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§全量基肥による水稲乾田直播栽培の実証
福島県農業試験場 農芸化学部
部長 武田 敏昭
§ケイ素の生物学-3-
京都大学名誉教授
高橋 英一
§被覆尿素を用いた水稲の早期全量基肥施肥法の開発
長野県農事試験場 土壌肥料部
研究員 上原 敬義
福島県農業試験場 農芸化学部
部長 武田 敏昭
全国的に水稲直播栽培導入事業が展開されているところであり,それに伴い技術開発研究と普及,定着化も同時に進行し問題点は残しながらも成果を納めている。
かつてのように低収,不安定,多労力を理由に「名誉ある撤退」は許されないであろうし「名誉ある前進」のみが将来の稲作農業を展望する。諸先輩達が残してくれた直播研究業績は現在の新しい技術と組み合わせることによって著しく安定化,省力化してきたのも事実であり評価されるべきであろう。
福島県においては東北地域における直播栽培面積の50%を占めるに到っており,本県の将来稲作農業を構想し,かつてない栽培実験を試みている。
本県の直播栽培の現状とこれからの展開について述べ,試験研究の側面から浜通り地域の乾田直播における省力施肥技術開発の事例について紹介したい。
本県における直播栽培の地域的展開の意義,特徴,目標は表1のように集約できる。

会津地域は多雪地帯であり融雪期が遅く,稲作における適期作業幅は極めて狭いため湛水直播栽培が主となり,しかも高収が目標である。逆に,浜通り地域では秋~春季には乾燥,温暖な条件下にあるため乾田直播栽培の播種期を4月中旬まで前進することが可能であり,スケールメリット(規模拡大化)に期待できる特徴を有している。
また,当該地は北限の乾田直播地帯でもあり地域的な特徴づけが可能であり,少ない水資源の効率的利用が図られることなどから乾田直播栽培が主体となる。なお,当該地は大麦の主要な生産団地であり播種技術,装備の共有面からも有利である。
中通り地域の特徴は園芸作物(野菜,果樹)と結合した省力化を期待した直播栽培であり,労働力配分のため,その品目により湛水直播か乾田直播のいずれかが選択される。
水稲直播研究は古くて新しい課題である。吉岡金市は昭和22年発行の自らの著書「水稲直播に関する研究」のなかで次のように述べている。
「労働集約的な日本の稲作農業の発展目標は水稲の麦間直播栽培法である。そのための研究として(1)直播稲と移植稲の比較,(2)潅漑水の必要な時期と量,(3)水田土壌の物理構造,(4)水稲根系の展開,(5)水稲分げつ機構,(6)播種期に関する作物気象,(7)輪作方式,(8)種籾の発芽生長促進などが重要な課題である。」
当時の社会情勢,栽培技術,品種などは現在のそれとは大きく隔てているにかかわらず,それらの研究内容はまさに,現在の直播研究課題と一致している。
いわば,直播研究の枠組みはもうすでに当時で完成しており,現在のそれはその延長線上にすぎず先達の洞察力には驚異を禁じ得ない。
しかし,当時の直播研究と現在のそれを比較して,大きく異なる点は直播栽培の安定化を可能にする次の四つの新技術が開発されたことであろ
う。
その一つは種子の発芽苗立,生長促進にとって前提条件となる土壌の砕土率を高める耕転農機「逆転ロータリー」の開発。その二つは肥効の効率化,省力化を可能にした「被覆肥料(LPコート)」の開発。その三つは5葉期前後まで生長したヒエまでを枯死させる「新規除草剤」の開発。その四つは圃場の装置として発芽に係わる播種後の土壌水分調節を可能にする「地下潅漑装置」の開発である。
表2に示したように相馬支場で継続実施してきている乾田直播(耕起)栽培の収量が600kg/10a水準に達しそれを維持しているのは逆転ロータリー耕による砕土率向上,それに伴う発芽,苗立率向上に依るところが大きい。

昭和30年代後半から40年代前半にかけて盛んに行われた乾田直播栽培研究はその体系的施肥法について明らかにした。その窒素施肥体系(kg/10a)をみると基肥には3kg,3葉期の入水時には6kgを施用している。また,分げつ肥2~3kg,穂肥時2~3kgの合計13~15kgを施用する多肥,多回数追肥体系であり,一時畑期間を経る乾田直播の特異性と当時の肥料形態からすればこの体系はやむを得ない事情といえる。
近年,脚光を浴びている被覆肥料(LPコート)はその溶出量は温度に左右されること,そのため水稲の生育に合わせた計画施肥が出来ること,利用率が高くロスが少ないことなどの特性からかつての施肥法の矛盾点を解決できる特異的な肥料として評価できる。
この肥料を活用しながら乾田直播栽培においても全量基肥による施肥体系を組み立てるのが当面の目標であり,このためには乾田直播稲の生育相の特徴を把握しておく必要があろう。
表3には移植稲と比較した直播稲の生育相の違いを品種毎に示した。

移植稲のひとめぼれ(中生種)では6月23日,コシヒカリ(晩生種)は6月26日であるのに対し,直播稲ではそれぞれ7月8日,7月5日であり,15日および9日遅れであった。この時期の葉令は移植稲,直播稲,品種にかかわらず8葉前後である。
移植稲のひとめぼれ7月5日,コシヒカリ7月15日に対し,直播稲では両品種とも7月25日であり,それぞれ20日,10日遅れ,晩生種より中生種で顕著であった。この時期の葉令は移植稲,直播稲,品種にかかわらずほぼ10葉と言える。
移植稲に比べ中生種,ひとめぼれの出穂期の遅れが目立ち13日の遅れ,コシヒカリのそれは7日の遅れであった。また,止葉葉令については中性種,ひとめぼれは移植稲と同じ12.7葉であったが晩生種,コシヒカリでは0.7葉ほど少なくなった。
直播稲の時期的な乾物重を追跡すると図1に示したようにその大転換点は7月の第一半旬にあった。それ以前の乾物重推移は極めて緩慢であり,7月第一半旬を境にして乾物生産速度は急速に高まる特徴を示している。

従来までの乾田直播栽培の施肥法は前述の通り多肥,しかも多回数追肥体系であり多くの労働力を必要とし,直播栽培普及,定着化の阻害要因のひとつでもあった。
それを改善するため,効率的,省力的施肥法としての全量基肥体系確立のため①被覆肥料(LPコート)の利用,②乾物重推移に適合してNを供給出来る被覆肥料(LPコート)の種類と組み合わせ,③N基肥量の設定の3つの面から改善の目標を考えた。
図1のように乾物重推移の特徴に合わせそれに対してNの供給量(N溶出量)を試算してみると7月第1半旬までの乾物量に対してはLP40,それ以降の急速な乾物重増加に対してはLPS100によるN供給が適合しており,その組み合わせによって理論的には全量基肥体系は可能であると考えた。
また,N基肥量の設定については前提条件として600kg/10aの収量水準および100kgの玄米を生産するのに2kgのN吸収が必要とみて①-N区の収量はどのくらいか,②被覆肥料の利用率はいくらか,③600kg/10aから-N区の差し引いた分の収量を得るにはどれだけのNを供給しなければならないか,から必要なN基肥量を試算すると表4のようになる。

すなわち,LP40とLPS100の組み合わせで全層施肥の場合,ひとめぼれ,コシヒカリとも基肥N量は10kg/10a,利用率の高い側条施肥では8kg/10a施肥すれば充分と試算された。
被覆肥料の種類と組み合わせ,N施肥量が明らかになったので表5の施肥設計に基づき全量基肥による乾田直播栽培の検証を実施した。平成8,9年度のデータを中心にして紹介する。

なお,側条施肥については移植稲の全N施肥量(基肥+追肥)分,すなわち,ひとめぼれ8kg/10a,コシヒカリ5kg/10aを全量基肥量とした。全層,側条にかかわらずLP40,LPS100のN施肥量は全量の1/2づつである。
表6には収量の結果について示した。乾田直播栽培の-N区における収量はひとめぼれ,コシヒカリの両品種とも400kg/10aであった。また,A区(標準施肥区)に対してB区(全量基肥区)の収量はひとめぼれ569kg/10a,コシヒカリ582kg/10aであり,A区に対する収量比はそれぞれ98,103であった。

B区では稈長はわずかに伸びるものの移植稲と比較しても不安定要因となっていない。シンクとしての単位面積当たり籾数および登熟歩合も移植稲と同等であった。
以上のことから,従来の乾田直播栽培の慣行的な多肥,多分肥型の施肥法(A区)を被覆肥料を利用することにより収量レベルを落とすことなく省力型の全量基肥の施肥法に改善できることを実証した。
これを施肥効率の視点からみると表7のように移植稲にはまだ及ばないものの,単位施肥窒素量当たりの玄米生産,籾数生産および吸収N当たりの玄米生産効率は明らかにA区よりB区で優っていた。

このように施肥効率でも改善が見られ,この面からも被覆肥料を利用した全量基肥の施肥法を評価できる。
さらに施肥Nの効率が高まると予想される全量基肥・側条施肥について検討したところ表8に示したように単位施肥窒素量当たりの玄米生産,籾数生産および吸収N当たり玄米生産効率,施肥N利用率など効率に関する要因については全層施肥に比べ明らかにその効率は向上していた。

諸先輩達が苦労して築きあげてきた乾田直播栽培での施肥法は新しい機能を持つ被覆肥料(LPコート)を利用することにより多肥・多分肥型から乾田直播栽培でさえも全量基肥型に大きく飛躍できることを検証した。
また,単位施肥N量当たりの玄米生産,籾数生産,吸収N当たり玄米生産効率,N利用率など効率に関する要素の向上も明らかであり,省力化,効率化の目的が達成され両面からの評価が可能である。
ただ,環境問題が重要視される現在,さらに施肥効率を移植稲並に引き上げる必要があろう。投入資源の系内での最大利用効率を図り,系外へのアウトプットを限りなく抑えることは生態学的手法から見ても作物生産の高収化,品質向上と環境への負荷軽減(環境保全型農業)を両立させる唯ーの農法であり,これからの土壌肥料研究の重要な課題と考えるからである。
この問題解決には出穂期が遅れることにより必然的に随伴する登熟遅延に伴う物質,水分輸送の障害を如何に生理生態面から克服し,如何に登熟向上,品質向上を目指すかと連動しておりこれからの研究課題の一つでもある。
最後に筆者が日頃,直播稲作について気になっていたところを記しまとめとしたい。
(1)画一的な日本型直播稲作でなく地域住を発揮できる多様化した直播栽培方式の立地配置であって欲しい。
(2)省力化が達成されたものの,低コスト化のための収量レベル論議が曖昧であり,意識的に避けて通っているのではないかという感じがする。
(3)日本農業の基本である稲作農業の土台が揺らいでいたのでは農業全体が盤石でなくなる。地域の個性を発揮出来る直播栽培の定着化によりその土台の修復を図るべきではないかと思う。
京都大学名誉教授
高橋 英一
生物が進化の過程でどのようにケイ素と関わってきたかを知るためには,より始源的な生物いわゆる下等生物とケイ素の関係についての知見が必要です。
生命が地球に誕生してから40億年近くが経過したと見積もられていますが,最初の20億年余り,すなわち生物の歴史の半ば以上は細菌(バクテリア)だけの時代でした。
細菌は細胞一個のみからなり(単細胞生物),遺伝物質のDNAはそのままで細胞質に存在する(原核生物)という共通性があります。細菌は形態構造は単純ですが変異性に富んでおり,多様な生化学的機能(光合成,化学合成,窒素固定,酸素呼吸など)が細菌の時代に開発されました。
そのあと,DNAが膜に包まれた核をもった細胞(真核細胞)からなる真核生物が現れました。これには菌類,動物,植物の三系統があります。真核生物は大部分が多細胞生物で,細胞の分化によって複雑な組織構造と,それによる新しい機能をそなえるようになりました。
このうち菌類はいわゆるカビ,キノコのグループで一般には植物的イメージがありますが,植物と動物の中間的存在です。菌類は明瞭な細胞壁をもっていますが,その成分はキチンかセルロースあるいはその両方からなっています。セルロース性の細胞壁をもっているところは植物に似ていますが, もう一つのキチンは動物にはありますが(エビ,カニ,昆虫類の殻の成分),植物はつくれません。また栄養の取り方は動物と同じ従属栄養で,腐生,寄生,共生によって生活しています。
菌類は生物界ではもっぱら分解者として役割を果たしています。細菌も分解者として働きますが,細菌は主に動物体を分解を行うのに対して,菌類は植物体を中心に分解を受け持っています。
ここでは先ず下等生物として細菌類と菌類(糸状菌)をとりあげ,ついで動物そして植物とケイ素の関係をみてゆきたいと思います。
前出のVoronkovの著書7)には,旧ソ連でのケイ酸塩を分解する細菌(silicate bacteria)についての研究が多数紹介されています。この細菌はケイ酸質の土壌中に生息し,aluminium silicateを分解してケイ素を養分として吸収し,その際土壌鉱物に含まれていたカリウムを遊離します。このカリウムは植物によって利用されるので,これに着目して土壌のカリウムの有効度を増進する細菌肥料が開発されました。試験の結果によると,多くの作物に増収効果があったということです。
この細菌の研究をしているAlexandrov 一派はこの細菌をBacillus mucilaginosus subsρ. novasiliceusと命名していますが,国際的には認められていないようです。また彼らはsilicate bacteriaは陸地に定着した最初の微生物であり,これによって地殻のケイ酸塩が分解され,他の生物が生育するのに適した環境がつくられたので,もしこの細菌の活動がなかったら,カリウムやリンを必要とする植物が岩の上に生育することはなかっただろうと述べています。
ケイ酸塩を分解し,あとで述べるケイ藻のようにケイ素を養分とする細菌が存在することは大変興味深いですが,ソ連圏内で行われていた研究は詳細な内容が伝わりにくいといううらみがあります。またこのような研究の追試が西欧圏でみられないのも気になるところです。
Proteus mirabilisは好気性ないし通性嫌気性で,通常有機酸を炭素源として利用する短稈菌です。オランダのHeinenは1960年代に,この細菌のケイ酸代謝について一連の研究を行っていますが,その中から興味深い結果を列挙するとつぎのようです。
1)この細菌のケイ素含有率は高いとはいえないが(0.3~0.6%),吸収にあたって培養液のケイ素濃度を減少させる。したがって吸着のような物理的なものでなく,生理的なプロセスによる吸収である13)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
2)ケイ素の吸収は培養液に通気すると増加し,また糖(グルコース)や有機酸(ピルビン酸,コハク酸,クエン酸など)やアミノ酸の添加も吸収を促進する14)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
3)ケイ素の吸収は培養液のリン濃度を上げると低下し,リン・ケイ素濃度比4以上でケイ素の吸収はほぼ停止する15)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
4)グルコースのないときは吸収されたケイ素は速やかにリン酸と置換されるが,グルコースの存在下では置換されない(図4)16)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.

5)グルコースとケイ酸を含む培養液で通気培養した菌体の赤外線スペクトルをとったところ,Si-OH,Si-H,Si-C,Si-N,Si-O-Cの結合の存在が認められた17,18)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
6)細胞抽出物(cell free extract)がケイ素をとりこむことを認め,さらにケイ素代謝に関係する膜系由来の2種の粒子を見いだした。一つは酸素の消費と共役し,リン酸と水素イオンを放出する粒子,いま一つはケイ酸を取り込んで還元し,揮発性のケイ素の水素化物(X-SiH)を出す粒子である19,20,21)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
以上の一連の研究でHeinenはProteus mirabilisの中にはSi-C,Si-Nをもった化合物があることを主張しています。またケイ素を集積する膜系由来の2種の粒子を見いだしたとしています。これらの結果には非常に魅力的ですが,残念なことにその後Heinenの実験を追試した報告はないようです。
このほかケイ酸濃度の高い熱泉に生息する高度好熱細菌の中には,ケイ素と特別な関係(耐熱性などに関して)を持つものがいる可能性がありますが,詳しいことは分かっていません。
糸状菌ではクロカビ(Aspergillus niger)についての研究があります。ケイ酸を添加した培地で培養したクロカビ菌体には,かなりの量のケイ素が取り込まれる(SiO2として数パーセントにのぼることがある)という報告があります22,23)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
またクロカビを用いた微量元素の生物検定法の研究で,完全培地に添加したケイ酸によって平均15パーセントの菌体の増加をみとめたものもあります24)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
糸状菌の中でクロカビは研究対象にされることが多いので,このような知見を得る機会があるのでしょう。しかしクロカビが菌類の中でとくにケイ素に反応する種類なのか,クロカビ以外にもいろいろあるのかはよく分かっていません。
糸状菌と藻類との共生体である地衣類は岩石の上に繁茂し,地衣酸を分泌して岩石を侵食します。地衣類のケイ素含有率はかなり高いという分析結果(灰分中SiO2として10~20パーセント)もあります。このようなことから地衣類がケイ酸鉱物の分解(岩石の風化)を行い,ケイ素の循環に一定の役割を果たしている可能性があります。
ケイ素は環境中には普遍的に,とくに岩石や土壌中には多量に存在しているので,地衣類や菌糸を扱う場合,汚染の問題がつきまといます。また細菌のような微小なものでは,体内のケイ素化合物の形態についての分析結果も,信頼性に疑問が持たれがちです。現在のところ,生物体に有機ケイ素化合物(前述のHeinenが示唆したような)が存在することは否定的です。
またこのような面倒なことがあるので,特別な場合(たとえばケイ藻)を除いては,微生物を対象にケイ素の研究が行われることは少ないのが現状です。始源的な生物とケイ素の関係については,今後の研究に待つところが大です。
13)Heinen, W.:Archiv fur Mikrobiologie,37,199~210(1960)
14)Heinen, W.:ibid. 45,161~171(1963)
15)Heinen, W.:ibid. 41,229~246(1962)
16)Heinen, W.:ibid. 45,172~178(1963)
17)Heinen, W.:ibid. 52,49~68(1965)
18)Heinen, W.:Archives Biochemistry Biophysics,110,137~146(1965)
19)Heinen, W.:ibid. 120,86~92(1967)
20)Heinen, W.:ibid. 120,93~100(1967)
21)Heinen, W.:ibid. 120,101~107(1967)
22)Holzapfel, L., Engel, W.:Z. Naturforschg. 9b,602~606(1954)
23)Holzapfel, L., Richardson, E.:ibid. 10b,419~420(1955)
24)Niklas, H., Toursel, O.:Z. Pflanzenernahr., Dung., Bodenk.,23,357~360(1941)
長野県農事試験場 土壌肥料部
研究員 上原 敬義
近年,施肥作業の省力化,施肥窒素利用率の向上,及び環境への負荷軽減をねらいとして,被覆尿素肥料と速効性の窒素肥料を配合した全量基肥施肥法が普及しつつある。当施肥法は近年の施肥技術のなかでは画期的なものであり,今後,更なる普及拡大が望まれる。
しかし,ブロードキャスター等で機械施肥を行う農家では,作業性の点から耕起時に施肥を行うケースが多い。この条件では,植代時施肥を基準とした場合には2~4週間早期に施肥することになり,春先の気温が比較的に高い平坦地では窒素溶出パターンが意図したものとやや異なってしまう。また,配合した速効性の窒素は降水時や湛水時に流亡しやすいため,これを考慮した早期施肥でも可能な全量基肥施肥法も必要である。
更に,大規模栽培では施肥作業の分散による農繁期の作業の集中回避策も必要である。
このような理由から,春の耕起時の早期施肥,及び前年秋の土壌改良資材との同時施肥による早期全量基肥施肥法の検討を行ってきた。また,長野県は地域により環境条件がかなり異なるため,標高700m程度を境界線としてそれ以下の平坦地,及びそれ以上の高冷地に適用可能な施肥法をそれぞれ検討した。
このような理由から,春の耕起時の早期施肥,及び前年秋の土壌改良資材との同時施肥による早期全量基肥施肥法の検討を行ってきた。また,長野県は地域により環境条件がかなり異なるため,標高700m程度を境界線としてそれ以下の平坦地,及びそれ以上の高冷地に適用可能な施肥法をそれぞれ検討した。
N溶出シミュレーションの結果,試験に用いた被覆尿素はLP70とLPSS100であり,速効性Nは用いなかった。両肥料の配合比率は3:5及び1:1で実施した。慣行区の施肥量は基肥N4kg/10a+穂肥N2+2kgであり,被覆尿素のN施肥量の合計はN8kg/10aである。施肥は試験を行った3年間とも田植え1か月前頃の4月5半旬に行った。栽培試験はコシヒカリを用い,農事試験場内圃場(標高360m,須坂市)で行った。
圃場埋設した被覆尿素のN溶出経過を見ると,田植え頃(5月5半旬)のN溶出率はLP70が10%程度であり,慣行の穂肥時期(7月下旬頃)までにほぼ溶出が終了した。LPSS100は7月中旬頃から溶出が開始し,8月末頃までに溶出が終了した。すなわち,LP70は湛水前のN溶出が少なく,慣行の基肥に相当する肥効を示した。一方,LPSS100は通常の穂肥に近い時期に溶出が開始し,慣行の穂肥に相当する肥効を示した(図1)。

重窒素法によるN利用率は慣行施肥30%台に対して当施肥法は50%台であり,今後,場合によっては減肥の可能性も示唆された(表1)。

当施肥法では速効性N肥料は用いていないため,初期生育はやや少ない傾向であったが,その後に挽回して最高分けつ期頃には慣行施肥の水稲と同等になった。初期生育を考慮すると,2種類の被覆尿素の配合比率は1:1の方がよいと考えられる。成熟期時点での穂数は慣行並みであり,また,稈長,下位節間の伸長は見られず,倒伏の問題はなかった(表2)。

収量調査の結果,当施肥法の精玄米収量は慣行と同等を得ることが出来た。また,玄米の窒素含有率も慣行と大差なかった(表3)。

試験に用いた被覆尿素肥料は,溶出シミュレーションによりLP30,LPS80を選定し,県北部に位置する信濃町(標高700m)においてあきたこまちを用いて栽培試験を実施した。なお,LP30は慣行の基肥に相当する肥料であり,LPS80は慣行の穂肥に相当する肥料である。
また,高冷地では特に初期生育を確保する必要性から通常の基肥に相当する肥料(LP30)の配合比率を平坦地における試験より高めて両肥料の比率を7:3,及び8:2において栽培試験を行った。慣行区の施肥量は基肥7kg/10a+穂肥3kgであり,被覆尿素のN施肥量の合計は10kg/10aとした。
田植え1か月前を当施肥法の施肥時期とした場合,これより早まったり遅れた場合のN溶出パターンに及ぼす影響を埋設試験により検討した。田植え1か月前を中心に前後に2週間程度施肥時期を前後させた場合,田植え時のLP30のN溶出率の差は約10%以内,また,LPS80の幼穂形成期頃のN溶出率の差も約10%以内であり,両肥料ともほぼ問題はなかった(図2)。したがって,高冷地は春先の気温が低いため,施肥時期がある程度異なってもN溶出パターンには影響がないと考えられる。

早期全量基肥施肥水稲の生育は初期から良好であり十分な穂数が確保された。稈長はわずかに長かったものの,肥料の配合比率7:3の方が8:2より短く,平成10年の秋の悪天候下でも倒伏には問題はなかった(表4)。

精玄米収量は両肥料の比率7:3,8:2とも慣行と同等であった(表5)。玄米千粒重は慣行よりわずかに小さく,また,玄米の粒厚分布も上位の粒厚がわずかに劣る傾向であった。これらすべてを考慮すると平成10年の試験では,配合比率は7:3の方がやや良いと考えられる。

試験場内の平年地温を用いて被覆尿素のN溶出パターンをシミュレーションした結果,11月中旬施肥において,LPS100は5月からN溶出量が増加し,8月まで続いた。したがって,LPS100ではこれ1種類のみで全栽培期間の肥効が確保可能と推察された。そこでこの試験では1種類の被覆尿素のみにより栽培試験を行った。施肥量,田植え等の耕種概要は春の早期施用と同様である。
圃場埋設によりN溶出パターンを調べたところ,当初のねらい通りであり,5月に溶出が開始し,9月まで継続した(図3)。なお,冷害年であった平成5年は田植え以後のN溶出が他の年よりやや緩慢であった。

水稲の生育は初期に茎数がやや少ない傾向であったが,概ね慣行施肥と同様に推移した(表6)。草丈は慣行よりやや長い傾向であったが,4年間の試験では倒伏にほぼ問題はなかった。

穂数は慣行よりやや多く,収量はやや優った(表7)。窒素吸収量も慣行と同等かそれ以上であり,重窒素法による当施肥法のN利用率は慣行のそれよりやや高かった(表8)。玄米N含有率は慣行よりわずかに低かった。


早期に肥料全量を施肥する場合,りん酸,加里肥料の流亡等の損失を軽減して肥効を高めることが必要である。特に前年の秋に施肥する場合には田植えまでには6か月程度期聞があるため,大きな問題である。水稲栽培ではりん酸は既に緩効性の肥料が使用されているが,加里は大部分が塩化加里である。そこで,緩効性の加里肥料として珪酸加里について検討した。
秋に施肥した場合の土壌交換性の加里成分を調べたところ,塩化加里では施肥後に高まったが,以後減少した(図4)。これは流亡による可能性が高いと考えられる。一方,珪酸加里は加里無施用と同等の低レベルで推移した。

加里肥料の種類による水稲の生育,収量への影響を数年間調査したが,その差異は確認できなかった。しかし,年によっては加里吸収量に差異が認められた。
したがって,養分収支や長期的な稲作を考えた場合,りん酸,加里も緩効性肥料を用いることが望ましいと考えられる。なお,珪酸加里は加里成分の1.5倍量の珪酸成分を含有するため,慣行の年間加里施肥量からすると珪酸(SiO2)は10a当り20kg近くになる。量的にはあまり多くはないが,土壌改良資材の施用が減少している近年では,その効果にも期待したい。
当施肥法は現行の全量基肥施肥法を更に一歩進めた施肥法であり,全量基肥施肥自体が普及し始めた現段階ではすぐには農家に受け入れられないと思う。しかし,ここに挙げた施肥法のうち,前年秋の全量基肥施肥は農家に認知されるにはまだ多くの年月が必要と思われるが,春の早期の全量基肥施肥は近い将来普及する可能性が十分にあると考える。
当試験では,初期生育,千粒重・粒厚分布に若干の改善の余地がある。これらの課題は現在普及している全量基肥施肥を含めて共通した課題であるが,この点についても今後更に検討を行いたい。また,試験を開始した当時は,苗箱施肥に用いるような短期間のシグモイド型被覆尿素は開発途中であり,当試験には用いなかったが,今後これらも取り入れて試験を実施したい。