農業と科学 平成20年7月
本号の内容
§硝酸塩あれこれ(1)
元 農業環境技術研究所
越野 正義
§ナスの被覆尿素を用いた全量基肥施肥栽培
大分県豊肥振興局 生産流通部
影井 雅夫
(前 大分県農林水産研究センタ一 野菜茶業研究所)
§水稲ビニール・プール育苗法の改良に関する検討
宇都宮大学農学部附属農場
高橋 行継
(前 群馬県藤岡地区農業指導センター)
元 農業環境技術研究所
越野 正義
チッソ旭肥料の親会社である旭化成は延岡工場でアンモニアと硝酸の製造を始め,宗像英二が昭和21年に開発(特許180018号)した硝酸系化成肥料を作っており,硝酸塩はなじみである。今回は最近話題となっている硝酸塩について,本当に毒性があるのか,あるいは人間の健康によい効果があるのかなどについて書きたい。本稿は,フランス・カン大学の小児科医J.リロンデルとその息子のリュウマチ医J-L. リロンデル(2002)が書いた「硝酸塩は本当に危険か-崩れた有害仮説と真実」(原題は硝酸塩と人間)を参考にしたところが多い。
硝酸塩としてもっとも古くから使われていたのは硝酸カリウム,すなわち硝石である。紀元前3世紀のシュメール人の碑文にも硝石の記載があるという。中世の錬金術師は硝石に硫酸を作用させて硝酸を作っていた。
硝石の用途として重要だったのは爆薬である。一番古い火薬である黒色火薬(硝石60~70%に硫黄と木炭を混合)は9世紀に中国で発明された。元冠(1274,1281)の際に火砲の爆音で鎌倉武士の度肝を抜いた(破壊力はさほどでもなかったという)。中国では火薬としての用途はあまり開発されずもっぱら花火の製造だけに使われた。黒色火薬はその後ヨーロッパに伝えられ鉄砲の火薬に使われた。日本に伝来(1543)した種子島銃にも当然火薬が伴われていた。
硝石は古くは洞窟の壁や湿った井戸の底に風解した粉の層として見つかっていたが,これでは火薬の需要を満たすことができず,ヨーロッパへはインド,スリランカ,エジプトの土壌で見つかった鉱床から採掘,輸入されたが,戦争時には不足した。フランスでは著名な化学者ラボアジェの助言によって1775年に人工硝石工場が作られるようになった。土壌に家畜の排せつ物や遺体,ブドウやリンゴの絞りかすとアルカリ性物質(燃焼灰,消石灰,泥灰岩など)を加えて,通気し2年かけて硝酸塩を土壌中に集積させ(硝酸化成作用の利用),ここから抽出した。
日本に種子島銃とともに輸入された硝石もインドかスリランカ産であったが,高価で量にも制約があった。やがて硝石の製造技術が伝来したが,重要な武器の火薬原料であるから,製造場所は機密保持のために隔離されていた。今日その遺跡をみることができるのは五箇山(富山県砺波市)であり,煙硝博物館がある(硝石は煙硝または焔硝と呼ばれていた)。五箇山が前田の加賀藩の支配下になったのは1585年であり,1605年には前田利長が煙硝を上納している記録がある(ラボアジェの人工硝石工場より170年も古い)。加賀藩がこの技術を得たのは文禄の役(1592-1593)の際に捕虜とした朝鮮人によるらしい。
五箇山で作った煙硝は年貢の代わりに藩が買い上げた御召煙硝であり,御用商人により他領にも売りさばかれた。この製造は幕末まで続けられたが,明治初年にチリから硝酸ナトリウムから製造した硝石が輸入されはじめ,しだいに需要がなくなり消滅した。18世紀には無煙火薬が発明され,黒色火薬自体武器として使われなくなった。
五箇山での作り方は,家の床下,囲炉裏の周りなどに深さ1~2mの穴を掘り,山野草と土を交互に積み重ね,年に3回,野草,カイコのふん,人尿などを加えながら鋤(すき)で上下を切り返すと,5年目から煙硝が採れるようになる。(住居環境は臭気で大変だったろう)。抽出はまず床下の土を土桶に入れ,水を加えて1夜おく。翌朝抜いた水は一番水と呼び,さらに水を加えて二番水を作り,次の抽出に使った。抽出後の残土はまた床下に戻し硝酸化成菌の摂取源とする。一番水は1石(180L)が3升(1升は1.8L)になる(3/100に)まで煮詰め,灰桶の灰(カリウム源)を通し,さらに1升5合まで煮詰める。煮詰めた液を木綿布に通して濾過し,1夜おくと砂のような「灰汁煙硝」が得られる。これを洗浄,再溶解,煮詰め,結晶化を繰り返し,中煙硝,上煙硝と精製してゆく。五箇山で実際に使われたプリミティーブな鍋などの写真をみると,作業した人たちの苦労がしのばれる(写真)。

煙硝は類似の方法で盛岡藩(南部煙硝)でも作られ,幕末には「生産高がトップで7,500貫(28,000kg)であり,2位が加賀藩産でそれに次ぐものはない」と「造硝備考」(安政4年)に書かれているという(工藤利悦,4d.hops.co.jp/4DACTION/WebH Reptkan/28)。
このように硝酸塩は火薬としての用途が注目されたが,歴史的には医薬品,あるいは食品添加物として使われたほうが早かった。古代アラブの医者やイスラム人によっても使われ,12世紀以降には西ヨーロッパで生薬として使うことが記録に残っている。その後数世紀にわたって硝石の評判はよく,17世紀になっても有用な薬品として高く評価されていた。Lemery(1733)は「硝石は食欲を増進し,刺激剤や消散剤となる。また渇きを癒し,利尿剤となり,腐敗を防止し,血液の熱を鎮め,腎臓や膀胱から結石を追い出す」と書いている。この本で薦められている硝石の用量は1日当たり0.6~3.8gという量であった。
硝石は19世紀になっても広範に利用され一般万能薬とされていた。モーツアルトが6歳のとき(1762年),シェーンブルン宮殿で発熱した時にシュヴァルツ・プルファーとマールグラーフェン散を飲ませたと父レオボルトの手紙にある(モーツアルトの手紙,白水社)。マールグラーフェン散は内容不明であるが,シュヴァルツ・プルファー(黒色火薬)は硝石と硫黄,木炭の混合物であり,硝石の薬効に期待したものであろう。
硝石には鎮静効果,男の欲望を抑える効果があると広く信じられていた。そのため男だけの集団である兵舎,船の乗組員,男子寄宿舎などでかなり飲まれていた。兵舎では小銃の薬莢1個分(硝石9g含有)をコップ1杯に溶かして飲んでいたし,船の船長は威厳を保つため「船長の媚薬」と称して硝石を飲んだ。今でもアメリカの学生が寄宿舎の食事に硝石が混入されているという噂があるが安全なのかとインターネットで話題にしていた。(実はこのような話は30年ほど前から知ってはいたが, 書くのにはためらいがあった。野菜を食べたら男の機能が低下したなどという風評がたっては因ると思ったのである。)実際にはこのような作用はなく無害である。
興味深いのは勃起不全に対する薬品シルデナフィル(商品名バイアグラ)の作用機作に一酸化窒素が関与しており,それが平滑筋の緊張を解き血流をよくすることにあることが明らかになったことである。そのため硝酸の存在はプラスと考えられる可能性があるが,現在のところはどちらにもあまり期待はしないほうがよいだろう。
硝酸カリウムには歯質の知覚過敏を軽減させる効果があるとも期待され,アメリカには5%程度添加した歯磨きがあり,インターネットでみることができる。ただこの効果はカリウムによるもので硝酸のせいではないという説もある。
硝石の薬としての効果についてはその後,あまり期待できるものではない,まったく効果がないなどという報告が次第に多くなった。ただこの間には尿の酸性化機作の研究,腎臓の結石防止などの研究目的で大量の硝酸塩を投与した実験が行われていた。その例は表1に示すが,効果のほどは明らかでないが有害性は認められず,わずかにEllen et al.*3の試験で被験者12名中1名が嘔吐,1名が下痢を報告している。8gもの硝酸アンモニウムを経口的に摂取すれば無理もない気がする。薬としての効果はともあれ,少なくとも相当多量に経口摂取や静脈注射をしても著しい害はなかったことが注目される。

硝石は調味料あるいは食品添加物としても使われた。細かい粉末にすると,さわやかな味がし,舌に刺激が感じられ,後味としては苦味があり,良質のビールに類似する。19世紀には「硝酸塩入り砂糖」が婦人たちに愛飲された。砂糖50gに硝石粉5g,それにレモンオイル4滴を加えたものをお茶などに加えていた。お試しあれ。
ハム・ソーセージなどの肉製品に硝石を加えることは5000年前に中央アジアの塩性砂漠地帯で生まれたという。この技術はギリシャ,ローマ,インド,中国など広く伝達した。硝石の効果については1891年になって明らかにされ,微生物の作用によって硝酸が亜硝酸に変化し,これが病原菌を防ぐとともに,血液のヘモグロビンと結合してニトロソヘモグロビンとなり,加熱・分解するとニトロソヘモクロモーゲンになり安定な赤色になることが分かった。生ハム,パンチェッタなどの製造には特定の岩塩を使用することにこだわるローカルメーカーが多く海水から作った食塩ではだめだというが,使用する岩塩中の硝酸塩が効いていることも考えられる。
硝酸塩(または亜硝酸塩)の添加は腸詰中毒菌のボツリヌスの増殖防止に効果があり,日本でも食品添加物として認められている。日本の規格では食肉製品ではNO2として0.070g/kgの残留(水産製品ではこれより低い値)が認められている。また亜硝酸塩などを添加し過ぎた場合にはアスコルビン酸を添加するとよいと推奨されている。有機食品の信奉者は有機ハム・ソーセージに硝酸塩などを加えるべきでないと主張しているが,もし岩塩を使用していれば同じことでないかと想像している。
大分県豊肥振興局 生産流通部
影井 雅夫
(前 大分県農林水産研究センタ一 野菜茶業研究所)
大分県のナス生産は,水回転作品目の一つとして主に水回転換畑で栽培され,5月~10月の露地夏秋どり作型が中心となっている。近年,トンネル被覆資材等を用い,定植時期が年々早まっている産地もあり,栽培期間が7ヶ月以上と長くなる傾向にある。
ナスは乾燥に弱く,果実の肥大には適度の土壌水分が必要となるので,収量・品質向上のためには,夏の高温乾燥時に十分かん水する必要がある。
また,果菜類の中でも葉面積が特に大きく,夏秋どり作型では蒸発散量の季節や日変動が大きくなり,収穫が最盛期となる夏の高温乾燥時には,収穫・整枝・追肥・病害虫防除作業などに追われ,土壌水分状態を見極めることが難しくなる。
多くの産地が雨水に頼った水管理を行っており,雨が少ない年には,肥効ムラによる草勢低下や果実の肥大不良,つやなし果など,果形の乱れが発生する事例が見られる。逆に,雨の多い年や一部の排水不良圃場では,停滞水により根の先が腐り草勢が低下する。このとき,草勢回復を図ろうと過剰な追肥が行われ,結果として塩類集積を起こしている事例も見られる。
ナスは,長期にわたって果実を連続的に収穫していき,栄養成長と生殖成長のバランスをとって栽培することが重要であるが,標準施肥量が多く,追肥量,追肥回数が特に多いのが現状となっている。
そこで,施肥(追肥)の省力化と施肥量削減を図るために,溶出タイプの異なる被覆尿素を配合した全量基肥施肥に適切な水管理を行い,最も肥効が向上する肥料の組み合わせと施肥方法を明らかにしたので,その概要を簡単に紹介する。
試験は大分県農林水産研究センタ一野菜茶業研究所(大分県豊後大野市)の腐植質黒ボク土畑において,2003~2004年の2年間実施した。
各年次とも供試品種に「筑陽」(台木は「アシスト」)を用いて,4月下旬に定植した。栽植様式は,畦幅200cm,株間70cmの1条植え(裁植密度714株/10a)とした。
試験区は1区8.4㎡の2反復とし,仕立て方法は現地で一般的に行われているV字4本仕立てとした。
なお,土づくりを目的として,各年次とも定植前の3月上旬に,有機質資材として完熟牛ふん堆肥5t/10aを各試験区に投入した(ただし,慣行栽培区のみ県基準に従い,投入量を10t/10aとした)。
栽培土壌の極端な乾湿の影響による肥効ムラ等を回避するために,土壌水分の管理は,畦当たり2条の散水式かん水チューブを配管し,接点付きテンシオメーターとかん水コントローラーを組み合わせた自動かん水制御とした。なお,1回当たりのかん水量は5~7mm(5~7t/10a)に設定した。
テンシオメーターは,株間の深さ15cmの表層と25cmの下層に設置した。かん水開始点は,深さ15cmに設置した接点付きテンシオメーターの指示値を指標とし,定植後梅雨明けまでpF2.3,梅雨明け後9月上旬までpF2.1,9月上旬以降にはpF2.3とした。
1日当たりのかん水回数は,気象条件等を考慮した上で,表層15cmと下層25cmの深さに設置したテンシオメーターのpF値がほぼ同じになるように適宜かん水回数を調節した。
持続的な養分供給が求められる夏秋どりナスの全量基肥施肥における被覆肥料の組み合わせと配合比率について検討した。試験区の構成は表1に示したとおりである。各試験区の10a当たりの施肥量は,N:40kg,P2O5:30kg,K2O:35kgを標準とし,全量基肥施肥により栽培試験を行った。

慣行栽培区については,県基準に従い基肥に燐硝安加里S604+油粕(N:25kg/10a),追肥に燐硝安加里S646+油粕(N:3kg/10a×5回)を施用した。なお,本試験における施肥方法は,畦全面に表層施肥した後,作土深20cmで土壌混和した。
栽培初期の草勢と収量をそれぞれ確保するためのスターター肥料と着果負担が増加してくる栽培中期以降の草勢維持,さらに,最終的な収量性とを勘案し,溶出タイプの異なる被覆尿素の最適な組み合わせを探索した。
栽培試験の結果を図1,図2に示した。まず,スターター肥料についてであるが,配合肥料①-②,配合肥料③-④,配合肥料⑤-⑥において,各種肥料の組み合わせと収量および作物体の窒素吸収量対比から見ると,スターター肥料としては,リニア溶出型被覆尿素40日タイプに比べ,CDU園芸配合肥料の方が,収量および作物体の窒素吸収量の面で優れていた。さらに,スターター肥料に組み合わせる溶出タイプの異なる被覆尿素ついても,同様の観点から検証すると,配合肥料①-③-⑤と配合肥料②-④-⑥のそれぞれの比較から,溶出タイプの全てをリニア溶出型(LP)とするのではなく,シグモイド溶出型(LPS)のみの組み合わせとし,さらに,溶出抑制期間の異なる被覆尿素の組み合わせの多い方が収量性が向上した。


4種類のシグモイド溶出型(LPS80+LPS100+LPS120+LPS160)を混合施用することで,慣行の収穫期間中において,燐硝安加里+油粕を主体とし,約3~4週間おきに行われている追肥体系に近似した分施効果が得られたものと考えられた。このことから,収穫期間中,通常5回程度行われている追肥を全て省略できる可能性が示唆された。
以上の結果から,収量および作物体の窒素吸収量が最も向上するスターター肥料と被覆尿素の最適配合比率を,窒素成分割合でCDU園芸配合肥料(15%),シグモイド溶出型被覆尿素80日タイプ(10%),100日タイプ(10%),120日タイプ(15%),160日タイプ(50%)に設定した。
前述の配合比率の被覆肥料を用いた全量基肥施肥の効果的な施肥位置として,全面全層施肥,条施肥,溝施肥,植穴施肥について,最も肥効が向上する施肥法を検討した。
試験区の構成を表2に示した。なお,それぞれの局所施肥方法は,次のとおりである。
・条施肥は,CDU園芸配合肥料を畦全面に表層施肥した後,シグモイド溶出型LPS混合肥料を幅30cmで条施用し,作土深20cmで土壌混和した。
・溝施肥は,CDU園芸配合肥料を畦全面に表層施肥した後,定植位置の幅・深さ10cmの溝にシグモイド溶出型LPS混合肥料を施用し,作土深20cmで土壌混和した。
・植穴施肥は,CDU園芸配合肥料を畦全面に表層施肥し,作土深20cmで土壌混和を行った後作畦し,定植時,植穴にシグモイド溶出型LPS混合肥料を施用後,手で軽く土壌混和した。

栽培試験の結果を図3,表3に示した。条施肥は3割減肥でも全面全層施肥の標準施肥量と同等の収量が得られ,作物体の窒素吸収量および見かけの施肥窒素利用率が最も高かった。


栽培跡地土壌の化学性については,表4に示したように全ての施肥方法で適正な範囲内に保たれるが,硝酸態窒素の残存量は,植穴施肥では多く,その他の施肥方法では少なく抑えられた。

これらのことから,溶出タイプの異なる被覆尿素(LPS80+LPS100+LPS120+LPS160)を組み合わせた全量基肥における条施肥は,肥料の投入量削減による環境負荷軽減と肥料コスト低減,そして,収穫期間中,通常5回程度行われている追肥作業の省力化が図られるなど,双方の効果が期待できるので有効な施肥法と考えられる。また,施肥作業などに要する労力負担も比較的少ないので実用的であると思われる。
前述したように,夏秋どりナス栽培は,栽培期間をとおして水分要求度が高く,特に,収穫最盛期となる夏には,多量のかん水を必要とする。畦内の土壌が適湿または多水分条件下で,溶出した肥料成分が作物体に吸収され易い場合は,局所施肥の効果が現れるが,乾燥(黒ボク土の場合,概ねpF2.3以上)で肥料成分の吸収が抑えられる条件下では効果が現れ難くなる。
ただし,地温の高い時期は,土壌中への肥料成分の溶出速度が速くなるため,多量少回数かん水を行うと肥料成分の地下溶脱を招きやすくなる。
したがって,栽培土壌が黒ボク土の場合,pF2.1~2.3をかん水開始点の目安に,1回当たりのかん水量を5mm(5t/10a)程度とし,土壌保水力や気象条件などによりかん水回数を2~3回/日にすると土壌水分値の変動が小さく抑えられる。その結果,栽培期間中の根域は概ねpF1.8~2.3の適水分値で推移し,安定した局所施肥の効果が期待できる。
一方,保水力の小さい土壌では,かん水した水が作土内に拡がりにくく,かん水部位直下の下層土が過湿傾向になることがある。このため,作畦時は適湿状態で十分な砕土を行い,さらに,局所的な過湿や肥効ムラを防ぐため,本試験で実施したように畦内に2条(株元から左右に約20cm)のかん水チューブを設置するのも有効である。
ナスを含む果菜類の栽培では,慣行的に堆きゅう肥等有機質資材が施用されて
いるが,用いる資材や施用量によっては,土壌へのカリの集積(過剰)が問題となる場合がある。
一般的に果菜類は,果実肥大期に大量のマグネシウムが必要であるが,カリの集積は作物体へのマグネシウムの吸収阻害となるので注意が必要である。
ナス栽培における10a当たり堆きゅう肥10tの標準施用量では,用いる資材によっては80kg前後のカリが供給される場合がある。そのため,本試験では堆きゅう肥(完熟牛ふん堆肥)の施用量を半分の5t/10aと少なくし,さらに,リン酸とカリについては,マグネシウムを強化したハイマグ重焼燐と硫加原体+被覆硫加(成分割合で硫加原体20%,被覆硫加140日タイプ30%,被覆硫加180日タイプ50%)を用いた。これにより,果実の収穫が始まり着果量が増える時期に合わせて,カリが効果的に供給されるようにした。
ナスを含む果菜類の栽培では,長期にわたって果実を連続的に収穫していくため,窒素の肥効にとかく注目しがちになる傾向がある。栽培土壌の塩基バランスや作物体の栄養状態を健全に維持していくためには,堆きゅう肥等有機質資材の適正施用に努めるとともに,栽培期間中のカリの効かせ方にも注意が必要である。
宇都宮大学農学部附属農場
高橋 行継
(前 群馬県藤岡地区農業指導センター)
群馬県では水稲の育苗様式としてビニール・プール育苗法(以下プール育苗,写真1)が広く普及している。本法は煩雑な水管理の省力化が可能な技術である(飯塚ら 1978)。しかし,常時湛水状態のために育苗箱裏面からの出根量が多く,箱裏面に密着した根層を形成する(写真2)。このため,移植作業時に苗マットを育苗箱から取り出すためにはこの根層を除去する作業を行うか,播種時に出根防止対策をとる必要がある。


根層の除去作業には多大な労力を必要とする。原(2001)は根の除去装置を考案しているが,設備投資が必要であり,それほど普及していない。また,出根防止用のシートが複数市販されている。これらのシートは比較的安価であり(高橋・吉田2006),長年使用可能な耐久性の高いものもあるが,育苗完了後に洗浄等の作業が必要である。今回,簡便な出根対策を検討したので報告する。
群馬県館林市の現地農家において2007年5月5日にあさひの夢を供試し,箱当たり130g(乾籾)を播種した。出芽には平置き出芽法(山口ら1991)を用い,出芽揃い後はプールに入水し,移植作業時まで管理した。試験区として,出根防止対策等を実施せず通常の管理を行った「標準区」,育苗箱をプールの床面から1cm高くし,隙間をあけた「かさ上げ区」と育苗箱底面に底敷板(塩化ビニール製シート;イイダ製作所)を敷き,箱裏からの出根を防止した「シート区」の計3区を設定した。各区の反復は3とした。播種後15,22,29,36日目に箱裏面の根の発生状況と草丈,葉齢,葉色を1反復につき各20個体調査した。播種後35 日目(育苗完了時)に苗を回収し,地上部風乾重と箱裏面の根層も含む全体の地下部風乾重を調査した。地上部風乾重は1反復につき各100個体,地下部風乾重は苗マット中央部を10cm四方切り取り,培土を洗浄除去した後,残った根を調査した。育苗箱裏の根層は全体を回収して,風乾重を調査した。
苗の生育の推移を表1および表2に示した。各区の草丈,葉齢,葉色の一部には播種後22日目と29日目に有意な差が発生した。しかし,播種後36日目には有意な差は認められなかった。地上部風乾重と箱裏面の出根量はかさ上げ区が最も多くなった。マット強度はかさ上げ区と標準区との間に有意な差はなかったが,シート区では有意に高くなった。


各区の箱裏面の根の発生状況を比較すると,標準区は播種後15日目頃には箱裏面に密着した根層が形成され始めた。一方,かさ上げ区は播種後15日目頃に根の先端がプール底面に達していたものの,根層を形成するまでに至っていなかった。シート区は底敷板を使用していたため育苗期間中,根の発生はわずかであった(写真2~4)。


この段階では標準区の育苗箱からのマット取り出しはやや難しくなっていたが,かさ上げ区はまだ容易であった(表3)。

播種後22日目頃にはかさ上げ区でもプール床面に達した根が横に拡がり,根層を形成し始めた。このため,マット取り出しは同15日目よりも難しくなりつつあったもののまだ可能であった。同29日目以降はかさ上げ,標準両区と共に根層の形成が進み,マットの取り出しはほぼ困難であった。
播種後36日目に手作業による箱裏面の根層の除去試験を行ったが,標準区で1枚当たり平均38秒,かさ上げ区は同27秒を要した。かさ上げ区は根層が箱裏面に密着していないため除去しやすく,作業性の面からも標準区より優れていた。
かさ上げ区は播種後22日目までは,苗マットを育苗箱から直接取り出すことが可能であった。また,それ以後は苗マットを取り出すことは難しくなるもののの,根層の除去作業は標準区よりも省力的であった。今回はかさ上げの高さを1cmとしたが,現状のプールでは湛水可能な水深が3~4cmであることや,プールの「水切れ」など育苗時の安全性を考慮すると,実用的には1~1.5cm程度が限界であると考えられた。育苗箱裏面の出根状況はプールの水管理状況や気象等による年次間変動が大きい。2008年も引き続き検討を実施し,本手法の有効性について利用可能な育苗期間,効果的なかさ上げ高さ,省力化の実証等も含め,とりまとめを行う予定である。
●原 2001.
水稲ビニールプールにおける苗根切り機の開発.農業技体 56:197-200
●飯塚・金井・島田 1978.
水稲機械植用箱苗の簡易育苗法.農及園 53:687-688
●高橋・吉田 2006.
群馬県稲麦二毛作地帯における水稲の新育苗技術と施肥技術による低コ
スト・省力化の評価.日作紀 75:126-131
●山口・青木・福島 1991.
水稲の平置き出芽法における温度管理-被覆資材と出芽時の高温の影響-.日作関東支部報 6:19-20