農業と科学 平成24年5月
本号の内容
§無代かき移植・育苗箱全量施肥栽培による水質保全効果
滋賀県立大学 環境科学部
教授 金木 亮一
§北海道における秋まき小麦の栽培概要(前編)
北海道オホーツク総合振興局 産業振興部
網走農業改良普及センター 紋別支所
興部(おこっぺ)分室
専門普及指導員 佐藤 康司
滋賀県立大学 環境科学部
教授 金木 亮一
例年,代かき・田植期になると,琵琶湖周辺の水田の畦には「水や肥料を節約しよう」と書かれた青い旗がたなびく。その旗が毎年数多くたなびいているということは,水と肥料の節約が一向に進まない現状を如実に物語っている。啓蒙は大切な活動であるが,掛け声だけで水質保全を図ることはできない。「水は物質のキャリアー」であり,水のコントロールは物質のコントロールにつながる。したがって,過剰に水を使えばSS(懸濁物質)やCOD(化学的酸素要求量),肥料成分の流出量が増えて水系の水質が悪化する。逆に,節水すれば肥料資源の有効利用が図られ,それが発生源対策となって水系の水質保全が容易になる1)。ここでは,代かき期の節水・水質保全対策につながる「無代かき移植栽培」と省資源・水質保全に係わる「被覆肥料を用いた育苗箱全量施肥栽培」について述べる。
水田から流出する負荷の大部分は,代かき・田植期と追肥・穂肥期に発生している。とくに代かき期には大量に用水が使用され,代かき後の漏水や田植前の落水によってSS・COD・N・P負荷を大量に含む濁水が流出している。この水質汚濁を防ぐ方策の一つである「不耕起移植栽培法」は,耕起も代かきも一切行わず稲株が残ったままの圃に水を張ってを移植する技術であり,省力,省エネ,水質保全の効果が報告されている2)。しかし,この技術の欠点として除草が困難で除草剤の使用量が増大する,田植機の改造が必要(稲株を押さえつけるためのプラウ移植用に狭い溝を掘るためのアタッチメント等),透水性の増大に伴って漏水量が増加することなどが挙げられている。これらの欠点を克服すべく開発されたのが「無代かき移植栽培法」であり,耕起は従来通りに行うものの代かきを省略する方法である。
一方,窒素肥料の肥効を高めるために各種の被覆肥料が開発されているが,はじめの1ヶ月間は窒素がほとんど溶出せず徐々に増加してゆくタイプの被覆肥料のうち,育苗箱内施肥専用肥料(ジエイカムアグリ製「苗箱まかせ」) は,苗箱に直接施用しでも浸透圧による発芽障害を起こさないことから,苗箱への一括全量施肥を可能にし,省力化に大いに貢献している。苗箱に施用された被覆肥料(「苗箱まかせ」)は,根に抱きかかえられる形で移植時に圃場に施用されるため,水稲を移植していない部分への施肥が節約でき,施肥量は大幅に減少する。さらに,代かき前には窒素が施肥されていないため,代かきおよび田植前の落水に伴う窒素の流出負荷が激減する。また、追肥や穂肥作業が不要となるため省力化や追肥・穂肥時の流出負荷削減につながると言われている。ここでは,2002~2005年度の4年間の実験結果を用いて,無代かき移植・育苗箱全量施肥栽培の効果を検証した。
滋賀県立大学園場実験施設内の水田4筆を使用し,無代かき・育苗箱全量施肥区(6.4a,44.3m×14.5m;以後,無代かき・苗箱区),代かき・育苗箱全量施肥区(9.3a,47.5m×19.5m;以後,代かき・苗箱区),無代かき・慣行施肥区(9.3a,47.5m×19.6m;以後,無代かき・慣行区),代かき・慣行施肥区(6.9a,47.5m×14.5m;以後,代かき・慣行区)に設定した。
水稲の品種は2002,3年度は「日本晴」を2004,5年度は「コシヒカリ」を使用し,異なる品種に対する影響を検討した。約3週間育苗後,5条植の乗用田植機で20株/㎡の密度で移植した。耕起の回数や除草剤散布回数は全区同一にした。
慣行区の施肥量は窒素(N)79~110kg/ha(日本晴94~110:コシヒカリ79~82),リン(P)24~26kg/ha(24~26:24)で,「どんぴしゃ有機」(N14%,P2O5 5%)と「重焼リン」(P2O5 35%)を用い,元肥を全層施肥,追肥・穂肥を表面施肥した。
苗箱区には,窒素(「苗箱まかせ」:N40%)とリン(溶リン:P2O5 20%)を田植時に全量施肥した。窒素については,被覆肥料を床土の上に層状に施用し,その上に種子を撒き,さらに覆土を施した。リンについては田植前日に,生育した苗の上から苗箱内に散布し,田植作業中にこぼ
れ落ちないよう散水して覆土上に付着させた。窒素の育苗箱全量施肥栽培では慣行の4割程度を減肥しでも生育・収量に大きな差異を生じないことから3),ここでは窒素・リンともに4割減とした。
田面水は一週間に1回の割合で,水尻部において採水した。ただし,代かき田植期には濃度の変動が著しいことから,一週間に亘って毎日1回採水した。慣行区では,追肥・穂肥時にも一週間に亘って毎日1回採水した。浸透水は暗渠内の水を一週間に1回採水した。灌漑用水は,2週間に1回の割合で採水・分析した。降雨については,圃場実験施設内にデボジットゲージを設置して貯留し,2週間ごとに平均濃度を測定した。
水質はT-N(全窒素),D-N(溶存態窒素),T-P(全リン),D-P(溶存態リン)をJISに準拠して測定した。ただし,浸透水についてはD-N,D-Pのみを分析した。玄米中の窒素含有率はC/Nコーダーで,リン含有率は過塩素酸分解法によって測定した。
圃場からの表面流出水量は,水尻部に設けた堰の越流水深より求めた。水質を測定していない日の濃度は,前後の採水日の濃度を内挿して求め,流出水量を掛けて毎日の表面流出負荷量を算出した。浸透水量は,灌漑用水量と降雨量の和から表面流出水量を差し引いて推定した。蒸発散量はペンマン法で算出した。浸透負荷量は,採水目前後1週間の浸透水量と浸透水濃度を掛けて算出した。灌漑水量は,三角堰の越流水深より計算した。水質を測定していない日の濃度は,前後の採水日の濃度を内挿して求め,灌漑水量を掛けて毎日の負荷量を求めた。降雨負荷量は,2週間分の降雨量に降雨濃度を掛けて求めた。
窒素・リンの収入合計量(肥料+灌漑用水+降雨)が支出合計量(収穫物+表面流出+浸透)より多い場合を供給超過量,逆の場合を供給不足量とした。収穫物中の窒素・リン量については,稲ワラとモミガラを圃場に還元しているので圃場からの持ち出し量は玄米のみとなることから,玄米中の窒素・リン含有量と玄米重を掛けて算出した。
以上のデータを用いて,代かきの有無,施肥方法,調査年度の3要因(各々2,2,4水準)の三元配置分散分析を行った。
T-NとT-Pの表面流出負荷量に対する無代かき栽培の効果を図1に示した。どの年度も代かき区が無代かき区を上回っている。分散分析の結果はT-Nが危険率6%,T-Pが危険率1%で有意な差を生じていた。無代かき区では代かき区の平均流出負荷量の59%(T-N)と52%(T-P)に減少しており,代かき時の削減効果が大きいことが伺われる。

苗箱区の表面流出負荷はT-N,T-Pともに慣行区を下回っており(図2),T-Nは慣行区の36%に,T-Pは49%に減少している(ともに危険率1%で有意差有り)。苗箱区では施肥量が少ないこと,田植前まで施肥されていないこと,追肥・穂肥をまったく施用していないことが表面流出負荷量の低下につながっており,育苗箱全量施肥法によって水田からの栄養塩類の流出が抑制されていることが分かる。

浸透流出負荷量には育苗箱全量施肥の効果のみが現れた。図3に示すように,苗箱区のD-N,D-Pは慣行区の各々74% と77%に減少している(危険率1%)。

窒素の供給超過量に対しては,無代かきと育苗箱全量施肥の影響がともに見られた(図4)。慣行区では常に供給超過となっているが,苗箱区では供給量が不足する年(2004年度)も見られる。ただし,2004年度の苗箱区の玄米重は有意な差を示すほどの減少量ではなかったことから,苗箱区の施肥量増を図る必要は無いであろう。慣行区の平均供給超過量が37kg/haであるのに対し,苗箱区では7.1kg/haと1/5以下に留まっており,危険率1%で有意な差を示している。苗箱区の供給超過量は平均施肥量56kg/haの13%に相当していることから,施肥量をさらに1割削減させ得る可能性が示唆された。代かき区と無代かき区との間にも危険率1%で有意差が生じているが,これは無代かき区の表面流出負荷が少なかったことを反映している。

リンには育苗箱全量施肥の効果のみが現れた(図5)。慣行区の供給超過量の平均は12kg/ha,苗箱区は3.5kg/haと3倍以上の開きがあり,危険率1%で有意な差を示している。苗箱区の供給超過量は施肥量15kg/haの23%に相当していることから,さらに2割の削減が可能であろう。

現在,滋賀県では化学肥料と化学合成農薬を半減するなど負荷削減技術を一定数以上実施した場合には,交付金が支給されるとともに「環境こだわり米」として認証され,販売価格を高く設定できることもあって,多くの農家が減肥栽培に取り組みつつある4)。今後は,苗箱区の施肥量を慣行区の半量に減らした場合の流出負荷,収量と物質収支の関係を明らかにしてゆくことが課題である。
玄米の収量には育苗箱全量施肥の影響のみが現れた(図6)。苗箱区の収量は常に慣行区を下回っており,平均収量は4,500kg/haと4,900kg/haで1割弱の差を生じている(危険率1%)。なお,近赤外分光分析計で測定した食味値については,品種間には有意な差を生じていたが(コシヒカリ:82>日本晴:74),無代かきや育苗箱全量施肥の影響は明らかではなかった。

無代かき・育苗箱全量施肥栽培は①肥料の節約,②流出負荷の削減,③省力化,④食味向上などが期待できる一石四鳥の技術であると言われている。しかし,①浸透量が増加する恐れがある,②不陸を生じやすい,③被覆材が分解し難いなどのデメリットも有している。今後,これらのデメリットが克服され,より多くの水田で無代かき移植・育苗箱全量施肥栽培が導入されることによって,農地から水系への流出負荷がより一層削減されることが望まれる。
1)金木亮一:
人と自然にやさしい地域マネージメント,農業土木学会,pp.65-94(1997)
2)佐藤敦:
新農法導入による水質環境保全の試み,新農法への挑戦,博友社,pp.317-330(1995)
3)金木亮一・久馬一剛・白岩立彦・泉泰弘(2000):
無代かきおよび育苗箱全量施肥栽培水田における水稲の生育,収量,食味と窒素,リ
ンの収支,土肥誌,71,pp.689-694
4)須戸幹・蓮川博之・柴原藤善(2008):
「環境こだわり農業J が水稲栽培の農薬流出負荷に与える効果,用水と廃水50,pp. 234-242
北海道オホーツク総合振興局 産業振興部
網走農業改良普及センター 紋別支所
興部(おこっぺ)分室
専門普及指導員 佐藤 康司
北海道における秋まき小麦は北部や東部の酪農・畜産地帯を除いて,ほぼ全道的に作付されている作物である1)。なかでも,主要な産地である十勝・網走地方(網走地方は2010年4月よりオホーツク地方に改称したが,本報では網走地方と表記する)(図1)では3~4年輪作の大規模な畑作農業が展開されており,秋まき小麦はてん菜,馬鈴薯,豆類と並んで主要な作物となっている。


十勝・網走地方の年間平均気温は帯広(十勝地方)で6.5℃,北見(網走地方)で6.1℃と道庁所在地である札幌の8.9℃に対してやや低い(表1)。ちなみに,作物の主要な栽培期間である4~10月の平均気温も帯広が13.8℃ ,北見が13.5℃であり,札幌の15.6℃に対して約2℃低くなっている。

秋まき小麦の栽培面積は約107,000ha,そのうち十勝地方で45,500ha,網走地方で,24,500haを占めており, この二地方で約70,000haにのぼる(表1)。これは,関東・東山(山梨・長野・岐阜),東海,九州地方を合わせた秋まき小麦栽培面積とほぼ同等である。
栽培されている品種は2011年現在で日本めん用の「ホクシン」が秋まき小麦面積の67%と大きな割合を占めているが,2008年からの新品種「きたほなみ」への全面置き換えが進み,その栽培面積は秋まき小麦面積の29%に上っている1)。
平均収量は近年400~500kg/10aで推移しているが,十勝,網走地方の収量は毎年全道平均を上回り,550kg/10aに達する年も多い。
秋まき小麦の播種は9月中旬~下旬に行われる(図2)。播種された秋まき小麦は11月中~下旬(葉数4~5枚程度)まで生長し,越冬する。翌年の融雪後から再び生長を開始し,5月上旬に幼穂が形成され,5月末に止葉が展開し,6月上~中旬に出穂,7月下~8月上旬に成熟期を迎え,収穫が行われる体系となっている。このように,北海道における秋まき小麦は生育期間がおよそ10カ月と長い。したがって,前作物は9月上旬までに収穫が終わるジャガイモまたは菜豆(金時など)となるが、秋まき小麦の連作も見られる。
窒素施肥体系は,1990年代に基肥重点施肥から起生期重点施肥に移行し,現在もこれが主流となっている2)。北海道の秋まき小麦は11月下旬頃~4月上旬頃まで積雪下で越冬するため,この期間は生育が一時的に停止する。

したがって,基肥としては越冬前までの生育に必要な量だけ施用して融雪水におる肥料窒素の流亡ロスを抑え,本格的な生育が始まる融雪後(起生期)に十分な量の窒素を追肥する。
起生期の窒素分施量の設定については,次号で詳細を説明する。
1)北海道農政部:
麦類・豆類・雑穀便覧,麦類編(2011)
2)北海道農政部:
北海道施肥ガイド,p.38~42(2010)
起生期:融雪後,茎葉が起きあがり始めた日(写真2)。融雪時期によるが,概ね4月中旬~下旬。
