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§西南暖地における緩効性肥料の効果的な施用法
―熊本県菊池地域の稲作事例調査から―
Kumamoto Agricultural Research Center
農産園芸研究所 矢部試験地
主任技師 坂梨 二郎
(前・菊池農業改良普及所)
§肥料の来た道,帰る道
8.肥料工業と農事試験場の誕生
京都大学
名誉教授 高橋 英一
§熱帯におけるインド型水稲におよぼすLP肥料の効果(その2)
(株)日本工営(前・国際稲研究所)
和田 源七
Kumamoto Agricultural Research Center
農産園芸研究所 矢部試験地
主任技師 坂梨 二郎
(前・菊池農業改良普及所)
熊本県の北部に位置する菊池地域は,藩政時代には,大阪は堂島の米相場を左右するほどの「菊池米」の産地として古くから知られ,今も豊かで恵まれた環境・風土の中にあって,その伝統を受け継いだ良質・良食味米は,高い評価を得ている。
また,地域全体を見渡すと,粗生産額の約60%を占める畜産部門の堆肥を有効に利用して,麦-米の作付を中心に,花き,メロン等の施設園芸およびニンジン,ゴボウ等の露地野菜の生産といった多様な農業が展開されている。
さて,今回,報告する事例については,上記の地域において,緩効性肥料を用いての水稲の施肥の省力化と生産安定を目的に平成2年および平成3年において当地域の稲作研究グループ「菊七会」会員16名の研究課題として取り組んだものである。
即ち,この課題は,研究グループ会員の経営が水田における米-麦の体系あるいは米-施設園芸が多いこともあって,輪作農法の中の米の役割をみすえたうえで設定された。そして,それは,将来,直面するであろう“稲作生産者の高齢化”“農作業受委託システムの構築と高度化”等の問題を解決する稲作省力化へのメニュー作りの一つとして課題が取り上げられたと言える。
供試品種 ヒノヒカリ
基肥 LP複合444・E80号(LP140号タイプ)
窒素施用方法 表1参照
試験の規模 15a

ここで,ヒノヒカリの栽培特性について整理して,後述のLP複合の窒素の発現パターンの推測の意義についてふれおきましょう。
平成2年から普及拡大された「ヒノヒカリ」は,食味が良く,一般的には,生産者には作りやすいとの概評がある。しかし,偏穂重型で籾数が着きやすく,基肥窒素が多いと倒伏や上位3葉の伸長により受光体制のみだれやすい等の特徴があり,収量面が伸び悩んでいる要因にもなっている。
また,図1に示すように「ヒノヒカリ」は,有効分げつを確保するまでの期間が32~35日程度と短い。しかも,移植後15日前後には毎年,海外飛来性害虫のセジロウンカによる被害により分げつが抑制される恐れがあり,早期太茎分げつの確保が重要なポイントになる。

さらに,ラグ期が3~5日と短いため,この頃の稲の生育と葉色が一次,および2次枝梗数と着粒数,節間伸長,ないしは受光体制のよい草姿を決定する大切な時期であると言える。
したがって,栽培にあたっては,品種特性に十分注意を払い,圃場ごとに,また栽培ステージごとに窒素の溶出を制御する管理,特に水管理に努めることが必要になる。換言すれば,品種の特性を生かすため圃場に応じた施肥設計と窒素の発現傾向をよむことが重要である。
図2に示した気象グラフから1990年の平均気温は,稲作全期間にわたり高めに推移した。移植後30日間の平均気温は,平年比109%であった。

一方,1991年についても,平均気温はやや高く推移し,特に,日照時間については,育苗期間(5月下旬)~有効分げつ終止期(7月下旬)に平年比の20%と日照が不足した。このため,肥料の分解吸収が遅れたことにより分げつの開始が遅れ後期分げつが発生した。また,8月中旬からは,高温に経過したものの茎の充実が悪く,籾数,穂数とも前年より減少し収量が低下した。(表2)

このような状況のなかで,LP区および慣行区を比較すると,No.1の活着肥施用の場合を除き,草丈では,年次および圃場により生育の傾向が一定していなかった。しかし,茎数において比較的砂質系の強いNo.2および3の圃場については,両年においてLP区の方で初期生育が僅かに劣るような傾向があると推察された。
このことから,土壌条件によっては,早期の太茎分げつを確保し,開帳型の稲にするため,No.1の活着肥の施用と浅水管理を検討する必要があると思われた。
なお,No.3および4においては,全窒素施用量で慣行区よりLP区の方が多くなっているが,なたね油粕の窒素成分の溶出がやや遅れ初期茎数確保に与える影響が小さいことから,基肥なたね油粕N-2.0kgは窒素量についていえば省略可能と思われた。その場合,LP区の窒素は慣行区の80%~90%となる。
1990年においては,概して,収量が安定し,両区の差異が少ないか,もしくは,LP区の方が優った。ただし,No.4で慣行区が収量が高かったのは,籾数が多い割には登熟歩合および粒重が高かったことによるものと考えられた。(表3)

また,LP区のNo.2,3および4においては,最高分げつ期頃より葉色の低下が認められたため追肥を実施したが,No.5の基肥50kg/10a区では,LP区のNo.2,3および4に比べ,葉色の抜けが少なかったため,無追肥とした。このNo.5においては,収量面でも両区の差が小さく安定した収量値が認められた。
以上のこのことから,基施一回施用においても慣行の2~5回の施肥体系と同等の効果が確認され,かつ,1990年のように窒素の発現が生育初期の溶出型の年にあっても基肥LP40~50kg/10aの施肥と1回の追肥により施肥の省力化が期待できると考えられた。
また,1991年のように全体的に茎数が不足し,後期分げつが発生する場合,No.2のように一次枝梗の増加を目的とする穂首分化期直前の追肥が有効と推察された。例えば,No.2の圃場において,有効穂数が少ないと判断されるとき,窒素1kgレベルのつなぎ肥により籾数の確保が図られたと思われる。(表4参照)

ところで,本地域も,兼業農家の増加,生産者層の高齢化,および都市との混住化が進んでいる。しかし地域には,30代~50代の先導的農家も数多く活躍されている。
そこで,5年~10年先の将来にあっては,省力化・機械化・協業化等の課題をひかえ早急に解決できる技術や体制を構築する必要性が高いことは否めない。
そのような視点にたち,今回の調査を実施したが,本稿の事例は,砂質土壌のCECが11~16程度と比較的,肥もちの悪い土壌条件下での設定であった。
そのため,今後は,異なる土壌条件や水温の低い地帯においても品種別緩効性肥料の溶出タイプごとの選定および地帯別窒素の発現パターンの解明とシュミレーション化が望まれるであろう。また,それにより生育診断が可能となり,さらに細やかな肥培管理指導ができると思う。
現在,本管内では,一部の管内火山灰地帯で中早生のヒノヒカリをはじめ,晩生種のユメヒカリおよびホシユタカ(ピラフ用)に緩効性肥料を活用しているが,安定生産はもとより食味j品質,並びに環境にやさしい稲作を生産者自らが消費者にアピールできるよう稲作改善に努めたいものである。
京都大学
名誉教授 高橋 英一
産業革命の初期に,イギリスの先進的な農場主が骨粉肥料を施用して収益をあげたことは前に述べた。ロンドン北北西40kmに位置するRothamstedの地主であったJohn Bennet Lawes(1814-1900)も自分の荘園で1836年から38年にかけてこの骨粉をカブに施用してみたが,予期したような効果が得られなかった。それはRothamstedの土壌がチョーク(炭酸石灰)質の残屑を含んでおり,骨粉からのリン酸分の溶出が抑えられたためと思われる。
化学的知識のあったLawesは1839年に骨粉を硫酸で処理して作物に施したところ,今度は顕著な効果があった。そこで彼はこの新肥料(super phoshate of lime 過リン酸石灰)の効果を確認するために荘園内で圃場試験をはじめ,1842年5月には過リン酸石灰製造法の特許を取得し,製造原料の範囲を骨,骨粉,骨灰その他含リン物とした。
そしてこれを製造する工場をテームズ川畔の,Deptfordに建て,1843年7月過リン酸石灰の最初の販売広告をGardener’s Chronicle誌上に出した。これが人造肥料のはじまりであり,化学肥料工業の幕明けとなったのである。
一方ドイツでは1840年にLiebigがイギリス科学振興協会の求めに応じて「化学の農業および生理学への応用」と題する,後に有名になった論文を発表したが,その中でLiebigは骨粉に希硫酸を加えてかきまぜ,熟成したものを水でうすめて作物に施すと,大きな効果があると述べている。
骨粉を酸で処理して成分の有効化をはかることを思いついた人はほかにもいたが,過リン酸石灰を世に出す原動力になったのは,LawesとLiebigの2人であった。Liebigは動植物起源の有機質肥料の効果は,それが土壌中で分解した結果生じる無機化合物でおきかえられることを説き,根強く残っていた「植物の養分は腐植である」という考えに終止符をうった。
骨粉の数倍もの効果をもつ新肥料への需要をみたすために,ヨーロッパ中の屠殺場から大量の骨が集められたが,すぐにはこれだけでは十分でないことがわかった。Liebigはイギリスが死者の骨,とくに戦場でたおれた兵士の骨を原料に使っていると非難した。しかし幸い19世紀後半になってアメリカその他でリン鉱石の鉱床が発見され,骨にとってかわることができた。
過リン酸石灰の発明は肥料そのものを製造する工業を誕生させたが,産業革命を契機として19世紀のヨーロッパに発達した諸工業からはいろいろな副産物が生れ,その中には独立した肥料商品になったものもいくつかあった。トーマス燐肥もその一つである。
1879年S.G.Thomasは,中部ヨーロッパや北部スエーデン産のリン酸含量の高い鉄鉱石を利用するため,トーマス転炉を使用する製鋼法を発明した。これは従来の転炉内面の酸性ライニングを石灰を用いた塩基性ライニングにかえ,低ケイ素高リンのトーマス銑(P含量1.6~2.1%)を原料とするもので,酸化したリンをリン酸塩として炉壁に吸収し,銑からリンを除くしくみになっている。
その結果リン酸含量の高いスラグが副生する。主成分はシリコカーノタイトでP2O5 16~20%を含み,リン酸肥料として有効であることが実証されて以来,ヨーロッパで大量に使用されるようになった。
19世紀には石炭の乾留によってコークス,石炭ガスが製造されるとともに,副生するタールやガス液中の成分に新たな用途が発見され,石炭化学工業が勃興したが,ガス液中のアンモニアを硫酸で硫安として捕集し,窒素肥料として用いることもひろまった。
このようにして鉱物起源の肥料とともに,過リン酸石灰,トーマス燐肥,副生硫安といった工業製品が登場し,肥料もまた有機物依存から脱却することが可能になった。
過リン酸石灰の製造をはじめたLawesはさらに作物の肥培についてくわしく知ろうとして,1843年6月に化学者のJoseph Henry Gilbert(1817~1901)を招き,共同研究をはじめた。これはLawesの死(1900年8月)まで続いた世界でもっとも長い共同研究であった(翌年Gilbertもこの世を去った)。
またこの年,現在まで続いているBroadbalk圃場試験をはじめた。Lawesはこの2つを記念して1843年6月をRothamsted試験場のはじまりとした。したがって明年の1993年には,この世界最古の試験場は150周年を迎えることになる。
「Broadbalk」は主要作物の養分要求性を知るために設計された試験の一つで,コムギを同じ土壌で同じ施肥法で栽培をつづけ,長期にわたる施肥法の違いの影響を明らかにしようとするものであった。
そのため作物,土,肥料,排水の分析を行なって養分のバランスシートをつくり,与えた肥料がどれだけ作物に吸収され,どれだけ土の中に残り,どれだけが系外に失われるかをしらべた。共通した処理区は無肥料,ミネラルのみ,窒素とミネラル,厩肥のみである。このような試験
設計はLiebigとの論争に対処するものであった。
Liebigは当初作物にとって実際に補給が必要なのはミネラルであって,生育に必要なだけの窒素は大気中のアンモニアから供給されると主張していた。しかしBroadbalkの試験の結果は,窒素を与えないときのコムギの収量はわずかであり,ミネラル施用の効果も窒素が与えられたときに限りみられることを明らかにした。
このように作物の生育量と養分の吸収量を定量して両者の関係を求め,またこれらに対する肥培管理のちがいの影響を明らかにする「圃場試験」を行なうための試験場は,19世紀末から次第に各国に設けられるようになった。
日本では1890年(明治23年)東京府下西ケ原に農務局仮試験場が設けられ,1893年(明治26年)には西ケ原を本場に,各地方におかれた6支場からなる農事試験場が発足した。こうして農業はそれまでの全面的な経験依存から脱却し,科学的な施肥農業へと発展していったのである。
Liebigは「化学の農業および生理学への応用」第9版の中で次のように述べている。
ドイツの農業者はジャガイモがなかったら(当時ドイツとフランスは人口の3分の1がジャガイモを主食にしていた),必要に迫られてイギリスの農業者と同じく,肥料資材としての骨粉に高い評価を与えざるを得なかっただろう。ドイツの農業者はその価値をほとんど理解できなかったので,数百万ツェントネル(1ツェントネルは50kg)もの骨粉の輸出を70年以上も傍観してきたのである。
イギリス人にとって骨粉の輸入が必要であったとすれば,ドイツの畑からの骨粉成分の収奪がわれわれにとって不利だと考えるのは当然であろう。この資材がイギリスの畑で穀物とクローバーの収量を高めたとすれば,ドイツの畑の穀物とクローバーの収量はイギリス人が受けとった分だけ低下したにちがいない。(吉田武彦氏の訳による)
Liebigのイギリスに対する非難にははげしいものがあるが,これは彼自身も貢献した発見をLawesが商業的に発展させて成功を収めたことに対する怨念のせいかも知れない。
フランスの化学者で農学研究のパイオニアーでもあったJean Baptiste Boussingault(1802~1887)は,妻の持参金代わりのAlsaceのBechelbronnの地所で1834年から一連の圃場試験をはじめた。その目的は植物は炭素と窒素をどこから得ているかを明らかにすることであった。
彼もまた施用した肥料と収獲した作物を秤量,分析し,いろいろな輪作体系における養分のバランスシートを求めた。彼は輪作の中にマメ科作物があると,窒素の吸収量は施肥量を大幅に超過することをみいだし,マメ科作物は大気中の窒素を固定していると考えた。
Boussingaultの圃場試験は不幸にも1870年の普仏戦争によって行なわれなくなり,世界最古の試験場たる栄誉はLawesに譲ることになった。
(株)日本工営(前・国際稲研究所)
和田 源七
ASおよびLP区の収量および収量構成要素の一部を表3および図5に示す。いずれの品種も作期および栽植密度に関係なく,同一施肥量ならLP区の収量はほとんどの場合AS区のそれを凌駕し,いずれの場合も2AS区のそれに近い値を示す。



AS区とLP区の収量差は栽植密度の高くなるほど大きい。両肥料区の収量差と品種の早晩生との間では早生種にやや高い傾向がみられた。登熟歩合はほとんどの場合差がないことより,LP区の収量の増加は穂の容量(Sink size:収量÷登熟歩合で表現できる)の増加による。LP区のSink sizeは窒素吸収量の差を反映して,同一施肥量の場合にはつねにAS区を上まわり,2AS区のそれにほぼ等しい値を示す。
Sink sizeがほぼ決定される頴花分化終期における稲体窒素量と分化Sink size(PS)およびSink sizeとの関係を図6に示す。頴花分化終期の窒素量とPSおよびSink sizeとの間に強い正の相関がみられ,窒素のSink size生産効率におよぼす肥料の影響はほとんど認められない。

したがって,Sinkの生成に対しては頴花分化終期までの窒素吸収総量の影響が大きく,そこに至るまでの窒素吸収過程のSink生成に与える影響は無視できる。
Sink sizeは同一品種の場合は1穂頴花数と穂数との積で近似的に表わしうる。穂数はLP区がAS区より多く,2AS区のそれにほぼ等しい。1穂頴花数はLP区がAS区に比し高い場合とほとんど差のみられない場合がある。LP区で1穂頴花数の多い場合は穂数の増加の少い場合である。
しかし,どのような条件の時にLP区に1穂頴花数が多くなるかは現在のところ明らかではない。いずれにしろ,LP区のAS区に対する1穂頴花数の増加率は穂数のそれに比して小さく,LP区のSinkの増大は最高分げつ期以後の窒素吸収量の増大が無効茎を減少させたことによって生じた穂数の増大に負うところが大きい。
また,Sink sizeはPSと退化Sink size(DS)の差によって決定される。LP区はAS区に比し,PSもDSも大きい。しかし,退化Sink率は両区間にほとんど差がない。一般に幼穂形成期より出穂期までの窒素吸収量の多い場合にはDSが少なくなる。LP区でDSの多いのはPSが多いためである。
またLP区はAS区に比し有効茎歩合が高く,無効茎が少ないことより頴花の茎と共に退化した量は非常に少ない。これを考慮に入れれば退化Sink率はAS区に高く,LPのSink退化防止の効果は認められるが,逆にLP区の単位窒素あたりのPS生産効率はAS区に比して低いとみられる。
そこで,LPの初期の窒素吸収の低さを補うため,その一部を硫安に置きかえて初期生育を確保し収量を高めようと試みた。しかし,結果は予想に反して初期生育促進による収量増は認められず,LP単独区より減収した(表4-1)。

このことは前述のように窒素吸収経過よりは窒素吸収の絶対量が収量に対する影響の大きいことを示している。
窒素溶出速度の異るLPの下で栽培された水稲の収量および収量構成要素の一部を表4-2,3に示した。同一作期で同一品種では登熟歩合に差がないので収量はSink sizeの大きさによって決る。


LP40,LP70およびLP100区の収量およびSink sizeは肥料区間にほとんど差はなく,いずれも対照区のそれに比して高かった。しかし,これらの肥料より窒素溶出速度の遅いLPでは品種の生育期間の長短により収量に与える影響が異る。
短期種IR58ではLP140およびLP180区のSink sizeおよび収量は窒素溶出速度の速いLP区に比して低い。また,IR66ではLP180の粗植区の収量がその他に比して低いが,中生種IR36892-163-1-2-2-1ではすべてのLP区間で収量に差を認められない。
このように品種の移植より幼穂、形成期までの生育期間の長さの差によって,各品種の収量の窒素溶出速度に対する反応が異なる。生育期間の短い品種ほど窒素溶出速度に対する反応が大きい。そして,窒素溶出速度に対して品種ごとにcritical pointがあり,そのcritical pointより窒素溶出速度が速ければ収量および収量構成要素に差は認め難い。
したがって,LPを基肥として使用する場合には品種の生育期間の長短によって,そのタイプは選択する必要があるが,その場合注意すべき点は唯一つ窒素溶出速度が使用品種に対して遅いものを避けることであり,critical pointよりN溶出速度の速いものを選択すれば窒素溶出速度の差の収量に与える影響は無視できる。
日本では熱帯におけるほど生育期間の品種間差がないので,LP選択の問題は少ないものと思われる。また,特記すべきことはLP肥料にとって,どのタイプでも密植ほど収量増に結びつき易いことである(文献省略)。