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第533号 2002(H14).09発行

Click here for PDF version 第533号 2002(H14).09発行

 

 

シグモイド型被覆肥料を用いた
キュウリの育苗ポット内全量基肥栽培

Cultivation Department, Nagano Prefectural Nanshin Agricultural Experiment Station
研究員 山口 秀和
(現在:長野県農業総合試験場 企画調整部)

Introduction

 キュウリ栽培は一般に収穫が長期間にわたり,収穫が始まる頃からは施肥とかん水をこまめに行わなければならず,施肥管理には労力を要する。そのため,基肥に有機質肥料や緩効性肥料を使い,収穫が始まってからはこまめな追肥管理を行う施肥体系が組まれている。また,最近では基肥を施さずに必要なときに必要な量の施肥とかん水を行う養液土耕栽培なども取り入れられている。

 緩効性肥料を用いる場合、温度が徐々に上昇する時期はよいが,高温から低温ヘ向かう時期は,緩効性肥料の初期の溶出が多くなり,作物の吸収にとって必ずしも効率的な溶出になっていない。本試験では高温期から低温期に向かうハウス抑制栽培でシグモイド型被覆肥料を用い,キュウリの育苗ポット内全量基肥栽培が可能か検討を行った。その結果について報告したい。

2.耕種概要と試験区

 試験は場内パイプハウス(間口5.4m)で実施した。品種はオナー(台木:ひかりパワー)を用い,7月17日は種,25日呼び接ぎを行い,9.0cmポリポットに鉢上げをした。ポリポットの培地には,クロルピクリン消毒した場内の畑土とピートモスを3:1の割合で混ぜたものを用いた。培地への施肥は,慣行区が培地1L当たり窒素200mg,リン酸200mg,カリ200mg,他の区はN成分のみ半量施用とした。定植は8月4日に行い,うね幅130cm,株間40cm(a当たり192株)とし,白黒ダブルマルチ(白面表)を使用した。施肥はa当たり稲ワラ堆肥250kg,苦土石灰10kgを全面施用し,他は試験区のとおりとした。整枝は,22~23節で親づるを摘心,子づるは5節以下は除去,6節以上は1節残して摘心し,孫づる以降は原則として放任とした。

 育苗ポットへの全量基肥用肥料として次の2種類を使用した。①スーパーロング424-S100(14-12-14)(以下Sロング);窒素がシグモイド型の溶出を示す肥料で,25℃100日で80%が溶出。②被覆燐硝安2401M-100(開発品)(24-1-0);窒素がシグモイド型の溶出を示す肥料で,初期の溶出はSロングよりも少ない。育苗ポットへの施肥量は,両肥料とも1鉢当たりN成分で15g,10g,5gの3区を設けた。この中でSロング15g/鉢では,鉢上げ後から葉色が濃く,根はほとんど伸びない状態で,定植時には半分以上枯死していたため定植できなかった。これは鉢内での窒素の溶出が多かったためと思われた。Sロング10g/鉢,被覆燐硝安15g/鉢も葉色が濃かったが枯死株はなかった。

 定植ほ場では,1鉢当たりN成分で5gしか施用しなかった区については定植時に本ぽヘエコロング424-70(14-12-14)(Sロングと同タイプで,被覆資材として生分解性資材を用いてある)を条施用した。

 本圃の試験区は次の6区を設けた。
①Sロングを窒素成分で10g/鉢施用。
②被覆燐硝安2401Mを窒素成分で15g/鉢施用。
③被覆燐硝安2401Mを窒素成分で10g/鉢施用。
④Sロングを窒素成分で5g/鉢施用後,定植前に本ぽヘエコロングを5g/株条施。
⑤被覆燐硝安2401Mを窒素成分で5g/鉢施用後,定植前に本ぽヘエコロングをNで5g/株条施。
⑥慣行:基肥として定植前にBB473(14-17-13)を窒素成分で9g/株条施,追肥としてNK20号(12-0-8)を窒素成分で6g/株を3回に分施。

 また,被覆燐硝安2401Mを用いた区は,燐酸と加里がSロング使用区と同じになるよう,過燐酸石灰と硫酸加里を本圃ヘ条施した。なお,表1に10a当たりの施肥量を示した。

 試験区は1区3.64㎡の2反復とし,収量調査は1区5株で行った。

3. results

 図1に使用した肥料の窒素溶出率を示した。溶出率は,土中に埋設した肥料をそれぞれの時期に掘り出し,チッソ旭(株)に分析を依頼した。定植時(8月4日)の溶出率はSロング2.1%,被覆燐硝安1.6%と大きな差はなかったが, SロングN15g/鉢区では,枯死株や生育不良株が発生したことから,ポット内での溶出量が多かったものと思われた。また,収穫終了時の溶出率は,被覆燐硝安2401Mとエコロングは約80%と高率であったのに対し,Sロングは約60%と低くやや物足りなさを感じた。

 定植後の初期生育を表2に示した。育苗培地にSロングを施用した区で,茎長が長く,展開葉数も多かったが,これは初期の窒素の溶出が多かったことがそのまま影響していると思われた。

 上物収量は,Sロング+エコロング区で最も多く,次いで2401M10g/鉢区, Sロング10g/鉢区の順で,慣行区で最も少なかった(表3)。しかし,反復間では差があり同じ傾向とはならなかった。また,時期別の上物収量は,どの試験区も9月上中旬がピークとなり,9月下旬以降は少なくなった。なおSロング10g/鉢区,Sロング+エコロング区で9月上旬の収量が他の区より多かったが,これは初期生育が進んでいたためと思われた。

 下物のうち尻細果は,慣行区及び2401M15g/鉢区で多かったが,これは窒素施肥量が多く草勢が強すぎたためと思われた。また,曲がり果の割合は,慣行区及び2401M10g/鉢区で多かったが,理由はわからなかった。

 上物率は,慣行区に比べ窒素全量を基肥施用した区で9月上旬~10月上旬の上物率が高い傾向にあったが,収穫後半の上物率の低下は慣行区と同等であった。そのため,期間を通しての上物率はSロング+エコロング区が最も高く,2401M+エコロング区,Sロング10g/鉢区の順であった。

 今回の試験の窒素施肥量は,②区および⑥区が10a当たり28.8kg,その他の区はこの3分の2であったが,収量に差は見られなかった。そのためこの時期の栽培では,10a当たり窒素成分で20kg程度でよいと考えられた。また,地力に由来する窒素の影響もあり一概には言えないが,ポット施肥や条施肥により利用効率が高かった可能性もあると思われる。今回は窒素無施用区を設けていないためはっきり言えないが,被覆肥料利用による減肥の可能性も示唆された。

 これらの結果から,キュウリ抑制栽培では10a当たりの窒素成分で20kg程度をシグモイド型被覆燐硝安加里を用いて全量基肥施肥する方法は有効と考えられた。この場合,ポットへの全量施肥では,量が多いと育苗中に株が枯死したり,根の生育が不良となることがあるため,ポットへの施肥は鉢当たり窒素成分で5g程度とし,残りは定植時に条施肥するのが安全と考えられた。しかし,高温時でも初期の溶出が少ない被覆燐硝安2401Mタイプではポットへの全量施肥の可能性もあると推察された。

 

 

山形県農業の概況と果樹生産の動向

太平物産(株)
技術参与 大竹 俊博
(元:山形県農業総合試験場)

まえがき

 山形県の果樹栽培は歴史的にも古いが,昭和30年代初期は県農業全体の中核的な地位を占めるまでには到っていなかった。その後,国民所得の伸びに伴う果実需要の増大など,社会的背景もあり,農業基本法施行の前後から,リンゴ,ブドウ,モモなどの栽培面積が増加しはじめた。

 従来,山形県は全国有数の食糧基地として,稲作依存度の高い県の一つであったが,全国的に水田面積の増加や新品種・水稲栽培技術の開発などにより,昭和40年代初期頃から米の生産量が飛躍的に増大し,その結果,政府は昭和45年から米生産調整及び稲作転換対策を開始した。

 この頃から,水田転換畑に永年作物を定着させるため行政の強力な政策もあって,水田との複合経営を目指した,いわば第二次の果樹振興の時代が始まった。とくに村山・置賜地域ではこれまでの果樹栽培の技術的蓄積と立地条件を活かした新たな産地づくりが進められた。

 この間,果樹栽培の技術開発は目覚ましく,ジベレゲリン利用技術,スピードスプレイヤーの導入,新品種の開発,リンゴのわい化技術や無袋ふじの技術開発,オウトウの雨よけテント栽培,ブドウの無加温ハウス栽培,新農薬の開発,有機質肥料へのシフトなど,果樹生産を支えた技術は枚挙にいとまがない。

 他方,米の需給アンバランスは益々拡大し,山形県の1990年の生産調整面積20,989haが1999年では28,627haになり,2002年にはさらに拡大されようとしている。しかも,自主流通米制度の発足,米のミニマムアクセスによる輸入量の増加により米の価格は低迷し,自主流通米の年間平均価格(玄米60kg)は1990年20,814円だったものが,1999年には16,904円に急落している。これに連動して1999年の米販売農家の水田10a所得(東北6県)は前年比15.1%減の49,105円にまで落ち込んだ。

 山形県の農業粗生産額は昭和60年の3358億円をピークに年々低下して,平成11年には2434億円となったが,これには自主流通米価格などの下落が大きく影響しており,それを懸命に支えているのが園芸作物,中でも果実生産なのである。

1.山形県農業の概況

(1)農地の状況

 昭和60年対比で平成11年をみると,総面積では13,850haの減少となり(表1),うち水田では7,200haの減,畑は6,650haの減となっている。うち,樹園地分の減少は3,900haであるが,そのうちの殆んどが桑園であり,果樹園の減少は1000ha程度である。

(2)農家数,農業終業人口の変遷

 農家総数は昭和60年から平成11年までに21,766戸減少した(表2)。うち専業農家数は6,804戸から5,000戸へと26.5%の減少率にとどまっているが,兼業農家は35.9%の減少率で,なかでも第一種兼業農家は半減している。これに伴って,農家率は28.0%から19.1%に減少したが,反面,専業農家率は7.3%から8.3%に,5ha以上の大規模経営農家は2.5倍に増加しており,階層分化とともに耕地の集積化が進行している。

 この間,農業就業人口は51,703人(36%)減少し,そのうち,基幹的農業従事者は91,853人から49,650人に激減している。

 農業従事者の高齢化は危機的な状況下にあり,平成12年の県内販売農家では,65歳以上の高齢者率が50.9%と半数を超えている。

(3)農業粗生産額の推移

 昭和60年の山形県農業粗生産額3,358億円のうち米は1,903億円で56.7%を占めていたが,平成10年では農業粗生産額が2,532億円に低下し,うち米は1,120億円(44.2%)に激減した(図1)。これは米の生産調整に伴う生産量の減少と米価の低落が主要因であり,近年の米の生産調整と需給緩和が米作依存度の高い地域経済に及ぼしている影響の大きさが伺われる。

2.果樹生産の動向

 山形県は,落葉果樹については立地,気象条件に恵まれて殆んどの品目が栽培可能な県ではあるが,県内すべてが果樹栽培に適しているわけではない。

 県内は四地域に区分されるが,夫々に立地,気象的な特徴がある。

 県中央から南部に位置する村山・置賜地域は典型的な盆地型気象で,日照に恵まれ,夏期は高温で冬期は寒く,置賜は多雪地帯ではあるが両地域とも自然災害は少ない。果樹栽培は主に第三紀の丘陵から山麓地に分布していたが,水田転作の拡大により平地の沖積地にもオウトウや西洋ナシなどの植栽が進められており,県内果樹栽培の中核産地を形成している(図2)。

 県北部に位置する最上地域は,黒ボク土壌が多く分布する積雪寒冷地帯で現在でも稲作が主体である。気象は盆地型だが日照が少なめで多雪地帯でもあることから,果樹の栽培は殆んど行われなかったが,最近,果樹植栽の気運が高まり,オウトウや西洋ナシの栽培に取り組みつつある。

 庄内地域は日本海に面した平野部で,昔から庄内米の産地として知られた稲作地帯である。平野部は総じて地下水位が高く低湿重粘土~壌土系土壌が,また海岸沿いには砂丘地が分布している。海洋性の気象で日照,雨量は多いが風が強く,丘陵地や砂丘地にカキが栽培されてきたほか,他の樹種は少なかったが,近年,和ナシやオウトウの栽培が手がけられつつある。

(2)品目別生産の動向

 県内の果樹栽培面積は,昭和60年12,100haだったものが平成11年には11,200haにやや減少している。主要果樹の平成11年の栽培面積は第3表のように,6樹種で10,866haを占めている。昭和60年以降の栽培面積の推移は,ブドウ,カキ,リンゴ,モモの順に減少しており,オウトウ,西洋ナシで増加している。

 オウトウ(サクランボ)は山形県を代表する初夏の味覚だが,ここ10年間で約1,000haの面積が増加し全国一の生産量を誇っている。オウトウは結果樹面積の75%が雨よけテント栽培で,一部ハウス栽培も増加しており,高品質で安定した生産を目指し,さらには観光資源としての活用も図られて面積増の傾向にある。ただ,これからの大幅な面積拡大は労働力などの面からも制約を受けるので,県で開発した新品種(紅さやか,紅秀峰,紅てまりなど)の導入による作期の拡大や省力化技術の開発が重要になっている。

 西洋ナシもラ・フランスに代表される特産果樹の一つで,全国一の生産量を占め,栽培面積は10年間で4.6倍に拡大した。ラ・フランスは独特の風味から果物の女王といわれており,平成11年の生産量は15,500トン,平成12年は20,100トンとなり今後も生産拡大の傾向にある。食味を含めた更なる品質の向上と維持が最大の課題である。

 リンゴも全国第4位の産地であり,ふじが主力で無袋のサンふじとして銘柄が定着しているが,最近の価格低迷から栽培面積は減少傾向で,モモや西洋ナシに移行する園地も増えている。

 ブドウはデラウェアが主体で,大粒系は立地条件や価格の面から伸び悩んでいる。栽培者の高齢化に伴い急傾斜地の園地などは廃止される事例もあり,面積的には微減の傾向にあるが,無加温ハウス栽培は全体で60%まで拡大しており,技術対策の強化により品質の向上と有利販売に向けて意欲的な取り組みを進めている。

 各果樹の収穫量と全国での位置づけは第4表のとおりである。生産量は面積の変動と概ね連動しているが,オウトウだけは面積の増加に拘わらず生産量は反映されにくい,あるいは変動が大きい傾向があり,安定栽培技術の確立が急務である。

(3)販売価格の状況

 山形県の果樹は生産面では全国上位の主産地であり,その生産額は昭和60年で県農業粗生産額の13.7%だったものが平成10年では21.5%(544億円,全国5位)に伸長しているが,流通販売面ではどう評価されているのであろうか。

 表5の市場価格をみると,各果実の販売単価は生産量とは必ずしも一致していない。このことは,品質の重要性とともに,現在の流通事情に産地の態勢が必ずしもマッチしていない面もあるからと思われる。商品イメージ,ロット,産地の認知度,そして消費者に対する直接的アプローチと共に,的確なマーケティング情報に迅速に対応できる出荷体制などが重要になってきている。PR下手といわれる山形県産物〔品質一流,知名度いまいち…〕の挽回をかけた販売戦略の構築が重要になってきている。

あとがき

 山形県農業における果樹産業は確固たる地位を築いており,更なる今後の発展が期待されているが,全国的な流通をめぐる事情の中で必ずしも楽観視できない状況下におかれている。

 国内の果実生産量は1979年(昭和54年)の685万トンをピークに減少に転じ,1990年代半ばではピーク時の62%(約424万トン)までに低下した。これには,ミカン,リンゴの減少が大きく関わっており,1990年代後半での生産量はミカンがピーク時の36%,リンゴでは82%となっている。これに対し,果実の輸入量は1960年代前半に30万トン程度だったものが年々増加し,1990年代半ばでは約450万トンと大幅に増大している。

 現在では輸入の増加に伴い,国内果実の自給率は50%弱にまで低下している。

 食料流通の国際化は今後とも拡大の方向に進むことは必至であろう。この中にあって国産果実の復権に向けて消費者ニーズや市場の動向にどう対応していくのか,産地間競走の視点だけではなく,産地間共生という新たな視点をも踏まえた取り組みが必要になってきているのではないだろうか。