東北農業研究センター
畑作園芸研究領域 野菜新作型グループ
山 口 千 仁
主食用米の需要は長期的に減少しており,東北地域では水田営農へ加工・業務用キャベツなどを含む野菜作を導入することが望まれる。一方で,水田転換畑に野菜作を導入する際に土壌病害が多発することが問題となっている。例えば,難防除性の土壌病害であるアブラナ科根こぶ病は多湿条件下で発病しやすいため1),排水不良から多湿になりやすい水田転換畑においては特に対策をする必要がある。
根こぶ病菌などの糸状菌の活性は土壌pHが高い(アルカリ性)時に抑えられるため,アブラナ科根こぶ病の防除を目的とした場合は土壌pHを7.5程度に高めることが推奨される。土壌pHの調整には,アルカリ資材として転炉スラグや消石灰等が用いられる。転炉スラグは製鉄工程で生じる副産物であり,産業廃棄物を利用したエコなアルカリ資材である。アルカリ性の土壌では植物に微量栄養素の欠乏が起きやすくなるため,微量栄養素が含まれるアルカリ資材の転炉スラグが活用される。
根こぶ病防除を目的として土壌pHを矯正する場合,土壌pHを7.5にするために必要なアルカリ資材の量を知る必要がある。しかし,土壌は各々緩衝能が異なり,アルカリ資材の施用に応じたpH上昇程度の予測は困難である。そのため,今までは各畑の土壌を用いて土壌pH緩衝曲線を描き,施用するアルカリ資材の量を推定していた2)。一方で,土壌pH緩衝曲線の作成には振とう機やpHメーターなどの器具が必要で手間もかかる。そこで本報告では,現場での使用を想定し,野外判定やWeb情報から抽出可能なパラメータ(土壌の粘土含有量と全炭素含有量)を用いて転炉スラグや消石灰の施用量を決定する式3)を提案する。
東日本および北海道の各地でサンプリングされた,粒径組成が明らかである水田土壌(作土)234点4)を供試した。解析に用いた土壌試料の包括的土壌分類第一次試案5)による分類を表1に示す。試土壌の粒径組成(ISSS法),全炭素含有量および元のpHの最大値,最小値,平均値,中央値および標準偏差を表2に示す。土壌の粒径組成はピペット法により測定された4)。土壌の全炭素含有量は土壌のサンプリングを行った各県担当者より提供いただいた。土壌試料は風乾状態で2mmのふるいを通した後,pH緩衝曲線の作成に用いた。
pH緩衝曲線の作成には,アルカリ資材として転炉スラグ(粒状,くみあい転炉副産石灰2号,ミネックス株式会社)または消石灰(粉状,70防散消石灰,東亜産業株式会社)を用いた。転炉スラグおよび消石灰のアルカリ分(0.5mol L-1塩酸可溶性カルシウムとマグネシウムを酸化カルシウムに換算した量の合計)はそれぞれ50%,70%であった。乾土10gあたりに対し転炉スラグまたは消石灰をアルカリ分換算量で0.025,0.05,0.25,0.5,1.0g添加し,よく混合した。その後,蒸留水25mL(乾土1に対し蒸留水2.5)を加え,1時間振とう後1時間静置し,pH(H2O)をガラス電極法によって測定した6)。
土壌pH緩衝曲線の数式化は,Luo et al.(2015)6)の方法に従った。アルカリ資材をアルカリ分換算
で x(g/10g乾土)添加した場合のpHは,(1)の式で表される。
pH=pHmax-pHintexp (kx) ………………(1)
pHmaxは資材ごとの最大値,pHmax-pHintは資材無添加時の土壌pH(表2における元のpH)を示す。k はアルカリ資材添加量に係る定数である。最大値pHmaxは,蒸留水25mLに転炉スラグまたは消石灰をアルカリ分換算で1.0g投入した場合のpHとした。転炉スラグのpHmax=12.73,消石灰のpHmax=12.89である。実測値と数式から得られる値の差の2乗の合計を最小化する最小二乗法によりk の値を求め,式(1)をデータに適合させた。式(1)では,アルカリ資材投入量が0gの時,供試土壌は元のpHを示す。また,アルカリ資材投入量が無限大に近付くにつれ土壌のpH緩衝能は無視できる程度になり,アルカリ資材を水に投入した場合のpH(pHmax)に近付く。
図1には,今回用いたサンプルの中でk 値が最も大きいものと小さいものを含めて4土壌のpH緩衝曲線の例を示した。k 値は土壌のpH緩衝能の指標であり,k の絶対値が大きいほどpH緩衝曲線の傾きが大きくなる。pH緩衝曲線の傾きは土壌に応じて,また,アルカリ資材ごとに異なったが,それぞれk値,pHmaxを変化させることにより式(1)で当てはめることができた。
土壌のpH緩衝能は陽イオン交換容量(CEC)と強い相関を示すことが報告されてきた7, 8, 9)。CECは炭素含有量や粘土含有量に大きく影響を受ける10, 11)。そこで,転炉スラグ,消石灰それぞれを添加した場合に式(1)から求められるk値を目的変数,土壌中の粘土含有量と全炭素含有量を説明変数とした重回帰分析を行った(表3)。粘土含有量および全炭素含有量の両方を説明変数とした式により推定されるk 値と,実測由来 k 値とから得られた単回帰式の決定係数は転炉スラグで0.333(自由度調整済み決定係数:0.327),消石灰で0.429(自由度調整済み決定係数:0.424)であり(図2),k の分散の約3~4割を土壌中の粘土含有量および全炭素含有量が説明する結果となった。
サンプル土壌それぞれについて表3の式を用いてk を算出し,得られたk 値を式(1)に代入してpHを推定した。転炉スラグや消石灰をアルカリ分換算量で0.025,0.05,0.25,0.5,1.0g投入した場合について,横軸に実測値,縦軸に式(1)を用いた推定値をプロットしたところ,推定される土壌pH値は弱アルカリ性域まで実測値によく一致した(図3)。
以上より,弱アルカリ性までの範囲において,以下の推定式を土壌pH矯正を目的としたアルカリ資材施用量の推定に推奨する。
転炉スラグ: pH=12.73-pHintexp {(0.0140×粘土 (%)+0.1437×全炭素含有量 (%)-2.686) x (g/10g乾土)}
消石灰: pH=12.89-pHintexp {(0.1833×粘土 (%)+1.0729×全炭素含有量 (%)-21.668) x (g/10g乾土)}
推定数式を変換した図4の式は,土壌を目標pHに矯正するために必要な転炉スラグおよび消石灰の施用量を算出する計算式である。この式には,土壌情報として初期pH,粘土含有量,全炭素含有量を用いる。土壌の粘土含有量と全炭素含有量をそれぞれ触感と色調で判別し,土壌の初期pH(アルカリ資材無添加時の土壌pH)をポータブルのpH計を用いて測定することで,簡易的におおまかな施用量を算出することができる。また,今後,e-土壌図Ⅱのようなデジタル土壌図12)から対象地の土壌の粘土含有量と全炭素含有量を把握できるようになる可能性があり,土壌図のデータを活用してアルカリ資材投入量を決定する際に,本推定方法が有効になると考えている。
土壌病害抑制を目的として推奨される土壌pHには自治体によってばらつきがある。転炉スラグの粒サイズは商品やロットによって異なり,粒サイズの違いによって生じる資材の溶解度の違いはpH緩衝曲線に大きく影響する。さらに,施用後の土壌の水分状態等によって土壌pHは変わるため,算出されるアルカリ資材の施用量は理論値であり,大まかな目安となる。
本研究に土壌サンプルと分析データをご提供いただいた各県の農業研究機関,および本研究の実施にご協力いただいた農研機構東北農業研究センターの関係者に謝意を表します。
1)後藤逸男・村上圭一 2006.おもしろ生態とかしこい防ぎ方 根こぶ病 土壌病害から見
直す土づくり.p.44-56,農文協,東京.
2)村上圭一・後藤逸男 2008.アブラナ科野菜根こぶ病防除のための転炉スラグ施用量簡易
決定法.関西病虫害研究会報,50,p.97-98.
3)山口千仁,高橋智紀,加藤邦彦,新良力也2021.水田土壌を弱アルカリ性に矯正するた
めの転炉スラグおよび消石灰添加量を粘土含
有量と炭素含有量に基づいて推定する方法.土肥誌,92,p.174-181.
4)Takahashi, T., Nakano, K., Nira, R., Kumagai,E., Nishida, M. and Namikawa, M. 2020.
Conversion of soil particle size distribution and texture classification from ISSS system
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5)小原 洋,大倉利明,高田裕介,神山和則,前島勇治,浜崎忠雄,2011.包括的土壌分類
第1次試案,農業環境技術研究所資料,第29号1-73.
6)土壌環境分析法編集委員会編 1997.土壌環境分析法,p.195-197.博友社,東京.
7)Luo, W.T., Nelson, P.N., Li, M.-H., Cai, J.P., Zhang, Y.Y., Zhang, Y.G., Yang, S., Wang,
R.Z., Wang, Z.W., Wu, Y.N., Han, X.G. and Jiang, Y. 2015. Contrasting pH buffering
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10)船引真吾 1972.新編土壌学講義.p.44-56,養賢堂,東京.
11)白水晴雄 1988.粘土鉱物学-粘土科学の基礎-.p.38-42,朝倉書店,東京.
12)高田裕介 2018.日本土壌インベントリーの開発と利用(特集 農業環境情報の最新利用
技術),農林水産技術,6,7-12.
(https://soil-inventory.dc.affrc.go.jp/index.html)
ジェイカムアグリ株式会社 北海道支店
技 術 顧 問 松 中 照 夫
植物は,実にたくみなしくみを用意して,土の中の水分(土壌溶液)から自分に必要な養分だけを選択して吸収している。吸収された養分イオンは,その養分が植物の栄養に役立つ物質の構成成分となるか,植物体内での様々な反応にかかわって植物の栄養を支える。
今月は,その一例として,植物が窒素の養分イオンであるアンモニウムイオンや硝酸イオンと,葉の光合成でつくられた炭水化物を利用してタンパク質をつくるしくみを眺めてみる。
アンモニウムイオン(NH4+)の窒素(N)や水素(H)は,タンパク質の構成成分で植物の重要な養分である。しかし,アンモニウムイオンが多量に植物の地上部に送り込まれると光合成を妨害するなど,植物に悪影響を与える。このため,多くのアンモニウムイオンは根の細胞内にとりこまれると,すぐにアミノ酸に合成されて無毒化される。その経路を示したのが図1である。
植物の根の細胞にとりこまれたアンモニウムイオンは,まずグルタミン酸というアミノ酸と結合してグルタミンというアミノ酸になる。この反応はグルタミン合成酵素の働きである。このグルタミンは,光合成でつくられた炭水化物が,植物の呼吸によって分解される過程の中間産物である2-オキソグルタール酸という有機酸と反応して,二つのグルタミン酸に変わる。この反応は,グルタミン酸合成酵素の働きである。
二つのグルタミン酸のうち,一つは再びアンモニウムイオンと結合してグルタミンをつくるために利用される。もう一つは,光合成産物が植物の呼吸によって分解されるときの中間産物である各種の有機酸と反応して,必要なアミノ酸を合成する原料になる。この場合の反応もそれぞれの反応を助ける酵素による働きである。こうして必要なアミノ酸をすべて自給し,それを原料にしてタンパク質を合成する。
アンモニウムイオンは図1の経路でアミノ酸合成がおこなわれる。ところが,アンモニウムイオンは,畑のように空気中の酸素に触れやすい条件(酸化条件)では,土の微生物の働きで硝酸イオンに変化する。これが硝酸化成作用である。したがって畑作物などが吸収する養分としての窒素の形態は硝酸イオンが主体である。この場合,どのようにしてアミノ酸が合成され,タンパク質の材料となるのだろ
うか。ここでも植物はたくみなしくみを用意している。植物に吸収された硝酸イオンがアミノ酸の原料となるには,硝酸イオンがアンモニウムイオンに変化し,図1のアンモニウムイオンからアミノ酸合成されるしくみ(GS-GOGATシステムという)に組み込まれていく必要がある。その働きをおこなうのが
硝酸還元酵素と亜硝酸還元酵素である(図2)。いずれも酵素反応で,協同して硝酸イオンをアン
モニウムイオンへ変化させる。
多くの硝酸イオンは根で吸収されると,そのままの形態で道管を通って葉へ移動する。葉は日光によく照らされ,この酵素反応に必要な光エネルギーを獲得しやすいからである。葉へ移動した硝酸イオンは,硝酸還元酵素の働きで亜硝酸イオンに変化する。さらに亜硝酸イオンは,亜硝酸還元酵素でアンモニウムイオンに変化する。そして,アミノ酸合成経路のGS-GOGATシステムに入り(図2),必要なアミノ酸合成がおこなわれる。
ここで問題となるのは,硝酸イオンからアンモニウムイオンに変化させる酵素反応の速度と,できたアンモニウムイオンがアミノ酸合成のGSGOGATシステムに取り込まれていく速度の関係である。もし前者の速度が後者の速度を上回ると,この酵素反応でできたアンモニウムイオンが葉に蓄積してしまう。しかし,これは避けなければならない。アンモニウムイオンの蓄積は植物に悪影響を与えるからである。そうならないように,硝酸還元酵素はアンモニウムイオンを蓄積させない機能を持っている。
硝酸還元酵素は硝酸イオンが吸収されることで酵素反応を活性化させ,亜硝酸イオンをつくる。
しかし,この亜硝酸イオンが亜硝酸還元酵素の働きでアンモニウムイオンになると,それがアミノ酸合成に組み入れられて細胞内で無毒化されるまで,硝酸還元酵素は自身の酵素活性を抑制する。つまり,硝酸還元酵素はむやみにアンモニウムイオンをつくらないように酵素活性を自己規制している。これによって,硝酸イオンがアンモニウムイオンに変換される速度と,酵素反応でできたアンモニウムイオンがアミノ酸へ変換される速度との間でバランスが維持されている。この硝酸還元酵素のように,状況に応じて目的にかなうように反応活性の調節機能を持つ酵素を適応酵素あるいは誘導酵素という。
硝酸還元酵素が適応酵素であるのは,窒素栄養源として硝酸イオンを主に吸収する多くの植物にとって,アンモニウムイオンの過剰蓄積という危険性を回避するために,とくに重要なことである。
これまで見てきたアミノ酸合成のしくみから,気づくことがある。それは,植物がアミノ酸を合成するために,外部から獲得しなければならない原料は,最終的にアンモニウムイオンだけということである。もう一つの原料の光合成産物(炭水化物)は,植物自身が合成しているからである。このことを可能としたのは,グルタミンとグルタミン酸を合成する二つの酵素である。植物がアンモニウムイオンのような単純な物質から複雑なアミノ酸を合成するのは,この二つの酵素の働きのおかげである。
私達は,タンパク質の合成に必要なアミノ酸のすべてを自給できない。そのため,食べものから必要なアミノ酸を獲得する必要がある。これが必須アミノ酸である。植物はタンパク質の合成に必要なすべてのアミノ酸を自給するので,植物に必須アミノ酸はない。動物の必須アミノ酸のような物質が植物にもあるというような誤解は避けるべきである。