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§新しい器材を利用したイチゴの棚式育苗システム
福岡県農業総合試験場 園芸研究所
専門研究員 伏原 肇
§廃坑坑道内の冷気を利用したトルコギキョウの促成栽培
長崎県総合農林試験場
花き科長 北村 信弘
福岡県農業総合試験場 園芸研究所
専門研究員 伏原 肇
農業労働力の高齢化と農業後継者の不足が深刻なものであることは最近の農業白書でも指摘されているようにもはや周知の事実となっている。第1図には1日当たりの製造業賃金と農業所得の年次による推移を示しているが,その差は年々拡大しており,このことが農業後継者不足の大きな要因として上げられる。

農家と勤労者世帯における家計費の支出額は第2図に示すとおりであるが,一人当たりの家計費は勤労者と同等以上であり,これに世帯員数をかけると年間100万円弱の大きな差となる。

このような現状にあって,ゆとりのある魅力的な農業を実現するためには,安定した収入を得ることが必要不可欠なものとなる。
一定の収入を得るためには,少ない労働時間で高い労働報酬を得るか,または少ない労働報酬で長い労働時間をかけるかの選択肢があるが,今日社会的な情勢の中にあって,これから農業をやろうとする人(後継者)が,上の選択肢のどちらを選ぶか自明のことである。
求人雑誌等を見れば,1時間当りのアルバイト賃金が平均1,000円を越えた現状にあって,福岡県における1時間当りの労働報酬は約800円程度である。イチゴ生産者にとって厳しい数字であることを明瞭に示すとともに,慢性的な後継者不足を踏まえ引き起こしていることの大きな要因であることがあらためて納得させられる。
安定した収入を確保し,ゆとりのあるイチゴ栽培を目指すためには,経営者(生産者)自身に正当な賃金の払える企業的な経営を実現しなくてはならないが,そのためには,労働時間の短縮により労働報酬を大幅に向上することが必要不可欠である。
現在,イチゴ栽培体系全般に亘っての省力化技術の開発を進めているが,その手始めとして,器材の製浩メーカーである矢崎化工及び福岡丸本との共同研究によって育苗の省力化について器材開発に取り組み,従来のポット育苗と全く異なる「イチゴの棚式育苗システム」を開発した。
なお,この記事は平成4年秋の園芸学会で発表した内容に若干加筆したものである。
ポット育苗は,4カ月間の育苗期間中に5〜6回も移動するため,その間に取り扱う培土量は10a当たり30tと極めて多く,重労働であるうえに,葉かぎ等の管理作業では炎天下での長時間に亘る窮屈な姿勢を強いられている。
そこで,現在の標準的な育苗方法であるポット育苗に比べて極めて省力的な育苗システムの器材開発に取り組んだ。
その主要な目的は次のとおりである。
1.収量は従来と同等水準を維持出来る。
2.育苗労力が大幅に軽減出来る。
3.作業が軽作業化出来る。
4.楽な姿勢で作業出来る。
5.管理の自動化が出来る。
棚式育苗システムにおける器材は,第3図に示すように,主に「育苗用ポット」,「育苗用パネル」及び「パネル支持用架台」から構成されている。

材質は耐候剤の入ったポリプロピレン樹脂製の硬質プラスチックで,第1表に示すような3種類のポットについて検討した。

10cmの角型ポットは,内容量が最も少なく,ポットの長さは普通のポリポットと同じ長さとなるようにしたものであり,定植作業は容易に出来たが,苗の揃いが不安定であることや育苗中に強風でパネルから飛び出し易い点が問題であった。
18cmの丸型ポットは,苗の養成は比較的容易に出来るものの,ポットの長さが長すぎて取扱いが煩雑であることが問題であった。
結局,苗の揃い等の生育に及ぼす影響のほか,各作業行程におけるポットの取扱いの容易さ等から総合的に判断して,内径40mm,外径50mm,長さ150mm,内容量115ccのテーパーのある円筒形のポットがイチゴの育苗用として最も適当であると判断した。
このパネルの特徴は,小型ポットでの苗の養成が容易に出来るように,「ポットの保持機能」(小型ポットをパネルに保持する),「ポットへの集水機能」(15cm四方に散水された水を中央のポットへ誘導する)及び「遮熱機能」(炎天下でもポットに直射光線が当たるのを防ぎ,日陰状態におくことによって根部の高温障害を防ぐ)の3つの機能を有していることである。
集水機能についてみれば,12cmのポリポットの上面の面積が約113cm2であるのに対して,このパネルでは1ポット当り225cm2とちょうど2倍あり,1回の灌水量がかなり少なくて済む。このことは,夏場に灌水用水の確保が困難な産地においては大きなメリットとなる。
パネルの形状については,1枚の大きさが120cm×90cmの長方形で,ポットの入る穴のあいたトレイが15cm間隔で計48個(8×6穴)並んだパネルが適当であると判断した。従来のポット育苗(18cm間隔)のポット間隔に比べ15cm間隔とやや狭くなっているのは,ポットの余分な水分が抜け易いためイチゴ苗の徒長が少ないことによる。従って,育苗の実面積も従来の約7割で済むことになる。
パネルの材質は,持ち運びや取扱いの容易さからは軽い材質が望まれる。また,使用環境から見れば,夏場の高温,強力な紫外線及び農薬に対して十分な耐性を持つ材質であることが要求される。
管理労力が少なくて済むプラスチック製パネルの材質等について, 4種類について検討した結果,材質については,強度や耐用年数等を総合的に判断して,アクリロニトリルEPDMスチレン樹脂(AES)製プラスチックが適当であると判断した(表2)。

架台の組み立てが容易に出来,イチゴ育苗の管理作業が立った状態で楽に出来る耐久性の高い樹脂コーティングパイプ製の脚部と直管受け横棒からなる架台を開発した。地上からパネル面までの高さは作業姿勢等から判断し,65cmから70cmとした。
これまで主に育苗システム用器材の開発を行なっており,最適な育苗技術については現在取り組みの最中であるが,軽量の専用培土(チッソ旭製)を使った試験結果では,従来のポット育苗に比べて収量性の低下は認められておらず,現地での試作結果も上々である(第4図)。

このシステムでは,小型ポットがよく注目されるが,この育苗システムの最も重要なポイントは,育苗用パネルにある。パネルがあるから小さなポットでも育苗が出来るようになったのである。
また,プラグ育苗と混同されることもあるが,この育苗システムは花や葉菜類の育苗で利用されているセル成型苗とは,開発の概念が全く異なるものである。
セル成型苗はアメリカやヨーロッパから導入され,全国的にいろいろな作物での利用場面が検討されてきており,作物によってはかなり普及が見込まれているものもあるが,一方で応用場面での限界についても明らかになりつつある。
今回開発した棚式育苗システムが,将来的には従来の育苗法による苗とセル成型苗との境界領域での重要な役割を担うことが出来るのではないかと期待している。
長崎県総合農林試験場
花き科長 北村 信弘
最近,トルコギキョウの生産は著しい伸びを示し,価格も上昇し続けてきた。これは,花容,花色が消費者ニーズに合致したことにもよるが,わが国での育種および研究の進展に負うところも大きい。このように研究が進み,周年出荷が可能にはなったが,図1に示すとおり出荷は晩秋から春にかけて少なく,夏に集中している。

そのため,晩秋から春にかけて出荷する作型開発の研究が進められ,その開花生理についてはほぼ解明された。晩秋から冬にかけて出荷する作型では夏に播種,育苗する必要があるが,この時期に育苗すると高夜温によってロゼット化が誘導され開花率が低下する。したがって,現在は冷房室や夜冷装置を利用した育苗が行われているが,この方法では施設費やランニングコストが高く,経営を圧迫することになる。
そこで,県内に存在する金山廃鉱の坑道内気温(13℃前後)を夏の育苗に利用することによって,トルコギキョウの11〜1月出し栽培を試みた。その結果,自然の冷気を送風機でハウス内に送り込むだけなので,比較的安価な育苗が可能であり,ロゼット化することなく11〜1月月出荷が可能であったので紹介する。
長崎県波佐見町に明治から昭和にかけて金を採掘していた坑道跡があり,1987年からこれの有効利用について検討を始めた。
坑道は高さと幅が約3mのトンネルで,本坑の長さは250m余,通気のためのたて坑が掘られている。本坑では夏期及び冬期には0.5m/s程度の空気の流れがある。これを利用して冬期に坑道内を冷却し,4月頃坑道入口とたて坑口を閉ざして夏期の坑道内温度を低く(12.6℃)保つようにした。(図2)

当初,ばれいしょや米の貯蔵について検討し,1989年から野菜や花の夏の育苗に取り組んだ。坑道内は暗黒であるためイチゴ苗は外葉が黄化し,トルコギキョウ苗は5,000ルックス程度の光が必要であった。そこで,1991年から金山坑口の外にハウスを設置し,これに冷気を吹き込んで利用する方法に変更した。
イチゴは189㎡×2棟の育苗ハウスで実際栽培に利用したが,トルコギキョウは1991年に3.3㎡,1992年に12㎡の小型ビニールハウス7.6㎡/minの冷気をファンで送風し,図3,図4のような温度条件下で育苗した。


播種は水稲育苗箱にペーパーポットSM2406(2cm角×H3cm)を広げ,与作V1号単用の用土に1〜2粒蒔きとした。
水管理は,コンパネの上に3cm×4.5cm角の角材でわくを作り,農ビを広げて水を張り,これに育苗箱を並べ,底面給水とした。
発芽後は過湿にならないように角材を1カ所はずして水を落とし,用土の乾燥具合をみて底面給水する方法をとった。
91年は6月21日と7月5日播種の2播種期で,92年は6月24日,7月9日,7月23日の3播種期で検討した。
育苗は本葉4枚(2節葉)まで行い,表1,表2に示す時期に定植した。92年は91年より育苗期間が長いが,これは92年にビニルハウスにクラクールの被覆を行ったため光線量が少なくなり,発芽や生育が遅れたことによるものと思われる。


いずれも対照区として7月上旬に農試のガラス温室内で育苗する区を設けた。
品種は91年が「あずまの粧」「キングオブピンクピコティー」「アーリーバイカラーパープル」の3品種,92年が「あずまの朝」「あずまの波」「キングオプピンクピコティー」「ロイヤルパープル」の4品種を使用した。なお,「ロイヤルパープル」は種子が不足したため7月23日播種は行わなかった。
最低夜温の平均が18℃程度で推移した冷気導入ハウス内で播種・育苗した場合,早生系の F1種である「あずまの粧」「あずまの朝」「あずまの波」「キングオブピンクピコティー」は100%抽だいした。しかし,F1種でない「アーリーバイカラーパープル」は2〜15%のロゼット株が発生し,F1種に比べ抽だい率が劣った。これは,生育の早いF1種と定植を同一時期としたため,やや苗の生育ステージが若く,高夜温の影響を受け易く,ロゼット化したものと思われる。
これに対し,最低夜温の平均が21〜23℃で推移したガラス温室内で播種・育苗した場合は,全品種ともロゼット株が発生した。抽だい率は品種によって異なり,「アーリーバイカラーパープル」は12%しか抽だいしなかったが,「あずま」系統は高夜温下でも60%以上が抽だいし,高夜温の影響を受けにくい品種群であった。
唯一,2年間供試した「キングオブピンクピコティー」は,91年には68%が抽だいしたが,92年は18%しか抽だいせず,大きな年次変動がみられた。これは,92年はクラクールで遮光したため光量が不足したことと,91年よりも多湿状態で管理したため生育が劣ったことによるものと思われる。(表3,4)


このように,早生系のF1品種を自然の冷気を利用して17〜18℃程度の夜温で育苗することによって,全ての苗を抽だいさせることができた。
冷気導入ハウスで育苗した場合,F1種ではほとんどの株が開花した。しかし,定植後の灌水むらによる活着不良が原因で初期生育が遅れ,ごく一部の株が高所ロゼット化し,開花しない株もあった。固定種の「アーリーバイカラーパープル」の7月上旬播種は68%しか開花しなかったが,抽だい率の項で述べたように,若苗のため高夜温の影響を受けたものと思われる。(表3)
一方,夜温の高いガラス室で育苗した場合,ロゼット株に加えて高所ロゼット株も多く発生し,開花率は冷気導入ハウス育苗に比べ,極端に低かった。また,品種間差が大きく,「あずまの朝」は半数の52%が開花したが,「アーリーバイカラーパープル」はわずか2.6%しか開花しなかった。(表3,4)
開花期は定植時期によって異なり,F1種は8月上・中旬に定植した場合,気温があまり低くならない10月下旬から11月上旬に開花し,定植時期の差による到花日数(定植から開花に到るまでの日数)の差はほとんどみられなかったが,8月下旬以降に定植した場合は,気温が低下してくる11月下旬以降の開花となり,8月21日定植では11月下旬,8月28日定植では12月上・中旬,9月14日定植では1月中・下旬であった。
このように,到花日数は8月21日定植では90〜95日,8月28日定植では100〜110日,9月14日定植では120〜130日と定植が遅くなるにしたがって長くなったが,これは最低夜温を7〜8℃で栽培したため開花遅延がおこったものと思われる。


品種によっても開花の早晩があり,91年の3品種間では「キングオプピンクピコティー」と「あずまの粧」はほぼ同時期で,「アーリーバイカラーパープル」はやや遅く開花した。 92年の4品種間では「ロイヤルパープル」が最も早く開花し,「あずまの朝」がこれに次ぎ,「あずまの波」は「あずまの朝」より若干遅かった。2年間供試した「キングオプピンクピコティー」は気温が比較的高い時期は極早生であるが,気温が低下するにしたがって到花日数が長くなる傾向がみられた。(表5,6)


いずれの品種,播種期とも切り花長が短く,品質は十分でなかったが,播種・定植が遅くなるにしたがって切り花長は長くなった。7月23日播種・9月14日定植では,「キングオブピンクピコティー」は76cm,「あずまの波」も72cm程度まで伸び,切り花重も70g前後でやや良好であった。
年内開花した中では,今回の供試品種中「あずまの朝」が切り花長が長く,切り花重も重くて花付きも良好であった。(表5,6)
秋冬切りの作型では草丈の確保がむずかしく,今回の自然冷気を利用した超促成栽培でも抽だい,開花は十分成し得たが,切り花長が短く,品質面で問題を残した。
そこで,現在,定植後に短日処理やシベレリン処理を行って,草丈を確保する研究を実施している。シベレリン処理では草丈を伸ばすことはできるが,茎が細くて品質が悪く,実用的ではない。短日処理では節数が多くなり,草丈も伸び,ボリュームも十分で品質は向上するが,高温期のシェードであるため株枯れが発生したり,開花期がばらついたりすることと,シェード期間をどの程度とするか,また,設備費がかかる等の問題点も多い。
今後,基本栄養生長性を持ち,涼温でも花芽分化するような品種の出現が望まれる。