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第577号 2006(H18).07-08発行

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農業と科学 平成18年7-8月

本号の内容

 

 

北海道における施肥(4)
-昭和中期-

(財)北農会
会長 関矢 信一郎

化学肥料の急増

 昭和20年(1945)は大凶作で,我国の戦後は食糧難と共に始まった。特に食用作物の作付の少なかった北海道では深刻で,札幌の欠配率は全国一であったとされている。一方で,外地からの引揚者や復員軍人の受け皿として,新たな開拓が計画された。

 政府は主要食糧を統制にすると共に増産を奨励した。肥料工業を重要産業に指定し,所謂傾斜生産の中で復旧に努めた。一方,昭和22年(1947)の農地解放は自作農になった農民の生産意欲を高めた。

 その結果肥料の供給量は増加し,昭和25~26年頃には戦前14年(1939)の水準に戻り,以降も急速に上昇した。北海道においてもこの傾向は認められ,26年(1951)には14年の水準に達し,35年(1960)には2.9倍となった(表1)。

 内訳をみると,戦前が燐酸質中心であったのに対し,戦後は窒素質,加里質が増えて(図1),三要素が平準化した(表2)。また,戦前,府県に比べ低かった水稲の施肥量,収量共に全国水準に達した(表3)。

 戦後の肥料事情の特徴として,所謂新肥料の出現がある。戦前では石灰窒素,チリ硝石程度であったが,昭和20年代後半には尿素,硝安,熔燐,塩加などが登場し,北海道でも使用される様になった。特に30年頃から急増しており,従来の硫安,過石もまた増加している。これは府県の傾向と異なる点とされ,北海道が全体として多肥に向っていることを示す。同時にこれは,新肥料が遅効的で,初期生育促進が求められる北海道では,従来の硫安,過石を減らすことに抵抗があったと解されている。

 有機質肥料では,魚粕が半減,一方で植物粕が倍増している。堆肥は横ばいとみられる(表4)。有機質肥料はこの後激減する。

 水稲作と畑作を比較するため,水稲中心の空知支庁と畑作の十勝支庁を対比して表5に示す。殆んどの肥料で増加しているが,空知で硫安,塩化,化成の増加が大きく,昭和30年代の肥料使用量の増加は水稲の方が大きかったと推定される。

 この様に,戦後の北海道農業は化学肥料の多投基調の中で展開することになった。

水稲の施肥

 戦後の水稲収量水準は,政府の奨励,栽培技術の進歩,農民の生産意欲などが相俟って急速に上昇した。図2に示す様に昭和14年(1939)の331kg/10aに対し,24年322kg/10a,34年389kg/10a,北海道ではそれぞれ276,274,389で,31年からは全国平均を上廻る様になった。

 技術の上では,多収品種の普及,保護苗代の開発,農薬による防除などと共に施肥量の増加があげられる。これは北海道ではすでにふれている様に特に著しい。すなわち,30年と35年の対比で窒素150%,燐酸117%,加里150%で,全国平均の116-128-129に比べ窒素と加里で大幅に上廻っている。戦前の少肥低収から完全に脱脚した。

 化学肥料の施肥量を地域(農林省統計事務所)別にみると,表6の様に稲作地帯では窒素は5kg/10aを越えている。

 昭和36年施肥標準(表10)と比べると高目で,農家の増産意欲を読みとることができる。

 昭和33年(1958)の調査(表8)によれば,90%以上の圃場に1t/10a程度の堆肥が投入れており,を含めると窒素と加里はかなりの施用量となる。

 硫安が普及するに伴い,その肥効が問題となった。農林省の農事試験場は対策として全層施肥を指導した。北海道では初期生育確保のため,表層施肥が行なわれていたが,農事試験場は全層施肥の効果を北海道でも認め普及に努めた。しかし,戦中でもあり,一般的になったのは温,冷床が普及した昭和20年代後半からである。

 これは,「表層と全層との組合せ」として,地帯・土壌による差はあるが,表層20~30%,全層70~80% とするもので,初期生育の悪い泥炭地では50:50とされた。表層には硫安・過石など速効性のものを,全層には尿素・熔燐・化成などが用いられた。

 この全層施肥はかなり早く拡がり,昭和34年には70%を越えた。土壌間の差は少なく,地帯間の差が認められ,道南・道央では多く,北見・上川北部など稲作限界地帯では少なかった。

 北海道稲作の施肥は絶えず冷害を意識して行なわれている(この点については,本誌の2002年5号に詳述した)。

 昭和29,31年の冷害を期に施肥法の再検討が行なわれ,37年「分施法」が公式に普及に移された。この方式は従来から一部で行なわれていたもので,全施肥量の80%程度を移植前に施肥し,残りを低温回避の見通しのついた時点で施用するものである。この分施法は基本技術として現在でも継承されている。

 一方,追肥は効果がなく,冷害年にはマイナスとされていたが,戦後品種が中晩生に移行するに伴なって追肥をする農家が増えた。昭和30年代には,石狩・空知の水田面積の20%で追肥が行なわれていた。

 ここで直播についてふれておく。
 北海道の直播は明治26年(1893),札幌近郊の上白石試作場の試験結果が良かったことから普及し,明治末期に「たこ足」と呼ばれた直播器の開発により急速に拡がった。昭和8年には面積で83%に達した。その後,冷害や保護苗代の普及により減少した。戦後は29年22%,36年4%となった。しかし,両者の施肥上の差は資料の上では明らかでない。

畑作の施肥

 大戦中,殆んど無肥料状態であった畑作においても,戦後は水稲作同様多様な肥料が使用された。昭和30年(1955)代では,尿素,ちり硝石,熔燐,苦土燐安などの使用量が増え,30年代の後半からは更に,甜菜,小麦,馬鈴薯,豆類など作物毎の専用復合肥料が出廻る様になった。これらは40年代には化成肥料となった。

 また,微量要素の効果が認められ,馬鈴薯や大豆の苦土,菜豆や甜菜の棚素などが化成肥料に添加され,「微量要素入り」として流通した。

 加里肥料は塩化加里が主流であったが,硫酸加里の肥効が高いとされてから施用量が増加すると共に,硫加が70%以上を占める様になった。

 農家の事例を表9に,対応する施肥標準を表10に掲げた。

 有機物の供給は畑作においては特に重要であるが,この時期でも充分ではない。堆肥の施用面積は,全道平均で40%,10a当り1.2tで,地力維持に必要とされる1tをわずかに上まわる程度である。ほかに緑肥のすき込みが7%あるが,年間無投入の割合が53%,前年も無投入なのは29%に達する。

 作物別にみると表11に示す様に,馬鈴薯,甜菜には48%,75%と施用されているものの,豆類に対しては10~20%に過ぎない。深耕と有機物施用が併用されている甜菜,馬鈴薯の収量の伸びに比べ,豆類で低いのは,有機物の有無にあるとする指摘もある。

 この様に畑作においても,化学肥料の多肥時代となった。

 

 

水生作物:(6)
清流の恵み,ワサビ

ジザニア・水生植物研究会
会長 三枝正彦

 近年,女性や若い人の間ではハーブに人気がある。ハーブと言えばバジルやカモミールなど西洋の植物を思い浮かべる人が多いが,古来我が国でもセリやシソ,チャ,ワサビなど美味かつ機能性の高い植物が沢山ある。それらの中でもワサビは特別に美味しく,食欲をそそり,また健康に良い優れもので,我が国原産の数少ない野菜の1つである。私の故郷,伊豆は我が国を代表するワサビの産地として全国に知れている。私の生まれた韮山にも幕末の大砲製造で有名な反射炉の近くに畳石式のワサビ田があった。

 夏にはワサビ田から流れ落ちる渓流で涼感溢れる水遊びや,流しソーメンを楽しんだ思い出がある。そんなわけで、大学で土壌肥料を専攻するようになったとき,できればワサビかお茶の栄養生理をやりたいと種々模索したが,当時ワサビは東北では関心が薄く,またお茶は水耕栽培が確立していなかったのでやむなく諦めた経緯がある。

 その後,お茶については各地の茶園土壌の調査を行う機会に恵まれ,初期の望みを叶えつつあるが,ワサビは依然として憧れの作物である。それでもこの20年来,ジザニア・水生植物研究会に携わり,ワサビの産地を訪ねたり,情報を集めたりして楽しんでいる。また故郷,韮山高校の同級生にはワサビを生業とする同級生がおり,本稿を書くに当たっても,ワサビ製品を手広く扱う万城食品(株)社長,米山寛君,実際にワサビを栽培している飯田茂男君には大変お世話になりました。心より感謝します。

ワサビ(アブラナ科ワサビ属)
名称・栽培史など

 ワサビ(山葵),Wasabia japonica Matsum,日本原産の植物であり,俗称,沢ワサビ,水ワサビ,畑ワサビ,陸ワサビともいわれる。このほかにワサビの付く植物として西洋ワサビ(ワサビダイコン,岡わさび),ユリワサビ,アイヌワサビ(雑草)があるが異なる植物である。

 「ワサビ」の名は「悪,障,終(ワル,サワル,ヒビク)」 の略で,この三字でワサビの辛さが激しいことを意味しているとの説がある(安田1982)。また漢字の「山葵」は深山に生え,葉が葵に似ていることに由来するといわれる(図1参照)。ワサビは常緑の多年生植物で,北海道から九州屋久島に至る各地の渓流に自生しているが,我が国の主な生産地は長野県,静岡県,島根県である。また日本以外では台湾や北朝鮮,インドネシア,最近では中国,ニュージーランド,オーストラリア,カナダなどでも栽培されている(日本加工わさび協会2000)。

 我が国におけるワサビの利用の歴史は不明であるが,平成13年4月17日の朝日新聞によれば,天武天皇(673-686)前後の飛鳥時代の日本最古の宮廷庭園,飛鳥京庭園跡から出土した木簡にはワサビの記載があるという。また書物に登場したのは平安時代の「本草和名」(918)であり,また「延喜式」(927)には近隣の若狭,越前,丹後,但馬,因幡から宮廷に献上された記録がある。さらに鎌倉時代の「古今著聞集」(1254)には後堀河天皇の即位に丹波国から献上されたとの記録がある(臼井2001) 。

 このように既に平安時代でもワサビは貴重な香辛料として上流社会で珍重されていた。ワサビがいつごろから栽培化されたかは明らかでないが,最初は自生ワサビが採取され,次第に半栽培の形となりやがて栽培化されたものと思われる。静岡県では安倍川上流の安倍郡有東木(現静岡市)で,既に慶長(1600)の頃,村人が沢に自生していたワサビを栽培したという。そして,徳川家康は駿府城入場に際し,献上されたワサビを大変気に入り,ワサビの葉が徳川家の葵の家紋と似ていたこともあって,有東木から門外不出にしたという。江戸時代の「本朝食鑑」(1697)には播種や移植時期,挿し根の方法が記載されている(青葉2000)。伊豆天城山への伝播は伊豆湯ヶ島の板垣勘四郎がシイタケ栽培を有東木に教えたお礼に,有東木の庄屋が弁当箱にワサビの苗を忍ばせて渡したことに始まるといわれる(http://www2.odn.ne.jp/shokuzai/ wasabi.htm)。

 一方,現在の最大の産地長野県での栽培は1861年頃という記録がある。しかし本格的に栽培が始まったのは,明治政府の果樹栽培奨励(1873)でナシの栽培を穂高地方の低湿地帯に試み,畦の間のアルプスの伏流水にワサビを植えたことに始まる。半陰性植物で日光を嫌うワサビはナシの木陰で見事に成長した。しかし,この頃は加工品のわさび漬けが主製品で,本格的に生ワサビが東京神田市場ヘ送られたのは篠ノ井線が開通した1902年であった。その後関東大震災(1923)で伊豆の渓流作りのワサビ田が全滅し,また東海道線が寸断されたこともあって,東京市場は信州ワサビの独壇場となり,一気に大スターに駆け上がったという。東京市場に遠い信州ワサビが全国的に知られるようになったのは,震災と鉄道の歴史が大きく関係した(松崎1977) 。

ワサビの栽培法
品種特性

 ワサビは自生の植物から長年各産地で栄養繁殖を繰り返し,産地の栽培様式や環境に適合したものが在来種として存在する(藤森2004)。

 「だるま」は伊豆地域の主力品種で,葉柄が太く淡紫色で良質多収,「みどり」は安倍地域に多く,葉柄,根茎とも鮮明な緑色,直射日光にやや強くわさび漬けの材料用,「はんばら」は丹波山ともいい,殆ど抽台せず,辛味が強いが根茎は細長く,分げつが多い。軟腐病に強いが耐寒性が弱い,「まづま」は葉柄が紫色で開張が強く葉数が多い。根茎の肥大は良好だが風味がやや劣る。「島根3号」は片親がはんばらの島根県の育成品種,軟腐病には強く,葉柄が緑~淡紫色,「たかい」は長野の主力品種で耐寒性が強く葉柄は緑色だが春先の辛味が少ない。漬物用として収穫。「はたわさび」は京都加茂付近で栽培,葉柄は緑色で耐干性が強い。畑ワサビとして使われる。

栽培方式

 ワサビの栽培方法は地域によって大きく異なる次の4つに大別される(星谷1996 ,日本加工わさび協会2000,藤森2004)。「畳石式」は静岡県伊豆天城地方で見られ,傾斜地を段々畑にして栽培する(図2,3参照)。大石処理が容易で,豊富な水量が必要だが1.5~2年で,質の良い根ワサビが生産される。

 「渓流式」は島根,鳥取などの中国山系で行われ,自然の渓流に砂を敷いてワサビ田を造成し,石で苗を押さえる。用水量は少なくて済むが2.5~3年の栽培期間が必要で水害の耐周年数は20~25年と最も長い。

 「平地式」は長野県穂高・安曇野地方で見られ,伏流水を利用し,掘り下げた平坦地に畦を作って植栽する(図4,5参照)。1~2年の栽培期間と短いが夏期の高温障害が起こり易く,わさび漬け原料が多い。ワサビは適地が限られ,これまで人里離れた奥地でつくられてきたが,近年減反を契機に休耕田を改良し,ビニールハウスを利用したワサビ栽培が行われている。中伊豆町の井上氏は,栽培期間を半分に短縮しかつ,沢ワサビと遜色ない根ワサビを得ている(星谷1996)。また宮城県鳴子町鬼首の高橋氏は,温泉試掘で湧き出た11℃の地下水(昇温抑制効果有)を利用し,ハウス栽培で,高品質の根ワサビを1~1.5年の短期栽培している。

 さらに最近,宮城県加美町薬莱山麓では,休耕田に30cmの砂利を敷き詰めた縦横1mのプラスチック容器を並べ,湧き水をシャワー状に掛け続ける「ボックス式」という栽培を試みている。平均13℃の鉄含量の少ない豊富な湧き水を利用して,高品質かつ多収の短期栽培を目指している(河北新報,2006,1,8記事)。

ワサビの生育相

 ワサビの生育は温度に敏感であり,水温が12~15℃(気温で8~18℃)が最適で,水温8℃以下あるいは18℃以上(気温6℃以下あるいは20℃以上)になると生育が停止する。そのためワサビは多年生であるが,一年の生育過程が次の4つに分けられる。

 春期生育期:3月頃より新芽が出始め茎葉,花茎の伸長と根茎が肥大する。4月~6月中旬は茎葉伸長,根茎肥大が最盛期になり,開花,結実が起こる。

 夏期伸長停滞期:6月下旬頃より気温が20℃以上になると伸長が停滞する。高温期には葉が枯死し,根茎部だけになることがあるが,根茎部は分げつを開始している。

 秋期生育期:9月前後に花芽の分化が起こり,その後,気温が20℃以下になると再び茎葉の伸長,やや遅れて根茎肥大が起こる。そして11月に入り気温が6℃以下になると生育が停止する。

 冬期伸長停止期:冬期は茎葉,根茎とも成長は停止するが花芽の発育は続く。しかし気温が-3℃以下になると凍害が起こりやがて腐敗する。

 ワサビの生育はこのサイクルの繰り返しであるが,根茎は無限に肥大するのではなく,30ヶ月程度で腐敗し,新たに分げつした根茎が茎葉を維持する。したがって,一般には2年を1周期とする(藤森2004)。

生育適地

 ワサビは自然の清流に生える植物であり,その生育環境が収量,品質に大きく関係するので適地の選択が重要である。生育環境の中でワサビの生育と最も大きく影響するのは養水である。ワサビ田の作土は砂と礫が主体であり,ワサビの生育に必要な養分を供給するのは養水が主体である。ワサビは窒素とカリと石灰を多く必要とするので,清流でかつこれらの養分に富んだ養水が望ましい。

 また,前述の如く,ワサビの成長は水温12~13℃,夏,冬の水温格差が3~4℃と少ない湧水や伏流水が適しており,季節格差の大きい渓流水では栽培が難しい。養水量はワサビ田の方式によっても大きく異なるが,畳石式では10アール当たり,毎秒18Lも必要である。また養水中の溶存酸素が9.5ppm以下になると生理障害を受け,耐病性が低下するので水温18℃以下が望ましい。ワサビは半陰性の植物で,強度の日照を嫌うので「七陰三陽」と言われるように短時間の弱日照が生育に適している。それゆえ,杉や檜,アカシア,クルミなどの日陰樹があるところあるいはこれら植物を植栽するか,平坦地では,寒冷沙で盛夏時7割,春,秋時5割程度の遮光をする必要がある(星谷1996,藤森2004)。

 一方,畑ワサビは地温が上昇しやすいので沢ワサビより,日陰を強くする必要がある。それゆえ,適地は冷涼な山間で,排水が良くかつ保水力に富む砂土か黒ボク土が適している。

栽培管理

 苗は株分け苗と実生苗があるが,病気の感染のない,良質の揃った苗が得られる実生苗が望ましい。苗移植用の畦は平地式石づくりでは畦幅70cm,高さ15cm,同砂づくりではそれぞれ100cm,30cmとする。植え付けの株間は15~20cmとし,栽植密度は㎡当たり,石づくりで30本,砂づくりで15本,ハウス栽培で22本程度である。植え付けは9月下旬からの秋に行い,畦の両側の養水と接する水際に2列の千鳥植えが一般的である。

 栽培中の水管理は最も重要で,冠水や減水を防ぎ,集中豪雨による泥水や増水対策を充分行う。随時アオミドロなどの藻類や大きな雑草の除去を行い,また4~5月にはワサビの摘花を行う。水温,気温,日射量の調節のために前述の日陰処理を行う。

 ワサビの主たる収穫部,根茎をおかす病害としては細菌の寄生による軟腐病,糸状菌の寄生による墨入病などがあり,茎葉の病害としてはべト病,白さび病,株腐病,ウイルス病などがある。単に薬剤処理だけでなく,水温管理,無病苗の育成,圃場の清掃,栽培期間の短縮など,総合防除が重要である。虫害としてはアブラムシ,アオムシ,クロムシなどアブラナ科植物に共通する害虫のほかに,カワムシ,ガガンボ,カワニナなど清流環境に関係する虫も問題となる。畑ワサビではワサビクダアザミウマの被害が大きいので適期防除に心がける(星谷1996,藤森2004)。

 収穫の一定時期はなく,市況と出来具合によって行う。根ワサビは大きいほど単価が高いが,長期間栽培するとくびれが生じ,外形や品質を悪くするので収穫適期に注意する。一般に畳石式は色や形に優れるが,地沢式,渓流式,平地式では根茎が深くなるのでワサビ特有の色沢が出にくく,生ワサビとしての評価は低くなる。

ワサビの効能

 ワサビの辛み成分は,ワサビの硫酸エステルの形の配糖体(シニグリン)に酵素,ミロシナーゼが働き加水分解してできたアリルカラシ油(アリルイソチオシアネート)である。アリルカラシ油は揮発性でツーンと鼻に抜けて,嗅覚と味覚を刺激し,食欲を増進する。このアリルイソチオシアネートには細菌の繁殖を抑制する抗菌力や殺菌力,寄生虫を麻庫させる効果があることが明らかにされている。

 またワサビには肝臓における酸化酵素作用の抑制,発ガン物質の排池促進効果があり,更に抗酸化剤のビタミンCを多く含むことから,発ガン抑制に効力があると言われる(日本加工わさび協会2000)。一般に香辛料としての役割が大きく,食べると唾液腺を刺激して唾液の分泌を促進する。胃や腸などの消化器壁を刺激して,血液循環,消化液の分泌,消化器の運動を促進し,食欲増進と消化吸収を促進する。

 また民間療法では搾汁を服用すれば魚肉や鶏肉の中毒に,外用すればリウマチや神経痛に効果があるという(平岡ら1989)。

ワサビの利用

 ワサビの食用の歴史は古く飛鳥時代からの記録があるが,平安時代は宮廷などの上流社会でソバの薬味など香辛料として用いられていた。室町時代には海の魚の刺身に使われたが,お寿司に登場したのは意外と遅く1800年代に入ってからである。現在最も一般化しているわさび漬けは宝暦時代に駿府の行商人田尻屋利兵衛がワサビの茎葉や根茎を刻み酒粕を混ぜ合わせて商品化したといわれる(星谷1996)。伝統的ワサビ漬けは伊豆,安倍川,信州などワサビの特産地でヒット商品となっている。

 また最近では新規参入ワサビ産地が物語を作って販売している。大崎市鳴子温泉では町興しの特産品として,当地で開発した日本酒「雪渡り」の酒粕を用いて,鬼首でとれるワサビと組み合わせ,これまでにないあっさりしたワサビ漬けを開発した(図6参照)。このわさび漬けは,鳴子温泉の新たな土産物となることが期待されている。

 刺身や寿司,ソバの薬味,うなぎの蒲焼などの香辛料や酒粕のワサビ漬け以外の用途としては,シイタケやタコ,イカなどのワサビ漬け,ワサビの茎の三杯酢漬け,花茎の三杯酢あるいは醤油漬け,花の天ぷら,茎葉のおひたし,茎の昆布和え,きゃらワサ,ワサビ味噌,ワサビ酒,ワサビビール,ワサビ餅,ワサビ羹, ワサビアイス,そのほかのお菓子,料理にも,ツーンとする辛さを活かして幅広く利用されている。また盆栽や染物,陶器の釉薬など食用以外にも使われている。加工品のネリワサビ,オロシワサビなどは西洋ワサビと日本ワサビを一定の割合で混合した製品である(日本加工わさび協会2000)。

ワサビ田と町興し

 わさび田のイメージは清流溢れる涼風豊かな自然であり,多くは単にワサビの生産だけでなく,心をリフレッシュさせる自然景観豊かな観光地としての機能を有している。例えば,伊豆の踊り子の舞台である天城山麓一帯は自然豊かな清涼感溢れるワサビ産地であり,旧中伊豆町(現伊豆市)筏場,地蔵堂などには天城連山から湧き出る膨大な清流に恵まれ,渓流沿いのあちらこちらに壮大な畳石式のワサビ田が広がっている(図2)。また観光地あるいは演歌で有名な”浄蓮の滝”には,荘厳な滝自身とその清流に沿って造られたワサビ田が渓流沿いの木立の下に広がっている(図3参照)。

 清冽な瀑布と緑豊かなワサビ田に包まれたこの聖域は,都会の喧騒から隔離された涼風豊かなユートピアである。滝とワサビ田の涼風とフィトンに癒され,険しい石段を再び登って辿りついた休息所で食べる”ワサビ入りのソフトアイスクリーム”の味はまた格別である。

 一方,長野県安曇野地方は広大な北アルプスを背景に自然豊かな田園地帯が広がっている。この地一帯には辻を守るように,江戸時代から子孫繁栄,五穀豊穣などを祈る災い除けの賽の神,道祖神が立ち並んでいる。穂高,豊科両町のワサビ田は穂高川や犀川沿いにあり,北アルプスの雪解け水が伏流水となって,しかもワサビに最適な水温13℃で湧き出している(図4参照)。安曇節には「一夜穂高のわさびとなりて,京の小町を泣かせたや」,「いなわさびについつまされて,辛い浮世で苦労する」などワサビを歌ったものが多いという(古田1998)。

 この穂高川沿いはまた,絶好のサイクリングコースでもある。初夏の強い日差しの中,穂高駅前のレンタサイクルで,スポーティな自転車を借り,穂高川沿いの道祖神とワサビ田をのんびり巡るのは,何にも換えがたい至福のひと時であった。この穂高町には15万㎡の広大な敷地に,1日当たり12万トンもの雪解け水が湧き出る大王わさび農場がある(図5参照)。場内には散策路や売店,食事処もあり,バスの観光客が大挙押しかけている。またここでもワサビソフトに人気があり,さらに名物茎入りわさびコロッケも美味しく,是非食べて項きたい。

西洋ワサビ(アブラナ科)

 Armoracia rusticana,ワサビダイコン,英名ではhorse radishといわれる。フィンランドからカスピ海に至る気候温和な東ヨーロッパが原産地といわれるアブラナ科多年草である(日本加工わさび協会2000)(図7参照)。我が国では長野県,埼玉県,北海道が主産地であったが,2000年度には北海道で106ha,1362トン生産されているだけで,最近の我が国使用量の大半は中国からの輸入品である。

 花は白い花が総状に着生するが,種子をつけることはまれである。繁殖が旺盛で一度栽培すると,根絶が難しく雑草化する。西洋ワサビは畑で栽培し、ワサビダイコンともいわれるように30cmにもなる白い根がある。根をすりおろしたものは白く,粘りが少なく,西洋料理ではレフォールとも呼ばれ,シャープな辛味があり,ローストビーフの付け合せなどに用いられる。根をすりおろしたものを薬味に用いれば,食欲を増進し,防腐効果がある。外用すればリウマチや神経痛の痛みを軽減し,また生食すればむくみや麻痺症に効果があり,利尿薬にもなるといわれる(安田1982)。

 我が国では乾燥後,粉末にして粉ワサビの主原料に使われる。緑色は着色料で着色したものである。またねりワサビ,おろしワサビ,おろし本ワサビにも比率は異なるが含まれている(日本加工わさび協会2000)。

ユリワサビ(アブラナ科ワサビ属)

 Wasabia tenuis Matsum,渓流より一段上の谷沿いや湿気の多い山間部で生育する小型の多年生植物。香りと味はワサビに似ているが,根茎の形がユリの鱗茎に似ていることからユリワサビと呼ばれる。ワサビと比べると,地上部の形態は似ているが,根茎が切断し,夏葉ができず,小鱗茎をつくる,根茎が1~2mmと細いことなど地下部の形態が著しく異なる(清水1995)。

References

●青葉高:九,ワサビ,日本の野菜 pp197-201 八坂書房(2000)

●藤森基弘:ワサビ,野菜園芸大百科,特産野菜70種,pp387-401農文協(2004)

●平岡達也ら,(1989)ワサビ属,世界有用植物事典,pp445-446,平凡社

●星谷佳功:ワサビ,栽培から加工・売り方まで,農文協,pp1-168,(1996)

●古田有扶,わさび,これが信州No1,p98-99(1998),郷土出版社

●松崎正治:信州の特産と鉄道,穂高のワサビ,pp203-226,銀河書房(1977)

●日本加工わさび協会:加工わさび,知識とQ&A,日本加工わさび協会pp1-32,(2000)

●清水建美,ユリワサビ,日本草本植物根茎図説,p79(1995)平凡社

●臼井英治:山葵,園芸通信2001,4,14-15 サカタのタネ(2001)

●安田斉:ワサビ,薬草博物誌,pp212-213,東海大学出版会(1982)