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第607号 2009(H21).04発行

PDF版はこちら 第607号 2009(H21).04発行

農業と科学 平成21年4月

本号の内容

 

 

被覆硝酸石灰の施用がサトイモの生育,
収量及び芽つぶれ症発生に及ぼす影響

九州沖縄農業研究センター
元 水田作研究部長 脇本 賢三

1.はじめに

 畑作物栽培においては,石灰欠乏に起因すると考えられる生理障害に遭遇することが多いものと思われる。しかしそのような場合,一般的には土壌中に石灰が非常に少なくて作物に石灰欠乏が発生するというようなケースは少なく,むしろ土壌中の石灰は十分量含まれている場合でも石灰欠乏症がしばしば発生する。これは作物側からみれば,なんらかの理由で体内に石灰を十分吸収できなかったために石灰欠乏が発生するわけで,体内の石灰含量が正常値の範囲であれば石灰欠乏症は発生しないものと思われる。
 作物の石灰吸収は,エネルギーを使った積極的な吸収によるよりも,消極的な吸収によるとされ1),また体内の移行については水の流れ,特に蒸散流と溢液流に依存していると考えられている2)。この移行バランスが崩れると,石灰含有率の低い部位が生じ,その部位に石灰欠乏が発生することになる。また,土壌中に石灰が十分に存在しても,土壌の乾燥により土壌中の水分が減少すれば石灰吸収が抑制されるという場面も発生しうる。このように,作物による石灰の吸収・移行を考える場合,色々な要因を考慮することが必要である。

 サトイモには石灰欠乏に起因する芽つぶれ症が発生することがある。石灰欠乏の発生に対しては,基肥に石灰資材を十分量施用するか,石灰要求量が多い時期に石灰資材を追肥するか,またはそういう時期に石灰を含む溶液を葉面散布するかなど,いくつかの対策がとられるものの,必ずしも改善効果が期待できないことが多い。それは石灰を施用しても,効率よく吸収きれなかったり,必要な部位への移行が不十分だったりするために起こるものと思われる。そこで,ここでは硝酸態窒素及び石灰を効率的に吸収させる目的で開発された肥料である「被覆硝酸石灰肥料(ロングショウカル)」 を供試し,サトイモの生育・収量及び石灰欠乏に起因する芋の芽つぶれ症の発生に対し,本肥料がどのような影響を与えるかを検討した結果を述べることとする。

2.試験方法

 試験は鹿児島県農業試験場大隈支場(現在の鹿児島県農業開発総合センタ一大隈支場)の場内圃場で行なったものである。土壌は厚層多腐植質黒ボク土である。供試したサトイモ品種は,「早生蓮葉芋」(子芋よりも孫芋生産が主体)と「大吉」(子芋生産が主体)の二品種とした。1区の面積は約50㎡とした。畦幅を100cm,株間を35cmとした。テロン92(殺センチュウ剤)で土壌を消毒した。全区に対して牛ふん堆肥を現物量で10a当たり1.5t施用した。10アール当たり窒素18kg,りん酸18kg,カリ18kgを施用した。

 試験は二か年行なった。試験区として,慣行区,硫安+ロングショウカル140区,ロングショウカル70単用区,同140区を設定した。2年目では慣行+石灰追肥区を加えた。
 試験では慣行区のみに基肥として苦土石灰150kgを施用した。窒素はBB555(速効性N50%,LP100N50%を含む),硫安,ロングショウカル70及び140,りん酸は過リン酸石灰,カリは硫酸カリを供試した。硫安+ロングショウカル140区は硫安N9kg/10aとロングショウカル140N9kg/10aを施用した。ロングショウカル単用区はロングショウカル70または140のN18kg/10aを単独施用した。石灰追肥には硫酸石灰を供試し,7月22 日に畦間に表面施用した。基肥施用の方法は,全面全層施用とし,畝立て栽培とした。畝には透明ポリマルチをかけた。マルチは収穫期までかけたままの管理とした。生育調査には6~7株,収量調査には20株を採取して行なった。4月2日に種芋を伏せこみ,9月2日に収穫した。初年目は「早生蓮葉芋」のみを供試し,芽つぶれ症の発生を高めるため,潅水を控えた。2年目は「早生蓮葉芋」および「大吉」の二品種を供試し,特に潅水処理は施さなかった。

3.試験結果

1)初年目試験

 本試験では芽つぶれ芋の発生を高めるため潅水を控えたことで,芋の収量は通常よりやや低かった。ロングショウカル140単用区は8月22日までの調査では,芋の収量が慣行区より低かったが,9月14日の調査ではロングショウカル140区が慣行区より約10%程度増収となった(表1)。

 茎葉重,親芋重,子芋重,孫芋重の合計重を比べると,処理間差は小さかった(図1)。

 芽つぶれ芋の発生状況をみると,9月14日までの調査では発生がみられなかったが,10月8日の調査ではかなり発生した(図2)。

 芽つぶれ症は大部分が孫芋に発生しており,子芋にはほとんどみられなかった。発生率は慣行区で多く,ロングショウカル区では併用及び単用のいずれも発生が軽減された。発生芋を重量割合でみると, 慣行区が17.5%,ロングショウカル区は8%程度であった。

2)2年目試験

 「早生蓮葉芋」の収量(9月2日収穫)をみると(図3),子芋重については慣行区に比べその他の区は5~10%程度低かったが,孫芋重についてみると,ロングショウカル単用区が慣行区より60%程度増収した。茎葉重,親芋重,子芋重,孫芋重の合計重を比べると,慣行区に比べロングショウカル70単用区が7%,140単用区が12%の増収となった。「大吉」の収量(9月2日収穫)をみると,(子芋+孫芋)重は慣行区に比べロングショウカルの併用区及び単用区のいずれも20%以上の増収となり,最も高かった140単用区は約60%の増収となった(図3)。

 茎葉重,親芋重,子芋重,孫芋重の合計重を比べると,慣行区に比べロングショウカル70単用区が14%減,140単用区が20%減となり,140区の合計重が最も小さかった。茎葉重をみると,慣行区に比べロングショウカル単用区が小さく,特に140単用区は慣行区の約85%程度に止まった。しかし,合計重に対する(子芋+孫芋)重の割合をみると,慣行区では約20%,ロングショウカル140区では約30%となり,ロングショウカル140区は芋の生産効率が高かった。9月2日収穫では「早生蓮葉芋」および「大吉」のいずれも芽つぶれ症の発生はみられなかった。

 「早生蓮葉芋」の9月2日収穫の作物体窒素含有率をみると,茎葉では慣行区に比べてロングショウカル単用区が低く,親芋ではほぼ同等,子芋,孫芋,細根ではロングショウカル単用区が高かった(データ省略)。石灰含有率をみると(表2),親芋茎葉では慣行区に比べいずれの時期でもロングショウカル単用区が高い傾向がみられた。また親芋でも親芋茎葉の場合とほぼ同様の傾向がみられた。子芋では7月31日において慣行区よりロングショウカル単用区がややたかかったものの,それ以外では大きな差はみられなかった。孫芋についても同様の傾向であった。

 「早生蓮葉芋」の窒素吸収量をみると,収穫期では慣行区とロングショウカルの併用および単用区の間に大きな差はなかった(図4)。

 同時期の吸収窒素の(子+孫)芋への移行率は,慣行区に比べロングショウカル区が高かった(データ省略)。同様に収穫期の石灰吸収量をみると,慣行区に比べロングショウカル単用区では15~20%程度増加した。しかし,茎葉や親芋の石灰吸収量は慣行区よりロングショウカル単用区が多く,子芋+孫芋への吸収石灰の移行率は慣行区に比べてロングショウカル単用区で小さかった(データ省略)。

4.考察

 早生蓮葉芋の場合,初年目及び2年目とも(子芋+孫芋)収量は慣行区に比べロングショウカル単用区が優る結果となった。溶出タイプとして70日型に比べ溶出期間の長い140日型の効果がより高かった。この品種は子芋よりも孫芋の生産を主体としており,孫芋重だけをみると単用区の大幅増収となったことから,この肥料が孫芋増収に極めて効果的に働いたと考えられる。親芋から子芋,子芋から孫芋へと石灰の移行していくものとすれば,生育後期まで石灰供給が可能な140日型が孫芋生産に有利であることは容易に理解できる。子芋を主体とする「大吉」でも慣行区に比べ単用区の(子芋+孫芋)重が増収した。内容は孫芋重にはほとんど違いがなく,子芋重の増加によるものであった。このように品種によってどの芋収量が増加するかの違いはあるが,いずれも単用区で優り,また140日型でより優ることからみて,サトイモの芋生産にはロングショウカル140日型単用が最も効果が高いと考えられる。

 しかし茎葉重,親芋重,子芋重,孫芋重の合計重をみると,品種の特性として合計重の小さい「早生蓮葉芋」では合計重も単用区で増加するが,一方合計重の大きい「大吉」では,単用区の場合,養分供給速度が遅いため生育速度が緩慢であり,その結果合計重は小さくなることがわかる。しかし,そのように合計重が抑制されるものの,(子芋+孫芋)の合計重は慣行区に比べ単用区で大きいことから,単用区では芋生産の効率が非常に高い作物体となっていたことが分かる。いずれにしても,子芋及び孫芋生産にとってはロングショウカル140日型肥料の単用が最も効果が高いと結論づけることができる。

 「早生蓮葉芋」において140日型単用区の芋の増収要因は硝酸態窒素と石灰の両方が作物に効率的に吸収されたことによると考えられる。図4では収穫期の窒素吸収量に大きな違いがみられないが,これは収穫期までには落葉があるため,このように差のない結果になったものと考えられる。途中の生育段階では単用区の吸収量が多かった(データ省略)。窒素と石灰のどちらが芋生産に寄与する程度が大きいかを考察すると,「大吉」では合計重が慣行区に比べてロングショウカル単用区でかなり小さくなったにもかかわらず,子芋収量は増加しており,窒素吸収量は測定していないものの合計重からみて単用区が慣行区を優るとは考え難く,従って少なくとも「大吉」には窒素栄養効果よりも石灰の効果の方が芋生産に大きな影響を与えたものと推察される。

 芽つぶれ症は初年目のみで発生が認められた。しかも収穫時期を過ぎた頃の調査で発生が確認された。この結果からみると,子芋から孫芋への転流物質の供給低下が発生の引き金となっていると思われる。転流物質の供給不足が孫芋の生育量の低下として現われ,芽の壊死が発生したものと思われる。また転流物質の内容成分に問題があり,そういう転流物質の栄養条件下であったために壊死が発生したという可能性も考えられる。ロングショウカル140単用はこのような生育後期の石灰の栄養状態,それに制御された炭水化物代謝等に好結果を与える資材として意義のある肥料と思われる。

 子芋から出た細根重についてみると(写真1,写真2),ロングショウカル単用区は他の区より細根重が大きいことがわかる。生育の後期まで窒素および石灰の吸収が良好であったことが細根重の増加につながったものと推察される。その細根重の大きいことが子芋や孫芋の肥大にプラスに働いたものと推察される。

5.おわりに

 ロングショウカル単用は慣行施肥に比べて肥料代が高くなるため,サトイモの芋の収量向上に有効ではあるものの現場にこの技術を直に導入することは難しい。試験区中に硫安とロングショウカル140の混合肥料区(ロングショウカル140N50%含有)を設定しその効果を検討したが,140単用には及ばなかった。したがって速効性窒素とロングショウカルとの混合肥料では,速効性窒素の混合割合を50%よりもっと少なくする必要がある。また,ロングショウカルは肥料の吸収効率が高いため減肥できる可能性があり,局所に施用すればさらに施肥量を減らすことも可能と思われる。今後はロングショウカルの持つ特性を有効に生かし,なおかつ経済的な施肥技術となるような検討が残された課題である。

引用文献

1)河崎利夫(1987)
  農業技術体系 土壌施肥編2 作物の栄養と生育.pp.91-97,農山漁村文化協会.東京

2)渡辺和彦(1986)
  生理障害の診断法.pp.153-157,農山漁村文化協会.東京

 

 

水稲育苗箱全量基肥専用肥料「苗箱まかせ」
による低コスト栽培の実証(その2)

宇都宮大学農学部附属農場
准教授 高橋 行継

1.はじめに

 水稲育苗箱全量基肥専用肥料「苗箱まかせ」による水稲育苗箱全量基肥(以下,箱全量)栽培は,本田生育に必要な肥料成分を育苗箱に培土と共にに播種時に全量投入し,本田施肥を省略する技術である(庄子 1999)。本技術は追肥を含めた本田での施肥作業が不要であり,省力効果が高いことは言住もが認めるところである。しかしながら,コスト削減効果に関してはまだ十分な理解がなされているとは言い難い。

 前報(高橋 2007)では筆者がこれまで実施してきた箱全量試験をもとに試算を行い,本技術が低コスト化技術としても優れていることを実証した。しかしながら最近,リン安や塩化カリなどの肥料原材料の国際価格が高騰している。この影響を受けて国内でも平成20年7月以降,化成肥料の価格が急上昇している。肥料価格の高騰は一時的なものではなく「高止まりする可能性が高い。(JA全農)」 とも伝えられている(2008年6月28日付日本農業新聞)。このように,前報で紹介した試算の前提が大きく変化してきていることから,再度検討を行ったものである。

2.調査方法

 前回同様に施肥関係経費の比較のみにとどめることにし,試算に際しての条件設定は以下のとおりとした。まず箱全量区には「苗箱まかせNK301-100」(以下,苗箱まかせ)を利用した。本肥料の窒素-燐酸-加里の成分比率(以下,3成分比)は30-0-10%である。
 次に標準区は群馬県で普及している基肥+追肥(概ね出穂20日前に1回)の施肥体系とした。標準区の試算で用いた肥料は,JA館林市管内(群馬県)の農家で稲作の肥料として2008年に広く使用されていた標準的な銘柄とした。基肥は「高度C11号」(3成分比:12-14-14%,ただし前回の対照銘柄は「ふれあい化成254」),追肥はNK化成(3成分比:17-0-16%)を利用するものとした。

 本来であれば同一銘柄で試算を行うべきであるが,肥料価格の高騰のために少しでも安価な肥料へと農家が利用銘柄を変更する動きに合わせ,より現状に近い形で試算を行うためにJA推奨銘柄である「高度C11号」へと変更した。本肥料は「ふれあい化成254」より約100円/20kgほど安価である。これらの肥料の1kg当たり単価は同JAの2009年用組合員予約販売価格から算出した(表1)。

 試算の対象品種はあさひの夢とした。群馬県のあさひの夢の栽培技術指針では,基肥は窒素成分で5kg/10a,追肥は同2kg/10aである(表2)。

 箱全量区の施肥量は標準区の基肥と追肥の合計窒素量の40%減(高橋・吉田 2006),10a当たり使用育苗箱数を30枚として算出した。なお,播種作業を小型の手動播種機で行っている農家では,多くの場合施肥作業にも兼用可能であるため特に問題はないが,播種プラントを利用している農家等では施肥機の装備が新たに必要になる。現在,後付けが可能な専用施肥機が10万円弱で市販されている。この施肥機を15年償却として,県内の中規模稲作農家で育苗する500箱(ほぼ水稲作付面積1.6ha分に相当)を播種すると仮定した。

3.調査結果

 結果を表3および図1,図2に示した。肥料はいずれも価格が上昇しているが,1kg当たり単価でみると「苗箱まかせ」は2006年対比で65円,「高度C11 号」も66円増(ただし,前回の対照銘柄との比較)である。追肥用のNK化成は同様に49円増であった。これを上昇率でみると順に84,30,70%となり,「苗箱まかせ」の上昇幅は他の化成肥料の1/2以下と小さかった。

 播種作業に播種プラントを利用している農家等では施肥機の装着が新たに必要となる。前述の条件に基づく試算によれば,390円/10aの経費が発生する。このため,前回の解析では基肥施用を含む播種作業時の経費が約3%増加した。しかし,今回の試算では対照とした普通化成肥料の大幅な価格上昇が大きく影響して,逆に1,707円,約28%のコスト低減となった。さらに追肥も不要であることから,合計では標準区対比で約42%もの大幅なコスト削減が可能になることが明らかになった。

4.考察とまとめ

 「苗箱まかせ」の単価は,比較する化成肥料の単価にもよるが,今回対照とした基肥用化成肥料「高度C11号」の約1.9倍と高価である(表1)。しかし,前回の検討時(対照銘柄:ふれあい化成254)にはその差が2.8倍であったことを考えると,「苗箱まかせ」の価格上昇が比較的小さかったこともあって,価格差はかなり縮小した。また本肥料のNK301-100タイプは窒素含有率が30%あり,比較対象にした化成肥料の2.5倍と高い。加えて肥料効率も高いことから,基肥+追肥の標準施肥体系に対して35~40%の減肥が可能である(北村ら 1995,庄子 1999)ことから実際に使用する肥料の現物量はさらに少なくて済む。本試算では専用施肥機の設置に伴う経費増加を考慮しても,施肥関係の費用は標準体系の42%減,6割程度で済み,前回の17%減からさらに大幅なコストダウンが可能であることが明らかになった(表3,図1,図2)。

 なお,「苗箱まかせ」は301,400の両タイプ共に燐酸成分を全く含まず,加里成分を含む301でも窒素成分30%に対して加里の成分比率は10%と低く抑えられている。これらの不足成分をを別途本田施肥することになれば,農関期の施肥が可能であっても本肥料が目指す省力とは相反することにつながる。このことは栽培技術のみならず,低コスト・省力化を論じる上でも重要な問題であり,解決策をいかに導くかが大きな課題であった。

 地力によっても状況は異なると思われるが,稲わらを全量鋤き込むととによって,本肥料単独の連続栽培を行っても3~4年程度の比較的短期間であれば,燐酸,加里の土壌中の成分不足は発生せず,収量・品質も標準体系に対して概ね遜色がないことが明らかになっており(高橋・吉田 2008),先述の問題点はほぼ解決できている。
 以上の結果から「苗箱まかせ」を利用した箱全量栽培は稲作の施肥作業の省力化のみならず,低コスト栽培にもこれまで以上に大きく貢献できることが明らかになった。

引用文献

●北村ら 1995
 肥効調節型肥料による施肥技術の新展開1-水稲の全量施肥技術-土肥誌 66:71-79.

●庄子 1999
 環境保全型農業における新肥料の活用 農林水産研究ジャーナル22:6-11.

●高橋・吉田 2006
 群馬県稲麦二毛作地帯における水稲育苗箱全量基肥栽培のプール育苗法に関する検討 日作紀 75:119-125.

●高橋 2007
 水稲育苗箱全量基肥専用肥料「苗箱まかせ」による低コスト栽培の実証 農業と
科学 586:6-8.

●高橋・吉田 2008
 群馬県の早植・普通期水稲栽培における育苗箱全量基肥肥料を用いた連続栽培 日作紀 77:348-355.

 

 

播種期を前進させた「コシヒ力リ」
乾田直播栽培におけるLPの播種同時施肥

千葉県農林総合研究センター
生産技術部 水田作研究室
室長 在原 克之

1.はじめに

 千葉県における水稲の乾田直播栽培は,排水施設等の圃場条件が整った地区で定着し,播種適期は4月中旬とされている。しかし,九十九里沿岸や利根川沿岸の低地水田では4月中旬頃には周辺の水田でかんがいが始まるため(図1),地下水位が上昇して矯種作業が困難となり,また出芽が不良となるため普及していない。

 普及を図るためには,周辺水田のかんがいが始まる前の,土壌水分が低い2月下旬から3月中旬まで播種期を前進させる必要がある。そこで,播種作業や出芽・苗立ちの安定化を図るとともに,慣行移植栽培並みの収量を得るための必要な苗立ち数と,肥効調節型肥料(LP:被覆尿素)を組み合わせた基肥全量施肥法を検討した。

2.早期播種における出芽率と出芽始期並びに成熟期

 直播栽培では,入水するまでにどれくらいの苗立ち数が得られるかによって生育や収量が異なる。また,早期播種の場合,いつ頃出芽が始まり,いつ頃入水するかによって施用する被覆尿素の組み合わせや窒素量が異なる。そこで,冬期にプラウ耕後にレベラで整地した圃場(中粗粒グライ土)へ,2月下旬から4月中旬にかけて「コシヒカリ」をディスク駆動式汎用不耕起播種機で播種し,早期播種による出芽率と出芽始期に及ぼす影響を調査した。

(1)播種期と出芽率

 出芽率は,4月第2半旬播種では,これまでの慣行播種期と同程度の75%以上であり,また3月第5半旬播種も70%以上であった(図2)。

 一方,播種期から出芽始期までの期間が長い2月第5半旬播種と3月第2半旬播種では,土中の種子が腐敗して出芽率が低下する傾向であったが,種子消毒を行うことで55%以上の出芽率は得られた(データ省略)。

(2)播種期前進による出芽始期と成熟期

 「コシヒカリ」における播種期と出芽始期との関係をみると,3月の降水量が少なかった2002年においては出芽始期がやや早くなったが,5か年の傾向として2月第5半旬から3月第5半旬に播種した場合,大きな差は認められず,出芽始期は4月18日前後(千葉市)と推定された(図3)。

 出芽始期の予測方法としては有効温度(T)を日平均気温(t)11. 5°以上とし,有効積算温度(E) が50°に達する日,とする愛知県の予測式(E=∑Tn≧50,Tn=tn-11. 5≧0)がある。この予測式に,本試験の結果をあてはめたものが図3の線であり,千葉県におけるレベラ整地とディスク駆動式汎用不耕起播種機による早期播種体系への利用は可能と考えられた。このため,この予測方法により,播種から出芽始期までの期間,並びに入水時期を推定することとした。
 また,3月上旬播種における「コシヒカリ」の幼穂形成期や成熟期(図4)は,4月中旬までに移植された「コシヒカリ」に比べて遅かったが,4月第5半旬から5月第2半旬に移植した場合とほぼ同じであり,幼穂形成期は7月第1半旬,成熟期は9月第2~3半旬であったことから,水利の問題はないと判断された。

3.全量基肥栽培を前提とした好適な苗立ち数と目標とする穂数,収量

 早期播種による「コシヒカリ」の乾田直播栽培の利点は,移植に比べて耐倒伏性が強く,春作業の労力競合を回避できる点である。しかし,本栽培法においても,生育が過剰になれば倒伏程度は大きくなり,品質の低下をまねくことになる。そこで,倒伏を避けながら移植水稲並みの収量を得るために必要な苗立ち数及び穂数について調査した。

(1)目標収量と好適な穂数

 3月6日に播種し,苗立ち数50~125本/㎡の状態で試験した場合,「コシヒカリ」の精玄米重は慣行移植並みの480~600kg/10aであった。穂数と精玄米重との関係から,目標収量を540~570kg/10aとした場合の穂数は,慣行移植栽培並みの380~430本/㎡であり,この範囲を超えると籾数が過多となって収量は低下する傾向であった。また,中程度を超える倒伏は,穂数が350本/㎡以上で発生する傾向であった。しかし,これ以上であっても倒伏が軽度の地点もあり,苗立ち数の違いが影響していると考えられた(図5)。

(2)好適な苗立ち数

 穂数の増加に伴う稈長の伸長は,苗立ち数が少ない場合ほど大きい傾向であった。苗立ち数100本/㎡の試験区は,穂数が目標収量に相当する好適な範囲にあった。しかし,苗立ち数50本/㎡区と75本/㎡区では穂数が380本/㎡以下で稈長が大きくなり,125本/㎡区では穂数が430本/㎡を超えて過剰となり中程度以上の倒伏が発生した(図6)。

 よって,「コシヒカリ」に好適な苗立ち数100本/㎡前後を得るために必要な播種量は,出芽率が55%以上の2月下旬から3月上旬の播種では5.5~6.0kg/10a ,出芽率が70%以上の3月中旬播種では4.5~5.0kg/10aと考えられる。

4.播種溝全量基肥における肥料の選定と栽培実証

 これまでの乾田直播栽培では,代かきをしないために土壌から発現する窒素が少なく,窒素を数回分施したり被覆尿素を利用したりして窒素の利用率向上を図る必要があった。そこで,被覆尿素を播種と同時に施用する方法(播種溝全量基肥体系)について壌土の半湿田(慣行移植の窒素施用量は基肥3kg/10a,穂肥3kg/10a)で調査した。

(1)播種同時施肥が出芽と苗質に及ぼす影響

 側条施肥した場合,種子と肥料の接触がないために出芽への影響は認められなかった。施肥区における入水前の苗乾物重は無施肥区より大きく(図7),また,入水後は分げつの発生が早くなり,初期の茎数は多かった。

 このことから,畑期間中における窒素の必要性が示唆されたが,基肥全量施用を前提にし,より高い肥効率を得るとすると播種溝内で種子と肥料を接触(以下,播種溝施肥)させる必要がある。これは,畑期間の苗生育を促す一方で出芽率を低下させることが懸念される。そこで,窒素形態の異なる4種類の肥料を用い,10a当たり窒素施用量で4水準を設定して播種溝施肥し,出芽率を調査した。

 それぞれの肥料ともに,窒素施用1kg/10a区の出芽率は無施用区並みであり影響は認められなかった。高度化成(8-22-12)と塩安の2kg/10a区では出芽率が明らかに低下し,施肥量の増加に伴ってさらに低下した。しかし,LP70を施用した区の出芽率は,いずれの施肥量であっても出芽率は無施用並みであった。また,窒素成分の内の80%がLP100に由来する複合化成の場合,8kg/10a区(速効性窒素6kg/10aを施用)で出芽率の低下が認められた(図8)。

 以上のことから,早期播種による乾田直播栽培において,播種溝施肥した肥料の溶出による出芽への影響を回避し,さらに,出芽後の窒素栄養を補うためには,出芽揃い期に溶出が始まる被覆尿素,あるいは出芽揃い期までに溶出する窒素が1.0~1.5kg/ 10aのタイプが必要と考えられた。

(2)被覆尿素の組み合わせ

 千葉県における「コシヒカリ」の乾田直播栽培の目標収量は540~570kg/10aである。この場合,目標穂数を得るためには,基肥窒素を3.3kg/10a,穂肥分の窒素として2.5kg/10aを施用する必要がある。そこで,基肥と穂肥の全量を播種溝施肥する場合の被覆尿素のタイプを,実測の地温と前述の窒素量を全農開発プログラム(施肥名人)に当てはめて検討した。

 基肥として利用できるタイプは,LPS40とLP70のいずれかであったが,溶出の開始時期は,LPS40単用では早期播種において予想される出芽始期以降であった。また,LP70では出芽揃い期までに窒素が1kg/10a(3.3kg/10a施用の場合)以上溶出して出芽への影響が心配された。また溶出期間が幼穂形成期前の下位節間の伸長期まで持続するため,倒伏への影響が懸念された(図9)。この結果から,基肥分の被覆尿素は,LPS40とLP70を配合して播種溝施肥に用いることとした。なお,穂肥分としての被覆尿素はLPSS100とした。

(3)全量基肥栽培による実証

 LPS40,LP70及びLPSS100を用いて,窒素成分量の比率で3種類(LPS40:LP70:LPSS100=2:1:2)あるいは2種類(LP70:LPSS100=3:2)を配合し,総窒素量6kg/10aを播種溝に施用する2つの全量基肥体系区を設けた。また,全量基肥体系区におけるLPSS100を除いて,基肥分の組み合わせ(LPS40:LP70=2:1とLP70単用)は同じで,出穂前20日に穂肥をNK化成で施用する2つの分施体系区を設けて比較した。
 いずれの施肥方法であっても,播種溝内で種子と肥料が接触することによる出芽への影響は認められず,また収量差も認められなかった(図10)。

 しかし,全量基肥体系の場合基肥としてLPS40とLP70を配合して施用した方が,LP70単用と比べて稈の伸長に及ぼす影響は小さかった。これは,「コシヒカリ」の場合,下位節間の伸長期にあたる6月下旬~7月上旬は,まだ基肥分として施用したLP70の溶出が継続していることに加えて,すでに穂肥分として施用したLPSS100の溶出が始まっている時期であったことから,基肥をLP70単用とした試験区の方が下位節間の伸長期に溶出する窒素量が多くなって稈を伸長させたと考えられた。

5.おわりに

 千葉県において「コシヒカリ」を早期播種で,LPを播種と同時に溝施肥して乾田直播栽培した場合の,「コシヒカリ」の収量は慣行移植並みであり,成熟期は,4月下旬から5月初旬に移植した場合とほぼ同じであった。したがって,この時期の移植分を早期播種によって代替することで,春作業の分散を図ることが可能になる。