第479号 1997(H9).12発行

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冬・春穫り露地野菜に対する被覆肥料の利用

三重県農業技術センタ一 生産環境部
主任研究員 青 久

はじめに

 三重県では,1994年に「三重県環境保全型農業推進基本方針」を策定し,「化学肥料,農薬投入量の3割削減」を目標に掲げている。本県において,環境への窒素負荷が多い作物としては茶が筆頭に上げられるが,ハクサイ,キャベツなどの露地野菜も施肥窒素量が多い作物である。これらの野菜は生育最盛期に収穫され,外観品質と収量性向上のため窒素施肥が多くなる傾向にあり,1993~95年に実施した県下の露地野菜産地の施肥実態調査結果においても,大部分で施肥基準を上回っており,これに土作り資材として施用される家畜糞堆肥等を加えるとさらに窒素負荷が多くなると考えられた(表1)。

 このため,茶栽培地帯同様,露地野菜地域においても,窒素の過剰施肥に起因する地下水等への硝酸流亡が懸念され,環境保全に配慮した新しい施肥体系の開発が求められている。そこで,環境保全と追肥作業の省力のため,被覆肥料を用いた全量基肥施肥法を中心にキャベツ,ハクサイ,ダイコン栽培への適応性について検討した。

1.冬キャベツに対する被覆肥料全量基肥栽培

 年内穫り冬キャベツの慣行施肥基準は,基肥窒素20kg/10aに追肥窒素10kg/10a(2回分)の体系である。これに対して,被覆肥料(ロング,LP)にスターター(化成肥料)を約20%加えた全量基肥施肥法を検討した(表2)。

1)被覆肥料の溶出経過

 圃場埋設法により,溶出タイプの異なる被覆肥料の窒素溶出経過を調査した結果,気温,施肥時期の違いによる年次変動がみられ,70日タイプは94年(8月末に施肥)には栽培期間中に約90%溶出したが,95年(9月11日施肥)及び1996年(9月3日施肥)では約70%の溶出にとどまった(図1)。

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2)窒素吸収量

 生育中期の窒素吸収量は,ロング70全量基肥区が最も多く,次いで同局所20%減肥区,追肥体系区であったが,収穫期には追肥体系区がロング全量基肥区に比べて多くなった(図2)。

 被覆肥料は比較的地温の高い栽培前半期には順調に溶出されるが,地温の低下する栽培後半期の肥効が課題と考えられた。

3)収量

 キャベツの収量はロング70全量基肥区が追肥体系区を上回った。
 ロング100全量基肥区は結球が遅れ収量が劣った。
 また,ロング70全量基肥20%減肥区はやや収量が劣った(図3)。

 施肥効率を高めるため,株下約10cm深にLP肥料を条施肥した結果,20%減肥してもLP全量基肥区を上回り,追肥体系とほぼ同等の収量が得られた(図4)。

4)硝酸態窒素の溶脱低減効果

 深さ50cmの土壌溶液中の硝酸態窒素濃度は,栽培初期~中期にかけて追肥体系区で高く推移し,ロング70全量基肥区では低濃度で推移した(図5)。

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 冬キャベツ栽培期間におけるライシメーターからの総溶脱量は,硝酸態窒素が追肥体系区の9.3g/㎡に対してロング70全量基肥区は平均6.5g/㎡と約30%低減した(表3)。

5)要約

 9月上旬定植・年内取りキャベツに対して,被覆肥料を用いた全量基肥栽培の実用性は高いと考えられ,肥効タイプとしては50~70日タイプが適当であり,9月10日頃に定植する場合は50日タイプが適当であった。なお,株下に局所施肥することにより,20%程度の減肥が可能となった。

 また,被覆肥料の利用は硝酸等の溶脱を低減する効果があり,環境保全に役立つことが確認された。

2.春キャベツに対する被覆肥料による基肥重点施肥法

 1994年から96年にかけて,久居市の春キャベツ指定産地の砂壌土水田において,被覆肥料を用いた基肥重点施肥法,全量基肥施肥法を検討した。

 慣行体系では化成肥料を用い,10a当り施肥窒素は基肥8kg,第一回追肥(1月中旬)16kg,第2回同(2月中旬)8kg施肥する。新しい基肥重点施肥法では基肥窒素として被覆肥料40日タイプ20kgと化成肥料4kg施し,追肥窒素は化成肥料8kgとし,追肥時期を検討した。

1)生育,収量

 12月末の展開葉数は,いずれの区とも抽苔危険枚数(8枚)以下であった。
 基肥重点施肥法では,被覆肥料と前記追肥の組合せにより,球径,球高,結球重ともに慣行追肥区より優れた。

 しかし,被覆肥料同タイプと後期追肥の組合せではやや劣った。
 一方,被覆肥料70日タイプの全量基肥では慣行施肥に比べ,結球が遅れ減収した(図6)。

2)窒素吸収経過

 生育前期には,前期追肥区と全量基肥区が多く,生育後期には慣行施肥区が最も多く,次いで前期追肥区,後期追肥区,全量基肥区であった(図7)。

 被覆肥料を用いた場合,生育後期の肥効がやや劣り,収穫時期が遅れる傾向がみられた。

3)被覆肥料の溶出経過

 被覆肥料40日タイプ溶出率は,12月末に60%,収穫期には86%であった。
 しかし,70日及び100日タイプでは収穫期でも60%に到達せず,春キャベツに対しては,40日タイプが適当と考えられた(図8)。

4)要約

 基肥として40日タイプの被覆肥料とスターターの速効性化成肥料を併用し,前期追肥を慣行の半量施用すれば,後期追肥を省略しても慣行施肥法と同等以上の生育量が確保できることが確認された。

 なお,春先(2~3月)が低温で乾燥した場合は,被覆肥料の溶出・肥効が遅れる場合がある。

3.ハクサイに対する被覆肥料の全量基肥栽培

 9月中旬定植(9月上旬播種)12月初旬穫りハクサイに対して,LP肥料にスターター(化成肥料)を20%加えた全量基肥栽培法の過応性を検討した。対照となる施肥基準は基肥窒素18kg/10aと追肥窒素12kg/10a(2回分)の施肥体系である。

 LP肥料は50日と70日タイプを検討し,局所施肥は株下約10cm深の条施肥の効果についても検討した(表4)。

1)生育・収量

 ハクサイの収量はLP50全量基肥標肥区が最も高く,次いで慣行追肥区,LP50全基局所20%減肥区,LP50全基20%減肥区,LP70全基局所20%減肥区であり,球径,球高についてもほぼ同傾向であった(表5)。

 窒素吸収量はLP50全量基肥標肥区と慣行追肥区で多く,施肥窒素利用率はLP50及び70-20%減肥区が慣行施肥区に比べて約4%高くなった(表5)。

2)被覆肥料の溶出経過

 LP50はLP70に比べ初期の溶出が早かったが,施肥50日後にはタイプとも60%溶出し,収穫時はいずれも約70%の溶出であった(図9)。

3)要約

 9月播きハクサイに対して,LP肥料による全量基肥栽培は有効であり,株下に局所施肥すれば,20%減肥が可能と考えられた。

 なお,溶出タイプとしては50日が適当と考えられた。

4.秋冬ダイコンに対する被覆肥料全量基肥栽培

 1996年,久居市の秋冬ダイコン産地において,被覆肥料による全量基肥施肥法について,ロング40日タイプを用い,化成肥料の割合,減肥の可能性を検討した(表6)。

1)生育,収量及び窒素吸収量

 収量は,全量基肥標肥区,同20%減肥区ともに慣行施肥区に比べて10%以上増収した。また,根長,根径,外観品質については,全量基肥区と慣行施肥区の差はなかった(表7)。

 窒素吸収量は,全量基肥区が慣行施肥区に比べて多く,施肥窒素利用率は全量基肥20%減肥1区及び2区で52%強と慣行施肥区の37%に比べて15%向上した(表7)。

2)被覆肥料の溶出経過

 ロング40の溶出は,施肥30日後に50%強,施肥40日後に60%溶出し,収穫時には約70%溶出した(図10)。

3)要約

 9月下旬播き年内穫りダイコンに対して,被覆肥料(ロング40日)による全量基肥栽培は有効であり,施肥窒素の20%減肥が可能と考えられた。なお,被覆肥料の割合は50%程度が適当と考えられた。

おわりに

 水稲栽培では,溶出パターンの異なる被覆肥料を組み合わせることより,全量基肥栽培が実用化され,栽培面積が増加しつつある。水稲をはじめとする高温期に栽培される作物では,作物の生長時期と被覆肥料の溶出が一致するため,被覆肥料による全量基肥栽培は比較的容易であり,施肥効率も高まるため,20~30%程度の減肥も可能である。

 今回取り上げた冬・春穫り露地野菜については,高温期から低温期にかけて栽培される品目であり,作物の生長に対して被覆肥料の溶出が先細りになり,どうしても生育後期の肥効が不足する傾向にあった。しかし,スターターとして化成肥料を加え,栽培時期に合った溶出タイプを選定すれば,全量基肥栽培の可能性は高いと考えられた。

 但し,被覆肥料は化成肥料に比べ高価であり,普及上の大きなネックになっている。コスト低減のためには減肥が必要であるが,葉菜類では株下に局所施肥すれば,20%程度の減肥も可能と考えられた。なお,局所施肥機については,既に一部実用化の一歩手前のものも開発されており,作物,作期に応じた施肥位置を明らかにすることにより,環境保全に貢献する施肥法の普及につながるものと考えられる。

 

 

生命にとって塩とは何か
-生物と塩との関係史-11

京都大学名誉教授
近畿大学農学部教授
高橋 英一

8 塩と政治経済

貨幣の代わりをした塩

 塩分(実質はその中のナトリウム)は人間が生きてゆくためになくてはならない成分である。狩猟採集時代の人類は,それを自然の食物の中からとっていた。今でもそれに近い生活をしている少数の種族はいるが,世界のほとんどのところでは無機塩-塩化ナトリウム-が塩分の補給源として用いられている。塩は農耕生活によって人間が定住化し,村落の形成が進むとともに重要な交易物資,商品としての地位を獲得していった。それは堆厩肥などの有機物を肥料として使っていた農業が,19世紀に入り無機塩を用いるようになって以来,無機化学肥料として急速な成長をとげたのに似ている。

 塩はなぜこのような地位を得たのだろうか。塩は人間の住んでいるところでは常に必要とされるものであるが,岩塩であれ,海塩であれ塩の入手できるところは地理的に局在しているので,人口が増加し広がって行くにつれて,需要地と供給地との距離が離れ,塩が局地的な資源となったことが大きな原因だろう。それは今日,石油が世界中で広くかつ大量に使用されているのに,石油資源は局在しているのに似たような関係であったといえよう。

 塩は古くから世界の各地で貨幣の代わりに用いられてきた。13世紀のチベット貨幣は塩であったという記述が,マルコポーロの「東方見聞録」にあるという。わが国も江戸時代には塩は米,綿とともに「三白」と呼ばれ,物価の標準にされていた。

 信州の松本藩には「塩手制度」というのがあり,藩は塩一俵の上納に対して籾一俵を支払ったという。さらに街道を通過する塩に対して,「運上塩」と称して一定の割合で現物を徴収するなど,「御用塩」確保のためにいろいろな制度をつくっていた。このように塩には税がかかるため,人々は塩のきいた魚などを買い,塩分の補給をはかった。塩辛いサケやブリが多く食べられたのは,保存食であることのほかに,このような制度の影響もあったといわれる。

 また北安曇野の高冷地で米の収穫の少ないところでは,人々は塩などの物資を運ぶ荷役にでて駄賃として塩をもらい,その塩を上納して米を得た。このように塩と米とは互いに交換できる通貨であり,握り飯に塩という生理的嗜好的関係のほかに,密接な経済的関係があったことは興味深い(亀井千歩子著「塩の民族学」東書選書による)。

文化の中心地となった塩の産地

 塩の給源としては岩塩と海塩がある。わが国には岩塩はないが,ヨーロッパ,アメリカ,アフリカには厚い岩塩層の堆積があり,中には岩塩層をくりぬいて観光資源にしているところもある。ポーランドのカルパチア山中にあるウィリッカという町の「塩の宮殿」や,南米コロンビアのボゴタの近くにある「塩のカテドラル」などは有名である。

 岩塩は古い地質時代に陸封された海が,高温乾燥の気候の下で蒸発してできるので(図7参照),岩塩の出るのは大陸の内部におおむね限られている。オーストリアのザルツブルグ(「塩の町」の意,その中をザルツバッハすなわち「塩の川」が流れている)は2500年も前から塩の交易で栄えた。ザルツブルグ南東のハルシュタットでは岩塩が採掘され,貴重な物資として,当時やはり貴重品であった鉄製の道具や武器などとの交換に利用された。このためハルシュタットは古代ヨーロッパの文化の中心地として一時期栄え,歴史に「ハルシュッタット文化」の名を残すにいたった。そのほかアルプスのチロル地方,西ドイツのザールやリューネブルグ,プランスのフランシュコンテなど,塩を産するところはいずれも昔の文化の中心地であった。

 下って産業革命後の18世紀から19世紀にかけて,イギリスは世界ーの塩生産国であったが,その中心地はノースウィッチ,ミドルウィッチ,ナントウィッチなどで,製塩場のある町を表すウィッチという地名がそれを示している(図8参照)。

塩と政治

 岩塩鉱床や塩湖をもたないわが国では,海水を濃縮して得られる海塩を利用してきた。その方法は藻塩焼き(6世紀飛鳥時代)から揚げ浜式塩田(8世紀奈良時代)を経て入り浜式塩田(17世紀江戸時代)へと発展していった。わが国は海岸線が長いので,塩田は日本海,太平洋,瀬戸内の沿岸随所にひらかれ,つくられた塩は「塩の道」によって内陸部へ運ばれたが,海から遠く離れた山国ではいろいろ苦労が多かった。「敵に塩を送る」という故事もそれを物語っている。

 山に囲まれた甲斐の国では,海辺の産塩地から領内へ塩を運びこまねばならなかった。ところが武田信玄の勢力を恐れた周辺の北条(相模)や今川(駿河)らは,太平洋岸でつくられる「南塩」が武田領へ送られるのを差し止めてしまった。これに対して,信玄のライバルであったが道義を重んじる武将であった越後の上杉謙信は,自分の領国の塩すなわち日本海産の「北塩」を送ったといわれる。これが「敵に塩を送る」の故事である。

 海から隔絶された甲斐,信濃の国(今の山梨県と長野県)には不思議に塩に関係した地名が多い(表14参照)。このあたりは5万年前は海であったのが,海底の隆起によって盆地になったといわれるが,それが地名となって残っているのかと思いたくなる。しかし現在岩塩がでるわけではない。あったとしても,長年月にわたる豊富な雨に洗い流されてしまったのであろう。

 表の地名のうち「塩尻」は,塩の行き止まりの土地を意味する普通名詞が地名として定着したものである。このうち最も有名なのは中仙道の宿場があった現在の塩尻市であるが,信州には塩尻の地名がこのほかに三カ所ある。そのいずれもが南信近くにあり,塩の輸送路が北から入ってこれらの地点を終着地としていたことを示している。

 下って江戸時代になると,有名な赤穂浪士の討ち入り事件の背景に,塩をめぐる経済的な争いがあったという説がある。歌舞伎の忠臣蔵で浅野内匠頭を塩冶判官という名前にしているのは,その辺の消息を物語っている。

 播州赤穂の浅野家は塩田事業に力を入れ,すぐれた製塩技術を持っていた。赤穂塩は藩の重要な財源であった。一方の吉良家も所領の三河で製塩を行っており,両家は江戸の市場をめぐってライバルの関係にあった。そこへ吉良家からの技術援助の依頼を浅野家がことわったとか,吉良家が送り込んだ産業スパイを斬ったとか,吉良の塩が江戸市場を独占しようとしたところへ赤穂の塩が割り込んだとか,塩の製造販売をめぐって両家にはさまざまな葛藤があり,その延長上に元禄14年の内匠頭の殿中刃傷事件があったといわれる。

 米以上に塩の有難みのなくなってしまった現在では想像もつかないことであるが,太平洋戦争のときには塩は米とともに貴重な配給物質であった。塩は米のようなカロリー源にはならないが,われわれが生きて行くために米とともになくてはならないものであるため,政治経済上大きな意味をもつことがあるのである。

 

 

’97年本誌既刊総目次

<1月号>
§「変革の時代への対応」
 チッソ旭肥料株式会社
 常務取締役 柴田 勝
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-1
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§秋田県大潟村での水稲育苗箱全量施肥栽培の効果
 秋田県昭和地域農業改良普及センター
 技師 田口嘉浩

<2月号>
§被覆硝酸石灰活用によるやまいもの生産性向上
 青森県天間林村農業協同組合 指導課
 営農指導員 上原子 和幸
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-2
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§地被植物の植栽による畦畔雑草省力管理
 広島県立農業技術センター 高冷地研究部
 研究員 保科 亨
 研究員 前田 光裕

<3月号>
§被覆肥料を用いたハウスニラの効率的な株養成法
 高知県農業技術センタ一
 生産環境部 土壌肥料科
 科長 北村 明久
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-3
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§不耕起移植水稲の生育特性を左右する要因とその改善方策
 山形県農業試験場庄内支場 作物部
 部長 小南 力
 主任専門研究員 藤井 弘志

<4月号>
§いちじく栽培における被覆肥料の利用
 大阪府立農林技術センタ一 環境部
 主任研究員 木村 良仁
§生命にとって塩とは何か
 -生命と塩との関係史-4
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§遮光下におけるキャベツセル成型苗の根の生理的変化と定植後の発根力との関係
 石川県農業総合研究センター
 砂丘地農業試験場
 主任技師 福岡 信之

<5月号>
§環境保全型農業の推進方向
 鹿児島県農業試験場大隅支場
 土壌改良研究室
 室長 上村 幸廣
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-5
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一

<6・7月号>
§大分県の中山間地域における水稲「ひとめぼれ」の全量基肥施肥法
 大分県農業技術センター
 水田利用部・久住試験地
 研究員 清水 康弘
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-6
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§芝草管理における雑草対策と施肥技術
 千葉県農業試験場 花植木研究室
 主任研究員 青木 孝一

<8月号>
§コーテイング肥料の環境負荷軽減効果について
 新潟大学 農学部
 教授 金野 隆光
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-7
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§施設栽培下の果菜類連作における肥料の成分形態,随伴イオンが土壌,作物体へ及ぼす影響(1)
 JA全農営農・技術センター
 肥料研究部
 部長 羽生 友治

<9月号>
§環境にやさしい水稲施肥法の確立
 宮城県農業センター 土壌肥料部
 総括研究員 中鉢 富夫
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-8
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§施設栽培下の果菜類連作における肥料の成分形態,随伴イオンが土壌,作物体ヘ及ぼす影響(2)
 JA全農営農・技術センター
 肥料研究部
 部長 羽生 友治

<10月号>
§食味と穂肥
 農業環境技術研究所 資材動態部
 肥料動態科長 古賀野 完爾
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-9
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§キャベツセル成型苗の苗齢の進行に伴う根の生理的変化
 石川県農業総合研究センター
 砂丘地農業試験場
 主任技師 福岡 信之

<11月号>
§低湿地施設トマト栽培における省肥料環境保全技術
 三重県農業技術センタ一 生産環境部
 研究員 出岡 裕哉
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-10
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§ダイレクト・セル苗を利用した抑制トマト栽培
 千葉県山武郡横芝町
 若梅 健司

<12月号>
§冬・春穫り露地野菜に対する被覆肥料の利用
 三重県農業技術センタ一 生産環境部
 主任研究員 青 久
§生命にとって塩とは何か
 -生物と塩との関係史-11
 京都大学名誉教授
 近畿大学農学部教授
 高橋 英一
§’97年本誌既刊総目次