農業と科学 平成24年9-10月
本号の内容
§社長就任挨拶
ジェイカムアグリ株式会社
代表取締役社長 大衡 一郎
§高温がイネに及ぼす影響と高品質米生産のための技術対策
秋田県立大学 生物資源科学部
教授 金田 吉弘
§寒冷地作物の高位平準化に向けた取り組み
東京農業大学 生産産業学部
網走寒冷地農場 副農場長
生物生産学科 准教授
伊藤 博武
ジェイカムアグリ株式会社
代表取締役社長 大衡 一郎

本年6月26日付けでジエイカムアグリ株式会社2代目社長を仰せつかった大衡です。
「農業と科学」をご愛読いただいております皆様に一言ご挨拶申し上げます。この10月でジェイカムアグリ社が発足して,丸3年を迎えることが出来ました。これもひとえに関係者の皆様のご支援ご協力の賜物と感謝申し上げます。
ご承知のとおり,ジェイカムアグリ社は,チッソ(株)と旭化成(株)の肥料事業統合会社であったチッソ旭肥料(株)と,三菱化学(株)と日本化成(株)の肥料事業統合会社であった三菱化学アグリ(株)が合併して平成21年10月1日発足しました。発足以来,佐藤前社長(現常勤顧問)を筆頭に「融和と新しい力と夢の創出」をテーマに「総合力で日本一の肥料会社となる」,「農家のニーズにスピーディーに対応できる開発力,技術力,販売力を拡充し続けられる会社となる」,「安定した経営基盤を構築し,日本農業に貢献し続ける」といった経営方針の下,今日まで歩んでまいりました。発足当初は,肥料原料高騰の反動により大変なスタートになりました。昨年は肥料価格改定にともなう早取りといった動きはあったようですが,今年は落ち着いた動きのように感じます。
今後,さらにアクションプランを実行し,統合効果を出していかなくてはなりませんが,長年の商慣習もあり,なかなか実績として上がってきておりません。
例えば,「銘柄集約」です。
現在当社化成肥料の銘柄は,荷姿数で約460種類にもなります。この内の約20%が主要銘柄で全体販売数量の約70%を占めています。逆に荷姿数の約45%が販売数量の少ない銘柄で,全体販売数量の約5%でしかないというのが実態です。
化成肥料だけでなく,コーティング肥料でも同様のことが起こっています。
販売量の少ない銘柄が多ければ多いほど切替が多く発生し,生産効率は悪化し,コストが上がります。お隣韓国のある会社では高度化成肥料は40種類くらいに集約されているとのことです。日本の農業に貢献するためにも「銘柄集約」は取り組まざるを得ないテーマですが,弊社単独ではなしえない,すべての関係者の協力なしでは実現できない大きなテーマです。向後,こういった視点からも新たな提案をしてまいりたいと存じます。
日本農業を取り巻く環境は厳しいものがありますが,日本一の肥料会社と認められるべく,全社一丸となって皆様のご期待に添うよう努力してまいりますので,引き続きのご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。
皆様のご多幸とご繁栄をお祈りいたします。
秋田県立大学 生物資源科学部
教授 金田 吉弘
冷害の克服が大きな課題であった東北地方でも,1990年以降になると夏が異常高温になる年が増え,イネの品質低下が問題になってきた。そのため,これまでの冷害に加えて高温に対する新たな対応が必要となっている。ここでは,高温下におけるイネ生育の特徴や品質低下を軽減するための対策を紹介する。
登熟期の高温がイネにおよぽす影響を検討するために,出穂期から成熟期にかけて高温(平均気温26.2℃)と常温(平均気温23.2℃)に設定した屋外型人工気象室でイネを栽培した。
高温区の気孔コンダクタンスは常温区に比べて低く経過する傾向が見られた(図1)。気孔コンダクタンスは葉の蒸散量の指標であり,高温区の葉は蒸散が抑制されていることを示している。

また,図2には,気孔コンダクタンスを測定した葉身の葉温を測定した結果を示した。高温区の葉温は,常温区に比べて高く推移している。

この結果から,高温下におけるイネの葉身は気孔開度が低下し蒸散量が減少するとともに,気化熱の放出が抑制されて葉温が上昇するものと推察された(図3)。

気孔は二酸化炭素を取り入れる器官の一部でもあることから,高温下では二酸化炭素の取り込み量が減少すると考えられる。加えて,葉温の上昇や蒸散量低下にともなう水分吸収抑制などにより高温下では光合成能が低下することが予測される。
登熟の初期から中期にかけての高温により葉身の光合成能が低下するとともに,籾への糖の転流量が減少すると玄米中心部でのデンプン蓄積が不完全になることが知られている。デンプン蓄積が不完全な玄米中心部は,デンプン粒とデンプン粒の間に空気のすき間が多くなり,光線の乱反射により白色状に見える。その後,登熟後期にデンプンの転流・蓄積が回復すると周辺部は透明化し,中心部が乳白色になるのが乳白米であり,外観品質低下の要因となる。
このことから,高温下において高品質米を確保するためには,養水分吸収を持続させ登熟期の光合成能を高くすることが重要であり,根の活性を生育後半まで高く維持できるような土壌環境を作ることが求められる。
図4は,土壌タイプ別の白粒米発生率を示したものである。白粒米発生率は,粘土含量が多く生育後半まで窒素供給が持続しやすい強グライ土やグライ土に比べて砂壌土や灰色低地土なと、保肥力が小さく生育後半に窒素栄養が凋落しやすい土壌タイプにおいて高まる傾向が見られる。

また,図5に示すように,白粒米の発生率は,葉身窒素濃度が増加するに伴い減少している。

図6には,白粒米の発生率が異なる圃場におけるイネの窒素吸収パターンを示した。白粒米発生率が低いイネは,発生率が高いイネに比べて生育後半の窒素吸収割合が多いことがわかる。これは白粒米の発生を防ぐには,生育後半の窒素栄養を適正に維持することが重要であることを示している。

図7は,2010年に秋田県イネ作高温対策プロジェクトチームが県内JAに対して行ったアンケート調査から高温気候年において品質が良かった栽培管理の事例をまとめたものである。これを見ると,水管理の他生育後半の窒素栄養条件を良好にするための追肥や肥効調節型肥料の選択があげられている。

また,2010年県中央部沿岸部においてあきたこまち収量660kg/10a,全量1等米を確保した優良事例として以下の内容が報告されている。ポイントとなる管理技術としては,
①35日育苗の中苗を沿岸部としてはやや遅い時期(5月21日)に田植えをしたこと,
②「苗箱まかせ」による育苗箱全量施肥で出穂後の葉色を維持したこと,
③溝切りはやや早め(7月1日),中干しをやや強めに実施し,強グライ土(粘質土)でも出穂後約30日間は間断かん水し落水を遅らせたこと
である。
さらに,普及可能な技術ポイントとしては,
①沿岸部でも早植え(5月15日以前)しなければ,極端な生育ステージの前進は見られず,収量・品質に好影響を与えること,
②「苗箱まかせJによる育苗箱全量施肥で,出穂期以降の葉色を維持できること,
③出穂前の水管理(中干し・溝切り)を徹底することにより,グライ土でも落水時期を遅らせること
が紹介されている。近年,低タンパク米生産の指導が強化されたことから,生育後半の窒素栄養が軽視されがちになる例が多く見られる。一方,高齢化と圃場の大区画化が進む生産現場では,かつてのようにきめ細かな追肥を実施できる状況にはない場合が多い。そのため,これまで以上に省力と生育後半の持続的窒素供給を実現できる肥効調節型肥料への期待は大きい。
高温下においては根活性が低下しやすいことから,イネに対する適正な養分供給の他,根域の拡大に視点を置いた土づくりが重要である。根域が拡大し,根活性が生育後半まで高く持続できる土壌条件として,酸素が多く存在する環境があげられる。酸素は,根の呼吸作用に必要であり,茎葉を通じて空中から供給される。しかし,それだけでは不十分であり,土壌からの供給が重要になる。そのような土壌環境を作る方策の一つに耕起方法の工夫がある。
粘土が少なく粗粒質の土壌では,透水性が良く比較的酸素が供給されやすいことから根域確保を優先する必要があり,作土深15cmを目標とした耕起が必要になる。一方,粘土が多い圃場は透水性が低く酸素の供給が少ないことから,過剰な代かきによる土壌還元の進行を避けることが重要である。例えば,粘土が多い土壌において作土(15cm)を水田プラウで反転し,作土の上層(5cm)のみを砕土した後に代かきをせずに移植したA圃場と慣行の耕起,代かきを行ったB圃場でイネの生育を比較してみた(図8)。

A圃場は作土下部に大きな土塊が存在し,深さ5cm程度の上部だけが細かに砕土されている。一方,B圃場は代かきにより作土全体が泥状である。土壌の酸化還元電位を調べてみると,A圃場はB圃場に比べて酸化的に推移しており,土壌中に酸素が多く含まれていた。
A圃場における根の分布を見るとB圃場に比べて下層まで多く分布し,根活性も高かった。また,登熟期の高温条件下における品質を調査すると,乳白粒の発生率はA圃場がB圃場に比べて低かった(図9)。

このことは,根活性が高く維持されている圃場では,高温下でも品質低下が軽減されることを示している。以上は,粘土の多い土壌の事例であるが,土壌タイプに対応しながら耕起方法や代かき方法を工夫することによって根活性を高く維持できる土壌環境を作ることは可能である。
これまで,高温条件下における高品質米生産における生育後半の稲体窒素栄養の重要性や根圏環境について述べてきたが,やはり最も大切なことは基本技術を総合的に見直し,それを徹底することである。主な基本技術としては,
①播種量に応じた育苗日数の確保や無理な早植えを避けるなどによる適正な作期の維持
②根圏環境を重視した耕起方法や排水性向上対策
③生育量に応じた中干し,出穂後の水分供給などの水管理
④生育後半の窒素栄養維持のための肥効調節型肥料の活用などの施肥管理
などがあげられる。
これらの基本技術の優先順位は各地域や土壌タイプによって異なると考えられる。そのため,各地域において,基本技術に関するチェックリストを作成しながら高温条件下における高品質米生産のための安定栽培技術を構築していくことが期待される。
東京農業大学 生産産業学部
網走寒冷地農場 副農場長
生物生産学科 准教授
伊藤 博武
根の役割から何を連想されるでしょうか。一般的には光合成に必要な水や養分の吸収機能あるいは植物体の支持機能を思い出されるのではないでしょうか。
私は作物の生産性の視点からその根に関する話題を提供させていただきたいと思いますが,先ずは著者が居住している北海道の網走市について畑作農業の面から簡単に紹介させていただきます(図1)。

当市は自然世界遺産である知床半島の近くオホーツク海に面する北海道の東部の位置にあり,高い山はなく,丘陵地が多く,市街は網走川河口付近と,その南に続く海岸段丘上の平地に広がっています。北西部には能取(ノトロ)湖,中部に網走湖,東部に濤沸(トウフツ)湖があり,それぞれ網走国定公園の一部となっています。また,一年を通じて晴天が多く,年間降水量と降雪量は少なく,国内で最も降水量(網走は約800mm,東京が約1500mm;コムギ作付けの限界値は約500mmとされる)が少ない地域です。海に面するため寒暖差も小さく,北海道東部としては比較的温暖な気候です。ここでは大規模機械化畑作農業(一戸当たりの農耕地は約30ヘクタール)が展開され,テンサイ,バレイショ,ムギ類(秋播きコムギと二条オオムギ)および根菜類(ナガイモ,タマネギおよびゴボウ)が栽培されています。ただし,淡色黒ボク土(火山灰土壌である黒ボク土でもリン酸吸収係数や腐植が少ない)が占める南部地区の収量水準は高いが,多腐植質黒ボク土(腐植含量の多い,風化の進んだ火山灰土壌である)と褐色森林土(非常に堅密な粘土質土壌である)からなる西部地区の収量水準は低い,この地区間での生産力の格差については,農業関係者の間で解決すべき重要課題のーつとされています。この作物収量の地域格差問題について,私達の研究グループ(東京農業大学生物産業学部)は主にテンサイや秋播きコムギを取り上げ,要因解明と解決策の構築に向けて根系分布・土壌タイプ・気象条件の視点から研究に取り組んできました。
長い間,ここ網走の西部地域では褐色森林土や多腐植質黒ボク土からなる圃場は地域の農家を苦しめていました。テンサイ,バレイショおよび秋播きコムギなどの基幹作物を例にみた場合,網走地域の同じ気象条件下でも,網走市南部地区では毎年収穫量が高いのに,網走西部地区では年による差が大きい。こうした格差の解消をめざして,私達は作物がどんな場所でも同じように持続して収穫できるように,土壌の条件にかかわらず,高いレベルで平準化させる方法を探ってきています。何故,西部地区の圃場は生産性が低いのでしょうか。著者らの研究グループは,作物の収穫量に差がでるのは圃場の土壌タイプが作物の根の生育を左右するからではないかと考え,網走市内の生産性の高い圃場と低い圃場を約10年かけて約1,000ヵ所にわたって調査し,各圃場の土壌の性質と作物の根の生育状況を調査してきました(図2)。

各生産場所で1㎥の穴を掘り土壌断面を作成して土と根を観察し,テンサイであれば生産性の高い圃場では1mの底いっぱいまで根が張っていたが,低い圃場では土の表面から深さ40cmまでしか根が張っていないことを明らかにしました(図3)。

秋播きコムギでも同様の結果が得られています。各地のデータを集計すると,年による違いはありますが,根張り具合と生産性はまさに正比例の関係にありました(図4)。

そして生産性の低い圃場では,特に夏が例年より暑い時に影響を受け,熱射によって土壌水分が不足し,蒸散量を抑えるために作物が気孔を閉じてしま熱射によって土壌水分が不足し,蒸散量を抑えるために作物が気孔を閉じてしまい,光合成速度が半分以下に低下することが分かりました(図5)。

研究によって,市内のどの場所の圃場に手を加えれば良いのか,その分布がほぼ分かりました(図6)。

そして,その圃場を早急に改善するには,心土破砕という技術を用い,ブルドーザーなどの大型機械によって土壌にひび割れを入れ(図7),土を柔らかくする土壌改良が必要であるとの具体的対策を示しました。

一方,粘土質の褐色森林土では,散水して土に水を含ませて土を軟らかくする方法も提案しました。また,根張りの良い淡色黒ボク土の既畑では散水しでも効果は無いという情報も提供させていただいております。しかしながら,せっかく土壌改良しでも数年で元のように硬くなってしまうことから,その土壌タイプにあわせて作物の品種を深根型に改良することも提案しています(図8)。

物理的な土壌改良は定期的におこなうことが大切で,それには多くの手間と予算がかかるのも事実です。もともと私達の研究は,生産者からの要請と市や農業団体との連携によって進められてきた背景もあり,今後は改善策の実施に向けて多方面からの支援が強く待たれているところです。