農業と科学 平成25年2月
本号の内容
§多収品目「べこあおば」の収量性について
農研機構 東北農業研究センター
西田 瑞彦
§「われら苗箱まかせ研究会」
ー良食味米生産に向けてー
JA新いわて南部営農経済センター内専門部会
苗箱まかせ研究会事務局
葛根田 昭一
農研機構 東北農業研究センター
西田 瑞彦
激しく変化する世界情勢の中で,日本のプレゼンスが低下しているとの報道をよく耳にするようになった。今が底でこれから回復するのであればまだ良いが,今後の見通しも楽観視できないようである。経団連の世界のGDP予測によれば,2050年には中国,インド等が著しく増加するのに対し,日本はほとんど変わらないか,シナリオによっては低下する。シナリオのうち悲観的なものにおいては,中国,米国,インドをはじめとするトップグループとはかけ離れ,世界9位まで転落すると予測されている(日本経済団体連合会2012)。そうなると世界の食料の流通も大きく変化するであろうことは想像に難くない。主要な生産国で凶作となれば,食料価格は高騰し,それを買おうとしても経済大国に競り負けることも想定される。国内での農業生産の重要性は増し,主食であるコメについても限られた農地の中でさらに効率的に生産する必要が生じ得る。従って,コメの多収技術やそれを支える研究開発は,その重要性を増しているし,今後さらに増していくと考えられる。
「べこあおば」は農研機構・東北農業研究センターにおいて,大粒の多収品種「オオチカラ」と多収系統「西海203号(ミズホチカラ)」の交配組合せにより育成された多収品種である(中込ら2006)。その特徴のひとつとして千粒重が30g程度と大粒で,多収に有利とされるシンクの容量が大きいことがあげられる(Mae et al. 2006,金田・前2006)。また,短稈で穂が比較的低く位置するため,葉への日射を妨げにくく,登熟期間の光合成には有利な草姿である。さらに,短稈で稈は太く,稈質は”剛”であるため耐倒伏性が強いのも特徴である(写真1)。東北農業研究センタ一大仙研究拠点では品種の変遷はあるが,これまで多収系統・品種に対する施肥試験を継続してきた。そのなかで,「べこあおば」はこれまでにはない形態的特徴と多収を示している。ここでは,この「べこあおば」の窒素吸収と収量性の概要について,数年間にわたるのべ100処理区以上の試験結果から得られたデータ(近似曲線)に基づき紹介する。

「べこあおば」の窒素吸収量と粗玄米重との関係を図1に示す。窒素吸収量20kgN/10a程度で粗玄米としての最大収量約950kg/10aとなる。

秋田県で最も栽培面積の大きい「あきたこまち」において窒素吸収量が13kgN/10a程度で最大収量となるのに比べ,より多量の窒素を吸収し,その窒素吸収とともに収量も増加する。米作日本ーが競われていた時代に,ごく限られた篤農家だけが実現することができた1t/10aどりも夢ではない。我々の圃場試験においても,これまで数度1t/10a以上の収量(粗玄米)を達成している。窒素吸収量の増加に伴う収量の増加は,窒素吸収量が多いほど鈍くなる。窒素吸収量15kgN/10aで約900kg/10aの収量が得られるが,それからさらに50kg/10aの収量増を得るためには4~5kgN/10aもの窒素吸収が必要となる。営農の視点から,施肥量,施肥回数等のコストを考慮した目標収量の設定が重要となろう。
籾数と収量の関係を図2に示す。950kg/10aの収量を得るためには,総籾数は約34千粒/㎡必要となる。目標収量をそれより50kg/10a下げて900kg/10aとすると総籾数は約31千粒/㎡必要となる。

目先を変えて,この籾数を生産物(玄米)の器(入れ物)の大きさとして考えてみると,総籾数(器の数)に千粒重(各器の大きさ)をかければ器全体の大きさが分かる。これをシンク容量と呼んでいるが,目標収量を950kg/10aとすると目標シンク容量は1200kg/10a程度となる。ポテンシャルとして1200kg/10aが詰め込める器の中に950kg/10aの中身が詰まることになるから,その器が充填された割合(シンク充填率)は79%となる。この数値だけを見ると,まだ2割も詰め込める余地があることになるので,ずいぶんもったいない印象を持つ。しかし,シンク容量が大きくなるのに従い,シンク充填率が下がる傾向があるうえ,シンク充填率を上げるための決定的な技術はまだないと言って良い。従って,この2割をきっちり詰め込むのは簡単ではない。とは言え,まだ2割も詰め込める余地があるということは,大変興味深い。
図3に示す籾数と穂数との関係を見てみると,粗玄米重950kg/10aに必要な総籾数34千粒を得るための穂数は420~430本/㎡となり,粗玄米重900kg/10a,総籾数31千粒には380~390本/㎡の穂数が必要である。

これらの結果は,約21株/㎡の栽植密度で得られたものである。同様の栽植密度においては,各収量水準における穂数と籾数は,ここで示したものが概ねの目標値と考えている。なお,栽植密度については,より高い密度でも収量には影響がないことが報告されている(Fukushima et al. 2011b)。我々は現在,省力化・低コスト化の視点から疎植の影響について検討を行っている。
次に時期別の窒素吸収量と収量との関係を図4と図5に示す。時期別間の相互関係は無視し,単純に収量との関係で見れば,粗玄米重950kg/10aとなる幼穂形成期の窒素吸収量は10kgN/10a,穂揃期は16Nkg/10a程度となる。粗玄米重900kg/10aでは幼穂形成期の窒素吸収量は8kgN/10a,穂揃期は13kgN/10a程度となる。


950kg/10aの収量を得るためには,通常の品種の成熟期の窒素吸収量にほぼ匹敵する量の窒素を幼穂形成期までに吸収する必要がある。このように,高いレベルの多収を実現するためには,各生育時期でもかなりの窒素が必要となる。
1t/10aを超える収量となった処理区の窒素吸収過程の例を図6に示す。A,Bは概ね上記950kg/10aとなる時期別窒素吸収と同様であったが,Cでは大きく異なっていた。Cの場合,減数分裂期後の窒素吸収が全生育期間の4割程度も占め,登熟期間の気象が好条件であることが前提とは思われるが,生育後半の窒素吸収が多収に貢献し得ることが示されている。よく見るとA,Bについても全窒素吸収量に占める各時期の窒素吸収割合は一様ではなく,「超」のつくような多収レベルにも関わらず,それほど厳格な窒素吸収パターンが求められるわけではないようである。

我々は,速効性の化学肥料を用いた分施や肥効調節型肥料を用いた基肥全量施肥等,施肥法について様々な検討を行っている。また,堆肥連用の効果や大豆跡復元田での養分吸収と収量性等についても検討を行っている。これらの詳細については,別の機会に紹介したい。
ここで紹介した「べこあおば」のように,近年開発された品種により収量の壁はひとつ破られたように思われる(Hayashi et al. 2012,Mae et al. 2011,Nakano et al. 2012)。そのポテンシャルがなるべく発揮されるような効率的肥培管理技術の開発が必要である。また,品種特性に関わらず,多収のために突破すべき壁があるのではないだろうか。登熟の向上はひとつの障壁になっているように思われる。先に述べたように,器としては1200kg/10aの中身を入れられるものが用意できるのに,2割も詰め残しがある。その半分でも詰め込むことができれば,1t/10aの収量も余裕である。登熟期間の乾物生産や転流等について,品種特性を比較している研究は多いが(Fukushima et al. 2011a,長田ら2007),栽培技術としてその壁を破るような研究が必要と思われる。もうひとつは吸収窒素あたりの収量の向上である。図1に示すように,収量は窒素吸収量に強く依存している。この曲線から安定して抜け出す技術,この曲線のひとつ上に並行な線を描けるような技術を創り出すための研究が必要と思われる。
農業技術に携わる多くの技術者,研究者にとって,多収は最も興味をひかれる対象のひとつであろう。これまでも幾度かそうしてきたように技術力で障壁を取り除き,1t/10aを超える収量が当たり前のようになる日が来るのではないだろうか。
●Fukushima A. et al.,2011a,
Varietal differences in morphological traits,dry matter production and yield of high-yielding rice in the Tohoku region of Japan.,Plant Prod. Sci.,14,47-55
●Fukushima A. et al.,2011b,
Effects of nitrogen application and planting density on morphological traits,dry matter production and yield of large grain type rice variety Bekoaoba and strategies for super high-yielding rice in the Tohoku region of Japan.,Plant Prod. Sci.,14,56-63
●Hayashi S. et al.,2012,
Yielding performance of “Kita-aoba”,high-yielding rice variety for Hokkaido region,northern Japan.,Plant Prod. Sci.,15,209-215
●金田吉弘・前忠彦,2006,
超大粒イネ「秋田63号」の窒素生産効率と乾物生産性.,日本土壌肥料学会編,イネの生産性・品質と栄養生理,p.136-166,博友社
●長田健二ら,2007,
東北地域における寒冷地向け飼料イネ品種・系統の生育・収量および乾物生産特性.,東北農研研報,107,63-70
●中込弘二ら,2006,
直播栽培に適する稲発酵粗飼料専用品種「べこあおば」.,東北農研研報,106,1-14
●Mae T. et al.,2006,
A large-grain rice cultivar,Akita 63,exhibits high yields with high physiological N-use efficiency.,Field Crops Res.,97,227-237
●Mae T.,2011,
Nitrogen acquisition and its relation to growth and yield in recent high-yielding cultivars of rice(Oryza sativa L.)in Japan.,Soil Sci. Plant Nurt.,57,625-635
●Nakano H. et al.,2012,
Grain yield response to planting density in forage rice with a large number of spikelets.,Crop Sci.,52,345-350
●日本経済団体連合会 21世紀政策研究所 グローバルJAPAN特別委員会,2012,
グローバルJAPAN-2050年シミュレーションと総合戦略-.,
JA新いわて南部営農経済センター内専門部会
苗箱まかせ研究会事務局
葛根田 昭一
私が平成18年に営農経済渉外「TAC(タック)」(JA新いわて南部営農経済センター勤務)として農家訪問をすると「苗箱まかせ」について聞かれることが多く,この肥料は雫石町管内で年々作付けが増えていました。
農家からは「省力」的施肥技術,「施肥量を低減する栽培法」を要望され,これら対応する肥料として育苗箱全量施肥専用肥料「苗箱まかせ」が本田追肥を必要としないことから農家の口コミ主導で拡大していたのです。
雫石町の水稲栽培に最も合致した施肥法を普及させたいとの思いもあり,この現状から食味の観点からと技術の平準化をめざして,’苗箱まかせ研究会’として活動してまいりました。ここでは,その活動内容について紹介したいと思います。
JA新いわて管内面積は約7,700k㎡で、岩手県の50.4%の面積を占めます。私の管内の雫石町は,水田作付面積2,100ha,稲作農家1,236名で,水稲30万俵,畜産28億円,園芸12億円を生産しております。町の周囲を岩手山と駒ヶ岳に囲まれた盆地地形で,土壌は火山灰土壌が主体の地域です。
この「苗箱まかせ」は,1992年秋田県で苗箱施肥技術として紹介されて以来,秋田県との県境にある雫石町では2年後の平成6年(1994年)から使用が始まりました。「省力・安定収量の米作り」がすごく簡単な肥料として普及してきましたが,使用開始当初は濃度障害のクレームなどによりメーカーによる技術指導を受けた経験があります。
そこで,技術の平準化をめざして試験展示圃を設置するなどの活動をしてまいりました。それまでは,床土混和で、の被膜へのキズや,苗箱まかせだけの施肥量では本田の初期生育が悪いとか,倒伏したとか,また苗箱まかせの一箱当りの施用量700gが一人歩きしてしまい,施肥チッソ量が不適切であったなどいろいろな問題が有りました。更に,増収をねらった苗箱まかせの使用は,品質低下や食味値を下げるといった風評被害もあり,適切な使い方が望まれていました。
苗箱まかせの使用開始当初はJAとしては食味の観点から栽培指導には消極的でありましたが,農家同士の口コミで普及面積が増えてきたのが実状であります。
そうした中,平成18年8月よりチッソ旭肥料(現 ジェイカムアグリ)東北支屈の岩手県担当者の指導を受けながら,新規使用者を全戸訪問フォローして生産者に面会できるまで巡回して歩きました。
JA施肥設計指導と苗箱まかせの正しい使い方を普及させるため,平成19年の秋に苗箱まかせの普及拡大と栽培法を確立する目的で,栽培者同士による’苗箱まかせ研究会’を立ち上げ,JA職員と部会,販売メーカーの岩手県担当者と連携して研究を始めました。
①生産者から雫石町に合致した使い方を普及させたいと苗箱まかせ研究会が立ち上り,早坂忠孝さんが会長に選ばれ活動を始めました。
②研究会の活動は試験展示圃設置,生育調査,収量調査,検討会,指導会を行なっています。又,現地検討会は圃場を巡回して毎年実施しております。更に,県外研修(写真1),他県の苗箱研究会との交換会,JA管内の他地区との情報交換会を行って来ました。

③導入当初は「苗箱まかせN400-100」が主体で,1箱当り700gが基本に普及したことから,箱数と施肥量の関係から施肥量が多くなり低温年時には食味値を下げてしまいました。
④肥料メーカーからの情報でN400(40-0-0)100タイプ以外に60タイプ,N成分の少ないNK301(30-0-10)100タイプ,60タイプがあることを知り,平成19年から試験を開始しました。
平成19年度(研究会立ち上げの年)は苗箱まかせの適正タイプの試験をして食味値について検討することにしました。
調査対象農家は,食味値の観点から100タイプと60タイプの比較を農家4戸に依頼し実施しました。苗箱まかせの施肥量は,一般栽培では,4.2~7.0kg/10a,特別栽培では2.9kg/10aでした(表1)。調査項目は,いろいろな施肥体系があることから耕種概要調査に加えて生育調査,収量調査および食味値調査(サタケ食味計による「食味値」「蛋白質」の分析)を行いました。

耕種概要では,調査対象農家のうち3戸が一般栽培,1戸が特別栽培米生産をしていました。一般栽培農家の基肥窒素量は6.2~7.5kg/10a,特別栽培米生産農家では2.9~3.9kg/10aでした(表1)。
生育状況では,各農家間で大きな差はみられませんでしたが,60タイプは100タイプに比較して7月23日における茎数は103%,9月27日における穂数は104%と若干上回る結果でした(表2)。有効茎歩合は,苗箱まかせでは無効茎が少ないためいずれの試験区でも90%以上の高い結果が得られました。
収量では,一般栽培農家においてはN400およびNK301とも100タイプに比べて60タイプが1~3ポイントとやや増収する傾向がありました(表2)。しかし,特別栽培米生産農家は一般栽培農家に比べて大きく減収しました。これは施肥量が2.9kg/10aと極端に少ないことが影響していると考えられました。

食味では,NK301の60タイプは食味値が目標以上で100タイプより1~2ポイント高まり,タンパク値も0.2ポイント下回る結果となりました(表3,表4)。


以上の調査結果から,苗箱まかせ研究会は品質向上対策として60タイプを進めることになり,苗箱まかせの現地研修会,講習会,2月の指導会で発表しました。これらの活動で報告した平成19年の試験結果が品質向上への大きな足がかりとなり,生産者から青米が無くなった,品質が上がったとの声が聞かれるようになりました。
その結果,平成20年度から60タイプが増加し平成24年度のシェアは58%と半数を占めるようになりました。(図1)。

また苗箱まかせの使用面積は推定で約30%の普及率で,研究会発足当時(H19)に比べ1.3倍,使用者は2.4倍に増加しています(表5)。

①苗箱まかせの種類(N400とNK301)と溶出タイプ(100,60)の違いが理解されていないため,研修会や農家巡回等を通して苗箱まかせの方法やメリットについて説明しながら指導を行っています(図2)。

②苗箱まかせの基本的な使い方を指導するには,苗箱まかせの施肥量計算がすぐ出来る施肥設計書が必要であることから「苗箱まかせの施肥設計シート」(表6)を作成し,施肥設計が簡単にできるようにしました。この設計シートは個人毎に作成して今年の反省と次年度の設計に生かせるように記録してあります。

本研究会は,ここ4年間にわたって試験の設計作成と展示圃設置,生育調査,稲作会員のバスによる現地巡回検討会,県外研修,坪刈り,脱穀調整の収量調査,試験成績検討会,年明けには試験成績をもとに苗箱まかせ指導会と活動を重ねてまいりました。
実績も少しずつ上がっていますので,今後苗箱まかせ研究会会員は生産者自らの活動に誇りを持ちつつ,地域の課題を一つ一つ解決していきたいと思います。