§植物組織培養におけるガラス質化の原因と防止法
神奈川県農業総合研究所 生物資源部
部長 三浦 泰昌
§養液栽培での被覆肥料の利用
明治大学 農学部
講師 中林 和重
学生 戸田 哲也
学生 太田 一美
§’95年本誌既刊総目次
神奈川県農業総合研究所 生物資源部
部長 三浦 泰昌
組織培養はウイルスフリー株の育成や優良株の大量増殖技術として,さらに,遺伝子組換えなど高度なバイオテクノロジーの基本技術として発展し,多くの作物で実用化されている。イチゴ,カーネーション,サツマイモなどではウイルスフリー苗の利用が,またランでは大量増殖苗の利用が常識となっている。
しかし,実用化された組織培養技術をさらに検討すると,その中に成功率を大きく左右する未解決な問題が数多く残されている。例えば植物体内に生息する内生菌が培養中に繁殖して組織が枯死する,品種や系統によって培養に難易がある,さらにこれから紹介するガラス質化個体の発生などである。
ここでは,これらの中からカーネーションの組織培養におけるガラス質化の問題を例に,その実態と防止法について紹介する。
写真1-A,Bはカーネーションの生長点培養(一般的には茎頂培養という)中にガラス質化した個体で,その発生率は20~50%に達することもある。特徴は,葉や茎が多肉植物のように肥大化して淡緑色のガラス細工のような状態になり,表皮が硬く脆くて折れやすい。走査型電子顕微鏡で観察すると表皮細胞が硬化し,特に気孔が硬化して開閉機能を失っていることがわかる。


植物の種類によっては,培養条件を変えることによってガラス質化した個体が正常に戻る場合もある(例えばカンキツ)が,多くの場合どのような処理を行っても枯死する。カーネーションでは根が発達しているにもかかわらず,鉢植えすると100%枯死する。
発生原因については寒天など培地の固化物質の種類や濃度,無機成分特に塩素やアンモニア態窒素の濃度,植物ホルモンの種類と濃度,試験管内の相対湿度,培地の浸透圧など,これまでに多くの報告があるが,いずれも定説とはなっておらず,確実な防止技術は確立されていない。
ただし,これらの報告の中で発生防止効果の高かった事例について共通点を探してみると,図形培地の硬さを増す,培地の浸透圧を高める,培地の無機成分や植物ホルモンの濃度を下げる,試験管内の相対湿度の低下を図るなど,植物体に何らかのストレスを与えて,急速な生育を抑さえている場合が多い。
ちなみに,従来の培養温度は全期間25℃一定とし,培地にはMS培地を用いるのが一般的であり,このことがガラス質化の発生と密接な関係にあると推測された。そこで,培養条件とガラス質化との関係解明ならびに防止法について,一連の試験を行った。
まず培養温度を10℃から25℃まで5℃段階に設定して,カーネーションの大輪品種“ノラ”の生長点(茎頂)を液体培地を用いたぺーパーブリッジ法(写真2参照)で2か月間培養した。次に,この段階で茎葉の分化した個体をさらに10~25℃の4段階に分けて培養した。

その結果,10℃では著しく生育が劣り,温度が高い区ほど旺盛に生育したが,培養前期又は後期及び全期間を25℃で培養した区ではガラス質化の個体が多く発生した。また,試験終了時における液体培地内の無機成分の減少量(すなわち吸収量)は表1のように,生育の旺盛な個体ほど減少量が多かったが,特にガラス質化した個体での減少が顕著であった。すなわち,培養中に過剰な養分吸収が起こったことが明らかになった。

これらのことから,ガラス質化の防止には培養温度や養分供給量の調節などにより,生育速度を制御することが重要と考えられた。そこで,生育速度に関係する要因として表2に示す①液体培地の濃度,②植物ホルモン濃度,③ペーパーブリッジの高さ,④培養温度,⑤品種について,2段階及び2品種を設定し,これらがガラス質化に対して単独であるいは相互にどのように影響するかを統計的手法を用いて試験した。なお培養チャンバーの照明時間は12時間で,変温区では照明中を25℃,暗黒中を15℃に,定温区は全期間を25℃に設定した。

2か月間の培養によって発生したガラス質化個体数は表3のように,培地の無機成分では1/2濃度区が標準濃度に比較して明らかに少なく,また培養温度では変温区で,植物ホルモンでは標準区で少なかった。ペーパーブリッジの高さでは10cm区で少なかったが生育が著しく劣ったことから,実用的でなかった。なお,2品種間の発生率はほぼ同程度で差は認められなかった。

この結果,培地の無機成分濃度を1/2程度,植物ホルモン濃度を標準にして,培養温度を照明時25℃-暗黒時15℃の変温で管理することにより,ガラス質化の防止が可能と考えられた。
そこで,培地の無機成分濃度を1/2,植物ホルモン濃度を標準,ペーパーブリッジの高さを1cmに固定し,培養温度のみを25℃定温と25℃-15℃変温の2段階に設定して,ガラス質化の発生を比較した。その結果は表4のように,大輪品種の“ノラ”,スプレー品種のパラダイソ”とも25℃では再分化した個体の中で半数近くがガラス質化したが,25℃~15℃では発生が全く認められなかった。

さらに,カーネーションの他品種への適応性を検討するために,表5の4品種を用いて,培養温度を25℃~15℃の変温に設定し,培地の各成分を前回と同ーとして試験した。

その結果,4品種ともガラス質化の発生は全く認められなかった。ただし,カルス形成には品種間差が認められた。
以上のように,培養中の植物体の生育を制御することによってガラス質化は防止できることが明らかになった。これまでの組織培養技術開発では,生育速度を早めて培養効率を高めることに主眼が置かれてきた。そのために,温度,湿度,水分,養分等の条件が生育へのストレスを最小限にするように設定されており,自然の生育環境や栽培環境とは大きく異なったものとなっている。
自然の環境条件下でも頂芽は側芽より旺盛に生育する(頂芽優性)が,個体内で頂芽や生長点が生育する過程では常に側芽や他の生育中の組織と競争する関係にある。すなわち,養分や水分供給のストレスを受けながら生育していると考えられる。
一方,組織培養に用いられる茎頂はこのような個体内のバランスが突然断ち切られ,ストレスの極めて小さな状態に置かれるが,このことが異常な生育の大きな要因と推測される。今後の組織培養においては生育の速度を早めることだけでなく,健全な植物体を育成するためにどのように生育を制御するかを考える必要があろう。例えば培養温度については25℃の決められた条件だけではなく,自然の生育条件や栽培条件等を参考にしながら,検討を進める必要があろう。
明治大学 農学部
講師 中林 和重
学生 戸田 哲也
学生 太田 一美
化学肥料の中には,数ヶ月かけてゆっくり溶け出すように加工された被覆肥料と呼ばれるものがあります。便利な特徴をもつこの肥料を,養液栽培で使ってみたらどうでしょうか。今日は,その事例をお話します。
養液栽培では,土の代りに砂やロックウールやスポンジを使ったり,あるいは,なにもつかわずに根を固定して,肥料を溶かした培養液を与えます。もちろん作物は養分を吸収しますから,絶えず肥料を調合して培養液を補わなくてはなりません。
土で育てている時は,少しぐらい手抜きをしても,根が伸びていって何処かで肥料にありつけるかもしれませんが,根の伸びる空間が限られている養液栽培では手抜きはできません。そのために,肥料を水に溶かす調合タンクや自動計量器や,送液ポンプが必要になります。私たちは養液栽培に手軽さを求めていますから,こういった物は無いにこしたことはありません。被覆肥料を使って,うまくやってみましょう。
トマトの6段摘芯栽培の施肥管理をイメージしましょう。1株あたりの収穫量を5kg とすれば,果実に3g,茎葉に3g,計6gの窒素が必要です。初めての試みですから,安全率を2倍にして,12gの窒素を与えることにしましょう。定植後の栽培期間は6ヶ月みることにします。すると,微量要素入り被覆肥料のロング180タイプ(チッソ旭肥料株式会社)を100g使用すればよさそうです。この肥料には,窒素,リン,カリウムのほか,微量成分も入っていますから安心です。カルシウムは,サンゴ砂を培地にすれば,そこから補給できるでしょう。
うまくゆけば,ロング180タイプを1株あたり,100g投入し,あとは水を足すだけで栽培ができるかもしれません。試験をして確かめてみましょう。
1995年7月21日にトマトのメリーロード((株)サカタのタネ)を播種し,26日にポリエステル製ポットに仮植しました。育苗中は山崎氏処方の培養液を電気伝導率80mS/m程度にうすめてあたえ,8月26日に栽培ベッドに定植しました。
ベッドには1株あたり4リットル(約5kg)のサンゴ砂を使用し,その下部には約6リットルの水道水を満たしました。ロング肥料は,株間のサンゴ砂の中に,腐敗しにくい紙袋(お茶パック)に50gずつ詰めて埋めました。定植日に50g,それから1ヶ月(10/27)後で,3段目が開花した頃にさらに50g追加するという具合にしました。
栽培の様子を写真1に,ベッド構造の断面図を,第1図に示します。サンゴ培地の底部は水に接しており,作物が吸収した分は,ボールタップを介して自動的に補充されます。また,培養液をベッドの外へ排出することは行っていません。


電気伝導率(EC)およびpH:定植から,10月下旬までのベッド内の培養液のECおよびpHの変化は,第2図,第3図の通りです。ECは定植直後から70mS/m程度で,普通の養液栽培の場合よりも低めで推移しています。pHは,7.6程度で推移しています。これは,使用した水道水のpHが7.1と高いことが1要因です。


窒素,リン,カリウムの濃度:それぞれの経時変化を第4図に示します。どの要素も30ppm以下であり,普通の養液栽培の場合よりもかなり低めで推移しています。それでも窒素とカリウムは,第1段の果実の肥大が終了した10月中旬頃から増加に転じていますが,リンの濃度は低下の一方です。はたしてこれで果実が肥大するのだろうかと思います。ところがどうして,後に示しますように収穫でき,収穫前の果実の肥大も順調です。



定植直後は,1日1株あたり,0.5リットルだったものが,1ヶ月後には1リットル,収穫直前には1.5リットルに増加しています。これは,普通の養液栽培の場合と同じですから,10アールあたりですと,1日に4トンの水が確保できなくてはなりません。

10月27日から収穫をはじめ,11月7日に第2段花房まで収穫しました(本稿の締切のため,肥大途中の果実も収穫しました)。結果は,1株あたりの平均で,1段目が743g,2段目が710gでした。この試験では,農薬散布を2回に止めており,害虫の被害が多いことを考えれば,まあまあの出来といったところです。
この試験は,まだ継続中で,結論は出せませんが,これに先立つ予備試験でうまくいったことをふりかえれば,養液栽培での被覆肥料の利用は有効な方法だと考えられます。
養分を栽培系から排出することもなく,電力も不用ですから,わずかばかり肥料代が高くても良しとしましょう。ただし,夏場に実施する場合には,ベッド内の培養液をときどき循環させないと根ぐされをおこすことがあります。
この試験を実施するにあたり,数々の援助を頂いた,日本フィルター株式会社(横浜市),チッソ旭肥料株式会社,サンゴを提供頂いた株式会社ハラダサービス(横浜市),ハウスを貸して頂いた株式会社不動の各社の皆様に誌面をお借りしてお礼申し上げます。
<1月号>
§大転換期の到来
チッソ旭肥料株式会社
代表取締役社長 荒木 郁夫
§被覆尿素を用いた水稲育苗箱全量施肥技術
環境保全型施肥技術の新展開
秋田県農業試験場大潟農場
(農水省土壌肥料指定試験地)
金田 吉弘
<2月号>
§LPSを用いた育苗箱全量基肥施肥技術
山形県農業試験場
化学部長 上野 正夫
§環境問題と肥料
財団法人 日本肥糧検定協会
専務理事 藤沼 善亮
<3月号>
§根深ネギのポット育苗における被覆肥料の施用効果
新潟県園芸試験場
研究員 根津 潔
専門研究員 長井 隆
専門研究員 小野 長昭
§異常気象下のLP肥料の溶出と水稲生育
愛知県農業水産部農業技術課
専門技術員 北村 秀教
<4月号>
§トルコギキョウの冷房育苗栽培における適正な育苗用土
鹿児島県農業試験場 花き部
主任研究員 野添 博昭
§流入施肥による穂肥施用の省力化
新潟県経営普及課
専門技術員 中野 富夫
<5月号>
§肥効調節型肥料を用いたねぎの全量基肥局所施肥法
山形県立農業試験場 化学部
研究員 今野 陽一
§水稲の全量基肥施用法における施肥診断
愛知県農業総合試験場 作物研究所
技師 今井 克彦
<6月号>
§シクラメンの直接定植栽培法
東京農業大学 厚木中央農場
井上 知昭
小池 安比古
§カルシウム栄養条件とトマト青枯病抵抗性
農林水産省 野菜・茶業試験場
環境部 山崎 浩道
<7月号>
§被覆肥料の溶出特性とその利用
新潟大学 農学部
応用生物化学科土壌学教室
教授 金野 隆光
岡山県立農業試験場 化学部
研究員 石橋 英二
<8月号>
§三浦ダイコン産地では何故ダイコン萎黄病が見られないのか?(その2)
国際農林水産業研究センター
国際研究情報官 小林 紀彦
(前野菜・茶業試験場 久留米支場病害研究室長)
§砂丘地チューリップ球根養成栽培での被覆肥料「ロング」の肥効
新潟大学 農学部
教授 五十嵐 太郎
<9月号>
§土佐茶のはなし
(発展の経緯と施肥の現状)
高知県農業技術センター 茶業試験場
場長 藤田 祥勝
§環境保全型農業における施肥
熊本県農業研究センター
農産園芸研究所 土壌肥料部
部長 久保 研一
<10月号>
§十和田市の長ねぎ(ぼけしらず)
十和田市農協本所 営農部
次長 紺野 留一
§トラムライン潤土直播栽培
北陸農業試験場 総合研究チーム
チーム長 澤村 宣志
四国農業試験場 企画科
科長 中山 正義
(前北陸農試総合研究チーム長)
<11月号>
§根域を制限した循環式養液栽培装置による高糖度トマトの生産とコーティング肥料を用いた育苗管理
静岡県農業試験場 園芸部
研究主幹 石上 清
§レタス-ハクサイ二連作一回施肥
長野県中信農業試験場 畑作栽培部
技師 山田 和義
<12月号>
§植物組織培養におけるガラス質化の原因と防止法
神奈川県農業総合研究所 生物資源部
部長 三浦 泰昌
§養液栽培での被覆肥料の利用
明治大学 農学部
講師 中林 和重
学生 戸田 哲也
学生 太田 一美
§’95年本誌既刊総目次