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§技術相談問答のよもやま話(4)
独立行政法人 農業技術研究機構
野菜茶業研究所 研究技術情報官
農学博士 中島 武彦
§ペットボトルで水稲栽培試験を試みる
独立行政法人 農業技術研究機構
中央農業総合研究センター
北陸水田利用部 土壌管理研究室
主任研究官 中島 秀治
§肥料と切手よもやま話(2)
越野 正義
独立行政法人 農業技術研究機構
野菜茶業研究所 研究技術情報官
農学博士 中島 武彦
中国産野菜の残留農薬が話題になっている。当方でも数年前から似たような質問が多くなった。例えば,「冷凍した中国産の黒ダイズを加熱すると強い異臭がする。前もって流水に浸しておくとかなり減る。農薬の影響か?」とか,「長野県で加工した中国産ニンニクの醤油漬けを食べたら舌先が少ししびれた。しびれは農薬によるか?」とか,「中国産のホウレンソウを分析したらナトリウムが生重100g当たりに100mg(通常の5倍)も含まれていた。高い値は農薬によるか?とかである。
黒ダイズの異臭については兵庫県農試の中川勝也氏から『流通段階で変質した豆やアクの強い豆が混入し,それを加熱すると異臭が出ることがあります。農薬については栽培や加工の状況が明らかでないので,コメントできません。水洗は種皮等の付着物を減らすことが可能で,異臭は減るでしょう。国産ダイズでは異臭話を聞いたことがありません。なお,丹波黒の値段が高いのは,百粒重が2割ほど大きい柔らかくて甘みが強い,収穫後も厳しく品質管理されていることによります』,醤油漬けのニンニクについては当所の山下市二氏から『舌を刺激する成分としてはアセトアルデヒドが疑わしい。長野県への輸送期間や輸送方法が明確にされていませんが,この間に酸欠で無気呼吸をすれば蓄積するでしょう。低濃度で舌は感知すること,開封後は速やかに減少することから測定するのは無理でしょう』との情報をいただいている。最後は『中国には様々な塩類が集積した畑,人糞尿などによって塩分が高くなった畑などがあります。ホウレンソウは高塩類下でも旺盛に生育するので,根から余分に吸収されたと思われます。農薬由来のナトリウムは吸収されたとしても微量でしょう』と情報官が回答した。しかし,異臭やしびれに農薬が関与したかも知れないので,中国における体験談から話を進めることとする。
情報官は86年から2年間,中国大陸で高温期の野菜生産に関する共同研究を行ったことはすでに述べた。今は休刊になっている月刊誌「施設園芸(温室研究社発行)」の編集長から中国のハウス園芸について執筆するよう依頼された。延べ30編の連載となったが,第25編では香港商人の経営する野菜農場(平成元年4月号)を記述している。深圳市は香港市の北隣,鉄条網と高圧電線で中国大陸から隔絶された経済特区とその北側に広がる宝安県からなり,両地に香港商人の農場が計3カ所あった。広東省農業科学院の研究者らの案内で宝安県の幸福農場(野菜畑は2.7ha)を視察したが,そこでは地元農民を120名ほど雇って盛んに野菜を生産していた。
研究者は「香港は野菜畑が狭いので,不足分は広東省や台湾からの輸入に頼ってきた。最近は農薬の散布回数が増え,より強い薬剤を使用するようになったため,食すと吐き気や目眩などの中毒症状,ひどい場合は死亡する事件もあり,香港では大きな社会問題になっている。政庁は中毒事件を発生させた産地を輸入禁止にするとともに,安全野菜を供給する農場を香港以外に拡大する施策を採用したため,香港人が出入り自由な深圳市で香港商人の農場が生まれた。しかし,現在の生産量では香港の需要を充たすことができない,中国産野菜に比して値段が高いなど,社会問題の解消には時間がかかるでしょう」と話されていた。
香港のWeb(インターネット)検索すると,中国広播網が02年6月に公開した「譲香港市民吃上放心菜(Web1)」に到達した。これには86年に香港北端の文錦渡(深圳市との境界)に野菜の残留農薬を検査する検疫局が設けられたこと,95年から6年間,農場の野菜による中毒事件は発生していないこと,今では農場は26を数え,野菜の検疫量は日に400トンに達することなどが記されている。
毒菜は文字どおり毒入り野菜である。農薬または一部の重金属(ヒ素,鉛,水銀,カドミウム)が多量に含まれ,Webによると80年代後半から香港や広東省で呼ばれるようになったとある。次に,問題菜は北京のWebなどで散見され,毒菜と意味が同じである。両者を比較すると,被害を被る香港や消費者側は毒菜,中国当局や生産者側は問題菜を使用しているように伺える。一方,放心菜は食すと目眩で放心状態になるのではなく,安心して食すことのできる野菜を指す。Yahooの雅虎中国(簡体字)で検索すると,毒菜または有毒菜は997件,問題菜は397件が,雅虎香港(繁体字)で検索すると,毒菜と有毒菜は269件,問題菜は75件がヒットする。
他のWebには毒菜の他に毒米,毒肉,毒酒などの文字も見られ,農産物による被害は深刻で,99年には37件発生し,中毒者は1166名(内69名死亡),翌年は41件発生して中毒者は1311名(内2割死亡)を数えること,残留農薬禍は野菜が最も多いこと,心臓,脳,血管の患者に占める割合は都市で約7割,農村でも半数に達することが記されている。北京の野菜市場の残留農薬検査を報じた新聞記者の見聞記は実に面白い(Web2)。以下に紹介するが,誤訳があるかも知れないがそれは勘弁願いたい。
『寒風吹く12月5日の早暁5時,北京市大鐘寺農副産物市場の周辺だけは賑わっていた。近くの道路には野菜を満載したトラックが列をなして停車し,運び込まれている鮮紅色のトマト,緑色の小キュウリ,赤い茎と緑の葉が映えるホウレンソウなどは間もなく市民の食卓に並べられるが,放心菜もあれば,問題菜も含まれているのである。市場には残留農薬検査室があり,そこでは放心菜と問題菜の鑑別が週に2回行われている。この日は検査日であり,検査の模様を目の当たりに見ることができた。
活発に商談が行われている午前8時半,1検査官が無作為にセリ,ニンニクの芽,油麦菜(レタスの仲間)など16品目をサンプルとして抜き取って3階にある検査室に運び込み,9時から残留農薬の検査が始まった。10時半になって測定結果が出た。どうもホウレンソウで30検体中の3検体が基準値を上回っているようだ。前もって怪しいと睨んでいた店に行ってみると,ホウレンソウは完売されていた。店の主人は「お得意さんが来て,いつも10時には完売する。ホテルや料理屈に送られているようだ」と語った。
再び,検査室に戻り,検査官に「これまでに問題菜をどの程度検出しているか」と尋ねると,「概ね10%が問題菜,そのほとんどが外地もの」との返事だった。さらに「それでは10%の問題菜をどのように処分されましたか?」と尋ねると,検査官は「あなたが見たように,測定終了前には完売されてしまうのです」と答えた。また検査官は「北京では測定の遅れから問題菜を駆逐できる状況になっていません。検査室が設置されているのは40市場の8割に過ぎず,万全を期すことは難しいのですが,新設された八里橋(北京八里橋農産品中心批發市場・Web3)では測定時間が短く,問題菜を除くことができます。市場側でも問題菜を無くすよう努力していますが,この3年間は問題菜の比率はほとんど変化していません」と苦しい胸の内を語ってくれた』とある。
この記事に対する反響は大きかったようである。さらに,日本での残留農薬報道も加わって当局も問題菜対策に重い腰を上げたように見える。その一環として中国農業部(我が国の農林水産省)は高毒性農薬の登録を停止する措置を02年6月に交付した(web4)。これによると甲拌磷(phorate),気樂果(omethoate),水胺硫磷(isocar-bophos),特丁硫磷(terbufos),甲基硫環磷(phosfolan-methyl),治螟磷(sul-fotep),甲基異柳磷(isofenphos-methyl),吸磷(demeton),涕滅威(aldicarb),克百威(carbofuran),滅多威(methomyl)などの有機リン剤,カーバメート剤が挙げられている。
当所の河合章氏によると「最後のmethomyl(商品名はランネート)以外は我が国では登録されたことのない農薬らしい」との返事であった。安全性から実施されたこの措置は,これらの残留農薬が日本で新たな火種になるのを未然に防いだと勘ぐることもできるのである。
香港が輸入野菜で苦労を重ねた10数年後,苦労知らずの我が国にも中国産野菜が氾濫している。平成12年の輸入野菜は260万トン(生鮮野菜は97万トン)であり,その内の中国産は117万トン(生鮮野菜は36万トン)に達するという。数年前まではアメリカ産が幅をきかせていたが,今や中国産が全体の約4割を占め,その増加速度にはただ驚かされる。
これには理由があり,中国(台湾を含む)は我が国に近いことに加えて,我が国の野菜が不作になるたびに札束で奪った,工業製品などの輸出に奔走している分野では農作物(野菜も)は輸入に頼って良いという思想が根強い,国内産地の求心力が急速に低下している(高齢化と後継者不足,異常気象),中国で一儲けしたい企業が暗躍しているなどを挙げることができる。
中国産野菜の攻勢を止めさせるため発動したセーフガード(緊急輸入制限措置)は輸入阻止には繋がらなかったが,02年になって有機リン剤のクロルピリホスがホウレンソウなどで検出されたと報じられると,中国産野菜を敬遠する動きが見られるようになった。これを機会に安全な国産野菜の需要が増大すると期待したが,夏になると無登録農薬が報道されるようになり,消費者は何を信用して購入すべきか判断しづらい状況に陥っている。
再び,Q&Aに戻ろう。ブロッコリーも中国産が参入している。流通業者から「長江下流の崇明島で生産されたブロッコリーに変色した部分があるが,病害によるか?」と画像(写真1)を添付したメールが送られてきた。専門家と検討した結果,『現物を見ていないので確答はできませんが,崇明島から上海まで高速船で1時間もかかるので,上海で冷却する前に局所的に腐敗が始まり,雑菌が繁殖し始めたものと思われます』と回答した。

また,中国産野菜の陸揚げ時の荷姿について質問されたこともある。横浜や名古屋の植物防疫所にどのような荷姿で送られてくるかと尋ねたところ,検疫官から『港に到着したコンテナを開くと埼玉県○×産と表示したダンボール箱が出てきます。箱の中にも○×産というシールの貼られたプラスチック容器,その中には中国産の野菜がきれいに詰められています。陸揚げすれば日本産との区別は難しいでしょう』との衝撃的な返事が返ってきた。
先日,我が家の冷蔵庫の奥に回収騒ぎのあった中国産冷凍ホウレンソウが挟まっているのを見つけた。今更購入した店に返却することもできず,職場の冷蔵庫で眠らせておくことにした(写真2)。数日後に,スーパーで冷凍野菜コーナーを見た。そこには中国産のブロッコリー,サトイモ,エダマメ,タイ産のインゲンなどが大量に積まれていたが,ホウレンソウだけは見つけることができなかった。この冷凍ホウレンソウはQ&Aの情報源として利用できることに加え,上述した使用禁止された農薬が検出されるかも知れず,何故か宝物のように扱っている。

最後に,中国におけるメロン栽培記を紹介したい。種子は87年暮れに上海を訪問された八江種苗の故八江正吉氏からサンプルとしていただいたものである。翌春に上海農業科学院園芸研究所のガラス室に播種し,近くのビニルハウス(ビニルフィルムは国産)に定植した。メロンは生育順調であったが,交配が始まった頃にベト病によって葉縁部がわずかに茶色となった。その後は葉を湿らせないように管理したため,病斑の拡大も治まり,果実も卵形大となった。摘果,玉吊りも無事終了したので,上海から千km離れた広州に研究用のイチゴ苗を運ぶため研究所を留守にした。その間は今の水管理を継続し,例え病気が再発しても収穫は可能なので,農薬や肥料は絶対にやらないようにと留守番に頼んでおいたが,戻ったときの光景は今も忘れられない。ベト病とは異なる障害によってほとんどの葉が黄変していたからである。
中国ではイチゴやスイカ,メロンは果樹であり,留守中に果樹の研究者が来訪し,「桃にも同じ症状が発生する。この病斑も万能薬を散布すれば完治するだろう」と診断したため,それを聞いた農場の作業員がその万能薬を譲り受けて散布したらしい。葉は短期間で見るも無惨に黄化したという。病斑を回復させて驚かせてやろうという努力は買いたいが,「農薬は散布しないでください」という約束は守られず,栽培試験は中途で終わってしまった。万能薬がどんな薬剤だったか今もって不明である。
●Web1.http://www.hkcd.com.hk/big5/content/2002-06/27/content_1047317.htm
●Web2.http://www.people.com.cn/BIG5/huanbao/58/20011207/621451.html
●Web3.http://www.bjblq.com/index.asp
●Web4.http://big5.xinhuanet.com/gate/big5/news.xinhuanet.com/chanjing/2002-05/28/content_412569.htm
(上記のアドレスは簡体字または繁体字の読める環境設定が必要)
独立行政法人 農業技術研究機構
中央農業総合研究センター
北陸水田利用部 土壌管理研究室
主任研究官 中島 秀治
水稲単作地帯の地方都市である上越市内にある中央農業総合研究センター北陸研究センターで行われた一般公開のとき,教員と思われる方から水稲を教材にしたいので,学校で手軽に水稲栽培できる栽培マニアルがないかと言う質問を受けた。そこで,市内のあるマンモス小学校(約千名)を訪ね,花壇隣のプランターに植えられている水稲を観察したところ何時までも茎葉ばかりで,収穫期になっても籾が付いている形跡はみられなかった。
それで,小学校の高学年に,プランター1)やバケツを使用した水稲栽培を教えることにした。プランターやバケツを使用すると,水田に住む動物などの飼育や観察ができる,施肥,土壌の種類,水管理や品種の試験が簡単明瞭に観察できる等の利点がある。
しかし,グループでの取り組みと成り易く,作業する・演技する生徒が限られてきて無責任体制となりやすい。先生の指導のおかげで夏休みが始まるまでは,当番制で水管理や作業日記が付けられるが,夏休み中の作業が手薄になる間に稲が出穂し2学期になれば刈取りとなり,その間の観察ができない。だからと言ってプランターやバケツを自宅に持ち帰り,観察日記を書く夏休みの宿題にするには,プランターやバケツは重量が有り過ぎて,持ち運びが簡単にできない。バスや電車通学であれば,なおさらである。
そこで当方も考え,ペットボトルを活用した水稲栽培方法を検討した。ペットボトルの場合,持ち運びが簡単で,試験区がたくさんできる,根の観察ができる,生徒一人一人が身近な容器で栽培でき,自分の試験と言う事が明確になり責任が採れる等々が判明した。それを中央農業総合研究センター北陸研究センターで行われた一般公開の時紹介したら,上越タイムス2),日本農業新聞3),新潟日報4)や上越ケーブルテレビで報道された。
容器:トレー,プラスッチック性各種容器,防水性紙容器やラップなど。
培地:トイレットペーパー,チリ紙やティシュペーパーなど。
種:もみや玄米(農業協同組合の営農指導員や米穀店)
古代米(紫稲)(福島県いわき市常磐水野谷町字亀の尾137-7 相馬屋 電話0246-42-4788,あるいは,埼玉県秩父郡横瀬町横瀬 横瀬町役場 電話0494-25-0111より入手する)
農薬:古代米には必要(べンレートT,農業協同組合の売店や園芸店)
その他:割り箸,ビニール袋,試験したい水,布製ガムテープ,油性ぺン,筆記用具,虫眼鏡,ストロー,ラップ,台所用時計秤,観察日記帳など。
古代米約100粒に,農薬約0.1g,水約3滴と共にビニール袋に入れ,良くかき混ぜて古代米に農薬を付着させる。一般に市販されている品種は必要なし。
トレーに布製ガムテープと油性ペンでラベルを書く。容器の中に培地の紙を約5枚敷き水で湿らす。種5~10粒(発芽試験のみは,100粒以上でも良い)を割り箸で培地の上に並べる。
ラップでおおい,ベランダなどに置き(約30℃),発芽状態を時々虫眼鏡などを用い観察する。1~2週間過ぎて葉が2から3枚でたら発芽試験は,おわりにする。(写真1)

培地に入れる水の量(台所用時計秤で計量する)あるいは培地に雨水,川の水や様々な排水(洗剤の種類や量)などを入れる,等々。
培地にトイレットペーパー,チリ紙,ティシュペーパー,布やスチロールなどあるいは培地をいろいろな土にして比較してみる。さらに培地を炭,石灰,卵の殻,貝殻や様々な有機物にしてみたり,土と比率を変えて混合した培地を作り発芽試験をしてみる。
種を水稲以外の種を用いて発芽試験してみる。草花の種,雑草の種,野菜の種,豆類,ペットの鳥えさ(様々な穀類の種),食べた時に出る果物・果実やメロン・すいかの種など,どんな種がどんな条件で一番良く発芽するかなども調べることができる。
種の播種数と発芽数および処理日数,玄米粒の形状と発芽状態を調査する。
光と発芽を調べる時は,アルミ箔などで光を遮断する(光を遮断と温度が上昇する事があるので注意する)。また温度と発芽を調べる時は,光と温度の条件を混同しないように注意する必要がある。
2リットル型ペットボトルの口を切り落として,水稲栽培用ポットに成形する(水稲以外の作物の場合は,底に小穴を開けて通水口を作る)(写真2)。ラベルを付ける。

花壇あるいは,畑の土をペットボトルの口まで軽く詰める(写真3)。

水を静かにペットボトルの中に流し込む(写真4)。細い棒で良く掻き回す(写真5)。施肥試験の肥料は,掻き回す時に入れる。施肥量は,化成肥料で1~5gとする。一昼夜位静置する(写真6)。



生育の良い苗2~3を,本割り箸を用いてペットボトル中の培地に植える(写真7)。緩効性化学肥料や熔成燐肥などは,直に水に溶けないので移植時に株元に施肥する。ペットボトル中の培地の見える部分にアルミ箔を巻き紐でしばる。良く日が当る場所に置き水稲の生育や発育を観察する。

栽培期間中は,水稲が水草であるので水の影響を受けやすいから,特に水管理に注意する。
葉・茎などをものさしで長さなどはかり,時々アルミ箔をはずして根の出方を観察する。(写真8)。

水稲が実り穂と茎のあいだ(枝梗)が褐色に変色したら,収穫する。根と茎の境目の所を鋏で切り離す,そして茎の長さ,穂の長さ,穂の数を調査する。
水稲にラベルを付けて新聞紙に包みベランダなどで紐に吊るして,7~10日間乾燥させる。かさかさに乾燥したら,物指,アルミ箔,セロテープやビニール紐で天秤をつくり,1円玉(1g)と物指の目盛から,全重や穂重を求める(写真9)。

次にコップ等を用いて脱穀する(写真10)。ドライバーを用いて良く実ったもみとしいなに分けそれぞれの個数,重量を求める。

最後にペットの餌用摺り鉢で良く実ったもみは,籾摺りをし(写真11),玄米と籾殻に分けて(写真12)玄米重を求める。


露地と施設園芸畑土を培地にして水稲栽培し収量を比較すると,露地が茎や穂が大きく,施設園芸畑土は,全重,精もみやしいなが多く倒伏した(表1)。

水田に穴を掘り0~15cm,15~30cm,30cm以下の土壌3層を採取し培地として水稲栽培し収量を比較すると,0~15cm(作土層)の収量が特に良く,30cm以下(下層)は悪く,玄米はほとんど皆無であった(写真13)。紫稲は茎,穂の長さ,全重や穂数共に,コシヒカリと大差ないが,穂重,精もみや玄米重は収量が低い。このようにコシヒカリは,紫稲より収量的に格段に優れていることが理解できる。紫稲は鑑賞用として利用価値がある(表2)。


また,水稲の生育・発育に必要な養分は土壌から供給され,水田土壌の層位によって養分濃度が違うことを反映した。
砂土,泥炭土,火山灰土(黒ボク土)およびグライ土を培地にして水稲栽培し収量を比較すると,収量は,グライ土>黒ボク土>砂土>泥炭土の順となった。そして玄米収量は,砂土と泥炭土では,ほとんど得られなかった(写真14)。

このように土壌の種類によって水稲の収量は異なることが実感できる(表3)。

水田土壌(グライ土,作土)とバーミキュライト(園芸用資材)を培地にして,コーティング肥料(チッソ旭肥料(株)製,苗箱まかせNK301-100,30-0-10)および熔成燐肥をそれぞれ0,1,2.5,5gずつ施肥して,水稲栽培し収量を比較すると,水田土壌の水稲収量は,2.5gの施肥までは増収するが,5gでは減収する。バーミキュライトは,施肥量の増加と共に増収した(表4)。水田土壌の2.5gとバーミキュライトの5g施肥区は,同程度の玄米収量となったが,バーミキュライト5g施肥区は倒伏した(写真15)。


このように,土壌は作物の根が伸びて倒伏を抑える役割をもち,一方肥料は作物の栄養源として不可欠であり,しかも土壌の種類や来歴によって施肥量を変える必要のあることが解る。
以上,手短かにある廃プラスチックトレーやペットボトルを用いて,簡単に水稲を栽培することができることを紹介した。この方法であれば,都会の小学校でも実験可能であり,それを通して農業,食の大切さを学ばれることを期待したい。
1)中島秀治,中島恵利華:プランターで水稲栽培,上越医会報,No46-5,p.46-49,(1998)
2)中島秀治:手軽に”水稲栽培”,ペットボトルを活用,日刊上越タイムス,5月22日2面(2000)
3)中島秀治:稲作体験は”マイボトル”で,日本農業新聞,10月24日信越版(2001)
4)中島秀治:ペットボトルで稲の栽培,新潟日報,11月8日総合・経済(2001)
越野 正義
植物栄養の本質について,「無機養分」と決定的に断を下したのはリービヒであり,1840年のことであった。彼はこの功績で化学肥料の理論的基礎を築いた。彼は19歳で学位をとり21歳で大学教授になったが,この東ドイツの切手でも若いながら,利発そうな容貌がみえる。

19世紀前半まで植物の栄養として有力だったのが「腐植説」(1809)であり,それを提唱したのがテーアであった。彼は農学,あるいは農業経済学の始祖と称される大農学者であった。この切手とは別に,今年になってドイツから生誕250年記念の切手が発行されている。
水耕栽培で植物が育つことから考えても無機栄養説を否定することはできないが,一方で植物は有機物も吸収することも確かとなっており,無機栄養ばかりがすべてではない。リービヒの主張には,いくつかの誤りがあることも歴史的な事実である。しかしリービヒの功績として重要なのは,土地から農産物に吸収されて失われた養分は肥料として戻さなければ生産を続けることはできないという物質循環の思想である。
テーアも,腐植説こそ誤りであったが,有機物の効果,輪作や有機物リサイクリングの必要性を説いた点は現代にも通ずるものがある。リービヒ自身「テーアは施肥を土壌肥沃度の維持と関連させて明確に主張した科学的農学者であり,天才であった」と賞賛しているのである。
(財 日本肥糧検定協会 参与)