§他感作用の強い植物を利用した農地管理(その2)
導入あるいは復活が望まれる作物:ヤムビーン・オカ・ヒガンバナ
農業環境技術研究所 他感物質研究室
室長 藤井 義晴
§ケイ素の生物学-10-
京都大学名誉教授
高橋 英一
§阿蘇地域の水稲「コシヒカリ」に対する肥効調節型窒素肥料と湛水直播栽培の可能性
熊本県農業研究センター 高原農業研究所
技師 田中 幸生
農業環境技術研究所 他感物質研究室
室長 藤井 義晴
ヤムビーンという,中央アメリカ原産のインカ帝国の人々が食べていた作物にも強い他感物質が存在する。この植物はマメ科なのに,地下部に直径10~20cm,重さ約1キログラムのイモができる。このイモは澱粉に富み,生食も可能である。ところが,葉や種子には,ロテノンという天然の殺虫性物質を含んでおり,無農薬で栽培しても病害虫の被害をほとんど受けない。
同じ中南米原産の作物であるジャガイモやサツマイモはヨーロッパから世界に広がって重要な食糧となったが,ヤムビーンは普及が遅れている。ただし,フィリピンには,約500年にスペイン人によってもたらされ,東南アジアでは作物として普及している。
この作物は起源である中央アジア・メキシコではヒカマと呼ばれる。アヒパという近縁種もある。アメリカ合衆国ではイモ(ヤム)ができるマメ(ビーン)ということで,ヤムビーンと呼ばれ,キロあたり2~3ドルで自然食品店で販売されている(写真6-1)。フィリピンにはスペイン人がメキシコから持ち込み,シンカマスと呼ばれている。

わが国では,葉がクズ(葛)に似ているので,クズイモという和名がつけられているが,「イモのクズ(屑)」のように誤解されそうなので,高知大学の前田和美教授は「トロピカル・ポテト」と命名され,四国の一部の農家で栽培されていたが,全国的にはまだ普及していない。著者は四国農試に在職中に,前田先生と中西健夫資源作物研究室長から教わり,その他感作用を研究した。その後,フィリピン,タイ,メキシコ,アメリカ合衆国で現地のヤムビーンを調査した。
ヤムビーンは,熱帯~亜熱帯の気候を好み,わが国でも夏から秋に圃場を全面被覆して雑草をほぼ完璧に抑制し(写真6-2),除草剤,殺虫剤等の農薬を必要としない。

ヤムビーンは,葉や種子にロテノン(図2)を含む。その含有量は乾物当たり葉で約0.1%,種子では0.7%に達し,人にも有毒なので,種子は食用にならない。ロテノンは同じマメ科のデリスから発見された天然の殺虫剤で,現在も「デリス粉」の名前で市販されている。温血動物には害が少ないが,魚毒性が強いことが特徴である。ヤムビーンはロテノンを含むため,ほとんど害虫の被害を受けない。ところが,イモにはロテノンが含まれず,食用になる。

排水の良い軽い土を好む。メキシコやボリビアでは高度1500~3000メートルの高地で栽培されている。播種から収穫まで6~8ヶ月かかる。フィリピンではヘクタール当たり95トンとれたとの記録がある。
イモは水分が多くてみずみずしく,生食可能である。アメリカ合衆国では,短冊状に切ってサラダに加えることが健康志向の女性に好まれている。タイではフレンチフライ状に切ってトウガラシと砂糖を混合した調味料をつけて生食されている。煮たり,フライドポテトのようにして食べることも可能である。今後,更に栽培法や調理法が工夫され,わが国に適した品種が開発され,無農薬栽培,有機栽培に普及していくことが期待される。
これまでに,葉から出る物質による他感作用活性をサンドイッチ法という方法で検索してきた。その結果,カタバミ,シュウカイドウ,スイバ,サトイモなど,シュウ酸を多く含む植物の活性が強く,その阻害がシュウ酸で説明できることが明らかになった。
シュウ酸は図2のような構造式を持つ化合物で,上記植物の葉中に単体で,あるいはカルシウム塩やカリウム塩として存在している。カルシウム塩になると水に溶けないので,毒性は低くなる。
南米アンデスの先住民であるインカの人々は地下部にイモができる作物をたくさん利用していた。ジャガイモ,サツマイモおよび前章で紹介したヤムビーンもそのような植物である。オカは地下部にイモが出来るカタバミの仲間で,アンデスではジャガイモに次いで重要な作物で,現在でもペルーで利用されているが,世界にはほとんど知られていない。
オカは栄養価の高いデンプン資源であり,厳しい環境にも耐えること,最適条件ではジャガイモの2倍の収量がある(10アール当たり500kg~1トン)こと,他感作用活性が高く,病害虫や雑草に強いことから,21世紀の新食糧になる可能性があると期待される。
オカは学名をOxalis tuberosaといい,雑草であるカタバミの類縁種である。写真7のような長さ10cm程度のイモ(鱗茎)ができる。オカはベネズエラからアルゼンチンの高度3000~4000mの高地で栽培されている。200年ほど前にメキシコに導入され,30年前にはニュージーランドに導入され作物として栽培されているので,日本でも十分栽培可能である。

調理法はジャガイモに準じ,煮たり焼いたりシチューに入れたり,また,オカチップスやオカフライになる。80~500ppmのシュウ酸を含み酸味があるが,このシュウ酸含量はホウレンソウより少ない。栄養価は優れ,生で70~80%の水分,10~20%のデンプン,それぞれ1%の脂質,繊維,灰分,2%のタンパク質を含み,アミノ酸組成はバリンとトリプトファンが制限因子であるが,ほぼ理想に近く,消化のよいイモである。増殖はイモに限られ,種子ができないのが欠点で将来育種のためには改良が必要であろう。
カタバミは南アメリカから世界中に広まった雑草で,強い繁殖力をもっている。葉に大量のシュウ酸を含んでおり,そのために病害虫や雑草に強いと考えられる。ムラサキカタバミやハナカタバミは鑑賞用にも栽培され,遊休農地を管理するグラウンドカバーとしての利用が考えられる。オカも,他感作用が強く,ほぼ無農薬での栽培が可能である。
現在の品種はイモがまだ小さく,今後の品種改良や調理方法の考案,他感作用特性の解明が必要である。原産地が標高の高い所であることから,日本でも中山間地で栽培され,特産品となり,休耕地等の農地を守る作物となることが期待される。
インカの人が栽培していた作物としてはこの外に,ヤーコン(キク科),マシュア,ウルコ(ツルムラサキ科),マウーカ,アラカッチャ(セリ科)などのイモ作物がある。トウダイグサ科のキャッサバも南米原産で,青酸化合物を含み病害に抵抗性が高い。これらの作物の他感作用を解明し,新たな食糧としての導入する研究が望まれる。
ヒガンバナは理想的な畦畔管理植物である。球根(鱗茎)に含まれるアルカロイドはネズミやモグラの忌避,防虫や抗菌性など広い意味での他感作用を示す。それで,畦畔に植えてネズミなどによる穴を防ぎ畦畔が崩れるのを防ぐために用いられていたと考えられる。さらに,飢饉の時には鱗茎を掘り上げ有毒アルカロイドを十分に水洗し除去した後に約30%も含まれるデンプンを食用にしていた。日本で最も古く導入された畦畔管理植物である。現在わが国の畦畔や野山に自生するヒガンバナは3倍体で,花は咲いても種子ができないことから,人間が広めたもので,縄文時代に中国大陸から持ち込まれたものと考えられている。
ヒガンバナはお彼岸に正確に咲くこと,別名,曼珠沙華,死人花(しびとばな)とも呼ばれ,墓場の周辺に見いだされることが多いため不吉なイメージが強く,また,有毒物質を含むので,子供達が誤って食べないように,昔から危険な植物と教えられてきたようである。
ヒガンバナの鱗茎には,リコリン(図2)という有毒アルカロイドを含んでいる。リコリンは強い嘔吐と下痢を起こす作用があり,多量に摂取すると死亡する。一方,このアルカロイド成分は,漢方薬として,去痰,利尿,解毒に,民間薬として,むくみとり,肩こり,はれものや,いんきん・たむしの治療に用いられてきた。
このような成分はネズミなどの動物にも有毒であるため,土蔵の壁に塗り込められたり,防虫効果もあるので,友禅などの衣類の糊にも添加して利用されたという。リコリンは哺乳動物の中枢神経麻痺作用,真菌類の殺菌作用,ウジムシなどの殺虫作用がある。墓場の周りに植えられたのは,このような作用を利用して墓を清潔に保つ知恵であったと推定される。
ヒガンバナの雑草抑制作用については,四国学院大学の高橋道彦教授の研究が端緒である。ヒガンバナの鱗茎には雑草の生育を強く阻害する物質が含まれており,とくにセイタカアワダチソウなどのキク科雑草を強く阻害するが,イネやイネ科植物への阻害は弱く,従って畦畔管理に最適な性質をもっていることが報告されている。著者らは,最近,葉や鱗茎に含まれる強い雑草生育阻害作用のある他感物質を単離した結果,リコリンであることを見いだした。その阻害活性は天然物中では最強で,2ppmで50%の根の伸長阻害活性を持っていた。
ヒガンバナは秋に開花したあと葉が出て,冬から初春にかけて,幅8mm,長さ40cmの多肉質の葉をつけるが,初夏には枯れる。従って,イネが小さい春先から初夏に畦畔雑草を抑制し,イネの生育時期には葉がなくなってイネの生長を妨害しないので,畦畔管理植物として理想的な性質を持っているといえる。
ヒガンバナは地下部の鱗茎の分裂によって増殖する。これらの鱗茎は土質を問わず容易に再生し,過湿にも強く,畦畔や土手で繁殖する。ただし,他感作用の成分はイネ科植物を阻害しませんので,イネ科雑草が残ることがあり,ある程度の雑草管理が必要である。
かつて,日本の水田畦畔を彩ったヒガンバナも,耕地整理とともに近年めっきりその姿を消している。ヒガンバナはご先祖達が畦畔を守る目的で植えていた植物であり,人の力なしには繁殖できない植物であるからである。秋の稲刈りの時期に真っ赤に咲いたヒガンバナはまことに美しい(写真8)。畦畔の景観形成,雑草抑制,モグラ・病害虫防除,飢饉時の非常食糧という多面的な機能を持ったこの有用植物の復活が望まれる。

この他にも,グラウンドカバープランツという名前で販売される被覆植物や,ソバ,エンバク,イネなどの穀物の他感作用を研究している。また,樹木や果樹の落ち葉の他感作用も研究し,これを農地に還元することで,循環型の農業生態系を確立する研究も行っている。今後更に,雑草や病害虫に強く,少ない手間で栽培できる他感作用の強い植物を探索し,農地の保全,土作り,安全な食糧生産に役立てたい。
アレロパシー全般に関しては,
1)「アレロパシー」,学会出版センター(1991)ライス著,八巻敏雄・安田環・藤井義晴訳
2)「雑草管理ハンドブック」,朝倉書店(1994)pp.49-61,アレロパシー
被覆植物に関しては,
3)「畦畔と圃場に生かすグラウンドカバープランツ」,農文協(1998)有田博之,藤井義晴編著
を参考にされたい。
個々の植物については,
4)藤井義晴,マメ科植物「ムクナ」とは,農業および園芸,65巻7月号,p.835-840,65巻8月号,945-948(1990)
5)藤井義晴:ヘアリーベッチの他感作用による雑草の制御-休耕地・耕作放棄地や果樹園への利用-,農業技術,50,199-204(1995)
6)藤井義晴:アレロパシーのおもしろ世界(1)~,現代農業1998年1月号から連載中。
を参照されたい。
京都大学名誉教授
高橋 英一
炭酸同化,窒素同化,ミネラル同化は植物栄養の三本柱です。これらにはすべての植物に共通した基本的な部分の他に,特定の植物にみられる特異的な部分がありますが,それは植物が進化の過程で,多様な環境に適応した結果獲得したもので,植物の栄養特性になっています。ミネラル同化では必須元素が前者であるのに対して,有用元素は後者に相当します。
有用元素は必須とはいえないが,ある種の植物の生育を促進したり,ある種の環境下では生育に必要となる元素のことです。有用元素の種類は必須元素のように確定していませんが,コバルト,セレン,アルミニウム,ナトリウム,ケイ素などがあり,なかでもケイ素は代表的な有用元素です。
前に述べたように,植物にはケイ素含有率が著しく高いものがあります。イネ科植物や羊歯植物のあるもの(ヒカゲノカズラやトクサ)は有名で,ケイ酸植物とよばれていますが,ケイ素の効果はこのような植物に現れやすい傾向があります。またキウリなどのようにケイ酸植物には入らないけれども,ケイ素含有率がかなり高くなる植物にも効果のみられることがあります。つまり植物のケイ素吸収能力が関係します。そしてこれに,次に述べるような生育環境が関わります。
自然環境下では植物はいろいろなストレスにさらされますが,ケイ素の有用性はしばしばそのようなときに認められます。
ケイ素がイネのイモチ病やゴマハガレ病,ムギのウドンコ病などの病原性菌類による被害,ニカメイ虫やウンカなどの害虫による食害を軽減する効果のあることはよく知られています。また近年,中間型のケイ素吸収性を示すキウリやメロンのウドンコ病予防にもケイ素が有効であることが認められ,養液栽培の盛んなオランダではこれらの作物の培養液にケイ酸カリが処方されています。
ケイ素は台風や冷害(低温と日照不足)によるイネの被害をしばしば軽減します。風害は倒伏や不稔をひきおこしますが,ケイ素は稈の挫折抵抗を増し,風による葉面からの過蒸散や籾の擦傷を軽減し,被害を少なくします。また低温下ではケイ素の吸収が低下するので,冷害年では日照不足とあいまって,体内のケイ素濃度が窒素濃度に比べて低くなりイモチ病が発生しやすくなりますが,このようなときケイ酸肥料の効果が大きいことが知られています。
ケイ素とリンの相互関係は古くから注目されており,ケイ素にはリンの「部分的代替効果」があるともいわれていました。たとえば図26は,ローザムステッド試験場で行われたオオムギに対するケイ酸ナトリウム連用の結果を,筆者がとりまとめたものですが,ケイ素施用の効果はリン無施用の場合に大きいことが分かります。このケイ素の効果については土壌リンの吸収促進と,吸収したリンの体内での転流(利用効率)促進の二つが考えられます。
筆者らの行った実験では,土壌に吸着されているリン酸を脱着したり,土壌のリン酸吸収力を弱める効果は分子状ケイ酸(H4SiO4)には殆どなく47),またケイ酸ナトリウムと炭酸ナトリウムの比較から,イオン状ケイ酸にも特にないことが認められており48),前者の可能性は少ないと思われます。
表9は培養液のリンを標準濃度より低下させていったときのケイ酸施用効果をみたものですが,ケイ酸の供給は根部に対する地上部の乾物重の割合を高め,穀実生産効率(精籾重)を著しく増加させています。一方リンの吸収分布は,総吸収量にあまり差はないが,穂への分配率はケイ酸施用によって著しく高くなっています。この結果から,土壌の可吸態リンの少ないときのケイ酸施用の効果は,主として吸収したリンの転流促進にあると思われます。イネ地上部の鉄,マンガン濃度はケイ酸吸収によって低下しており,これらに対するリンの割合が高いことがリンの利用効率を増進させたものと思われます。
ケイ素がマンガン過剰害を軽減する効果のあることは,水耕でイネ49),オオムギ50),インゲンマメ51)などに認められています。このケイ素の効果には二つのタイプがあり,一つは地上部のマンガン濃度の上昇を抑えるもの,いま一つはマンガン濃度に差はないが障害を軽減するものです。
前者の例としてイネがあり,多量に吸収されたケイ酸が根の酸化力を高め,鉄とともにマンガンの吸収移行を抑えるものです。後者に関してはインゲンマメで,ケイ酸が葉中のマンガンの分布に影響する(局所集積を防ぐ)ことがラジオオートグラフで認められており,これがマンガン過剰害の軽減に寄与していると考えられています。
農業現場におけるこのようなケイ素の効果は,ブルームレスキウリの普及によって発現したマンガン過剰害がきっかけになって見いだされました。キウリは病害などの回避のために接ぎ木栽培が行われます。在来のキウリには果実の表面に白い粉(ブルーム)をふくむものが多かったが,ある種のカボチャを台木にするとこの粉がふかず,ブルームレスとなり外観がよいので市場に出回るようになりました。このブルームの成分は主にシリカで,ブルームレス台木のカボチャの根はケイ酸吸収性が乏しいという特性をもっています。ところがブルームレスキウリはマンガン過剰害をうけやすいことが分かりました。
例えば高知県では1989年にブルームレス台木による栽培がはじまりましたが,翌1990年にはほぼ全面的にブルームレスキウリに切り替わりました。しかしそれと同時に各地で従来品種の時には起こらなかったマンガン過剰害が発生しました52)。
高知大学の岩崎貢三氏らがブルームレス台木のスーパー雲竜と従来のブルームを生じる新土佐を供試して,マンガン過剰障害に対するケイ酸施用の影響を比較したところ,新土佐ではケイ酸施用によってマンガン過剰は顕著に軽減されたが,スーパー雲竜にはほとんど効果はありませんでした。この違いは両品種のケイ素吸収性と密接な関係があり,新土佐はケイ酸施用濃度に伴い葉のケイ素濃度が高まったのに対し,スーパー雲竜では地上部への移行が抑えられ,葉のケイ素濃度は新土佐にくらべて著しく低くなっていました。
この場合ケイ酸の施用は,マンガンの吸収にも葉中での分布にも特に影響を及ぼしませんでした。走査電顕を用いて葉の中のマンガンとケイ素の分布を調べたところ,過剰に吸収されたマンガンもケイ素もともに葉面の毛茸とその周辺に集積していました。そしてケイ素がないとその部分は褐変するが,ケイ素がある場合は軽減されました。これはケイ酸がマンガンと結合してその害を抑えたものと思われます。
イネによって多量に吸収され葉面に沈積したケイ酸は,クチクラ蒸散を抑える働きをしています。これは根圏の塩類濃度が高いときは,地上部ヘ塩類が上昇集積するのを抑えて塩害を軽減する可能性がありますが,それを示唆する研究もあります53)。
例えば,図27は培養液に塩化ナトリウム(100mM,海水の五分の一相当濃度)を加えて,イネを三週間塩ストレス下においたときのケイ酸(培養液中100ppmSiO2)の効果ですが,塩害は著しく軽減されています。これは地上部のナトリウム濃度の低下によるものであり,それは根に入ったナトリウムの地上部への移行が抑えられたためであることが,植物体中のナトリウムの分布模様から分かります。
イネに対するケイ酸の効果を水耕で検討しているとき,環境ストレス(病虫害や不適切な培養液組成などの)が一見全くないのに,ケイ酸を与えなかったイネの初期生育(草丈や新鮮重)が明らかに劣り,また葉身の下垂が見られたりすることがあります。これはケイ酸を与えられないとイネの光合成能が低下することを示唆しています。光合成には葉の受光量と炭酸ガスの取り込み量が影響しますが,ケイ酸には両者を高める効果があります。
イネの受光態勢は葉身がより直立型になるほど良好になります(図28)54)。表10に見られるようにケイ酸の施用は葉身の開度を小さく,すなわちより直立型にしており,またその効果は窒素施用量が多いほど大きくなっています55)。これはケイ酸の施用効果が窒素多施時に大きいという現象にも符合しています。
炭酸ガスの取り込みには気孔開度が影響しますが,植物体内に水ストレスが生じると気孔開度が低下し,炭酸ガスの取り込みを減少させます。ケイ酸はクチクラ蒸散を抑えるので,水ストレスを軽減し,炭酸ガスの取り込みに有利に作用する可能性があります。
表11はそれを示す実験結果の一例です。人口気象室で湿度を変えて,イネの生長速度に対するケイ酸(SiO2として100ppm)施用の効果を調べたところ,相対湿度が低いほど大きくなり,「真の気孔コンダクタンス」を比較するとケイ酸を施用しなかった場合に比べて40%も大きくなっていました56)。これは炭酸ガスの取り込みが,ケイ酸施用によって多くなっていることを示しています。
これらはイネの炭酸同化すなわち生長を高めるのに貢献しますが,このような効果はある程度通常の環境下でも期待できます。図29にイネに対するケイ素の有用性発現の過程をまとめてみましたが57),これらは結局,多量に吸収沈着したシリカの機械的作用に基づいています。ここにケイ素の栄養生理的特徴があります。
47)J. Ma and E. Takahashi:The effect of silicic acid on rice in a P-deficient soil. Plant and Soil 126,121-125(1990)
48)J. Ma and E. Takahashi:Effect of silicate on phosphate availability for rice in a P-deficient soil. Plant and Soil 133,151-155(1991)
49)奥田東,高橋英一:水稲および大麦の鉄,マンガン,銅,アルミニウム,コバルトならびにヒ素の過剰障害に対するケイ酸の影響 日土肥誌 33(1)1-8(1962)
50)D. E. Williams and J. Vlamis:The effect of silicon on yield and manganese-54 uptake and distribution in the leaves of barley plants grown in culture solutions. Plant Physiol. 32,404-409(1957)
51)W, J. Horst and H. Marschner:Effect of silicon on manganese tolerance of beanplants Plant and Soil 50,287-303(1978)
52)山中律,坂田美佳:ブルームレス台キウリにおけるケイ酸の吸収特異性とマンガン過剰症 日土肥誌64(3)319-324(1993)
53)T. Matoh, P. Kairusmee and E. Takahashi:Salt-induced damage to rice plants and alleviation effect of silicate, Soil Sci. Plant Nutr. 32,295-304(1986)
54)伊藤浩司:圃場条件下における光-光合成関係 作物の光合成と物質生産 190-192頁 養賢堂(1971)
55)S. Yoshida et al:Effects of silicon and nitrogen supply on some leaf characteritics of the rice plant. Plant and Soil 31,48-56(1969)
56)間藤徹,村田伸治,高橋英一:イネへのケイ酸施用が有用である理由 日土肥誌 62(3)248-251(1991)
57)文献(4)のp155
熊本県農業研究センター 高原農業研究所
技師 田中 幸生
阿蘇地域は,九州のほぼ中央に位置し,世界ーのカルデラが生み出す美しい山々からなる景観を有しております。そのうち北から小国郷・阿蘇谷・南郷谷の3地域は,標高が概ね400m以上の県下でも冷涼な地域で,水稲が基幹作物となっています。
水稲作付面積は,約6,500ha(平成10年)です。品種別作付割合は,「コシヒカリ」が約62%,次いで「ミネアサヒ」の17%,「あきげしき」6%,「ヒノヒカリ」5%,その他が10%となっています。
潅漑水は,水温14℃程度でやや低いため,初期生育が緩慢で,基肥とは別に移植後1週間から10日の間に分げつ肥(活着肥)というものを窒素成分で10a当たり1~2kg施用します。
また,最高分げつ期近くになると早めに間断潅水に入ります。と言いますのは,ちょうど6月中旬から梅雨が始まるからです。
この頃になるとウンカが偶に飛んできます。昨年(平成10年)は,近年では最も多く飛来し,現地では被害が発生して,一部で坪枯れが見られました。
さて,今回紹介します肥効調節型肥料を用いた水稲の全量基肥施肥法の試験は,熊本県農業研究センター農産園芸研究所土壌肥料部と高原農業研究所が共同で行った試験の一部です。
肥効調節型肥料を用いた全量基肥施肥法は,現地の一部では,既に使用している農家もあります。しかし,その窒素溶出パターンに対する具体的なデータも無く,気象変動や地力に伴う,品質・収量等に及ぼす影響についての問題点が残されていました。
これらの問題点を明らかにし,高原地域における緩効性肥料の適用の可能性を探るために取り組んだものです。


平成8~9年にかけて調査しておりますが,似たような傾向でしたので,平成9年のデータ(表1)と同グラフ(図1,2)をそれぞれ載せておきます。



阿蘇地域において,最高分げつ期は6月下旬~7月上旬になりますが,当研究所では7月1日前後が平年の最高分げつ期にあたります。
S80,S60及びLP100区においては通常よりも最高分げつ期が遅れる傾向があるようです。
次に最高分げつ期の葉色は,標準区では,生育が盛んになるにつれて葉色がさめましたが,S80・S60・LP100区においては,生育期間中で,最も濃い状態で経過しました。プラス面としては有効茎歩合の向上につながった反面,マイナス面としては稈長が伸び過ぎて倒伏を引き起こす原因となりました。


無窒素区も含めて全区籾数過剰でした。
稈長は全区とも順調に伸びて,D60・S80・LP100区においては全面倒伏となりました。
また,登熟歩合の試験区間差は,倒伏と㎡当たり粒数の影響を強く受けて,D60・S80区は籾数も多く,倒伏も激しかったので,登熟歩合は低くなりました。S60区では,籾数が他区と比べて少なかったので,80%と高い結果になりました。
出穂期は8月5日でした。収量は坪刈りとはいえ,玄米重はいずれも700kg以上を示し超多収となりました。
なお,S80区とLP100区においては,乳白が目立ち品質の低下がうかがわれました。
また,S60区においては検査等級及び外観上の品質は良好であったものの,玄米中の窒素濃度(タンパク含量)が高い結果となりました。
タンパク含量が高いと食味が劣ると一般的に言われています。


Sタイプでは,年次間による差が大きく,特にS80の溶出は遅すぎて,成熟期でも約80%の溶出しか認められませんでした。
平成10年度に『阿蘇のコシヒカリ』として上場が始まった結果,地域として栽培基準を統一することで,供給する玄米の品質の均一化に努め,また本地域としては,昔から農薬をほとんど使わなかったことから,減農薬への取り組みと共に,有機率の高い施肥基準等による栽培が普及しているようです。
そして,現在の阿蘇地域では施肥に関しては,多少労力がかかり,夏場の厳しい条件下に穂肥をすることになっても,「分施が基本」となっています。
将来,『阿蘇のコシヒカリ』に適合した緩効性肥料が開発されれば作業が楽になるのですが,今のところ,60日タイプだと初期生育は旺盛であるが稈長が伸びやすく,80日タイプですと後半の溶出に伴う窒素の供給が遅くまで見られ,玄米タンパク含量が高くなり易いためこの点については改善が必要です。
様々な湛水直播用の播種機が,開発販売されていますが,直播専用の機械を購入してまで,湛水直播をすべきほどの大規模農家は余り存在しないように思われます。
そこで,現有する側条施肥田植機を用い,肥料の代わりにCaO2を粉衣した籾(浸種)を入れて播種し,移植栽培に近い収量・品質を得ることが目標になります。

田植機で播種しますので,10a当たりの作業時間は,20分程度です。苗の補給作業が無くなり省力化が図られます。
播種深度は,1cmに調整しています。(田植え時における植え付け深度の調整と同様)播種量を同じにしても,品種により,苗立ち率・最高茎数・収量等は変わりますが,試験では3kg/10aに固定して行っています。
播種を行った4月24日は,当地域では,まだ誰も代かきもしていない頃で,平年はまだ寒く,平均気温は13℃程度です。その為,少々苗立ちには悪条件と言えるでしょう。
図3・図4は,「コシヒカリ」及び「あきげしき」の茎数の推移をそれぞれ示しています。


両品種ともに分げつは,直播が勝り,最高茎数においても直播の方が明らかに多くなりました。
最高茎数時に分げつしたものが,全て出穂してくれれば良いのですが,そうはなりません。
移植栽培と違って,弱小の無効分げつが多くなるのが直播栽培の欠点です。


「コシヒカリ」の直播栽培は,移植栽培と比較して,㎡当たりの穂数は同程度ですが,穂長が短くなり,その為に㎡当たり籾数が少なくなり,その結果,収量は移植に比べて約82%となりました。
「あきげしき」の直播栽培の場合は,「コシヒカリ」と同じ様な傾向ではありますが,登熟歩合が向上し,千粒重が大きくなったのが特徴的で,収量は,移植に対して約91%となり減収の度合いは小さくなりました。
本年も同様な試験を当研究所と現地1ヶ所で試験を実施中ですが,低温時の出芽は「コシヒカリ」の方が優れ,耐倒伏・登熟は,「あきげしき」の方が直播適応性は勝る傾向が見られます。
当研究所における移植栽培の収量レベルは高く,直播収量の移植に対する比率を下げる結果となりましたが,「コシヒカリ」の直播栽培で9俵,「あきげしき」の直播栽培で10俵余りの収量が確保されることから,この技術の確立によって阿蘇地域における直播栽培の普及拡大が期待できると思われます。