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第608号 2009(H21).05発行

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農業と科学 平成21年5月

本号の内容

 

 

夏秋ナス栽培における肥効調節型肥料を用いた施肥改善

岡山県農業総合センター
農業試験場 化学研究室
技師 高津 あさ美

1.はじめに

 岡山県南東部に位置する赤磐市では,赤坂茄子生産出荷組合(14戸,1.4ha)を中心に,昭和20年代から夏秋ナス露地栽培を行っている。しかし,新規就農者は少なく,生産者の高齢化に伴い,省力化が求められている。
 また,10a当たりの平均出荷量は10tを超え,栽培技術は高いと言えるが,栽培期間中の窒素施肥量が10a当たり100kg程度と多肥栽培でもあり,窒素の流出等による環境汚染が懸念される。
 そこで,肥効調節型肥料を組み合わせて全量基肥施肥を行うことで,収量を確保しながら省力で環境負荷の少ない施肥技術を確立したので,その概要を紹介する。

2.試験の概要

 試験は平成17~19年の3年間,赤磐市の現地圃場で行った。土壌は砂壌質の水回転換畑で,排水性は良好である。供試品種は「筑陽」(台木は「茄の力」)を用い,定植は5月3日,収穫は6月下旬から11月上旬,栽植密度は畝幅230cm,株間80cmの1条植えである。

3.調査方法

 年間収量は,概ね1週間ごとに各区20株の収穫適期の収穫物重量を調査し,処理区間の収量比をもとに年間出荷量から算出した。また,土壌溶液中の硝酸態窒素濃度は,深さ40cmにポーラスカップを埋設し,真空採血管で土壌溶液を採取して測定した。土壌の無機態窒素含量は,0~22cmの深さの土壌を採取し,KCl抽出法で測定した。

4.試験1(17年度)

 試験区の構成は,表1のとおりである。慣行区の窒素施肥量は,基肥6kg/10a,追肥69kg/10a(追肥回数19回,以下同じ)の合計95kg/10aである。施肥改善区は,主にナスいちばんを用いて基肥75kg/10aとしたが,誤って2kg/10a(1回)が追肥され,合計77kg/10aとなった。なお,ナスいちばんは,エコロング424-180,CDUS555,粒状有機630,重焼リン2号が配合された肥料である。

 その結果,慣行区の収量は10.8t/10a,施肥改善区は11.7t/10aと大きな差はみられなかった(図1)。しかしながら,生育の状況等から,7月頃の肥効を高めたいと考えた。

5.試験2(18年度)

 試験区の構成は,表2のとおりである。A,B氏の2圃場で試験を行った。A氏慣行区の窒素施肥量は,基肥74kg/10a,追肥70kg/10a(11回)の合計144kg/10aである。B氏慣行区の窒素施肥量は,基肥77kg/10a,追肥23kg/10a(12回)の合計100kg/10aである。A,B氏の施肥改善区は,7月頃の肥効を高めるために,ナスいちばんの量を減らして被覆尿素のLPS80 を加え,基肥のみで65kg/10aとした。

 その結果,A氏慣行区の収量13.6t/10aに対してA氏施肥改善区では12.6t/10a,またB氏慣行区の収量12.5t/10aに対してB氏施肥改善区では13.1t/10aであり,A,B氏の両試験区ともに減肥することによって減収することはなかった(図1)。

 しかしながら,生育の状況等から,農家の意向を配慮して,7月から8月にかけての肥効を更に高めることとした。また,ナスいちばんに配合されているエコロングは180日タイプであるが,反応速度論的手法により肥料からの窒素溶出を予測する「岡山県土壌施肥管理システム」を用いて現地地温からエコロングの窒素溶出率を予測すると,このタイプの場合,ナスの栽培期間中に7~8割程度しか窒素が溶出しない(図2)。そこで,19年度は,栽培期間中に9割以上溶出するエコロング424-140に変更することとした。

6.試験3(19年度)

 試験区の構成は,表3のとおりである。A,B氏の2圃場で試験を行った。A氏慣行区の窒素施肥量は,基肥83kg/10a,追肥29kg/10a(7回)の合計112kg/10aである。B氏慣行区の窒素施肥量は,基肥75kg/10a,追肥24kg/10a(11回)の合計99kg/10aである。A,B氏の施肥改善区は,ナスいちばんに配合されているエコロングを180日から140日タイプに変更し,また,7月から8月にかけての肥効を高めるためLPS120を加えて,基肥のみで65kg/10aとした。

 施肥改善区で用いた肥効調節型肥料の窒素溶出率を図3に示した。ナスいちばんに配合したエコロング140日タイプが栽培期間を通して徐々に溶出するのに対し,LPS80は6月上旬頃から,LPS120は7月上旬頃から溶出し始めた。

 また,「岡山県土壌施肥管理システム」を用いて,栽培期間中の試験区ごとの窒素供給予測量を図4に示した。7月頃から随時追肥を行う慣行区に対して,施肥改善区では全量基肥であるが,LPS80とLPS120により6月頃から肥効が徐々に高まっていることが分かる。

 栽培期間中の葉色および主茎長は,慣行区と施肥改善区に大きな差はみられなかった(図5,6)。

 また,A氏慣行区の収量11.9t/10aに対して,A氏施肥改善区では10.8t/10a,B氏慣行区の収量15.1t/10aに対して,B氏施肥改善区では16.6t/10aであり,前年同様,施肥改善区で減収しなかった(図1)。

 深さ40cmにおける土壌溶液中の硝酸態窒素濃度の推移を図7に示した。A氏慣行区は,生育後半まで100~200mg/L程度で推移した。B氏慣行区も,施肥改善区に比べると,やや高く推移した。これらのことから,施肥改善区では,慣行区に比べて地下へ窒素の溶脱を抑制していると考えられた。

7.跡地土壌と肥料コスト

 試験を行った3年間の跡地土壌の無機態窒素含量を図8に示した。17年度については,跡地土壌の無機態窒素含量はA氏慣行区と施肥改善区との間に大きな差はなかったが,18,19年度はA,B氏ともに施肥改善区に比べて慣行区で高かった。特に19年度のB氏慣行区では44mg/100gと非常に高く,収穫後から次年度の作付けまでに,地下へ窒素が流亡している可能性が高いと考えられた。

19年度における施肥改善区と慣行区の三要素分の肥料代を図9に示した。施肥改善区に比べてA氏では約2倍,B氏では約1.6倍のコストがかかり,肥料高騰のなか,施肥改善区は大幅にコスト削減が可能な施肥方法といえる。

8.おわりに

 3年間にわたり,窒素施肥量を削減し,肥効調節型肥料の組み合わせを検討しながら現地で実証試験を行った。窒素施肥量が100kg/10a程度,あるいはそれ以上施肥する慣行栽培に対して,65kg/10aまで減肥を行っても収量は10t/10a以上あり,大幅に減収することはなかった。
 慣行栽培は,夏季に収穫・整枝・病害虫防除作業を行い,さらに数回から10回以上の追肥作業を行う。本試験では肥効調節型肥料を組み合わせることで,追肥を行わず全量基肥施肥を行っており,農家の負担軽減に役立つと考えられる。
 また,栽培期間中の土壌溶液中の硝酸態窒素濃度および跡地土壌の無機態窒素含量も,施肥改善区は慣行区に比べて低く,窒素の溶脱が抑制でき,環境に優しい施肥方法と考えられる。

 現在,当産地における施肥設計は,本試験で得られた結果をもとに見直している。すでに多くの農家が取り組んでいるが,全量基肥のみの施肥設計にもかかわらず,天候,生育状況によっては追肥を行ってしまう農家もある。窒素施肥量が多すぎると,着果が悪くなったり,石ナスの発生も懸念される。土壌診断や栄養診断を活用しつつ,農家が安心して追肥を行わない栽培に取り組めるよう,現場での啓発,実証が必要であると感じる。
 また,本試験では全層施肥を行ったが,局所施肥を行うことにより,さらに減肥が可能と考えられ,来年度以降,実証試験を行う予定である。

参考文献

●鳥山和伸・石田博:土壌溶液モニタ一法による水国土壌中のNH4-N消失時期の把握,
 土肥誌,58,747~749(1987)

●石橋英二:土壌施肥管理システムの開発,
 岡山県農試研報,23,33~41(2005)

●高橋幸蔵・矢野秀治・袖垣一也:全量基肥施用による露地夏秋ナスの合理的施肥法,
 岐阜県農業総合研究センター研究報告(10),6~15(1997)

●北村明久:養分吸収の特徴と施肥の考え方,
 農業技術体系野菜編第5巻,基243~247

 

 

被覆肥料を用いた青島温州の施肥法

静岡県農林技術研究所 企画経営部
主幹 吉川 公規

取り組んだ背景と目的

 静岡県においては三ヶ日をはじめとする主な柑橘産地では,温州ミカンを中心に栽培が行われています。温州ミカンでは,地表面に草を生やさない清耕管理が当然のこととして行われてきました。しかし,農作物の施肥による湖沼等への環境負荷が懸念されるようになったことから,温州ミカン産地でも環境負荷を低減する管理方法について取り組まれるようになりました。「草を拾って歩く」と言われるくらいに草を生やさない管理を行ってきた三ヶ日においても,草生栽培が導入され,環境への取り組みが進められています。静岡県では普通温州である青島温州が多いのですが,青島温州は高糖度系統で,果実が大きく収量も多いため,早生温州よりも窒素施肥量が多く必要と考えられています。また,痩せた土壌の産地やマルチ栽培園地では,樹勢低下を心配して施肥量が多くなりがちです。そのため,樹勢を維持しながら,窒素施肥量を減らすことができる肥培管理方法が求められています。中晩柑類の不知火(デコポン)において,被覆肥料を用いた試験を実施したところ,静岡県内のJAが基準とした施肥窒素量よりも2割程度減肥することが可能と考えられました。肥効を高めることは,肥料成分の環境負荷を低減することにもなります。そこで,静岡県のカンキツ栽培の主力である青島温州への被覆肥料の施用効果について検討しました。

静岡県の青島温州肥培管理の実態

 静岡県の柑橘産地でも光センサー選果機の導入により高糖度果実生産が求められていることから,マルチ栽培が増加しています。マルチ栽培とは,8月から収穫時まで透湿性不織布で地表面を被覆し,降雨を遮断する栽培法です。収穫労力とのかねあいから,青島温州の園地では収穫完了後の12月下旬から1月上旬にマルチを除去することがほとんどです。地表面が覆われているだけでなく,マルチ下の土壌が乾燥しているため,生産者は秋肥を11月に行わない場合が多くみられます。秋肥をマルチ除去後の1月や春肥前の3月上旬に行い,春肥を3月下旬や4月上旬に行うこともあります。場合によっては秋肥無しとする生産者もいます。マルチ栽培は秋の土壌乾燥により樹に負担をかける栽培方法であることから,樹勢低下が心配です。
 これらのことから,不知火で好結果を得られた被覆肥料を用い,減肥しながら樹勢を維持できる管理方法を現地実証試験により検討したので,その成果を紹介します。

実証試験の方法

 2006年3月よりJAしみずの生産者ほ場において,実証試験に取り組みました。場所は,静岡市清水区の畑地総合整備事業が行われ,急傾斜地の園地が平坦地化された15aのほ場です。植栽されている青島温州は14年生(2008年),85樹です。生産者は毎年マルチ栽培に取り組んでおり,マルチ期間は8月最下旬または9月最上旬から収穫後の1月上旬までで,資材としては透湿性不織布(タイベックハード)を使用しています。試験では,このほ場を4ブロックに分け,2処理区×2反復の試験構成としました。試験区は表1に示したように,被覆配合肥料を3月に施用する被覆配合区(N-P2O5-K2O=23-13-16kg/10a)と,JAの基準に従い有機配合肥料を主体に施肥する対照区(N-P2O5-K2O=28-17-23kg/10a)を設けました。なお,2007年は着花が多くJAが花肥の施用を指示したことから園主からも花肥施用の要望があり,対照区のみ4月27日に燐硝安加里特号を花肥として施用しました。このため,年間窒素量は,対照区の方が多くなりました。

 収穫直前の11月下旬に果実品質,果実重,着果数を調査し,収量は着果数×平均果重から推定しました。樹体の栄養状態を把握するため,夏期や秋期の葉中成分,葉柄中硝酸態窒素濃度を測定しました。土壌は,夏期のpHや可給態窒素等を分析しました。また,各ブロックにキャピラリーライシメータを深さ30cmに埋設し,月1回程度採水し,浸透水中の硝酸態窒素濃度を測定しました。

結果と考察

 2006年の試験開始年は,スーパーエココート,スーパーエコロングとも100日タイプを使用しました。果実品質や11月の葉分析からは,温州ミカンでも被覆肥料を用いた減肥が可能と考えられました。しかし,7月の葉中窒素含有率がやや低かったことから,継続検討が必要と考えられました。土壌中に埋設したものの,温州ミカン園の土壌は乾燥しやすく,夏までの成分溶出量が少なかった可能性が考えられました。そこで,2007年については,初期の窒素成分溶出を増やすため,スーパーエココート,スーパーエコロングとも70日タイプに変更しました。

 2007年は産地全体とおなじように実証試験の園地も着花が多くなりました。試験区毎では,被覆配合区がやや多く,収穫時の着果数や推定収量も多い傾向となりましたが,処理による違いは認められませんでした(表2)。

 果実品質については,被覆配合区の果実糖度がやや低くなりました。被覆配合区は酸も低い傾向がみられましたが,有意な違いではありませんでした。いずれの区もマルチ栽培にしては,やや糖度が物足りない結果でした(表3)。

 葉中成分では,2006年と同じく被覆配合区で7月の窒素含有率が低くなりました。しかし,8月以降では他の成分と同じように窒素でも違いは認められませんでした(表4)。

 葉柄中の硝酸イオン濃度は,7月は被覆配合区が低い傾向でしたが,11月は慣行区より高い値となりました(図1)。

 11月に採取する前には硝酸イオン濃度が高かったため,11月の葉中窒素含有率が対照区よりも高くなったと考えられます。土壌浸透水中の硝酸態窒素濃度は,2007年の調査期間中は,被覆配合区の方が低い傾向でした。また,被覆配合区は秋冬期の採取水量が,対照区のように減少しませんでした(図2)。

 被覆配合区は秋期の土壌水分が多かったため,果実糖度が低く11月の葉柄中硝酸窒素濃度と葉中窒素含有率が高かったと考えられます。9月上旬にマルチをしていることや,11月~12月中旬の降雨が少なかった(図3)ことから考えると,隣接する園地からマルチ下に雨水が浸入した可能性が考えられました。

 夏肥の有無が影響する可能性が考えられた夏期の土壌状態には,ほとんど違いはみられませんでした(表5)。

 本年の結果からは,肥効調節型肥料である被覆複合肥料を用いた施肥法は,環境負荷が小さく,年2回の省力施肥が可能と考えられました。2年とも7月の葉中窒素含有率が低いことと,2007年の果実糖度が低かったことについては,継続して検討することが必要と考えられました。
 通常の柑橘栽培では,施肥は肥料を地表面に撒きます。本試験は,畑総事業で平坦化された緩傾斜のほ場であることから,被覆複合肥料の流去や肥効低下を防ぐため,土壌に埋設施用しました。肥料の配合や樹毎の秤量も現地で行ったため,対照区と比べると時間がかかっています。作業人員としても,穴を開ける人と肥料を穴に施用する人の複数人が必要と考えられます。これらのことを考慮すると,今後実用化を図るためには,土壌への埋設施肥を機械化等により簡易化することが必要と考えられます。

おわりに

 環境保全の課題だけでなく,肥料価格の高騰から,施肥量の多い作物栽培にとっては一段と厳しい状況となっています。必要な吸収量を確保し,収量と品質の水準を維持するためには,単なる施肥削減では対応できません。今回の状況を施肥改善の契機と捉えることが必要です。土壌の栄養成分状況に応じて成分毎に施肥量を調整することや,土壌pHを適正に保つこと等により肥料の利用効率を高めることなど,できることから取り組んでいくことが大切です。本試験で用いた被覆肥料は,施肥量と施肥回数を減らし,環境への負荷も低減することが可能と考えられました。今回十分検討できなかった施肥方法が価格とともに改善がされれば,柑橘栽培でも被覆肥料の利用が進むことが期待されます。

 

 

八郎潟残存湖の水質問題に取り組んで

元 秋田県立大学 生物資源科学部
教授 佐藤 敦

1.はじめに

 筆者が八郎潟残存湖(以下,残存湖)水質に係わったのは,秋田県農業試験場化学部干拓科時代(1971~1972年)に遡る。当時の干拓科主任・尾川文朗氏の指導で,干拓地土壌の脱塩過程を水域別に調べたところ,東・西両承水路,調整池および幹線排水路でpHや塩分濃度に差がみられ,土壌-水系の密接な関係を改めて認識したのが最初であった。大学に移ってからも(1973~2007年),バカの一つ覚えで学生と一緒に干拓地重粘土の物理性,特に土壌構造の発達やその安定性に及ぼす地下水位やかんがい水の影響について調べているうちに,いつの間にか定年を迎えることになった。本小節では八郎潟干拓の建設理念と密接な関係にある残存湖の水質問題,残存湖が指定湖沼に指定された経緯と水質改善計画および水質汚濁の根底にある干拓地の自然負荷(=湖底土の溶脱物質)について述べる。

2.八郎潟干拓の建設理念1)

 八郎潟の干拓は第二次大戦後の「食糧不足」,「農家の二三男対策」および「オランダとの国交回復」など内外の社会・経済および国際情勢を背景とて,当時の吉田茂首相の英断で総額852億円という20世紀我が国最大の八郎潟の干拓事業が決定された(1953年)。八郎潟・22,024haの4/5に相当する17,430haの水域が干陸され,残りの1/5の4,743haの水域が「淡水資源の確保」と「洪水調節機能」を主目的とした残存湖として残された(1966)。八郎潟干拓の建設理念は,農地面積をできるだけ広く確保するため,残存湖の水域は八郎潟の20%に縮小されている。すなわち,残存湖の水質汚濁を招く根底は,①残存湖中央部に配置された干拓地(=自然負荷),②縮小された貯水容量(=環境容量)および③干拓地水田の用・排水が循環利用される利水構造など,設計段階で設定されていたといえる。

3.残存湖が指定湖沼に指定された経緯

 残存湖における水質汚濁の現状は,水田代かき期には褐色に濁った代かき排水が湖面全域に拡散し,一部は防潮水門を経て日本海へ流出している。水温が上昇する夏季~秋期にはCOD,T-N,T-P濃度が高まりアオコが異常発生する状況にあり,平成18年(2006年)には全国湖沼のワースト3にランクされるという不名誉な記録が達成された2)。このような残存湖の水質汚濁は八郎潟流域および沿岸地域の生活や基幹産業である水田農業や漁業に少なからず深刻な影響をおよぼしている。

 近年,流入河川の河口域を遡上したアオコの影響で周辺市町村の水道水が飲めないという事態が発生し,流域住民から残存湖の水質改善が要求されている。干拓地の水田農業にとっては,消費者のコメに対する品質・食味あるいは安心・安全志向の高まりに対応する必要に迫られ,大潟村は国や県に残存湖の水質改善をはたらきかけてきた。一方,防潮水門の排水が流出する沿岸海域には国定公園の男鹿半島があり,天然鯛やハタハタ漁の漁場ともなっている。これらの沿岸漁業を基幹産業とする沿岸漁民からは,防潮水門から流出する懸濁物質・SSで藻場が衰退するとの理由で,残存湖のSS負荷削減が強く要望されている。また,残存湖の内水面漁業にとっては,アオコの発生で漁獲量や品質が著しく低下するとの理由で,度々海水導入を求める根強い陳情がなされている。

 秋田県はこのような残存湖の水質汚濁を巡る諸問題を打開するため,湖沼水質保全計画を策定し,環境省に湖沼水質保全特別措置法に基づく指定湖沼の指定を申請し受理された(2007年12月)3)
 また,干拓地および周辺流域は水田農業を基幹産業とする農村地帯であることから,農水省が全国的に展開している「農地・水・環境保全向上対策」事業にも採択され,秋田県はもとより八郎潟流域にとって残存湖の水質改善を推進する絶好の機会になった。長年深刻な水質汚濁に悩まされてきた残存湖の水質改善に向けてようやく行政の指導・監督体制が整備されることになった。

4.残存湖の湖沼水質保全計画3)

 秋田県は表1に示した残存湖の水域別水質改善目標値を策定し,2008年から総額5億9,900万円の第1期(2007~2012年)の湖沼水質保全事業が実施されている。

 第1期事業の概要は下記に示した点源対策,面源対策,湖内対策および、その他の対策の4本柱で,そのなかにそれぞれ具体的事業が組込まれている。これらの水質保全計画は,2006~2007年度に設置された八郎湖水質保全対策専門委員会の検討事項がほぼ網羅的に盛り込まれている。

 第1期湖沼水質保全計画事業の概要(秋田県八郎湖環境対策室2008年)
(1)点源対策
 ①全窒素,全燐の類型指定と排水規制の強化
 ②下水道等の整備と接続率向上
 ③農業集落排水施設等の高度処理

(2)面源対策
 ①流出水対策地区の指定と環境保全型農業の推進
 ②「農地・水・環境保全向上対策」による取組支援
 ③流域の森林整備

(3)湖内浄化対策
 ①上方地区自然浄化施設の整備
 ②西部承水路の流動化促進
 ③防潮水門の高度管理による湖水流動化の促進
 ④湖岸の自然浄化機能の回復
 ⑤外来魚等未利用魚の捕獲による窒素,リンの回収と魚粉リサイクル

(4)その他対策
 ①流域住民との協働の取組推進

 第1期湖沼水質保全事業のなかで干拓地および、周辺流域の水田農業にとってインパクトがあるのは,面源対策の(2)-①流出水対策である。流出水対策地域は大潟村および周辺地の12,471haが指定されており,そのなかに大潟村全域9,810haが含まれている。
 流出水対策地区においては具体的な農耕法や施肥法に関する負荷削減対策の目標値が設定されており,1)水田農耕法としては,①落水管理7,810ha(80%),②無代かき栽培1,000ha(10%),③不耕起栽培400ha(4%),④乾田直播栽培600ha(6%),および2) 施肥法としては,①側条施肥2,100ha(21%),②肥効調節型肥料6,300ha(64%),減農薬減化学肥料9,300ha(84%)という目標値がそれぞれ設定されている。

 これらの負荷削減対策を支える新しい農業技術の大部分は,これまで地道な試験研究を重ねてきたO-LISA研究会を中心とした試験研究機関や大学の研究成果が反映されたもと理解している4,5)
 流出水対策が始めて実施された2008年度は,干拓地水田から流出した代かき排水負荷(=懸濁物質・SS濃度)は大幅に削減された。当初一抹の不安を抱えていた秋田県や大潟村では取り敢えず一定の成果を挙げることができた。しかし,水温が上昇する夏季~秋季に一部の水域でアオコが発生し残存湖における水質汚濁の根深いことが伺われた。

5.干拓地の自然負荷6~9)

 残存湖の汚濁負荷は水田かんがい期に急激に増大し,落水期には低下するという変動パターンを繰り返している。このことから,干拓地水田から流出する汚濁負荷は全て水田農業の生産活動に由来するものと考えられてきた。しかしながら,次に述べるように干拓地水田で発生する汚濁負荷には,①湖底土の土壌化過程で発現する自然負荷と②水田農業の生産活動に由来する人為負荷の二つに大別される。

 ①自然負荷の発現メカニズムは次のように考えられた。図1に示した水域別pH,ECの1973~1999年の経年変化をみると,東・西両承水路および調整池では流入河川による淡水供給があるためpH,ECは僅かではあるが減少傾向にある。しかしながら,幹線排水路のpHは約8.5,ECは1.0mScm-1前後と25年間殆ど変化がみられない。

 図2に示した干拓地水田の1967~1981年におけるNa,Caおよび易分解性有機物の動態をみると,かんがい期と落水期で地下水位の変動が大きい土壌断面中部~下部にかけてNaは20→5%,易分解性有機物は4→2%にそれぞれ減少している。一方,Caは土壌断面上部を中心に4→ 35~40%に増加している。

 幹線排水路におけるHCO3⁻ とECとの聞にはr2=0.8433(n=20),HCO3⁻ とSAR(=Na/√(Ca+Mg)/2)との間にr2=0.8467(n=20)というそれぞれ高い正の相関がみられる。これらのことから,干拓地水田では湖底土の土壌化過程でNaおよび易分解性有機物(=HCO3⁻)が現在も定量的に溶脱しており,これらの溶脱物質は最終的に幹線排水路に集積することを示している。

 湖低土の溶脱物質は巨大な自然改造によって干拓地中央部に誕生した自然負荷であり,これらが全て水田農業の生産活動に由来するとは考えられない。水田落水期に幹線排水路に集積した自然負荷(=溶脱物質)の大部分は,非かんがい期は残存湖の循環利用がないため,幹線排水路に滞留する。ところが,多量の水田用・排水が循環利用される水田代かき期には,図3に示したように,小・支線排水路および幹線排水路に滞留していた自然負荷が代かき排水と一緒に残存湖へ流出することになる。

6.自然負荷が干拓地水田農業に及ぼす影響

 自然負荷は残存湖が一般の湖沼に比べて塩分濃度が高く,アルカリ性を呈する基質になっている。アルカリ性を呈するかんがい水が干拓地の水田農業に及ぼす影響は,第1に水田代かき期に大量の懸濁物質・SSが発生する原因の一つになっていることである。すなわち,干拓地水田における代かき作業は,pH8.5前後のアルカリ性かんがい水で水田表土を撹拌し粘土の分散作業を行っていることになる。特に,干拓地水田の80%はアルカリ条件下で著しく分散する主要粘土鉱物が2:1型スメクタイト粘土を平均51%含む重粘土水田で占められているため,代かき作業で大量の懸濁物質・SSが発生することになる9)

 第2は,施肥窒素の損失である10) 。中性~微アルカリ性を呈する干拓地水田にアルカリ性かんがい水が供給されるとアンモニア輝散で施肥窒素が失われる。特に,粘土分が厚く堆積している第1次入植圃場で施肥窒素の肥効が悪いのは,土壌条件の他にかんがい水の影響も無視出来ない要因になっていると考えられる。

 第3に,水田土壌の有機物の溶脱が促進されることである。干拓地水田では,前述の図2に示したように,土壌断面中部を中心に易分解性有機物が経年的に減少している。干拓当初は土壌中の腐植含量は7~8%(T-C=5%前後)あり,水稲の生育,収量は無肥料区が最も優る時期があった。豊富な地力窒素は干拓地の水稲栽培に多大な貢献をしているが,余剰の易分解性有機物は恒常的にアルカリ性のかんがい水で洗脱され,残存湖におけるHCO3⁻,COD等の自然負荷の給源になっている。

 前述の3.残存湖の湖沼水質保全計画では対処療法的対策が網羅されているが,抜本的な自然負荷の削減対策には踏み込んでいない。残存湖へ排出する干拓地水田の排水量は水田非かんがい期(9月~翌年4月)に大幅に減少する。一方,残存湖に流入する淡水供給量は秋季~冬季に増大し,南北両排水機場の排出量に比べて圧倒的に多い。このことから,自然負荷を削減する一方策として,非かんがい期の豊富な淡水資源を西部承水路経由で幹線排水路に導水すれば効果的に自然負荷を削減できると考えている。
 干拓地水田の原単位の基礎となる自然負荷は,農耕法,作付け履歴および水管理等で異なる単位用水量や地下水位で大きく変動する。したがって,原単位を測定する際には,これらの変動要因を十分に踏まえる必要があると考えている。

7.今後の課題

 巨大な自然改造で誕生した八郎潟干拓地は肥沃な農耕地に生まれかわった。一方,貴重な淡水資源である残存湖は深刻な問題を抱えており,「肥沃な粘土の海に浮かぶ新宝島」の光と陰の関係にある。干拓地に湧出する最大50mgL-1という高リン酸地下水は残存湖のリン負荷の約25~30%を占めているが,これをリン酸肥料として回収,資源化した研究成果は紙面の関係で割愛した11)。干拓地および残存湖流域の土壌および水資源は循環型社会の構築に向けて清濁併せて重要な地域資源であると考えている。水田農業を基幹産業とする八郎潟流域の活性化を計るには,水質保全だけでは地域経済を支えきれないので,水環境に負荷をださない生産性の高い持続的水田農業をさらに展開していく必要がある。

 土壌および水資源は地球規模で頻発する異常気象下で増大する世界人口を養うため酷使されている。60億ともいわれる世界人口の約半分を賄かなっているアジア地域では,地下資源や森林資源の枯渇に加えて,土壌劣化や水資源の枯渇や汚濁問題が進行しており,土壌および水資源の重要性が見直されている。

 筆者は近年,中国東北部の強アルカリ荒廃地の土壌修復12)や揚子江河口域における塩類土壌やかんがい水の改善に携わるNPO活動に参加しているが,八郎潟干拓地における研究成果が大いに役立っている。残存湖の水質保全と生産性の高い干拓地農業の両立を目指した実践的な研究成果は八郎潟流域だけでなく,中国およびアジア地域における持続的水田農業の発展と水資源の保全に寄与するものと確信している。

文献

1)八郎潟干拓事業所:八郎潟干拓事業誌,1~41,農業土木学会(1965)

2)秋田県:平成18年度版環境白書(2007)

3)秋田県:八郎湖に係わる湖沼水質保全計画(第1期),(平成20年3月)

4)監修庄子貞雄,新しい水田農法編集委員会:
  「新しい水田農法」,今野印刷(2001)

5)監修庄子貞雄,新しい水田農法編集委員会::
  「新しい水田農法へのチャレンジ」,農文協(2006)

6)佐藤敦:残存湖の面源負荷,
  日本土肥学会東北支部講演要旨(福島大会),(2007)

7)佐藤敦:残存湖の指定湖沼に向けた最近の動向-残存湖の自然負荷と人為負荷-,
  日本水環境学会東北支部セミナー(2007)

8)佐藤敦,片野登,他4名:八郎潟残存湖における水質汚濁の現状とその発生源,
  第6回世界湖沼会論文集,vol.2,669~672(1984)

9)佐藤敦:八郎潟干拓の歴史と環境保全型農業の推進,
  日本水処理生物学会誌,別巻第28号,1~2(2008)

10)高橋正,佐藤敦:
  Ammonia volatilization from paddy field in Hachirogata Reclaimed Land,
  秋田県農業短大報告,10,15~18(1984)

11)佐藤敦,重山浩信,去川浩一,佐藤孝,金田吉弘:八郎潟干拓地における高p地下水の湧出機構,
  第41回日本水環境学会年会講演集(平成19年度)日本水環境学会(2007)

12)佐藤敦,河合成直:平成20年度東方科学技術協力会・派遣事業の報告-塩地茅およびアルファルファ圃場の6月および9月土壌調査結果-
  東技協会報,第104号(2008)