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§「変革の時代への対応」
チッソ旭肥料株式会社
常務取締役 柴田 勝
§生命にとって塩とは何か
-生物と塩との関係史-1
京都大学名誉教授
近畿大学農学部教授
高橋 英一
§秋田県大潟村での水稲育苗箱全量施肥栽培の効果
秋田県昭和地域農業改良普及センター
技師 田口 嘉浩
チッソ旭肥料株式会社
常務取締役 柴田 勝

明けましておめでとうございます。年頭にあたり,読者の皆様方におかれましては本年が実り多い年でありますよう,お祈り申し上げます。
昨年は,経済面では景気が上向きになってきたというものの,実感としてそのことが感じられないまま早くも円安基調になり,少し不透明感が感じられる様になってきました。政治・行政面では円滑にその機能が発揮されるよう熱望する世論が高まった年の様に思われます。
昨年の世想を表わすキーワードは「発見途上」とのこと,行きつ戻りつしながら問題を解決して,速度を早めながら変革を遂げていくものと思われます。
農業を取り巻く環境も同様で,例えば新食糧法が施行された米の生産,流通は試行錯誤を繰り返しながら,食糧自給の重要性を認識しつつ,国際競争力をつけるための様々な努力がなされていくものと思われます。豊かな農業を目指して現実的な問題解決をはかる農業界と歩調を合わせて生産資材を提供する事業者も一層の努力を図らねばならないと感じております。
その中で,私どもは肥料生産技術の向上や新製品の開発に更に創意工夫を加えることが大切と痛感しております。ご承知のように,弊社はこれまで農業の要望を先取りした機能性肥料「LPコート®」「ロング®」を上市し,皆様方の広いご愛顧をいただき,両肥料とも「環境にやさしい肥料」の代表として認めていただけるようになりました。また,緩効性窒素質肥料「CDU®」,硝酸系高度化成肥料「燐硝安加里®」,泡状高度化成肥料「あさひポーラス®」,育苗床土資材「与作®」,打ち込み肥料「グリーンパイル®」など特色ある商品も開発致しております。
今後も皆様のご要望にお応えしながらこれらの商品の改良を進めるとともに,変化していく農業にそった新しい肥料や資材の開発にも取り組む所存でおります。
発刊以来ご愛読いただいております「農業と科学」につきましても各方面の方々の研究成果をご紹介させていただきながら,新技術の紹介,普及にいささかなりともお役に立てればと願っておりますが,更に編集に工夫をこらして内容の充実に努めたいと考えております。本年も相変わらず本誌をご愛読いただきますとともに,積極的なご意見,ご批判を賜りますようお願い申しあげます。
末筆ながら皆様方のご多幸とご繁栄を心からお祈り申し上げ,新年のご挨拶とさせていただきます。
京都大学名誉教授
近畿大学農学部教授
高橋 英一
「塩」という言葉から人は何を思いうかべるだろうか。今たらさしずめ「塩のとりすぎ」かも知れない。昔は「敵に塩を送る」という諺がよく引用された。聖書にも「地の塩」という言葉がある(「汝らは地の塩なり 塩もし効力を失わば 何をもてかこれに塩すべき 後は用なし 外に捨てられて人に踏まるるのみ」山上の垂訓にでてくるイエスの言葉で神の民の社会的責任を塩にたとえたもの)。
古代ローマでは現物支給の代わりに,「靴代としての銀貨」(argentum calcearius),「衣服代としての銀貨」(argentum vestiarum),「塩代としての銀貨」(argentum salarium)などが兵士に与えられていたが,その中で塩が最も重要な物資であったためargentum salariumがすべてを代表するようになり,やがてargentumが脱落しsalariumが給与全部を表すようになった。これが今日のサラリー(salary)の語源であるといわれる(ランダムハウス英語大辞典による)。
日本でも戦時中,塩は配給制であったし,専売公社はタバコ,アルコールとともに塩も扱っていた。これらは塩というものが人にとっていかに重要であったかを物語っている。塩のとりすぎがいわれるのも,それほど人の塩への欲求が強いことの反映である。塩は人(動物)にとって必要だが手に入れにくいので,強い欲求として本能の中に組み込まれているのだろう。
一万「土壌の塩類化」,「作物の塩害」ということも最近問題になってきている。作物にとって塩は悪者のように扱われることが多い。これは「塩の道」(農作物からは塩が得られないために必要となった塩の交易ルート)が拓かれたことと関係がある。これらは塩に対する要求性が植物と動物で異なるところに原因しているが,ともに海に誕生し進化してきた植物と動物が,塩に対してかくも異なるに至った経緯は何だったのだろうか。これについてこれから少し考えてゆきたい。
一五七二年十一月オランダの天文学者のテイコブラーエは,今までにない強い輝きをもった星の出現を観測した。この星の一番明るい時は昼間も見えたという。これは今日,超新星として知られているものである。星は生物と同じように進化し,やがて消滅する。超新星は爆発して死滅する星の最後の姿である。この現象はとくに珍しいものでなく,銀河系では三百年に一回くらいの割合で起こる。キリスト誕生物語にでてくるベツレへムの星もその一つではなかったかといわれている(ガモフ 太陽の誕生と死 より)。超新星の光度は太陽の数十万倍にもなるので,遠くで起こっても肉眼で見える場合があるのである。
ところで今から五十億年ほど前,天の川銀河の端で一つの超新星が爆発し,宇宙空間に物質粒子をまき散らした。そしてそのガス雲から太陽が生まれ,そのまわりに地球を含む九つの惑星が次々に誕生した。約四十六億年前,地球は火の玉であったが,次第に冷えて表面の温度が三百度台まで下がったとき,それまで地球を取り巻いていた大量の水蒸気が雨となって降ってきた。当時の地球大気の組成は現在と著しく異なっており,酸素ガスはなく大部分が炭酸ガスで,そのほかに塩素ガスと少量の窒素ガス,亜硫酸ガス,水素ガスが含まれていた(表1)。

それらの中,塩素ガスと亜硫酸ガスは雨に溶けて地表に降り注ぎ,強酸性の原始の海をつくった。この海水は地球表層の岩石に作用して,その中のカルシウム,マグネシウム,カリウム,ナトリウム,アルミニウム,鉄などの塩基を溶かし出した。これによって海水は中和され,温度も低下していった。
その結果,原始大気中に残っていた炭酸ガスが海水に溶け込めるようになり,すでに溶けていたカルシウムなどと化合し,炭酸塩となって沈澱した。これによって原始大気中にあった大量の炭酸ガスは除かれ,石灰岩に変わった。地球上に存在する莫大な量の石灰岩には,現在の大気中に存在する炭酸ガスの十万倍以上の炭素が含まれている。
また海水が中性に近づくと,溶けていた鉄やアルミニウムも水酸化物になって沈澱し,海水中のケイ酸コロイドと反応して粘土を形成した。この粘土はナトリウム,カリウム両イオンの中,カリウムイオンを選択的に固定する性質があるため,海水のナトリウム濃度はカリウムに比べ次第に高くなった。こうして今から四十億年ほど前には,塩化ナトリウムを主体とする組成の海水ができた。つまり海水は最初から塩辛かったのである。
一方太陽からふりそそぐ紫外線は,原始大気中の窒素ガス,水素ガス,炭酸ガスなどに作用してアミノ酸,糖,脂肪酸,核酸塩基などの有機物をつくり,海水中に溶け込み蓄積していった。そしてアミノ酸は重合してタンパク質となり,タンパク質の中からは,海水に溶けている重金属のあるものを取り込んで化学反応を促進する酵素タンパクも生じた。また海水中のリン酸と結合した糖と核酸塩基の複合体の中から,タンパク質の複製を指令する機能をもったDNAやRNAも生じた。そしてこれらの高分子化合物の相互作用によって,次第に組織構造がつくられてゆき,三十数億年前には原始細胞が誕生したと考えられている。
その後生物の世界は長らくバクテリアのみで占められていた。その中から動物と植物が分化したのは十億年あまり前のことであり,さらに四億年前まず植物がそしてそれを追って動物が上陸するまで,生物は海の中で暮らし進化してきたのである。われらはみな海の子の子孫である。
海水の化学組成は動物と植物が分化しはじめた頃,すでに現在と殆ど違わないものになっていたと考えられているが,この海水に溶けている元素の濃度とその生物性を比べてみると表2のようである。

多量必須元素は動植物体の99パーセント近くを占めるが,これらは窒素とリンを除いて海水中に最も多く存在するものである。これは生物が海の中に誕生し進化してきたことを裏付けている。ここで目につくのはナトリウムと塩素が被子植物では多量必須元素になっていないことである。ナトリウムと塩素は海水の成分の85パーセントを占めており,海の中で進化してきた生物は当然何らかの影響をうけているはずであるが,それは動物と植物でどのように違っているのだろうか。
秋田県昭和地域農業改良普及センター
技師 田口 嘉浩
水稲の本田施肥チッソ分をあらかじめ育苗箱内に施用しておき,苗とともに本田に持ち込む育苗箱全量施肥栽培は,省力・環境保全技術として注目されている。この報告は,この施肥法が,秋田県大潟村で先駆的に取組まれている背景と,その導入効果を明らかにすることを目的とする。
大潟村の入植農家は1.25haの大区画圃場で,大型機械による15haの大規模経営を行っている。しかし,海抜-3mの干拓地であるため,土壌は低湿重粘土壌であり,栽培面・作業面で様々な苦労がある。特に圃場の中を歩く追肥や防除等の中間管理作業は大規模・大区画ゆえの重労働である。
また,大潟村では八郎潟残存湖の水を循環利用して農業用水としているが,その水質汚染が問題になっている。平成8年に行われた『JA長期振興計画作成のための全戸アンケート』の中で,「生活環境の改善の面での課題」という質問項目がある。その回答の集計結果,一番の課題として,経営主の78%,世帯員の60%が,福祉や交通をさしおいて,八郎湖の水質問題をあげている(図-1,2)。


以上の様な課題に対する対応策の一つとして,育苗箱全量施肥栽培(以下,箱施肥)への取組みが始まった。最初の取組みは,平成3年から,大潟村水稲不耕起移植栽培研究会のメンバーが中心となって行われた。基肥の全層施肥及び側条施肥が困難な不耕起栽培では,箱施肥が不可欠であり,この施肥法によって収量が格段に安定し,実用化技術としての目途が立つに至っている。
ついで,大潟村の中でも特に大規模な農家や先取の気鋭に富む農家が取組みはじめ,平成5年からは有望な新技術としてJAの定点調査が開始された。平成8年度は箱施肥実施面積が400haを超えている。
箱施肥導入のねらいを,平成7年12月実施の箱施肥実施農家アンケート(以下,アンケート)から見ると,図-3のとおりである。追肥の省略,耕起の段取りが楽等,作業面でのねらいが中心となっているが,加えて環境保護も一定の割合を占めている。

以下では,箱施肥が大潟村でどの様に利用されているかを概観する。つぎに導入の効果を作業,費用,栽培,環境の各方面から検討し,その効果を明らかにする。
大潟村では,育苗期間の30~35日間の溶出を抑え,その後70日で溶出するN40%の箱施肥専用緩効性肥料を使用し,播種機にホッパーを増設して籾の上または下に層状に施用する方法が主にとられている。育苗は被覆資材を使った無加温の中苗育苗である。
施肥量は,単位当りの持ち込み量を,慣行の基肥と追肥のチッソ成分合計量の6割を目安にしている(表-1)。一箱当りの現物量は300~500g,10a当りの苗箱数26箱とした場合の持ち込みチッソ量は3~5kgとなる。

箱施肥の考え方は,土からのチッソ供給で足りない分を補うための使用としている。箱施肥由来のチッソの吸収は,年毎にそれほどかわらず安定していることが,秋田農試大潟農場の試験によって明らかにされている。一方,土壌チッソの吸収は,土壌タイプや毎年の天気,作土層の厚さ,下層の肥沃さ,根張りによって大きくかわる。箱施肥由来のチッソの吸収が6月下旬から7月にかけて高まるため,この時期に土壌チッソが多すぎると,両方の合計では稲の目標とするチッソの吸収量を上回ることもある(図-4)。したがって,中干しで調整,または追肥で調整できる条件を整える事を念頭において使用している。

箱施肥の使用経験の長い農家を1戸調査対象として,移植前の春作業と本田追肥について慣行施肥との作業の比較を行った。その結果,1ha当り3.3時間の省力化となった(表-2)。大潟付の1ha当りの全作業時間は約150時間であるため,全体から見れば約2%の省力化となる。作業時間短縮の幅はそれほど大きくない。しかし,作業の段取りの面や軽作業化の面ではメリットがある。

基肥については,低湿重粘土壌では天候により耕起できる日は限られており,好天が続いた時に一気に行う必要がある。基肥散布も耕起に合せた作業になる。箱施肥にすることにより,耕起と基肥散布が切り離され,作業日程が組みやすくなる。追肥については,前述のとおり低湿重粘土壌の大区画水田では負荷の大きい作業の一つであり,省略の効果は作業時間短縮以上に大きいと考えられる。
アンケート結果では,箱施肥を実施して良かったこととして,約35%の使用者が基肥と追肥の散布作業省略を一位にあげており,作業面での効果は高いといえる。
加えて,苗箱の床土が少なくなる分,苗箱が軽くなり,運搬作業が楽になる効果も使用農家から指摘されている。
以上の様な効果は大規模経営の大潟村での効果であり,したがって箱施肥が作業面で大規模農家あるいは規模拡大志向農家に対してプラスに働く可能性が大きいといえる。
慣行栽培との肥料費の差をモデル試算をした(表-3)。その結果,慣行に比べて約1,500円の節約となった。しかし,実際は後述のLP30の上乗せ分の加算等により,アンケートではほぼ慣行並とする使用者が多かった。肥料費は物材費の中でも一番大きい費目であり,低コスト化の効果が大きいことから,今後のさらなる改善が望まれる。

JA大潟村の生育調査結果からみた生育の特徴は以下の3点である。①初期の茎数は少ないが有効茎歩合は高い。②草丈は後半伸びる傾向がある。③葉色も濃い目に推移する(図-5)。

育苗期間の溶出を抑えてあるため,初期生育は遅れぎみとなっている。その対策として,移植時のLP30の上乗せ等が試みられている(表-4)。

平成5年~8年のJA定点調査の収量は,異常気象下であったが,ほぼ慣行並となっている。収量構成要素の慣行に比べた特徴点は,JAの定点調査データからは見出せなかった。アンケート結果では,使用して良かったこととして,約25%の使用者が生育ムラが無いことを一位にあげている。一方,問題点として肥効の長さの再検討をあげる使用者も多く,今後の検討課題である。
現在,環境保護の面での効果の測定は未整理である。しかし,冒頭に述べた大潟村での水質問題への意識の高まりは,入植者の村である大潟村で,地域全体の課題として,さらに周辺町村まで含めた課題として環境問題が位置付けられていることを示すものと考えられる。さらに発展して,産地戦略として環境保全農業が位置付け可能かどうかが当面の課題であろう。